2016年09月07日

『時よとまれ 君は美しい』 〜 オリンピックの時間と記録映画

リオデジャネイロオリンピックは日本人選手の活躍もあり、観戦していても楽しく、しかもかなり興奮させられた大会だった。ワールドカップもそうだが、国別対抗になると母国を応援してしまうのはなぜだろう。過去最高のメダル獲得数というのだから、日本人選手を応援する機会が最も多かったということになる。世界の中には国自体が分裂したり、不安定な国に生まれて国籍が定かではない人がいたりする。暑い夏にエアコンが効いた部屋で、地球の裏側で行われている競技に見入る昼夜逆転の生活。何という贅沢だっただろう。
オリンピック観戦の魅力は、大きくは競技種目の多彩なバリエーションにあり、その多くが短時間で決着がつくところにある。陸上競技の花形である100メートル走は十秒で勝者が決まる。もちろん、予選・準決勝という事前段階はあるものの、それは肥大化した参加選手のふるい落とし作業に過ぎない。メダルの色は決勝で決まるのだ。競泳100メートル自由形でも五十秒、男子柔道なら五分。トラック競技のハンマー投げや走り幅跳びなどは、時間にしたら数秒の勝負だ。その瞬間のために選手たちは四年間の訓練を積む。だから決戦にのぞむ日本人選手たちは有名無名に関わらず、以前からよく見知っているかのような親しみのこもった応援を、TV観戦している日本国民から受ける。そして、一部のアイドル的存在の選手を除いて、オリンピックが終わればそのほとんどが忘れ去られてしまう。そして空白の四年間が経過して、また熱狂の三週間が巡ってくる。競技時間だけではなく、オリンピックは、鋭利なほどの大会期間の短さと次の大会までのけだるい長さが合体した圧縮感をもってして、その魅力を維持しているとも言えるだろう。
その反対に、オリンピックの中でも時間をダラダラと浪費して、大会のリズムを損なう競技がいくつかある。例えばゴルフ。通常のトーナメントと同様、18ホールを四日かけて4ラウンドやる。あるいはテニス。準決勝までは3セットマッチなのに、決勝戦は5セットまでやるので下手したら三時間コースだ。そして、サッカー。規定された試合時間では、サッカーの九十分はオリンピック競技の中で最長の時間設定ではないだろうか。リオから正式種目になったラグビーは、七人制で前後半それぞれ七分。ゲームはスピーディに進み、一日に複数試合をこなしてしまう。それに比べてサッカーは、どんなに一方的な展開であろうと九十分経たないと試合が終わらない。これらの競技はオリンピックの中にあっては何と間の抜けた存在だろうか。100メートルを九秒台で駆け抜ける瞬発・爆発・凝縮に比べると、まだるっこしくて見ていられない。結果だけわかればいいやという感じにさせられる。「一瞬のための四年間、四年間を注ぎ込む一瞬」という時間感覚こそが、オリンピック競技には求められるのだ。

その時間感覚を映像として記録しようとしたのが、かつての「オリンピック公式記録映画」であった。
古くはレニ・リーフェンシュタール監督がベルリンオリンピックを撮った『民族の祭典』までさかのぼる。ナチスドイツの宣伝の片棒担ぎと揶揄され続けたこの作品は、実際には政治的メッセージは目立たず、オリンピックにだけ流れる時間を見事に捉えたドキュメンタリーとして普通に見ていられる。
市川崑が監督した『東京オリンピック』は、公開当時「芸術か記録か」と物議を醸したらしいが、そもそも映画なんだからその二者択一の枠の中に押し込めようとすること自体が全くの無意味であっただろう。一方では、そのような議論が巻き起こったことで、日本国民がこぞってオリンピックの興奮を再確認するために映画館に足を向けた。再見すると、オリンピックによって変貌する東京の街並みや、マラソンコースとなった青梅街道沿いの見物人たちの風俗(大半の女性が着物を着ている)がしっかりとフィルムに写っている。市川崑が意図しなかった「記録映画」の側面にも、映画史的な、あるいは日本の近代風俗史としての価値があったわけだ。

