2015年10月28日

「リオの若大将」 サンバ! ボサノバ! サイケロック!

 うわ! またえらく「あか抜け」したものだ。若大将シリーズの十二作め、一九六八年公開の「リオの若大将」。
 いま見れば苦笑がもれそうなところもあるけれど、半世紀近く前の映画ですから! もっとも公開当時、かなり「クール」でないとそのカッコよさはわからなかったかもしれない。
 
 というのも、なにがシャレているといって、音楽だ。
 サウンドトラックは服部克久。当時三十一歳。パリ国立高等音楽院を出てテレビの音楽ですでに活躍していた、いわば新世代の音楽制作者だ。場面とユニゾンしたりハモったりするかのような流麗なハリウッド調のBGM。別のシリーズを見ているような気分になる。服部が音楽をつけた若大将シリーズはこれ一本きりなので、サウンドトラックの違いは否応なくきわ立っている。

 弾厚作、つまり加山雄三その人の音楽的貢献も大きい。
 キメ場面で使うメインの曲がないまま、その場面の撮影となり、前日に監督から曲を作れと指令がきた。作詞は得意でない加山だったが、後から歌詞は吹き替えられないから仮唄での撮影は無理。しかたなく一夜で作詞作曲したのが、いまも人気の「ある日 渚に」だ。「君といつまでも」のバリエーションといえなくもないが、一夜で作って撮影したとはすごい。
 さらに傾聴すべきは、やはり加山作曲の「ロンリーナイト カミング」。「なんちゃってボサノバ」ではあるが、日本初のボサノバブームは映画公開の前年──立役者は渡辺貞夫──からだから、毎度ながら加山の柔軟な音楽センスに感心させられる。

 まだある。大学バンド合戦の場面で、若大将と後輩バンドのランチャーズが演奏する曲にはびっくり。
 ひとつ前に出場する、中尾ミエのガールズバンドもキッチュでいいが──Aメロの刻みはレゲエ調だ!──曲や振付が、いかにも昔の歌謡曲。五十年前のバンド合戦では仕方ない。
 しかし、つづく若大将たちのバンドも、いつもの劇中歌らしく五〇年代っぽいR&Rか歌謡ポップだろうと思ったら、いきなりサイケデリック・ロック! 当時のピンク・フロイドやドアーズみたいなのだ! ほめすぎかな。
 とにかくその「ナイト・メアー」の演奏は、全編インストルメンタル。バックにトリップ・アートも現われる。加山はキーボードでソロ。弾けるんだね鍵盤も。日本での「サイケ」の流行がこれまた映画公開と同時期の一九六八年ごろなので、現在からは考えられないほど情報が少ない時代に、よくここまで形にしたと、またまた感心。

 もっともこれらは、おカネを存分に使って本場の情報に接することができた、かなり裕福な若者限定の話ではある。映画の中では。
 楽器はロクに出来ないがバンド合戦に出たかった青大将は「パパに買ってもらった楽器」でランチャーズを「釣る」わけだが、そのセリフは「ギターはビートルズと同じでリッケンバッカー! ドラムはよ、ラディック!」。いまでもジョンやリンゴと同じ型の楽器は三〇万円以上する。現在の価値にすると当時のリッケンバッカーやラディックは百万円くらいしていたのではないか。
 一九六八年、高度成長から一般大衆がどれほど実入りを得ていたかはさだかでないが、若大将シリーズは「買いたいものはカネ出しゃ買える」の度合いが強まり、夢と成金趣味の境界が怪しくなってきている。
 
 気をとり直して、音楽でもうひとつ。
 リオ・デ・ジャネイロでロケしているから、もちろんサンバが登場する。
 おもなシーンは観光用ショーに違いなく、これは仕方ないとして、早朝に浜辺でギターを弾く若大将に寄ってきた靴磨きの子どもたちが、サンバをやりだす場面がある。よく街場のサンバに目をとめ、なんらかの仕込みはしたにせよ、よく撮ったものだ。
「君たちどっから来たんだい」と訪ねる若大将。子どものひとりが「あそこだよ」と指さす。海岸沿いのホテル群の隙間に見えるのは、山に貼りついたようなファヴェーラ、つまり低所得者地域。一瞬だがはっきり映る。サンバはその、山の音楽なのだから、公開当時の観客の多くは気づかなかったにせよ、貴重な情報が盛り込まれていたわけだ。

