2016年04月13日

たまには詩でも #3

ヘボな詩を載せるのがまだたった3回とは! 我ながらかなり驚く。

「思い出すこと」

月日は百代の過客
時間を旅人に喩えることが
あの日からこんなに遠く離れてしまった今
深い痛みを共にして理解できる

それにしても芭蕉はその上に
旅人が二度と帰れないことも知っていた

どうしようもなく君に惹かれた理由を
もう何十年も
ふとした折々に考えてしまう
二人が共にそれぞれに
孤独を持て余していたからだとばかり思っていた
けれども
だとしたら
なぜあの頃……

こんなにも忘れられないのなら
今でも心が、あるいは身体がどこかで
君を愛しているのだろうか

前世どころか二つも三つも前の世の
翳んだ亡霊のような思い出になっているというのに
(今では遠い昔の映画のお話)

けれどももっと恐ろしい疑問が生じる
はたしてぼくは君のことを本当に
心から好きになったことがあったのだろうか
(今では遠い昔の映画のお話)

日に日に君の声が遠くなる
秋の日の影が次第に薄らいでいくように
頼りなく
思い出すことが難しくなる
心の中で再現できても
確かめる術がなにもないから
本当に君の声なのか?
ぼくの声にすぎないのでは?
いつの間にか自分でも知らないうちに
ぼくは君の声をかすめ盗ってしまったのではないか
あるいはもっと悪いことに
誰のものでもない声を
君のものだと思ってしまったのではなかったか
(今では遠い昔の映画のお話)    (H.H.)



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posted by 冬の夢 at 00:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 創作(詩・小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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