ミュンヘンオリンピックの記録として作られた『時よとまれ 君は美しい』は、その「オリンピック公式記録映画」が華々しく日本で上映された(※1)最後の映画だ。次のモントリオールの記録映画は、製作はされているが調べた範囲では日本で公開された形跡はない。あのナディア・コマネチ(※2)を映画で見たくて公開を心待ちにしていたのに、新聞の映画興行欄を日々確認しては上映の気配すらないことに失望した記憶がある。
当時の国際オリンピック委員会は、オリンピック憲章の中で大会を映画として記録するよう義務付けていたらしい。ところが、現行の憲章(※3)にはどこにもそんなことは書いていない。あるのは「記録」ではなく「中継」の条項で、「48. オリンピック競技大会のメディアによる取材・中継」として「できる限り広範囲の取材・中継」と「世界中の可能な限り多くの人々による視聴」のために必要なあらゆる措置を取ることを要求するのみだ。かつて、映像化するとはすなわち記録映画を作ることだった。現在では、競技実施と同時にその映像が世界中に中継されたり配信されたりするのだから、「映画として撮る」などという手間のかかる作業は、もはやオリンピックには不要になってしまった。
それは当たり前のことなのだけれど、だからなのか『時よとまれ 君は美しい』を見ると、映画がオリンピックを映していること自体に淡い郷愁のような思いが湧いてくる。「古き良き」とまでは言わないが、アマチュアの代表として出場する選手たちの、ごく普通の身体。背の高さも肉付きもさまざまで、中には赤いスカーフを頭に巻いた女子選手もいたりする。現在のアスリートたち=精密に管理された結果、必要な筋肉だけに絞った身体を持つ選手たちとは比べようもない、牧歌的な競技の様子。運動会の延長線上にあるその風景の裏では、選手村での「黒い九月事件」が起こっていたが、記録映画にはその経緯はほとんど取り上げられていない。牧歌的だったのは競技だけでなく、会場警備や選手村の防犯体制も同じで、テロ発生を予想もしない時代だったのだ。

映画は世界から集められた八人の映画監督による短編オムニバス形式をとっている。その八人の顔ぶれは登場順に以下の通り。

ユーリー・オゼロフ(ソ連)
マイ・ゼッタリング(スウェーデン)
アーサー・ペン(アメリカ)
ミヒャエル・フレーガー(西ドイツ)
市川崑(日本)
ミロシュ・フォアマン(チェコスロバキア)
クロード・ルルーシュ(フランス)
ジョン・シュレシンジャー(イギリス)

公開当時、この八人を揃えたことが映画の特長として喧伝されることはなかったが、今振り返るとこれほど著名な映画監督を世界中から予め集めてテーマ別に撮影させるには、猛烈なプロデューサーの力が絶対に不可欠だったはず。製作を担当したのは、デヴィッド・ウォルパーというアメリカ人。TVシリーズの『ルーツ』やジョン・レノンを追ったドキュメンタリー映画『イマジン』などのプロデューサーで、この人の個人的ネットワークは大したことなさそうだから、八人の映画監督を集めるには各国オリンピック委員会の組織ラインを使ったのだろう。市川崑はもちろん、クロード・ルルーシュは1968年冬季オリンピック大会の記録映画を監督した経歴もあるから、ありものの寄せ集めという見方もあるかも知れない。けれど、ソ連・スウェーデン・西ドイツを除いた残りの五人はアカデミー賞やカンヌ映画祭の受賞者・候補者として名を成している(※4)。もちろん映画賞受賞実績がその監督の優秀さを保証するわけではないが、八人の作家による短編作品はそれぞれに独自の切り取り方をしていて、退屈しがちなオムニバス映画なのに興味津々で見ていられる。

