2015年08月02日

ソラリス体験記【下】 〜 アンドレイ・タルコフスキー『惑星ソラリス』を観る


ソラリス体験記【上】 〜 スタニスワフ・レム『ソラリス』を読む はこちら→

『惑星ソラリス』は、1972年製作のソ連映画。アンドレイ・タルコフスキー監督の名を広く知らしめ、今でもSF映画のエポック的な位置づけにある名作のひとつだ。

日本では1977年に公開された。高校生のときに地元の映画館で見た際には、前半部分に出てくる未来都市が東京の光景であったことにひどく驚いた。狼狽した、と言ったほうがいいかもしれない。
もちろん、インターネットなどない時代で、事前に映画の詳細情報が明らかにされることもない。試写会が行われなかったのか、映画評論家が取るに足らぬことだと受け取ったのかわからないが、首都高が未来都市の代わりとして用いられていることを、たぶん観客全員が知らなかったと思う。
ケルビン家を訪ね、そこでも自らのソラリス体験を真に受けてもらえなかったバートン(DVD版の字幕による/ハヤカワ文庫ではベルトン)が息子とともに自動運転の車に乗り、帰途につく。その車内から見る都市が、紛れもなく東京なのであった。
最初はタクシーの形から。次にトラックの側面に書かれた漢字らしきもの(ショットが短いのと動いているのとではっきりとは読めない)から。そして、決定的なのは、夜が更けてライトを点けた車の列が連なる遠景に映るビルのネオンサインが「ルーチェ」と「ファミリア」(※1)であることから、それが東京であるとわかる。
映画館の衰退期にあたる七十年代後半のことでもあり、観客がスクリーンに向かって何かしら反応することはない時期だ。「よっ、健さん!」とか叫んだりせず、ひたすら静かに、なかには痴漢行為などがあったのだろうが、どちらかと言えばみんなが揃って行儀の良いときだった。その観客たちが、徐々にザワザワし始めた。(これ、ひょっとして、東京?)地方都市なので、東京はよその土地。自信はない。けれど、マツダのネオンサインは決定的だった。ザワザワは言葉になり、誰かれともなく「やっぱり東京だ」という呟きが漏れた。
狼狽した人がどれだけいたかはわからない。でも、そんな気分になった人は少なくなかったと思う。それは、外国映画に、しかも未来都市に、東京の光景が選ばれたことが恥ずかしい、という感情が引き起こした狼狽だった。グローバル化などという概念がないときだし、「外国」、特に「欧米」は憧れと同義でもあった。よって、外国映画は日本映画よりも「高級」なもの、として捉えられていた。そこに、東京が写ってしまったのだ。
いやいや、どーもすいません。こんなのを取り上げていただいちゃって。そんな価値はありはせんのですが。

ところが、タルコフスキーは、わざわざ未来都市を撮りたくて来日したのだと言う。きっかけは大阪万博だ。会場のすべての構成要素から「現在性」が排除された空想空間が、理想の未来都市に見えたのだろうか。けれども、ソ連当局が万博開催期間の出国を認めず、やっと来日が実現したときには万博会場は取り壊された後だった。そして、東京滞在中に、首都高を撮影したという経緯らしい。
遠景は赤坂見附をどこかの高層ビルから撮ったもの。ズバリそれとは見えず、どこかしら違和感があるように写っているのは、鏡を使って車のヘッドライトとテールランプの流れを増幅させ、未来都市の光景に仕立てたからということだ(※2)。

余談が長くなりすぎた。
スタニスワフ・レムの原作を読んで、直ちにタルコフスキーの映画を見た率直な感想は、「やっぱりよく出来てる」ということ。
どうやらレムは、タルコフスキーによる映像化が気に召さなかったらしく、二人は大喧嘩になったらしい。そもそも原作自体が、何かを誰かに伝えること自体を深く懐疑する内容であれば、レムの反応は当然のことだろう。原作の映画化にあたっては、映像作家が原作を解釈し、映像に置き換える作業を担うわけであって、たぶんタルコフスキーに限らず映画監督は、レムからの猛烈な批判を避けることは出来なかっただろう。

