2015年05月02日

「南太平洋の若大将」 青大将という生きかた【改】

 軽佻浮薄とは、この男のことをいう。
 石山新次郎、すなわち「青大将」だ。
 能天気、楽天家、我田引水、夜郎自大──どんなキャラクターかひとことで説明しようとすると、用字用語や四字熟語の勉強になってしまう。日本映画が生んだ、重要無形文化財のような存在だ。
 
 若大将の敵役、それが青大将で、加山雄三の主演で大ヒットした青春映画シリーズに登場するサブキャラクターだ。演じた田中邦衛の、最初の当たり役でもある。
 あまりに有名な役を演じたことで知られてしまった俳優は、後々までそのイメージにつきまとわれるというが、田中邦衛は、青大将で知られていた時代も、青大将とはイメージが違う役柄をほかの映画で演じて活躍していた。下から上へずりあげるように話す、その昔、田中邦衛のモノマネ芸の基本でもあった演技は、どの役も青大将に通じるものがある。しかし、その感じで演じた悪役などは、コミカルな青大将の姿などどこにも感じさせない、ねじが飛んだような陰惨な人間の姿を表現して、すごかった。
 しかも田中邦衛がとりわけすぐれていたのは、ほかの出演者の誰にもない雰囲気をかもし出して場面をひとりで持っていってしまう場合があるにもかかわらず、主役は食わない一線、自分の存在で主役が輝く立ち位置を、つねに解していたに違いないことだ。地でやっていたのではなく、役柄のどのイメージともちがう、まじめな演技研究家ではなかったろうか。
 いずれにしても、青大将以後、田中邦衛は長丁場のシリーズものの脇に欠かせない俳優となった。ほとんど見たことはないが、テレビドラマシリーズに出演したときの役柄のほうが、いまではよく知られているのだろう。

       

 映画若大将<Vリーズは連続ドラマではなく、一作ごとにすこしずつ設定が違っている。ただ、大枠は同じで、若大将も青大将もキャラクターは全作共通だ。
 加山雄三演じる若大将こと、田沼雄一は、スポーツと音楽の才能を輝かせ、なにごとも頼まれると断れずに取り組む、頼みがいのある明朗な大学生だ(社会人編もある)。そして、田中邦衛の青大将つまり石山信次郎は、そもそも若大将の陥る難題の原因を作ったり、若大将の恋路をじゃましたりする、困り者の同級生である。 

 青大将は、たいてい社長の息子という設定で、典型的なドラ息子キャラだ。困ったら「パパ」に頼めばいいと、いつも自慢する。カネがあることを臆面もなくひけらかし、大学にスポーツカーで乗りつけたり、服をわざわざ銀座の婦人服店(!)にオーダーしたりする。
 それをいうなら若大将だって、麻布の老舗すき焼き店のひとり息子なのだが、ぼんぼん育ちの鷹揚さが若大将の魅力だ。青大将はどうかというと、なにごとにつけしつこくカラんでは空振りする、スマートでないズッコケ野郎なのだ。彼のサイフ目当てに女のコがホイホイついてくるかというと、なめられっぱなしだし、カンニングなどの小悪事はたちまち露見。事故はやらかす、ギャンブルすればカネを巻き上げられる……。

 しかし、この男には圧倒的な強みがある。
 青大将は、どんなにズッコケてもけっしてメゲない!
 どうやら脳内リセットボタンが装備されているらしく、ゴメンですんだら警察はいらん! という事態に陥っても、這いつくばってゴメンし、泣き落としで逃げたおし、そのくせたちまちケロリと再登場をくり返す。そのあたりには、田中邦衛がほかの映画で演じた悪役の、人間が壊れているのではないかと怖くなるような、狡猾さやふてぶてしさもうかがえて、見ていて面白い。

 そんなやつに、困ったときだけ友だちじゃないかと引っぱりだされる若大将。迷惑にはきりがない。
 ちょっとしたトラブルのケツを持たされたり、青大将のカンニング露見に連座させられて、停学や勘当をくらったりするのは序の口だ。青大将が起こした事故の賠償責任を負わされたり、香港からマカオまで軽飛行機を操縦して助けに(!)行かされたりもする。
 青大将のトラブルで若大将が金銭的負担をしなければならなくなる場面があるが、金額を現代の価値に換算してみると驚きだ。いまだって一般家庭なら破産してしまう額なのだ。

