2015年10月23日

"Don't Cry Out Loud"が、なぜ「あなたしか見えない」?

(いつか画像も用意したいけれど、当分は文字情報だけでご容赦)

 おそらくすでに「あの人はだれ?」状態になっていると思われるが、メリサ・マンチェスターという大歌手がいる。その大歌手の大昔(1978)のヒット曲にDon't Cry Out Loudという歌がある。すでにいっぱしの深夜放送族(もちろんラジオの話だ−−これもまた埋蔵文化財のような話だ)だった子どものぼくは、きっと一度ならずそのドラマティックな歌声をどこかで耳にしたのだろう。というのは、メリサ・マンチェスターに続いてリタ・クーリッジという大歌手もこの曲をカバーし、おそらくリタ・クーリッジが歌った方が日本ではヒットしたはずだが、そのとき「以前に聴いたことがある」と思ったような記憶が今も幽かに残っているから。つまり、最初の刷り込みはメリサ・マンチェスターの熱唱系の方だったに違いない。

今からすでに40年以上も前の記憶のことはさておき、なぜ急にこの歌を思い出したかというと、先日近所の商店街を歩いていて、何かの拍子に非常に美しい歌を耳にした。いかにも今の季節にふさわしい、センチメンタルな情感に溢れる歌だった。「聴いたことのあるメロディだし、聴いたことのある声だな」と感じて、ところかまわずに1分以上も真剣に聴き入ったところ、歌詞も非常に気になるモノだった:

今までつきあってきた
女の人に較べたら
私は真面目すぎて
あたな つまらないでしょう
私 不器用なの
キスも上手くないわ

愛さずにいられない
それは真実(ほんと)よ
愛さずにいられない
あなたしか見えない

あなたの前で私は
ただオロオロするばかり
何か失敗しそうで
脚がもつれる感じよ
大胆になれないの
艶(いろ)っぽくないでしょう

愛さずにいられない
悲しいほどよ
愛さずにいられない
あなたしか見えない

本当のところ、すぐに原曲を思い出すことができなかった。「愛さずにいられない」というリフレンを耳にして、最初は一瞬プレスリーの名曲Can't Help Falling in Loveと混乱したくらいだ。が、この錯誤は幸いにすぐに自己解決した。全然違う曲だ。

続いて脳裏を駆け巡ったのは、「この声は寅さんの妹のサクラだ」ということだった。つまり、倍賞千恵子の声だ。若い人たちにとってはせいぜいのところが「『ハウル』のソフィーの声優だ」ということかもしれないが、この倍賞千恵子という女優は、実のところ、かなり(べらぼうに?)歌が上手い。子どもの頃、なぜか姉がこの人の歌が好きで、よくレコードを聴いていた。その歌声の響きが記憶のどこかに残っていたようだ。そして、これは個人の好みだろうが、倍賞千恵子は実はかなり美人でもある。この歌も上手い、演技もできる美人女優を「寅さんの妹」にしてしまった山田洋次(映画監督)の罪作りなことと言ったら! 大女優を一人葬ってしまったようなものだ! が、ともかく、いったんその歌い手が倍賞千恵子だとわかった以上、「今までつきあってきた女の人たちに較べたら、私は真面目すぎて、あなた、つまらないでしょう、色っぽくないでしょう?」って、あまりにその役柄・人柄そのままで、「これは倍賞千恵子のためのオリジナルなのか?」と、それこそ「思わずにいられない」。

しかし、「愛さずにいられない」というリフレンのメロディは確かに聞き覚えがある。そして、ふと(幸運?の女神が微笑んだか)、don't cry out loud...というフレーズが口をついた(ような気がした−−本当は脳裏を過ぎっただけだが)。

となれば、今の世は便利この上なく、ネットで探りを入れれば、ものの30分で解決に到る。「あ〜、メリサ・マンチェスターの歌だったか!」と。しかし、問題はここだ。Don't Cry Out Loudが、いったいどうして「あなたしか見えない」になってしまったのか? あらためて原曲の歌詞を見て、かなり驚いた!