レムの意図とは違っていても『惑星ソラリス』は、原作を十分に斟酌したうえで、映画独自の世界観を提示することに成功した。
かつて見たときには、やけに長ったらしい作品だという印象をもったが、再見して、三時間近い長尺はなんだかあっという間に過ぎてしまった。途中でウトウトと眠ってしまって、気づいたら終わっていた、というのではない(その意味では『ノスタルジア』は深い眠りから覚めるとすでにラストシーンだった)。特に、あえて冗長さを狙っていると思われた前半のケルビン家の田舎のシークエンスは、なかなかにスリリングな展開であった。原作にはない、タルコフスキーによる映画独自の設定で、偉大なる父に服従するケルビンや、古い女性の写真とどこか他人行儀な母(映画の終盤で、写真の女性が実の母親であることが示される)、あるいは何やら象徴めいた描写による馬と犬など、映画におけるミステリー調の導入部として、十分に機能している。
タルコフスキーらしさを表す記号論的な「水」の使い方は、しおらしいほどに目立たない。
見事なのは、ソラリスの探査報告会を過去の映像としてTV画面で見るというシナリオ構成にしたこと。父親の親しい後輩であるらしいバートンが若かりし日にパイロットとしてソラリス探索に参加したこと。そこで、巨大な赤ん坊を目撃したこと。それが報告会で一笑に付されたこと。そして、明日ソラリスに旅立つケルビンも真に受けないこと。これらを説明なしに一気に観客に明示する手法は、映画ならではのさばき方だ。
画面の中の神経質そうなパイロットが、父のもとに来た禿げた中年男と同一人物だと気づくのに時間をかけさせるのも、観客の認知力を巧みに操る見せ方である。

その後、くだんの首都高の場面になり、映画は、いきなり、ソラリス上空の宇宙ステーションに視点を変える。この場面転換が冴えているのであって、親しい情景から突然に無機質な宇宙空間に投げ出された感じを強く受ける。
ここからは、ほぼ原作通りに物語が進む。田舎の実家のシーンでミステリー調は使い終わっているせいか、宇宙ステーションにいるはずのない人がいるという描写は、呆気ないほどにあっさりとしている。映画だから、見せたら終わり、という感覚なのだろう。
「ソラリス学」は、TV画面のバートン報告会の映像で済ませているので全面カット。これをドキュメンタリー映画風に本格的な学術研究の経緯として見せるのも一興だが、「ソラリスの海」のことを突き詰めると、そこにはメビウスの輪が待っているわけで、下手に手を出さないのが正解である。

それよりも問題は、ハリーをどう映像化するか、であっただろう。
これは、結果的には、女優のキャスティングによって解決されてしまったと言えよう。ハリーを演ずるのはナタリア・ボンタルチュク。ソ連映画を代表する『戦争と平和』を監督し、自らピエール役でも出演したセルゲイ・ボンタルチュクの娘だ。このナタリアの存在感は半端ではない。それは存在しなさそうな存在感なのであって、ハリーなのか幻影なのか、本物なのかニセモノなのかが、微妙にわからないような女優なのだ。ハリーを演るために世に出てきたような女優なので、たぶん本作以外にはさして活躍はしていないはず。あまりにハマり過ぎて、他の役はオファーされなかったのだろう。

そして、ナタリアの存在感にも影響されて、「ソラリスの海」が意識下の投影を行う対象は、『惑星ソラリス』においては、ひとことで言えば「郷愁」ということになる。
原作では、そのターゲットは明確にはされていない。それが「人間形態主義」を超えた難解さを生んでいたのだが、タルコフスキーは映画化するにはそれでは難し過ぎる、と判断したのだろう。宇宙ステーションで孤立した人の心の中に、真っ先に浮かぶのは故郷の景色なのではないか。そして、それが、観客にとって最も理解しやすいと踏んだのである。
実際に映画は、「郷愁」のイメージそのもので終わる。再び田舎の実家が出てきて、玄関から偉大なる父が顔を出す。ケルビンは、父の前に跪き、父の身体に抱きつく。それをカメラが俯瞰で捉え直し、さらに視点がはるか上空から見下ろす形になる。すると、その田舎の風景そのものが、島状に孤立していることがわかり、その島が「ソラリスの海」に浮かんでいる全景が映し出される。
この俯瞰ショットのショックは、『猿の惑星』のラスト、砂に埋もれた自由の女神のイメージに近い。すなわち、極めて「映画的」なラストシーンである。
タルコフスキーは映画作家であって、物書きではない。だからこそ、この俯瞰ショットを選択したのであった。これ以上の、象徴的で鮮烈な印象を残すラストショットはない。
それがスタニスワフ・レムの不興を買ったとしたら、タルコフスキーからすれば、映画化を許可したならこのイメージは許されて当然、と思うだろう。
しかし、レムの原作では、これに似たイメージがバートンによる飛行報告書の中に登場するのみ。レムは、「ソラリスの海」が引き起こす現象の単なる一事例をことさらのようにして取り上げて、大袈裟な仕立てのラストシーンにしたことや、原作にはひとかけらもない「郷愁」のような意味を持たせたことが、不満だったのではないだろうか。

