2016年04月24日

バルトーク体験

「芸術作品はそれぞれ固有の言語で話している。だから、作品を楽しむためにはその固有の言語を理解できるようにならなければならない」

 こんな意味の文言をどこかで聞いた(読んだ)気がするのだが、それがどこだったか、全く思い出せない。哲学者ショーペンハウアーが「個々の芸術作品を比較するのはノンセンスだ」とどこかで言っていたはずなので、その前後にあったのかもしれないが……いずれにしても、多少の記憶の歪みが介在しているとしても、その内容には全面的に賛成だ。つまり、ゴッホの絵にはゴッホの絵に固有の語彙や文法があり、モーツァルトの音楽にはモーツァルトの音楽特有の語彙や文法がある。そして、英語やフランス語を勉強していると、少しずつその言葉が使えるようになり、ある頃を境に英語やフランス語の本を読むのが苦でなくなるように、それまで馴染みのなかった絵や音楽も、わからないと思いつつ接し続けているうちに、あるとき、その美しさや面白さが心中に染み渡って陶然となる。人生の中ではこういうことが少なからずあり、そのおかげで、この面倒な人生も生きる価値のあるものだと信じられたりする。芸術作品と邂逅したときの思い出、その魅力に初めて耳目が開かれたときの驚きの記憶−−「モーツァルトと最初に出会ったのは、兄が買ってきたLPだった」とか、「バッハを本当に美しいと思ったのは、無伴奏チェロ組曲を聴いたときだ」とか、「ぼくにとってのゴッホとは、つまりは『ひろしま美術館』のゴッホだ」とか……こうした記憶のおかげで、世界に対する信頼が回復される。世界にはぼくがまだ出会ったことがない美しいものが、文字通りに無数に存在するのだから。

 バルトークとの最初の出会いは、全くの偶然だ。二度目の大学受験のシーズン。ということは2月だったろうか。都内の私立大学で入学試験を受けた後で、何とも気怠い、物憂い気分(ほとんどの受験生は物憂いでしょ?)で、学生街にあった、時代に取り残されたような音楽喫茶にふと立ち寄った。ひどく疲れていたのでどこかで休みたかったし、もちろん一人にもなりたかった。「名曲喫茶」には受験生は来ないだろうと考えたのだが、そのいかにも古びた外見から察するに、そもそもまだ営業を続けているのか、そうだとしてもわざわざ入店しようなんていう物好きなお客がいるのかも疑われるような喫茶店だった。扉を開けると、案の定、客はほとんどいなくて(もしかしたら一人もいなかったかもしれない)、はたして掃除をしているのかも怪しい、翌年まで、いや翌月までその店が存在しているかが危ぶまれるような佇まいだった。出されたコーヒーの味は覚えていない。覚えているのは、それまで聴いたことのない、しかし一聴するだけで「現代音楽!」と識別できる不気味な音楽が流れていたことだ。普通、「名曲喫茶」と言われるところでは、いわゆるバロック音楽(バッハに代表される)からロマン派(代表はショパンにしておきましょうか)にかけての音楽が流れているのが期待され、マーラーが流れていてもちょっと驚くのに、昼日中の喫茶店で不協和音が連続する音楽を聞かされるとは!

 それがバルトークの弦楽四重奏だった。なぜ覚えているかというと、なんと、その音源はレコードではなくFM放送で、演奏の後にアナウンサーによる曲目の紹介があったからだ。多分3番だったと記憶しているが、この記憶はとても怪しい。しかし、一度聴いただけのその音楽のインパクトは衝撃的だった。美しいとは全く思えなかった。ただ驚いた。つまり、バルトークの第一印象は「驚き」だったわけだ。プラトン、あるいはプラトンが描いたソクラテスによれば、哲学(つまり知の探求)の端緒は「驚き」であるらしいから、出会いとしては全然悪くなかったのかもしれない。確かに、あの喫茶店での出会いは、すでに30年以上の歳月が流れているのに、相変わらずに生々しく、懐かしく、愛おしい。

 それから段々とバルトークという作曲家を意識して聴くようになった(同時に、シェーンベルクやウェーベルンの音楽も聴き始めた)。バルトークといえば『弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽』や『管弦楽のための協奏曲』がとりわけ有名で、ぼくもこれらの曲目から聴き始めたのかもしれないが、当初は特に印象にも残らず、当然ながら(?)好きにもなれなかった(現在はもちろん頻繁に聴く)。最初に強い印象を残した曲はピアノ協奏曲の1番と2番だ。今になって30年も前に感じた印象を思い出すことは難しいが、ポリーニとアバドが共演しているLP(まだLPだった)を聴いて、バルトークのアレグロとアンダンテ(あるいはアダージョ)の対照の妙にノックアウトされた。オスティナート主題(単純なモチーフの執拗な繰り返し)がとりわけピアノに特徴的で、打楽器(ティンパニ)と管楽器の使い方が派手(アクロバティックとさえ言ってもいいかもしれない)な両端楽章も印象的だが、それよりも中間の緩徐楽章の不思議な静謐さ−−バルトークのいわゆる「夜の音楽」に共通する静謐さ−−が心に残った。今になって思うのだが、この得体のしれない「静謐さ」こそが、ぼくにとってはバルトークの音楽の最初の、そして最高にミステリアスな魅力だったのだろう。