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 さて、今回の若大将は京南大学工学部四年生。フェンシング部員。
 大型船舶設計者の教授のお供で、リオ・デ・ジャネイロの造船所に来た。そのリオで、日本人ブラジル移民の里帰り観光旅行をコーディネートする代理店社員、押田澄子と出会う。
 そこからの展開は、青大将のカンニングや横恋慕、「すみちゃん」の思い込みと行き違い──といっても今作で「すみちゃん」はオトナの魅力解禁。過去になく積極的だから誤解もすぐ解ける──、そして夢の海外旅行、バンド演奏、新しいスポーツ紹介を兼ねて若大将が活躍する試合──フェンシング──場面など「いつも通り」だ。
 ただ、若大将の大学時代がしめくくられる設定なので、おなじみの登場者たちの身辺も、ばたばた整理されていく。

 いちばんの波乱は、若大将が実家のすき焼き店「田能久」を継がず、ブラジル造船所を持つ日本企業に就職を決めること。もちろん父の久太郎は許さない。
「誰が何と言おうと僕は自分の進みたい道を歩くよ」という若大将の加山と「この店が継げないというなら勘当だっ、とっとと出ていけ!」と怒鳴る久太郎の有島一郎とのやりとりは、おなじみなのに、なぜか今回はユーモアが感じられず胸が痛くなる。飯田蝶子のおばあちゃんは「久太郎のことは気にしなくていいよ、就職おめでとう」と、やっぱり若大将の味方だが「あたしだってこの田野久を雄一に継いでもらわらないのは寂しいと思うよ。でもねぇ、このちっぽけな店のために、若い者の夢をしぼませるわけにはいかないからねぇ」とつぶやく。
 後段で、若大将の妹の照子が好きだから養子になって店を継ぐという、マネジャー江口のおかげで、事態はあっさり解決に向かうが、おばあちゃんがめずらしくボソっと発した本音が気になる。和室で坐り位置のショットはカメラ位置がやや高く、過去の作で見た記憶がないほど、おばあちゃんの姿は小さく寂しい。

 若大将が自分の意思で就職を決め社会に乗り出すことを、自分も寂しく思うのはなぜか。
 タイムマシンでひとあし先に、若大将シリーズの「夢」の数々が幻に終わった廃墟のような未来にいて、若大将の「その後」を知る立場だからだろう。

 若大将の就職先は、リオで撮影協力した石川島重工業。現在のIHIだ。映画の中ではっきり社名を出している。
 若大将が「リオで思いきりやってみたい」と興奮する造船所は、石川島ブラジル造船所つまりイシブラス。「めざし」の土光敏夫が作った工場である。一九五〇年代半ばに政権についた、クビシェック大統領の超急速経済成長計画の礎、産業の重工業化に乗る形での、地球の裏側への一大進出だ。
 若大将が就職する一九六九年はイシブラスの発展期。七〇年代にかけ、GDPが二倍となるブラジルの経済成長もあり、イシブラス関係者は日本の社内で肩で風を切れたそうだ。サラリーマン若大将、イケイケであったろう。
 しかし間もなくオイルショック。造船業は沈下。ブラジル国内では急ぎ過ぎた経済政策やブラジリアに首都をムリに作ったことなどのツケが来たか、超インフレ時代が到来。社内事情もあり八〇年代後半にイシブラスは赤字に転落し一九九四年に操業停止。きれいな終わりかたではなかった。
 映画では、頼まれると「弱ぇな」のひとことで何でも引き受ける若大将、ブラジルで最後まで付き合ったに違いない。能力と年齢からして現地の役員か副社長あたりになっているだろうから、趣味のバンドやスポーツなどやるヒマもなく、察するにあまりある苦労をしたことだろう。「リオの若大将」で活気いっぱいに映る石川島ブラジル造船所の場所を、Googleで映像表示してみて愕然となった。タイムマシンで未来に飛んだら廃墟になっていたというSFではないが、その通りの光景なのだ。

 若大将シリーズを見続けてきて、もうすこし正確に知りたいと思うことがひとつある。
 高度成長期を象徴する映画で、封切館では立ち見が常識だったというが、新作公開と同時に映画館で見ていたのは、どんな人たちだったのだろう。
 当時の大学生は熱心に見たとは思えないと、そのころ大学生だった人が教えてくれた。安保闘争や学生運動の時代でもあり、大島渚の映画こそ見られていても、若大将が話題になったことはなかったと。
 といってもノンポリ学生のほうが多かったわけだから、若大将シリーズの十年間で倍増した大学生の多くが見たとしよう。だとしても、ヒット作は三百万人を超えた観客数の一部でしかない。若大将の京南大学のモデルである慶応や、映画の雰囲気に近かった大学の学生たちが何度も見たとも考えにくい。大学生役の俳優たちは実際は社会人世代で、現役大学生にはむしろ親しみにくかったのでは、とも思う。

