山といっても標高わずか一三二・六メートル。東海道本線の二宮駅から、最寄りの登り口まで徒歩五分。長い階段と、山道がすこしあるが、山頂の芝生広場まで二〇〜三〇分ほどで登れる。相模湾から富士山、秩父方面まで全周が見渡せて、人もさほど多く来ない所なので、爽快な気分になれた。
初めて来たのはずいぶん前で、まだ会社員だった。
いやな仕事が多く、週末休みに東海道線にぼんやり乗り、ただ首都圏を離れようとしていたとき、ぐうぜん出くわした。桜の季節だったが、花見客はあまり見当たらず、地元の人が散歩に来ている程度だった。
会社員だったころは、都心から一時間半ほどの所要時間がなぜか惜しく、繰り返し行くことはなかったが、通勤者でないいま来てみると、とても近く感じる。東海道線は、東京や横浜からこのあたりまで乗ると人の姿が少なくなり、ほっとする。
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来てびっくり。暖冬とはいえ真冬なのに、ナノハナが満開だ。
この日は雲が多くて見えなかったが、山頂の西側は、まっ黄色にナノハナが咲き、その彼方に冬の富士山が見られる、絶景仕立てである。
ナノハナは、三月か四月ごろ咲く春の花だと思っていた。正確には早春の花で二月には咲くらしい。ここ湘南は温暖なのか、吾妻山公園ではさらに早い一月早々が満開期、イベントもあるそうだ。十二月半ばのこの日は、七分咲きくらいとのことだが、見た目はじゅうぶん満開だった。
「いちめんのなのはな」という詩があった気がしたが、吾妻山公園では思い出せなかった。
山村暮鳥の『風景 純銀もざいく』という詩だとわかった。この詩が載った詩集の出版は一九一五年で、現在は小学生の教材にもなっている、有名な詩らしい。
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな
これが最初の部分。
同じ構成で三セットあり、「かすかなる──」が、二つめは「ひばりのおしゃべり」に、そして三つめで「やめるはひるのつき」となる。
しきつめたような黄色い視界の中に、高い音が響いてくる。麦笛かなと見回したまなざしは、雲雀の声を聞きつけ空へ向かう。すると、あたたかな春空に、細い月がうっすらと見えている、そういう情景だろうか。
文字がコンセプチュアル・アートでおなじみのグリッド構造をなしている。ただ、その文字は「ひらがな」という、じつにやわらかなタイポグラフィだ。無機的な固まりが、柔らかな文字で出来ている、その表象のさらに字間と行間に、色や音が浮かんでいる。また、おだやかでのどかなだけではなくて、黄色い花のひとつひとつ、それから、緑の葉やさやのデリケートな構造もまた、くっきり目に浮かんでくる。
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初めてこの詩を見たのは、高校の国語の副教材かなにかでだ。
読む詩ではなく見る詩だ、と思ったのをおぼえている。
しかも、そう思ったにもかかわらず、見ていてどことなく落ち着かない感じがしたことと、とても怖いと感じたことが、記憶に残っている。
見る詩だというのは、まさに一目瞭然、というべきではないか。
朗読するとしたら、いったいどう読むか。黙読するにしても、すべて律儀に読み下す人はいないような気がする。見るしかない。
字面がそのまま、絵画や写真のように浮かび上がらせる光景や音を、音読で同じように立ち上げられる朗読者がいたら、書いた詩人に比肩するほどの表現者だと思うが、やはり見て感じる詩だと思う。
この詩に出くわしたとき「怖い」と思った理由は思い出せないが、そう思うのも無理はない。
地面は見わたすかぎり、まっ黄色、春の空もうす黄色く霞む。そのにごった空にこれまた、うすぼんやりと月が見えているが、その月は病気ですよ、というんでしょう。
「やめる」とは満月でないという意味らしいが、「病める」にしか読め(見え)ない。
月が病気に見えるのは、見ている自分のせいだという不安。あるいは、昼空に浮かんだ奇妙な月を見上げていると春愁が深まり、ものぐるい≠ノまで陥りそうな不安。そういう憂鬱を、ひたすら黄色が渦巻く視界が覆い、いつしか「純銀もざいく」のようにハレーションとなって目眩を起こす。そんな怖さがそこにある。
ゴッホの絵のようできれいということだろうか、いや、ゴッホの絵のようだからこそ、アタマがおかしくなってくる、そういう気持ちが描かれているとしか読めない。だいじょうぶなのかな、小学生の教材なんかにして。
見る詩だと思ったのに、見て落ち着かなく感じたのは、内容から不安をかき立てられることよりも、純粋に視覚的に安定感がなく感じたのでは。
これは、パソコンがあるいまは、すぐ確認できる。フォントや字間行間をいろいろ変えて表示させてみると、ただそれだけで、この「見る詩」の印象は、とても大きく変わる。
初めてこの詩を見たとき、活字印刷のぐあいが、いまひとつ美しくなかったのではなかろうか。