重量挙げが力もさることながらメンタルに大きく影響される競技であることを抉ったマイ・ゼッタリングの「The strongest」。全競技の中で最も過酷で体力の限界まで絞り尽くすことを要求する十種競技を扱ったミロシュ・フォアマンの「The Decathlon」。この二編はオリンピックでしかお目にかかることのないマイナーな、けれどヒストリックな競技の真髄を教えてくれる。
かたやアーサー・ペンは「The Highest」で棒高跳びを跳躍する選手の身体の動きの瞬間をスローモーションにして引き延ばして見せる。市川崑は「The Fastest」で100メートル走決勝を真正面から撮影して、ランナーの筋肉や皮膚の震えを描写する。いずれも一瞬の中に紛れ込んで観客には見ることが叶わない、競技の細部に作家の視点が照射される。
八つの短編からは映画監督としての各々の立ち位置が伺えるが、共通しているのはやはりオリンピックならではの時間感覚だ。四年に一度しか来ない興奮の密度、ほんの瞬間で勝負が決する短さの濃度。国際オリンピック委員会が要請していた「記録」としての映画ではなく、そこには選手たちが体験する特別な時間の流れが表現されている。その点で、スローモーションやクローズアップの多用、焦点深度が浅い超望遠レンズの使用などのテクニックが似通うのもむべなるかなと感じる。
しかし、そうした映像技術を軽く超越してしまうのは、ミヒャエル・フレーガーが担当した「The Women」に出てくるリュドミラ・ツリシチェワの段違い平行棒の演技だ。女性らしく柔らかい身体が二本の鉄棒の上を自在に揺蕩う。その圧倒的な存在感は、人類がその肉体の能力を最大限に駆使するときの激しい美しさに満ち溢れている。これこそがオリンピックだと再認識させられるような傑出した記録である。

八人の監督が撮った映画だから、原題は「Visions of Eight」。ありのままに端的なタイトルの作品に配給会社の東和は『時よとまれ 君は美しい』という邦題をつけた。もちろん、まだ中学生だった私は、これがゲーテの「ファウスト」に出てくる有名な一節だとは知らなかった。知らないながらも「なかなか洒落た題名だな」と印象づけられて、ずっとこのフレーズはグルノーブル大会の記録映画『白い恋人たち』の向こうを張ってつけられたオリジナルタイトルだと思い込んでいた。大学生のときに、実際に「ファウスト」を読んだものの、元ネタの在り処に気づかないままだったのはあまりに難解な文章で半分寝ながら読んだせいか。そして、やっとそうだと知ったのは、手塚治虫の「ネオ・ファウスト」の単行本を購入したとき。新刊本のその帯に「時よ止まれ、お前は美しい」と書いてある。なにこれ、ミュンヘンオリンピックじゃん。ところが本編を読んで、ファウスト役の一ノ関教授が女メフィストにこの一節のつぶやきとともに魂を売り渡す契約を交わすのだと知った。長年にわたる無知蒙昧さを恥じるとともに、公開当時の1973年には「ファウスト」のフレーズが世間一般に受けとめられる常識だったのだなあと感心してしまうのであった。
あるいは、私のような輩が多くいるのであれば、東和の邦題担当者の自己満足なひとりよがりだったとも言えるのだけれども…。(き)

ミュンヘン.jpg


(※1)『時よとまれ 君は美しい 〜ミュンヘンの17日〜』はミュンヘンオリンピック大会開催の翌年(1973年)に配給会社である東和株式会社の「45周年記念作品」として公開された。

(※2)「白い妖精」と呼ばれたルーマニアの女子体操選手ナディア・コマネチは、モントリオール大会で金メダル三個を獲得し、史上初の十点満点の演技が世界中から注目を浴びた。その後、独裁政権下でチャウシェスク大統領の息子の愛人にされたという報道もあったが、現在はアメリカで後進の育成にあたっている。
(コマネチと同学年にあたる私は、新聞記事を切り抜き「アサヒグラフ」のオリンピック特集号を購入するほどの絶大なコマネチフリークでありました。共産主義体制崩壊後にアメリカに亡命したときの写真にはやや幻滅しましたが、最近ではかつての「妖精」のイメージとは逆の、アクティブなキャリアウーマン的美女になられたようで、誰かに自慢したい気分です)

(※3)国際オリンピック委員会制定の「オリンピック憲章」(2015年8月2日から有効)は、日本オリンピック委員会のHPでその全文を読むことが出来る。

(※4)市川崑『東京オリンピック』1965年カンヌ映画祭国際批評家賞、クロード・ルルーシュ『男と女』1966年カンヌ映画祭グランプリ、ジョン・シュレシンジャー『真夜中のカーボーイ』1969年アカデミー賞監督賞、ミロシュ・フォアマン『カッコーの巣の上で』1975年アカデミー賞監督賞。アーサー・ペンは『俺たちに明日はない』などで三回アカデミー賞監督賞候補になっている。



posted by 冬の夢 at 22:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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