2015年09月22日

Japan's Brave Blossoms rock the Boks! 〜 日本34-32南アフリカ/ラグビーワールドカップ2015

まさか勝つとは思ってもいなかった。
ラグビーワールドカップ2015がイングランドで開幕。グループBの日本は初戦で南アフリカと対戦した。南アフリカは過去のワールドカップで優勝二回。かたや日本はと言えば、八度も出場しながら勝利がたったの一試合のみ。負けるために出るような、そんなチームだった。
ところが、その日本が王者南アフリカに勝ってしまった。
しかも、素晴らしくドラマチックな大逆転での勝利。世界中のラグビーファンが想像すらしなかった。特に日本のラグビー好きは揃って「何点差で負けるのだろう」としか考えていなかった。いやはやなんとも、言葉が出ない。2015年9月19日は、ラグビーファンの間で末永く語り継がれる日になった。

勝因はいくつかある。

@ハンドリングミスがほとんどなかった
日本は細かいパス回しで活路を開く戦術をとる。しかし、そのパスがつながらないことが多かった。そのほとんどはハンドリングのミス。よくまあこんなにポロポロやるな、というくらいノックオンが続く。それを拾われてあっという間に相手チームがトライするという悪いパターン。
ところが、南アフリカ戦では日本のノックオンはほんの2〜3回しかなかった。よって、ノックオンからの失点は皆無。バックスのパスは見事につながっていた。それはパスの精度やハンドリングの正確さにもよるのだが、パスをする選手間の距離が影響していて、すなわち適度に近いのだ。離れた味方への無理なロングパスは一度も見られなかった。距離感の統一がパスミスを減らした。

Aスクラムとラインアウトでマイボールを失わなかった
スクラムとラインアウトは攻撃の起点となる大切なセットプレー。相手ボールはともかくとしても、マイボールを確保しないことにはアタック出来ない。巨漢チームが相手だと、相手ボールのラインアウトからモールを組まれて22メートルライン付近から一気に持っていかれてトライされる、なんて場面がざらにあった。マイボールのスクラムでさえ、プッシュされてボールを失い、守備が整わないうちにサイドを破られていた。
それがなんと互角に渡り合った。さすがにスクラムは押されていたが、素速い球出しでマイボールをナンバーエイトとスクラムハーフが確保してバックスへ展開。日本の攻撃の起点は、まさにスクラムとラインアウトだった。

Bタックルが決まっていた
南アフリカ戦全体で、日本のディフェンスが破られたのは二回。ともにトライされたものの、八十分間戦ってたったの二回だったことが驚異であり、その二回以外はすべてのタックルを決めていた。
タックルのスキルレベルが上がったこともあるだろうが、相手選手に対して常に二人が同時にタックルに行くコンビネーションが冴えていた。そこで相手の攻撃を止めるだけでなく、ボールを奪う場面もあった。一人が腰から下にタックルすると同時に、もう一人が上半身に当たりながら相手が持つボールをチョップするのだ。バランスを崩しながら、ボールを放す南アフリカの選手。そこでターンオーバーしてキックで陣地を押し戻す。タフなタックルが試合のリズムを確実に作っていた。

Cブレイクダウンで反則を取られなかった
たとえば日本のバックスがボールを持って走り、相手のタックルを受けて倒れる。それが、ボールの奪い合いの接点となるブレイクダウン。味方のサポートが遅れればボールは相手に奪われる。サポートがあっても、相手のプレッシャーが強くて思わず反則を犯してしまうことがある。それが自陣であれば、相手のペナルティキックですぐに失点につながる。
南アフリカ戦では、まず、ブレイクダウンで負けなかった。センターが倒されればウィングがすぐにサポートする。そこへフランカーが加わり、壁を作ってマイボールを維持。
さらに、そこで反則をしない。
普段の日本チームならば、相手に取られまいとしてボールを離さないノットリリースザボールや、相手ボールが見えているところへラックの横から入るオフザゲートなどのペナルティを取られていた。そんな悪い癖が出なかったのは、ブレイクダウンで互角に競り合ったからだ。
逆に南アフリカの選手は再三ノットロールアウェイの反則を犯した。これはレフェリーの笛に左右されるプレーで、日本はフランス人審判のジェローム・ガルセスさんを大会前の試合で招聘し、レフェリングの傾向をつかんでいた。南アフリカは慣れない笛に反則を重ね、それが、五本のペナルティゴールによる日本の15得点に直結した。