ふたたび外を眺める余裕ができたとき、私の下のほうにはなんと、庭のようなものが見えたのです。そう、庭ですよ。盆栽みたいに小さな木々、生垣、小道──でも、それは本物ではなかった。それは全部、完全に固まって黄色っぽいギプスのようになるものと同じような物質でできていたんです。(「『小アポクリファ』」より)

それにしても、「人間形態主義」を真っ向から否定した、すなわち、表現することを全否定した原作に、果敢に挑戦したタルコフスキーは、なんと勇気ある映像作家だったことであろう。スタニスワフ・レムはハナから原作を原作以外に置き換えることを容認していなかった。実際にレムはタルコフスキーのシナリオを拒否し、ダメ出しをしている(※3)。あえて、そんな偏狭な原作者を持つSF小説の映画化を行ったタルコフスキーは、それはそれで、次元違いの映画監督である。
加えて言えば、超難解な原作を、ちょい難解程度のレベルにおさえながら、三時間近い映画として、面白く見させるアレンジがなければ、ここまで『ソラリス』が一般化しなかっただろう。大喧嘩の真偽はともかく、スタニスワフ・レムもアンドレイ・タルコフスキーも、ともに素晴らしい表現者であることには、異論のないところである。

ちなみに、地方都市の映画興行は当たり前のように二本立て上映が基本であって、公開時の併映作品は『戦艦ポチョムキン』。二年後に今度は二番館にかかったのを再見したのだが、そのときは『ピロスマニ』との組み合わせ(※4)。
今にして思えば、この組み合わせこそが、『惑星ソラリス』を長ったらしい冗長な映画であるというすり込みを呼び起こしたのだ。恐るべき地方都市、あまりにも重過ぎる併映作品のセレクションであった。(き)


solalis02.jpg
(※5)


(※1)「ルーチェ」は1966年から1995年まで、「ファミリア」は1963年から2003年まで東洋工業株式会社から発売された自家用乗用車。「マツダ」は東洋工業が製造した車を総称するコーポレートブランド名だった。

(※2)月刊イメージフォーラム 1987年3月増刊「追悼・増補版 タルコフスキー、好きッ!」に掲載された黒澤明のコラム「『惑星ソラリス』地球の自然への郷愁」より。
黒澤はソ連訪問時に『惑星ソラリス』の撮影現場を訪ねた夜、映画人同盟のレストランでタルコフスキーと酒を飲んだ。
「普段、酒を飲まないタルコフスキーは、大いに酔って、レストランに音楽を流しているスピーカーを切ってしまい、『七人の侍』の侍のテーマを大声で唄い出した。私も負けずに、それにあわせて唄った」

(※3)上記と同じ月刊誌に「ロシア思想」誌でのタルコフスキーの発言が引用されている。
「例えば、レムとの場合ですが、シナリオを自分の望むように作らせてもらえなかったというまさにそうした理由で、私は『惑星ソラリス』にたいしてなによりも不満なわけです。つまり、私たちは自分たちのシナリオを作ったけれども、レムの怒りにあい、採用されなかった、拒否されたのです」

(※4)『戦艦ポチョムキン』は、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督、1925年製作のソ連映画。映画史においてはじめてモンタージュ技法を生み出した記念すべき作品。
『ピロスマニ』は、ゲオルギー・シェンゲラーヤ監督、1969年製作のジョージア映画。1978年に日本で初公開された。

