2015年08月19日

『海の若大将』と加山雄三の「恋は紅いバラ」

映画には多くのシリーズものがある。特に黄金期の日本映画はシリーズものばかり。そこでは「柳の下のドジョウ」ということわざは無意味。二度ある事は三度あり、三度あれば四度もある。松竹映画の『男はつらいよ』は、なんと四十八回も作られた。終盤は年一作になったけれども、基本は盆と正月の年二回、間を空けることなく公開されるのが常だった。
そうなのだ。シリーズものであるからには、定期的に新作を製作する必要がある。観客は次回作を楽しみに待っているのだし、間が空くと観客を他の作品に取られてしまう。
ところが、「若大将シリーズ」ときたら、二年間も新作が作られなかったことがある。第四作『ハワイの若大将』が昭和三十八年八月に封切られたあと、シリーズは長い空白期間に入る。第五作『海の若大将』の公開は、ちょうど二年後の昭和四十年八月であった。

人気絶頂のシリーズが二年も中断したのは、加山雄三が黒澤明監督の『赤ひげ』に主演することになったから。
当時の黒澤明は映画作家としての爛熟期に入っており、しかも新作は常に大ヒット。昭和三十六年の『用心棒』に始まり『椿三十郎』、『天国と地獄』と続く黒澤組の作品は、東宝にとってドル箱のひとつだった。その黒澤が次作で加山雄三を主役に抜擢する。『赤ひげ』は、師が弟子を一人前の医師に育てあげる物語。演技力があるとは思えない加山雄三に目をつけたのは、青臭い存在感が買われたのか、黒澤明の素人好みか、それとも巧みなマーケティングであったか。
それはともかく、黒澤組の映画に出ることは、他の一切の仕事との掛け持ちが許されないということでもあった。黒澤組と言っても俳優も裏方もみんな東宝に雇われている身だから、毎月の給料は一定だったはず。ならば、経営者側としては、彼らに出来るだけ多くの仕事を重複しながらでもしてもらいたいわけだ。ところが、黒澤がそれを許さない。世界的名声を得て、興行的にもハズレなしの黒澤に反論することは不可能だったろう。冷静に考えれば、黒澤明自身が東宝専属だし、『赤ひげ』だって会社の金で撮っているのだが。当初の撮影予定期間を大幅に超過して完成した『赤ひげ』は映画史に輝く傑作となり、昭和四十年の興行収入第一位を記録したが、東宝はもう我慢ならなかった。『赤ひげ』公開後、黒澤明は東宝専属契約を解除され、そして、黒澤の不遇の十数年間が始まる。

それはまた、別の話なのであって、そんな黒澤組から解放された加山雄三を、誰もがみんな待ち構えていた。
待っていたのは藤本真澄(※1)。「若大将シリーズ」のプロデューサーはすぐに若大将最新作にゴーサインを出す。脚本は田波靖男。世相に合わせて雄一と澄子のベッドシーンを書いた脚本は、藤本に瞬殺されて書き直し。スタジオの空きがなく、関西の宝塚映画で撮ることになり、監督も早撮りが得意な古澤憲吾。全身真っ白のスーツを身に纏ったアイディアマンは、加山雄三の歌をエサに競泳会場の観客エキストラをコストゼロで集めてしまう。
そんなこんなで、たちまちに出来上がった映画が『海の若大将』なのであった。

雄一は、京南大学水泳部。澄子さんは、青山のスーパーマーケット「ユアーズ」の店員、芦屋澄子。青大将のカンニングを手伝った雄一が大学から停学処分を受けて久太郎からも勘当されるというおなじみのパターン。学術調査船のアルバイトを見つけたら、その船のオーナーが青大将で、澄子さんまで乗り込んでの航海となる。

『海の〜』というタイトルが示す通り、この航海シーンがやたらに笑える。窓から覗く澄子さんを幽霊と勘違いするあたりは、わかっていても若大将・青大将のコンビネーションで大いに盛り上がる。例によって青大将が急にサカリがついたように澄子さんに言い寄るが、「海の上ではそんなことは許さない」と雄一が仕切って終わり。台風に巻き込まれて遭難しそうになる場面では、船の規律を重んじる雄一が的確な指示を出して船長然とした姿を見せる。
離島に流れ着いた後は、雄一が島の娘と仲良くなり、澄子が嫉妬の鬼と化す。東京に戻ってからもすれ違いを続けながら、最後には誤解が解け、試合会場に駆け付ける、というこれまたおなじみの展開。
自分が雄一の試合を見るために、免許証を警官に取り上げられたままの青大将に車を走らせる澄子。これほどまでに自己中心的な、身勝手な、高慢ちきなヒロインが、いまだかつていただろうか?ただひたすらに、星由里子が美人なだけで、それが許されてしまうというキャラが成立したのだった。『海の若大将』はそんな澄子さんのエキセントリックさが最大パワーを発揮する作品。次作以降、少しおとなしくなったり、しおらしくなったりするが、星由里子自身が「澄子には女性のいやらしさ、ズルさがあった」と言う通り、根は変わらないので、そんなうわべは信じられませんな。
そんな「澄子さん」という役は、東宝映画史上でも、最高に可愛い悪女であったと思う。こんな女性と付き合うのは真っ平御免だが、近くにいたら、たぶん青大将と同じように惹きつけられて、こき使われてしまうのだろうなあ。でも、青大将みたいに金持ちじゃないから、ハナから相手にされないのかも……。