Dキックの応酬を対等に戦えた
相手陣の22メートルライン付近への深いキックは、陣地の確保に有効だ。特に相手フルバックのキック力が不足している場合、ほぼ相手陣の中で試合を進められる。過去の日本はそれで陣地争いに負けていた。
その弱点は、五郎丸の存在だけで簡単に克服された。なにしろキックの伸び方が半端ではないのだ。南アフリカのフルバックが蹴った最初の位置までボールが戻ってしまうくらい深いキックを蹴ることが出来る。となると相手はもう深くは蹴って来ず、ハイパントを蹴るか、バックスに回すかのプレー選択になる。それは、すなわちブレイクダウンとタックルの勝負になり、上記のBまたはCのプレーで対応が可能。主導権は日本にあった。

こうして日本の勝因を振り返ってみると、これらの因子が単独ではなく、常に結合されることによって、日本がゲームを支配し得たのだとわかる。
南アフリカは日本から4トライしか奪えなかったのだが、うちふたつは、日本のミスからトライに結びつけたもの。
前半、南アフリカのハイパントを日本の選手がノックオン。そのボールを直接プレーしたリーチ・マイケルが反則を取られた。南アフリカはそこからタッチキックで陣地を進め、マイボールラインアウトをモールで押し込んでトライを決めた。
もうひとつは後半、スクラムハーフの田中のキックがダイレクトでタッチを割り、蹴った地点に戻されて相手ボールのスクラムに。バックスに展開され、ボールを受けた南アフリカのフォワードが日本のタックルをかわし、ステップを踏んでトライ。
このように、ブレイクダウンでノックオンをしたり、ミスキックから陣地を戻されたりすると、あっという間にトライまで持っていかれる。それがワールドクラスの相手と戦うときの日本のラグビーの常態であり、その最たるものが1995年のワールドカップで、ニュージーランドに喫した145対17という記録的大敗であった。

@からDまでを八十分間のゲームで貫き通すのは、容易なことではない。個々のプレーを全力でやり続けると、次第にフレッシュさが失われ、疲労が蓄積されていく。するとミスが出始めて、さらにミスをすることにナーバスになる。心身ともに疲れが増し、最後の十分間で相手にトライの山を築かれる。
ところが、南アフリカ戦の日本は、その容易ならざることを完璧にやり遂げてしまった。
それは、ノーサイドが近づくにつれてドライブがかかるように凄味を増してきて、逆に南アフリカの巨漢たちのほうに疲労の色が濃く見えるようであった。

南アフリカに3点リードされた最後のプレー。相手フォワードがノットロールアウェイを繰り返したことで、シンビンを出されて退場。時間的にもうワンプレーしか残されていないところで、日本のキャプテン、リーチ・マイケルはペナルティゴールでの同点を狙わず、スクラムを選択する。
ここで世界中のラグビーファンは残らず快哉の声を上げたに違いない。勝てるはずのない日本が、同点のチャンスを自ら捨てて、ワールドカップ二度優勝の王者、南アフリカにスクラムで勝負を挑もうというのだ。
どんな小説家も、シナリオライターも、マンガ家も、こんなあり得ないストーリーは書かない。けれども、日本の選手は、ゲームのスタートからそのときまで、@からDのポイントをほぼパーフェクトに実行できたことを全員で実感していたのだ。
「最後のワンプレーで俺たちはトライを取れる」
そう選手が確信したこと。日本と南アフリカの試合の行方は、このとき決した。
そして、その決まりきった結末に向けて、スクラムが組まれ、ボールはバックスに渡る──。あとは、繰り返し見たあのトライシーンが浮かんでくるばかりだ。