Baby cried the day the circus came to town
'cause she didn't want parades just passin' by her
So she painted on a smile and took up with some clown
While she danced without a net upon the wire
I know a lot about 'er 'cause, you see
Baby is an awful lot like me

Don't cry out loud
Just keep it inside, learn how to hide your feelings
Fly high and proud
And if you should fall, remember you almost had it all

Baby saw that when they pulled that big top down
They left behind her dreams among the litter
The different kind of love she thought she'd found
There was nothin' left but sawdust and some glitter
But baby can't be broken 'cause you see
She had the finest teacher-that was me-I told 'er

Don't cry out loud
Just keep it inside and learn how to hide your feelings
Fly high and proud
And if you should fall, remember you almost had it all

Don't cry out loud
Just keep it inside and learn how to hide your feelings
Fly high and proud
And if you should fall, remember you almost made it

これはどう聴いても絶対に愛の歌ではない! いや、愛の歌だが、その愛は女子教員がやんちゃな女子生徒を心から心配しているようなもので、断じて「あなたしか見えない」といった男女の愛ではない。ちょっと訳してみれば、

サーカスが街に来たとき、あの子は泣いた
パレードが自分なんかを相手にせずただ通り過ぎて行くのがイヤだったから
だから笑顔にペイントして、道化たバカ者と仲良くなって
ネットもなしに綱の上で踊っていた
あの子のことよく分かるわ
だって怖いくらいに私に似ているから

声を出して泣いてはダメ
じっとこらえて、思いは秘めておくの
そして高く、誇り高く飛ぶのよ
それでもしも墜落したとしても、忘れてはダメ
もうほとんど全部を手に入れていたんだってことを

サーカスのテントが取り払われると
あの子の夢はゴミと一緒に置いてきぼり
それまでとは別の愛を見つけたと思ったけど
残されたのはゴミ屑と安物の金ぴか服だけ
でも、あの子はペシャンコになんかならない
だってあの子には私という最高の先生がいて、こう言うから

声を出して泣いてはダメ
じっとこらえて、思いは秘めておくの
そして高く、誇り高く飛ぶのよ
それでもしも墜落したとしても、忘れてはダメ
もうほとんど全部を手に入れていたんだってことを

ちなみにリタ・クーリッジだと「声を出して泣いてはダメ」というところを we don't cry out loudと歌うときもあって、そうなるとますますこの「女性教員」と「女子生徒」のペアは親密な同盟を結んでいるように聞こえる。「私たちはそんなことでは泣かないわ」って。

先日書いた Little Girl Blueと較べると、メリサ・マンチェスターの熱唱には申し訳ないが、歌も内容もかなり劣るように思う。深刻度が違う。人はときには泣くしかないってことが分かっていないのだろうか。いや、おそらくは「こんなことくらいで泣いてはダメ」ってことなんだろうな。そう、例えば、バカな男に失恋したくらいでとか、出世への道が閉ざされたくらいでとか。だからこそ、「挑戦したってことは、それだけですでに十分過ぎることなのよ」ってオチになるのだろう。でも、「高く、誇り高く飛ぶのよ。それで、もし墜落したとしても、ともかくあなたはやってみたのだから。それを忘れないで」という歌詞には、つくづく「時代」を感じてしまう。「歌は世に連れ」とは言いも言ったり。結果はともかく、とにかく挑戦してみること、思い切ってやってみること。確かに、ぼくもそう学んできたような気がする。「して後悔する方が、せずに後悔するよりもずっといい」と。けれども、今の時代、心の底からそう思えるのかどうか、ふと考え込んでしまう。

しかし、肝心なことはこんなことではなかった。問題は英語の歌詞の内容ではなく、この英語の歌詞がいったいどうして「あなたしか見えない」となってしまったのかということだ。まあ、要するに、「替え歌」ってことなんだろうけれど。そして、いったん「替え歌」と思えば、日本語の「あなたしか見えない」という歌は、案外といい歌だ。いや、英語の歌詞よりもずっといいかもしれない。特に、繰り返すが、倍賞千恵子の歌はいい。 (H.H.)




posted by 冬の夢 at 04:02 | Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 映画音楽・ソウルなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 伊東ゆかりの持ち歌で日本の曲だと思ってました。歌詞が苦手でした。英語で歌われているのも耳にしましたが、あのころは英語歌詞をわずかに聴き取るのも不得手で、それきりでした。この文を読んで、なるほどと初めてわかりました。
Posted by (ケ) at 2015年10月23日 16:50
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