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(とにかく爽快かつカッコいいピアノ協奏曲)

 あまりよくわからないままに、ますますバルトークの深みに填まっていく途上、バルトーク自身が優れたピアニストだったこともあってか、彼のピアノ曲に極めて魅力的な曲が多いこともわかってきた。ハンガリーやルーマニアの民謡に依拠した曲には素朴と洗練、単純と深みという相反する性格が付与されており、ピアノ練習曲(と言われているが、むしろソルフェージュのため?)としても意図されたと言われている『ミクロコスモス』にも同じ対照が認められる。そして、この「単純な深み」「素朴な洗練」という性質が彼の「夜の音楽」にも当然のように表現されている。そうなると、バルトークの音楽を通して「夜」というものの基本的性格が明らかにもされ、さらには、なぜ自分が昼よりも夜を好み、夜の散歩を好むのか、その理由を教えられたかのような気がした。ともかく、夜は単純で深く、素朴に洗練されており、今でも、深夜に彼の「夜の音楽」をヘッドフォンで聴くことは、他には代えがたい贅沢の一つになっている。

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(例えば「シク地方のハンガリー民謡」を聴いて欲しい。きっとバルトークを好きになるはず)

 とはいえ、「バルトークの最高傑作は何か?」と尋ねられたら、「6曲の弦楽四重奏だろう」と即答すると思う(もしかしたら、ちょっと考え込むかもしれないが、それでも結論は変わらない……)。そもそもの出会いが弦楽四重奏であったことは上述の通りだが、「再会」は1986年にあったはずだ。アルバン・ベルク弦楽四重奏団のリサイタルで第1番を経験したとき、少し(かなり?)の大袈裟を許してもらえるなら、「何もかもがわかった!」という感じがした。「何もかも」の要点を極めて簡単に言えば、「バルトークの音楽とベートーヴェンの音楽は確かに連続している」ということだ。20世紀のいわゆる現代音楽が19世紀のロマン派音楽と血の繋がった親子関係にあることが、一切の面倒な理屈なしに直感された。実際、バルトークの弦楽四重奏第1番は非常にロマンチックであるばかりか、その冒頭は例えばベートーヴェンの弦楽四重奏第14番の冒頭と不思議に似ている。「不思議に」と言うのは、一方は無調の音楽であり、もう一方は嬰ハ短調という調性の歴然とした音楽であるにもかかわらず、という意味である。もっと正直に言えば、素人の耳にはバルトークのこの曲に調性がないということ自体が信じられないくらいだ。もっとも、この曲の、特に最初の楽章にはまだイ短調としての調性が残っていると明示しているCDもあるようだから、素人耳に調性があるように感じられるのも当然なのかもしれない。が、その正否はともかくとして、アルバン・ベルク弦楽四重奏団の演奏を通して、その5年前には「奇怪な音楽」としか聞こえなかった類の音楽が、その美しさを十全に発揮したということなのだろう。先に上げた外国語の喩えを再び用いるなら、5年の間にバルトークの言葉が少しは聞き取れるようになったということだったかもしれない。面白いことに、いまだにシェーンベルクやウェーベルンの音楽、あるいはストラヴィンスキーの音楽は、バルトークの音楽のようには好きにはなれないでいる。我ながら不思議だ。アジア系とも言われるマジャール人を祖に持つハンガリーの音楽にはアジア人のDNAを刺激する何かが確実にあるということなのかもしれない。実際、バルトークを聴いていると日本の農村の風景が彷彿とされることが少なくない。

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(いわば「恩人」による記念碑的演奏)

 けれども、こうして自分自身の「バルトーク体験」を思い返していると、新宿の早稲田通りにあった(今はもうない)古ぼけた名曲喫茶での出会い、新宿文化ホールで初めて聴いたアルバン・ベルク弦楽四重奏団のリサイタル、これら二つの体験と並んで同じくらいに重要な、しかし、音楽とは直接の関係はない決定的な事実に思い当たる。