日本チームが成し遂げた世紀の番狂わせは、世界のラグビーファンを狂喜乱舞させた。試合が行われたブライトンのスタジアム全体がJapanコールに包まれたのはもちろんのこと、You Tubeで見ることができるパブリックビューイングでの日本贔屓の様子が見ものだ。ほぼ全員がアイルランドのユニホームを着ているにも関わらず、ラストワンプレーでの日本のトライに飛び跳ねて歓喜を爆発させる。ラグビーのプレースタイルが、国境や種族を超えてここまで共感を呼べるものなのだと驚かされてしまう。
南アフリカ戦の翌日以降、日本チームは地元メディアから「The Brave Blossoms」という愛称で呼ばれるようになった。単なる「桜たち」に「勇敢なる」という形容詞がつけられたのは、何もこちらから頼んだことではない。自らを「サムライなんとか」と名乗るのとは訳が違う。ラグビーの母国から「Brave」を冠せられたのだ。なんとも痛快で、カッコ良いことではないか。

ラグビーワールドカップ2015のオープニングセレモニーで流された映像は、開催国イングランドに相応しいラグビー発祥のエピソードを描いていた。ラグビー校の体育の時間、フットボールに興じていた生徒たちの中で、突然蹴ることをやめて、ボールを抱えた少年が独り走り出す。エリスという名のその少年が、時を超えて著名なラグビー選手に姿を変えて、走り続けるという演出だった。
ラストワンプレーで3点を狙ったペナルティキックを蹴らずに、スクラムからバックスを走らせるプレーを選んだ「The Brave Blossoms」。まさに、エリス少年の母国で開催される大会に相応しい、ラグビーの本当の姿を呼び覚ますチームだった。
「The Brave Blossoms」が世界中のラグビーファンの記憶に残るチームになったことは、実に誇らしい。そして、記憶だけではなく、ラグビーの歴史に残る勝利なのだ。
本当に信じられない。ウソみたいだ。でも、現実なのだ。
現実とは悪いものばかりだった。しかし、たまに、気分の良い現実もあるのだった。(き)


RWC2015.jpg


※2015年9月23日に試合のVTRを再見し、プレーの記載に誤りがありましたので一部を訂正しました。
posted by 冬の夢 at 23:51 | Comment(2) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
国際的にもJapanの印象を好転させる出来事だったろうね。実はライブでは見損なってしまった。それも、日本のチームを見損なっていたからに他ならない。大差で負けるのを見るに忍びず、という思いだったから。それで朝のニュースでビックリ仰天。個人的には終了前に得た1度目の反則でトライを選択した後(それも凄い!ことだが)、モールで押し込んでおきながら惜しくもタッチダウンを認められなかった後でも集中力が途切れなかった選手たちに最大級の賛辞を送りたい。ともかく世界陸上の100mで日本選手が自己ベストと日本新を更新してメダルを獲得するに匹敵する快挙(怪挙)だと思う。それにしてもあらためて痛感したのは(ラグビー好きの人たちには周知のこととは思うが)、ラグビーって意外にもメンタルが強く影響するスポーツだということ。それを闘志というのかもしれないが、後半、南アの選手はメンタルのコントロールが全くできていなかったようだ。ともあれ、今日のスコットランド戦も健闘を祈るばかり。
Posted by H.H. at 2015年09月23日 14:48
VTRを再見しての追加です。
後半23分のトライ成功後、南アフリカには立て続けにチャンスがあった。けれど、あと一歩のところで日本に阻まれてしまう。そして、22メートルライン付近での日本ボールのラックに南アのフォワード(18番)がノーバインドのショルダーチャージで突っ込み、ペナルティを受けてしまう。
普段の南アなら、このような不要なプレーはしないところ。でも、ご指摘の通り、メンタル面でナーバスになっていたのでしょう、思い通りに行かない苛立ちが出てしまった。
五郎丸の見事なトライが決まったのは、このあとすぐのことでした。
Posted by (き) at 2015年09月23日 19:04
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