(※5)『惑星ソラリス』DVD 1998年 アイ・ヴィー・シーから発売されたバージョン。ブラウン管サイズで上下が切られた画面が小さくて見づらかった。

(※)原作部分の引用は、ハヤカワ文庫「ソラリス」スタニスワフ・レム著 沼野充義訳 2015年刊より





posted by 冬の夢 at 10:11 | Comment(3) | TrackBack(0) | 映画 洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 スティーブン・ソダーバーグも撮っているので「ハリウッド的解釈」が見られるかもしれませんね(昔みたのですが忘れた。ちなみにレムはこの版にも不満)。
 レムは、本文にもある通り「コンタクトの不可能性」を強く即物的に描き(不可能なのだから情緒的に表現はできない、それをレムは、ひたすら書き込むことで否応なく読者にわからせる)ます。「いつかはわかりあえるよね」的な解決は、物語の中にではなく、現実世界でコミュニケーションの不可能性を知った人たちが捨て駒となってでも努力することのうちに「あるかも、でも、たぶんない」でしかないわけです。逆に、作品の中で「わかりあえたかも」と示してしまったら、それで「解決」になり行動停止になってしまう。当時のポーランドとソ連も、違うんだと。だから自作を「メロドラマ」にしてしまったとタルコフスキーに激怒した、ということはよくわかります。原作を読み、文中に書かれているレムの文脈で見ると、タルコフスキー版は確かに「癒し系」っぽく、やや乱暴にいうなら「安っぽく」見えて来てしまうから不思議。といっても、再見したら、ますます自分にとって大切な映画になりましたが。
 誠意をもってコンタクトしようとすると、むしろ混乱が生じ、意を尽くそうとすれば変人あつかいされて排除される危険がある、ということが近年とてもよくわかり、コミュニケーション不可能派になっていました(そのことで、イメージを言葉に置き換えてはいけない、伝わるものでないならそれぞれに感じていればいい、というのではない、むしろその逆)。わかりやすいキャッチコピー程度の「コミュニケーション」で納得し、ケンカせず、とにかく共存するのが最善の策だと。空気を読むってやつですか。
 ちなみに、おそらく「鏡」と「ソラリス」がタルコフスキーの頂点で、この後の、国際的な評価を決定的なものにする「ノスタルジア」、そして「サクリファイス」は、文に書かれているようなポジションで「ソラリス」を再見した後では、本人が過去作の「いい絵」「いいコンセプト」をウケ狙いで切り貼りしたように見えてしまって困りました。昔は、この二本が完成形で、しかも、ものすごく素晴らしい映画だと思っていたのですが、急に色褪せてしまった…。
 
Posted by (ケ) at 2015年08月02日 13:52
旧訳の原作も読むには読んだが、ぼくにとって重要なのはタルコフスキーの映画の方! 「最大級、最上級の悲恋映画」だと思っている。それが原作とは全く違うものだとしても。この映画には簡単な理解を拒否する表現がちりばめられているが、中でもステーションの図書館で『ドン・キホーテ』が映し出されていたことが気になっている。ハリー役の女優には言葉もない。『ソラリス』がタルコフスキーの映画の中でもとりわけ印象的なのは、唯一まともに恋愛を描いた作品だからではないかな。そういえば、ゴダールがどこかで「恋愛映画でない映画なんて映画じゃない」みたいなことを言っていたような気がする……
Posted by H.H. at 2015年08月03日 03:02
 写真を、本にしたり展示したりする、あるいはそうなったものを鑑賞する、中で、実のところもっとも影響を受けているのがその、「ソラリス」の図書館の場面です。この映画は、傑作とされている「サクリファイス」よりもずっと「言葉」と「意味」に満ちていて、たとえ伝達が不可能だとしても、あるいはその努力はあらかじめ裏切られ続けるムダなものだとしても、言葉と意味を捨ててはいけない、というふうに感じました。
 その一方で、これ以降の作品に再出する「いい絵の使い回し」などにもうかがえるけれど、「コンタクトの不可能性」について、はるかに厳格に考えていたレムなどからしたら、この映画のような、いわばサブリミナルな手法など、バレバレ過ぎて不快だったのかもしれません。
Posted by (ケ) at 2015年08月03日 12:23
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