 いま加山雄三は、ひと回り歳下の団塊世代を応援すると明言している。現在のファンも団塊世代中心らしい。
 その世代がかつて新作に殺到した観客でもあったなら、中学生か高校生のころだ。加山が三〇歳をすぎて若大将の大学時代が終わる「リオの若大将」あたりでようやく、大学生くらいの歳だろう。
 当時の東宝の大衆娯楽作品は、カネ持ち喧嘩せず、が基本路線だ。いや、カネはないけどなんとかなるさ、か。ともかく、今日明日のやりくりに汲々とせずハチャメチャにいこうよということだ。それを、お約束のワンパターンで面白がらせる。
 そして。
「勘当だ!」は「期間つき」含み。
「あなたの顔なんか見たくもないわ!」は「大好きよ!」という意味。
 つまり「喧嘩せず」こそ絶対の約束だと、ほとんどすべての場面が訴えかける。
 ひとはなぜ喧嘩すなわち拒絶の心理・行動に至るのか。
 汲々とするからだ。その理不尽さに怒り、時代に立ち向かおうとしたりするとよけいに。かといってニヒルに時代に背を向けるのも同じこと。時代など流れるままにしておけばいい、それでこそ時は薬となる。

 だまされているような気もする理屈だが、このロジックで仕立てられた若大将が、現実の時代に抗おうとして政治や社会に悩める同時代の大学生たちのものでなかったことは明白だ。若大将こと加山雄三は、まだ中高生だったり、さきに実社会へ出た「大学生でない」若者たちのものだったのである。
 ただし。
 だから若大将シリーズは、大切なテーマを避けて通る凡庸なガス抜き娯楽だと、きって捨てるつもりはない。なぜならこのシリーズを楽しみにしていた、数として圧倒的に多い「大学生でない」大衆こそ、悩める時期を終えて社会に出た「大学生」たちに使われる立場となって、社会を支える生産活動を行った人びとであったからだ。

「団塊の世代の人たちは『やることがない』なんてぼやいてちゃいけない。自身の第六感を信じて、自分のやりたいことをまた見つけたらいい。退職しても、生きた人間という肉体の船に乗った魂は、”生涯現役”。」

 近年の加山は、そんなふうにいっている。
 永遠の若大将ここにあり、ありがとう、といいたいが、なんとなく釈然としない気持ちも残る。
 若大将シリーズはだまし絵みたいなものだったとは思わないし、加山雄三のシンプルな性格には愛すべきところがある。
 しかし、ひたすらに働いて歳をとって「やることがない」となった人は、もう「なにもしなくていい」のが本当なのではないか。

 なぜそんな、まぜっ返すようなことをいうかというと。
 ハローワークの高齢者枠に通った経験からいうのもなんだが、「やりたいことをまた見つけたらいい」という言葉は、わたしにはひどく抑圧的に響く。
 ひたすら働いて石炭をくべ続けた機関車のほとんどが、夢の国に到着できずに壊れてしまった。それがいまの日本だ。
 若大将には悪いけれど、いまの日本で高齢者が、若いふりをせず、収入や面子も気にせず、心底から好き勝手に「やりたい!」と叫べることが本当に見つかって、やれるのだろうか。
 以前よりひどく不愉快で嘘くさい「夢の国」へと敷かれた線路の上で「社会の役に立つこと」を、「やりたいこと」だと自分に思い込ませるように見つけるだけなのではないか。いやそれより、ひたすら働いたことに見合わないミジメな死にかたをしたくなければ、いい歳になってから「やりたくないこと」でまだ稼がなければいけない、そういう人のほうが多いのではないか。そんなふうに疑ってしまう。

「リオの若大将」のラストは、憧れの造船所があるリオで、スーツ姿もりりしく社会人となった若大将と、そのもとへ駆けてくる澄子とのラブシーンだ。
 ふたりの上半身は隠れて見えないが、この星由里子の出演最終作で、若大将と澄子の最初で最後のキスが暗示される。
 ただし。
 調べてみると星由里子は、リオでの撮影には行っていないようだ。
 だとしたら、この場面の澄子はスタンドインだ。
 若大将のいちばんの「夢」は、実現していなかったのである。(ケ)


※参考文献/多いのでこの記事では列記を略します。
 加山雄三の発言は、文藝春秋二〇一二年七月号より。

 Originally Uploaded on Oct. 31, 2015.

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