 そんな面倒をやたらに若大将に押しつけておきながら、青大将は毎度、若大将とヒロインの「すみちゃん」こと澄子とのラブストーリーを、いちいちひっかき回す。
 横恋慕のくせに、わざわざ若大将に、自分と澄子の橋渡しや、澄子の自分への気持ち確認を頼み込みさえする。しかも青大将はウラで澄子にガセネタを流し、若大将のことを誤解させて気を惹こうとしたりするから、まったく始末におえない。
 しかし若大将は自分がハメられていることに気づかず、告白ぐらい自分でしろなどと怒りながらも、青大将と澄子のつなぎを引き受けてやったりする。
 つぎつぎに難題を起こす青大将と、つぎつぎと引き受けて解決する若大将、そのコンビネーションを面白く見せている喜劇だとわかっていても、若大将の、ありえなさすぎる好感度、いや、お人好しが過ぎるところには、さすがにうんざりしてくる。

       

 ところが、いろいろ事情があってスネたりグレたりしているやつだ≠ニ、若大将が青大将をかばってやるような場面に出くわすと、ふと、それもそうかなと思ったりもする。
 
 若大将は、シリーズ第一作から全編を通じて「おばあちゃんっ子」だという設定。母親は亡くなっている。
 じつは青大将も、母親がいないようだ。

 若大将は料理店の息子だから、いつも家族や店員たちでワイワイにぎやかな家に暮らしてきた。若大将の絶対的支持者であり、百パーセントやさしい「おばあちゃん」──飯田蝶子がいい!──がいて、彼の失敗はいかなる場合も弁護し、勘当だと怒る父親を逆に叱り飛ばしたりしてくれる。
 いっぽう青大将の父親は、経営者で、あまり家にいない様子。しかも、外でお盛んなようだ。父親はコリャコリャやっているのに、青大将は「おばあちゃん」もいない「女中ッ子」※らしい。そういえば青大将の名は「新次郎」なので、兄がいると思うのだが、その姿もない(若大将にはキャピキャピ可愛くて、ときに共同戦線を張ってもくれる、妹の照子がいる)。
 青大将には家族がないのだ。ハチャメチャな行動と、その責任をいちいち若大将におっかぶせようとする態度は、甘えなのかもしれない。似た境遇にある若大将が、自分とまったくちがう温かい家庭環境にあることが羨ましいのか、嫉妬しているのか、それとも自分という存在が、いつも笑い飛ばしていなければならないほど悲しいのか……。

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 青大将は、超人気スターである若大将・加山雄三の敵役キャラだから、長年にわたって観客の憎悪を一手に引き受けたのではないか。ひょっとして田中邦衛その人までもが、憎まれ役になってしまったのでは。
 それが、ちがうのだ。若大将シリーズを継続していくうえで不可欠なほどの人気役で、「すみちゃん」こと澄子を演じた星由里子にいたっては、脚本の田波靖男に「わたし、一度でいいから、青大将のお嫁さんになりたいの」と、そういうストーリーの一作を欠いてくれるよう頼んだことがあるくらいだそうだ。「すみちゃん」でさえ、そんな気持ちになるのだから、同時代の観客にも、同情と共感の目で青大将を見ていた人たちが、すくなからずいたのではなかろうか。

       

 さんざん迷惑をかけられ、いや、ちょっとした迷惑ならともかく「ワナ」まで仕掛けられ続けてきた若大将さえもが、ついに青大将に尻尾を巻く瞬間が訪れる。
 シリーズ十作目の、この『南太平洋の若大将』で。
 今回の澄子は、このシリーズではおなじみのパン・アメリカン航空、その国際線キャビアテという設定なのだが、この作の青大将は、澄子を熱愛するあまり、乗務スケジュールを調べあげ、澄子の全搭乗機の乗客になって全世界へ飛ぼうとしている。いくら財力があるとはいえ、大枚をはたいての国際線ストーカーだ。
 いまの時代に、好かれてもいないCAにそんなことをしたら、たちまち通報されてしまうが、わたしは青大将の極度の情熱に、なぜか感動してしまった! 
 女のコを好きになったら、いくら冷たいそぶりをされても、世界の果てまでも追いかけて告白し続ける──そんなことは、もちろんしたことはないし、たとえ自分に気のない女性を好きになっても、そこまでする気は起きないと思う。ということは、そうまでするほど好きだという愛情そのものを、おれは女に対して持ったことがなかった、と思い知ったからだ。
 大学の授業中に、「澄ちゃん号」と大きく朱書した時刻表を見ながら、澄子のフライトスケジュールをこっそりチェックしていた青大将は、教授に見つかって、クラス中の笑い者になる。
「バカだなあ、あいつ」
 と、若大将が所属している柔道部のマネジャー、江口もあざけるように苦笑する。
 しかし、江口の隣に座っていた若大将は、ノートを閉じながら、ついにこうつぶやくのだ。
「だけど、正直でうらやましいよ」