終戦から七十年が過ぎたその日、NHK-FMでは、戦争にはまったく関係のない「今日は一日、加山雄三三昧」(※2)というお気楽な番組を放送していた。およそ九時間に及ぶ放送の中で、唯一聴く価値があったのは星由里子と中真千子がゲスト出演した六十分間のみ。どんな話から入るのかと思ったら、なんと『海の若大将』から始まった。
当たり前のことだが、同時代を経験していないアナウンサーがインタビューするので、番組としてはかなりギクシャクした内容だった。それを見越して、加山雄三の歌をはさみながらゲスト出演の間をやり過ごす進行であったのだろう。
となると、「若大将シリーズ」に出てくる加山雄三の曲をかけるわけだが、加山雄三がまともに歌を歌った最初の作品が『海の若大将』だったのである。

そんなこたぁない!
そうです、その通り。第一作の『大学の若大将』から劇中歌を加山雄三は歌うし、『日本一の若大将』では「おおお、俺は!おおお、若大将!」と青島幸男アンド中村八大コンビのテーマ曲を快活に歌っている。
『海の若大将』が最初、というのは、岩谷時子作詞、弾厚作作曲のナンバーが初めて劇中で歌われるという意味。曲は「恋は紅いバラ」である。
「恋は紅いバラ」は、元は弾厚作作詞作曲の「DEDICATED」という曲。弾厚作こと加山雄三が、英語の歌詞でなければ歌えないと言っていたときの作品だ。


I love you, Yes I do
But I don't know how to tell you
My love for you makes me blue
But I'm so afraid to tell you
I must find a way to show the way
I will find the way and the courage to say
“I love you, Yes I do”
But I don't know how to tell you
My love for you is like red roses
That's newly plan in march



前作の『ハワイの若大将』ではワイキキのビーチを歩きながら、雄一が澄子に歌う。歌が上手な雄一ならそれもありかな、という流れで歌うから、まったく違和感がない。つまり、シナリオであらかじめ構成された、主人公が歌うシーンとして「DEDICATED」が歌われている。
ところが、『海の若大将』で「DEDICATED」を日本語歌詞に変えた「恋は紅いバラ」を歌う場面は、青大将主催のダンスパーティーのステージ。物語の一場面として雄一が歌うというよりは、加山雄三のためにセッティングされた舞台のようでもある。つまり、「恋は紅いバラ」は、「若大将シリーズ」の中に、加山雄三のヒット曲をはさむ「歌謡映画」のパターンを出現させたきっかけとなったのである。だから、NHK-FMの番組も、歌で「若大将シリーズ」を振り返るのであれば、『海の若大将』から始めるしかなかったわけだ。


アイ・ラブ・ユー イエス・アイ・ドゥ
愛しているよと 君に云いたくて そのくせ 怖いのさ
君に今度逢うまでに
みつけておこうね その勇気を
アイ・ラブ・ユー イエス・アイ・ドゥ
夜空に歌えば 僕の心に 恋の火は燃える

(台詞)
僕は君が好きなんだ
だけど…だけどそいつが云えないんだな
でもネ 僕は君を倖せにする自信はあるんだ

僕と今度逢うときは 黙ってお受けよ この愛を
アイ・ラブ・ユー イエス・アイ・ドゥ
恋とは男の胸に息づく 紅いバラの花


「DEDICATED」では英語にこだわっていた加山雄三も、この岩谷時子の歌詞が気に入った。以後、弾厚作は相方を岩谷時子と決めて、猛烈にヒット曲を量産していくことになる。

同時に、「恋は紅いバラ」を契機に取り込まれた「歌謡映画」的な要素は、「若大将シリーズ」に新しい魅力を加えることにもなった。『海の若大将』に続く『エレキの若大将』は、雄一自身が歌を歌いまくる設定。倒産した実家の田能久を雄一が「君といつまでも」をヒットさせて救うという、映画が現実とシンクロするような展開を見せる。黒澤組のように加山雄三が拘束されることもなくなり、「若大将シリーズ」は、俳優加山雄三が主演し、歌手加山雄三が歌う歌謡映画に昇華していくのであった。