 それは、「アルバン・ベルク弦楽四重奏団体験」の数年後、海外の大学院に留学するために必要な推薦状を出身大学のイギリス人教授に書いてもらったときのことだ。欧米での推薦状の意味合いは日本での推薦状とは月とスッポン、全く異なっている。日本での推薦状はほとんど形骸化している。形式的な「推薦状」よりも、有力者による短い「紹介状」の方がずっと有益だろう。しかし、欧米での推薦状は言ってみれば「紹介状+α」のようなもので、つまり、「誰に、何を、どのように書いてもらったのか」がしばしば決定的な意味を持つ。事実として、海外のかなり有名な大学院に入学できた際に、ぼく自身は日本の英語検定試験は言うに及ばず、アメリカ留学には必須と言われているTOEFLも、昨今鳴り物入りで騒がれているTOEICも受検さえする必要がなかった。然るべき人物が認めた推薦状に「この人物は英語が使える」と書いてありさえすれば、それで十分だった。言い換えれば、推薦状を書いてもらうこと、推薦状の執筆を引き受けてもらえることが大問題ということになる。出身大学の先生がケンブリッジ大学出身であり、イギリスの文化政策にも多少は関わりあっていたことを思い出し、そもそもその先生以外に英語の推薦状を頼めるような知り合いもいなかったので、卒業以来連絡も取ったことがなかったにもかかわらず、勇気を出して恐る恐る電話をしてみた。すると、きっとぼくのような学生がいたことも忘れているのではないかというこちらの心配とは裏腹に、「ちょっと話も聞きたいから大学に尋ねてくるように」との返答だった。緊張して出向いたぼくに「決して口頭試験やインタビューではないのだが、君のことを知らないと推薦状が書けないから」と前置きして、さらにはビールとサンドイッチも同席の上で、実に様々なことを尋ねられた。その中に「どんな音楽を聴く? 好きな作曲家は?」といった質問があり、そのとき思いつくままに「好きな作曲家はモーツァルトとバルトークだ」と答えたのだが、そのときの先生の返事が極めて印象的だった。曰く、「面白い、ユニークな組み合わせだ。でも、たしか君は大学にいた頃、『チェーホフが好きだ』とも言っていたね。バルトークとモーツァルトを足すと、いわばチェーホフができる。悪くない取り合わせだ」と。確かにチェーホフは古典主義的ロマン主義ともいうべき、つまり、内実は非常にロマン的、手法は象徴主義的だが、形式は極めて堅固に整っており、その点で古典主義的ともいえる。さらに、チェーホフにはどこかモーツァルトに似た軽やかさと、そのアダージョにも似た淋しさもあるので、この二人を並べることにはそのときも今もあまり驚きはない。が、その仲間にバルトークが加わることになるとは! ぼく自身には丸っきり想像すらできなかった。

 大学生の頃には敬愛するというよりもほとんど畏怖していた−−事実、在学中は「三歩下がって師の影踏まず」を律儀に実践していた−−その教授もクラシック音楽が相当に好きだったらしく、後年ケンブリッジのご自宅を訪問したときには先生の書斎からBBC3(BBCのクラシック専門FM局)が居間に通されたぼくの耳にも聞こえてきた。また、先生の昔話を聞かせてくれたときには、「子どもの頃は聖歌隊でバードやタリスの聖歌を歌っていたよ」とも言っていたので、音楽に対してもそれなりの審美眼(耳)があるのだろう、ともかくその人から「チェーホフが好きなら、そりゃ、バルトークだって好きになるのも当然だろう」と言われると、何となく自分の嗜好にお墨付きをもらったような気がしたわけだ。バルトークへの偏愛が伊達や酔狂ではなく、自分の内部のもう少し深いところに根ざしているのかもしれないという指摘は、「芸術を学ぶということは、要するに、自分の趣味を洗練する、つまりは自分自身をより良いもの、より有機的に統合された存在にすることだ」と、かなり時代遅れなロマン主義的信条を持つ身には、とても心強いお墨付きだった。

 「バルトーク体験」について語るなら、さらにヴァイオリニストのメニューインのことやピアニストのゾルターン・コチシュのことも書かなければならない。バルトークが最後に残したヴィオラ協奏曲や第三ピアノ協奏曲の独特の美しさについて書かずには、バルトークについてまだ何も話していないに等しい。しかし、それは別の機会に譲ることにしよう。おしまいは、バルトークから大学時代の恩師の思い出に横滑りしてしまったついでだから、その先生の逸話をもう一つ書き残しておきたい。

 その先生は学生の前では文字通りに一言も日本語を話さなかった。フランス文学の同僚(この人は日本人なのに)と話しているときは、フランス文学の先生はフランス声で話し、先生は英語で応じ、そしてその会話は尽きることなく続けられた。その不思議な様子をぼくたち日本人学生は呆然と見ていた。ともかく、先生が日本語を使っているのを見聞したことは誰にもなく、「先生は日本語が全然できないらしい」という噂さえあった。実際、廊下や中庭ですれ違っても、その口からはHello, Good morningくらいしか聞いたことがなかった。が、他方では「しかし、庭師(学内の芝生や樹木の世話をしていた)の人たちとは日本語で会話しているらしい」という〈伝説〉が学内では囁かれていた。ある程度親しくなった頃に先生にその真偽を尋ねたところ、こんな返答だった:

学内では学生とは英語を使うことにしていた。それが私の仕事だから。庭師とは? 彼らと話すときは「鳥のコトバ」を使うんだよ。お互いに花と緑が好きだから、自然に「鳥のコトバ」を共有するだろ?

だから、先生がどれほど日本語ができるのか、実はいまだによくわからない。 
(H.H.)
posted by 冬の夢 at 23:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 クラシック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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