       

 青大将は、感情と行動の直球投手なのだ。
好きだ、結婚したい、結婚してくれるなら改心して、まじめに勉強する!
 ほぼ全作を通じて、青大将の「すみちゃん」への態度は、ほとんど爽快なほど最短距離一直線の、感情と行動につきている。
 映画での恋の勝利者は、もちろん若大将に決まっているわけだが、自身の心の欠落を埋める全的存在として「すみちゃん」が好きだとわめき続ける青大将に比べると、どうも若大将は、気持ちにも態度にもブレがあるような気がしてくる。
 今回の『南太平洋の若大将』でも若大将は、すみちゃんとの関係をペンディングにしたまま、前田美波里と遊んだりしてしまっている。もっとも、五〇年近く前の日本映画には収まりきらないほどパンチが効いたルックスと、すごいダイナマイトボディで迫られた日には、若大将ならずともクラッとくるのは無理ないけど。
 そういえば、いかにも高額所得者の子弟が多そうな私立大学の、夢のキャンパスライフが舞台になっているからといって、大学生が当時花形の職業婦人に、いきなり結婚前提で交際を求めてもよかったのだろうか。若大将がいくら、のんびり屋であったとしても、そこは意識したのではないか。それに若大将には、実家の店の後継問題もある。しばしば思うがままの行動で大学と問題を起こし、「勘当だ!」と父親に叫ばれるパターンの若大将だが、今作では、すみちゃんに向かって一直線に突撃できない「自粛」の気持ちがよぎっていたのではないか。
 そんなふうに想像してみると、青大将の常識破りの求愛行動は、最高に輝いているじゃないか。若大将ならずとも「正直でうらやましいよ」だ。

 どの作品でも、スポーツ大会と、すみちゃんとの恋、両手に花の勝利者としてラストシーンを迎える若大将だが、すみちゃんとの将来、それも、結婚云々ではなく当面の彼女との関係さえも、毎作毎作いまひとつぼやけたエンディングなのが、いつも気になっていた。
 どうやら若大将には、家業のすきやき屋を継ぐ気はないようで、もっとスポーツやバンド活動で遊んでいたいような様子もある。だったらすみちゃんの存在はどうか、というと、それらを越えたところにある、無二のものではない感じなのだ。
 これまで、このシリーズを紹介してきた文で、あまりにワガママな思い込みがひどく、自意識過剰が行き過ぎている「すみちゃん」のことをしばしばケナしてきたが、演じていた星由里子その人も「すみちゃん」のキャラが好きでなかったそうなので、あながち見当ちがいの非難ではなかったと思う。
 しかし、澄子の、いつもいら立っていて、自分中心でないとすぐキレてしまうような態度は、若大将の、あっさりしすぎた、こだわりがなさすぎる性格への不安だったのかもしれない。始末におえない誤解癖ではなくて、そのときいちいち、若大将の真意をただすためのポーズをとっていた、というか……。
 だからって、そのために青大将を毎度毎度、平気で当て馬にしちゃあポイする「すみちゃん」よ、いかんぞ、そんな女でずっといるようじゃ。
 そりゃ青大将も困ったやつではあるけれど、いくらなんでも悪いよ、青大将のようなやつの気持ちを、そんな形でないがしろにするのは。(ケ)


田中邦衛 たなか・くにえ 1932 - 2021



※ 由起しげ子の小説(一九五四)。映画化もされている(一九五五/日活)。

【参考】「映画が夢を語れたとき みんな「若大将」だった。「クレージー」だった」(田波靖男/一九九七/広美出版事業部)


二〇二一年四月七日、手直ししました。管理用

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posted by 冬の夢 at 14:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 若大将シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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