文学鑑賞からは離れてしまうマニアックな話だが、そこへもうすこし踏み入ってみようと思う。
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この詩が印刷された詩集が出版されたのは、もちろん鋳造活字の時代だ。
書体は限られているし、字間や行間は活字とは別のスペーサー的な部材をはめ込んで作るから、現代のコンピューター組版のように、微妙な詰め具合にしたり、いったん決めた文字組を変更するのは、容易でない。
逆にいうと、活字印刷では文字列は基本的に、カッチリしたグリッド構造になる。手書きの原稿用紙も格子構造であるわけだが、そうした文字列を無意識のうちに基本にして創作するからこそ、この詩のような表現がありえたし、「いちめんのなのはな」と文字がカッチリ版面を埋めたところへ、異なる一行が同じ字数で割り込むスタイルも、発想しえたのではないかと、想像してみた。黄色い詩≠ネのになぜ純銀≠ネのか、それは活字の色なのではないか、などと……。
もしほんとうに暮鳥が、原稿用紙の格子を字が埋めるのを意識したり、印刷文字が並んださまをイメージしつつ、詩作したのだったら。
暮鳥が校了にした刷り上がりの形で見ないと、この詩を「見る詩」として鑑賞したことにはならないのでは。そう思うと、文学的な鑑賞からますます遠ざかってしまうが、初版の印字面をどうしても見たくなった。
そこで、一九一五年に出版された詩集『聖三稜玻璃』を探してみると、ありがたいことに、インターネットで見ることができた。
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さて、どうだろう。
どうも暮鳥は、活字が並ぶ印刷面からの視覚的効果には、さしてこだわっていなかったようにも思える。
一九一五年出版の『聖三稜玻璃』に収録された『風景 純銀もざいく』を、見開き版面で見てみると、視覚的にデザイン効果をねらったとはあまり思えない。なにしろ百年前の本だから、装丁はともかく印刷面をデザインする、という発想は、あまりなかったかもしれないが。
見開きで見たとき、第二連の一行目が左頁に置かれているのは、続きがあるのをはっきり見せる意図だろうか。のど(本の綴じ目)が、本文を切る位置が不安定になっている。
またノンブル(ページ番号)が天側にあるのも、版面が不安定に見える原因だ。このように余白が多い場合は、地側にノンブルを置いて版面の安定感を出すのがふつうだと思う。わざとかな、よくわからない。
意外だったことは、いままでこの詩を見たどの記憶より字間行間がゆるくて、とても牧歌的な感じがすること。「いちめん」の「め」だけ、文字が若干小さいことで、見る詩だといってきたが、あらためてこの版面を読んでみると、なんとなく漂う奇妙な「口調」からも、そう感じる。
それにしてもなぜ、この「め」だけ、やや小さいのか! どうでもいいことだとは思うが、すごく気になる。
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いずれにしても、見る詩、つまり視覚で鑑賞する詩とひとり決めし、ひらがなを構成要素としたグリッドが、さらに三連のトリプティックを構成している、現代美術にもつうじる視覚世界として受け止めようとしたねらいは、から振りに終わりそうだ。
ただ「山村暮鳥」という名からして、風景とサウンドをイメージさせるものだから、見当違いでしたであっさり終わってしまうのも、惜しい気はするが。
そもそも、この詩人がどんな人か、まったく知らずに、ここまで話を進めてしまった。
すこし調べてみると、きわめて熱心な、異端とされることもあったほどの、キリスト教(日本聖公会・伝道経験もある)信者だったと知った。『聖三稜玻璃』の巻頭には、キリスト像と、ウパニシャッドからの引用がある。
異端とは、汎神論に近い考えも持っていたことをさすようだ。
だとすると、そういう思想から生まれた面を、この詩も持っているなら、初めて出会ったときの「怖い」を軸にして、「やめるはひるのつき」を、もっと「読み」こんでいかなければならないのかもしれない。
その読みかたは、詩の鑑賞のしかたを知らないわたしには、むずかしいけれど。(ケ)
国立国会図書館の「近代デジタルライブラリー」で見ることができます。
kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/907860
※ 開園:8:30〜17:30 この文の二〇一五年十二月中旬は、週末ながら人出は多くありませんでしたが、二〇一九年の花の季節には混雑していました。イヌをつれて山頂の芝生広場に入ることはできなくなっています。二〇二〇年、感染拡大により遊具の中止や入園注意があるようです。
Originally Uploaded on Dec. 23, 2015. 02:55:00
二〇二〇年十二月二十八日、手直ししました。管理用