ところで、歌手加山雄三は、日本でもかなり早い時期から自ら作詞作曲するシンガーソングライターであった。自分で何でも出来てしまうので、演奏もひとりで完成させられる。『海の若大将』の冒頭、雄一が自室にあるテープレコーダーを回しながら、アマチュア無線に自分の歌声をのせる。あらかじめ自分の歌を吹き込んだテープを再生しながら、そこにさらにギターと歌を重ねていく。即席のダブルトラッキングだ。歌うのは「ブーメラン・ベイビー」。こんな歌い方は映画界の人々では、誰も思いつかなかっただろう。
音楽、船、スキー、サーフィン、無線、絵画、コンピューターゲーム……。映画にとどまらず、自分の興味のある世界を勝手に広げていた加山雄三。その自由な生き方が田沼雄一のイメージを固定的なステレオタイプから解放したのでもある。

NHK-FMの放送で、進行役のビビる大木が、何の遠慮もなく、星由里子に「星さんは加山さんからデートに誘われるとかいうことはなかったんですか?」とビーンボールまがいの直球勝負を挑む。それを受けて星由里子、「私はね、付き合いは雄一さんと澄ちゃんだけだったんですよ」とさらりとかわす。さすがに大女優の答えである。
星由里子が言うには、加山雄三はジュース一杯奢ってくれたことがなかったらしい。宝田明や夏木陽介が「星ちゃん、お茶行こう」と気軽に誘うのに対し、加山雄三は自分の趣味に忙しくて、出番が終わるとそそくさと撮影所からどこかに行ってしまう人だった。
上原謙と共演していて、デビュー前から加山を知っていた江原達怡が、加山に将来何になるのか聞いたところ「船の設計士になる」と答えたそうだから、加山雄三からしたら映画俳優の仕事は、自分の生活の中の一部分にしか過ぎなかったのかもしれない。
『海の若大将』に至るまで、二年間の空白を生んだ『赤ひげ』の撮影時には、星由里子と中真千子がともに「加山さんの雰囲気が全然違っていた」と証言するほどに俳優業に打ち込んだのであったという。しかし、黒澤明に鍛えられたにしては、『海の若大将』の加山雄三は、以前の「若大将シリーズ」と何も違うところは感じさせない。
たぶん、役者としての力量は上がったのだろうが、加山雄三にとっての「若大将シリーズ」は、何ひとつ繕う必要のない自然体映画という認識だったのだろう。映画の基本設定自体が加山の日常から材を得たものなのだから、それももっともな話だ。
田能久の実家で、飯田蝶子のおばあちゃんからよそってもらったご飯茶碗の持ち方がふるっている。お椀の底の高台を人差し指と親指で丸く持って、そのままご飯をかっ込むのだ。
育ちはいいはず。でも、そんなこたぁ構わない。おいしいご飯を食べるのには、茶碗の縁にかける親指が邪魔になる。シリーズの中で二回はその食べ方が写っているくらいだから、海の上の、船の中でもそうしているはずだ。
黒澤組に参加したあとも、若大将らしいノンシャランとした雰囲気は変わらなかった。そして、そこに加山雄三が大好きな歌のひとり舞台が加わる。
『海の若大将』は、そんな加山雄三が辿ることになる黄金の「若大将シリーズ」乱れ打ちの始まりとなる作品だったのである。(き)


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(※1)藤本真澄は「さねずみ」の読みが正しいが、NHK-FMの番組で、星由里子は「ますみさん」と呼んでいる。

(※2)「今日は一日、加山雄三三昧」は平成二十七年八月十五日 NHK-FMで放送された。

(※2ー追記a)同番組のゲストコーナーで、司会役のアナウンサー黒崎めぐみが、「今日は用事があって参加できないある方からメッセージをいただきました」と読み上げる。「こんにちは、マネージャーの江口です」。黒崎がそのまま先を読み続けようとするので、ゲストであるはずの星由里子がそれをさえぎって「ああ、江原達怡さんからの手紙ね!」と口をはさみ、やっとそこでメッセージを届けた本人の名前が紹介された。司会役として黒崎がプロ失格なのはさておき、星由里子の機敏な反応と大人の対応が光る一場面だった。

(※2ー追記b)ゲストのひとりとして招かれた映画評論家の佐藤利明は、『アルプスの若大将』で澄子がパンアメリカン航空のグランドスタッフである設定に触れて、「澄子さんの職業は、最初はキャンディストアの店員から、お針子さんから、だんだんアップしていって、仕事を持っている女性の自立のヒストリーでもあったんです」とコメントした。
番組を盛り上げるための台本なのかわからないが、これはまったくの的外れで、澄子の職業は単に映画のタイアップ先の企業と連動していたに過ぎない。キャンディショップは明治製菓(大学の若大将)、レコード店は東芝(エレキの若大将)、ガソリンスタンドは出光石油(ゴー!ゴー!若大将)といった具合だ。
単なる勘違いだったとしても、キャンディショップの店員を下に見て、航空会社のカウンター勤務が「アップ」したのちの上の職業だと決めつけた発言は、映画評論家としていかがなものであろうか。



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posted by 冬の夢 at 20:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 若大将シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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