2015年03月11日

加山雄三の「若大将」を製作年度順に見てはいけない

衛星放送のBSジャパンで連続放映された「若大将シリーズ」全十八作を見終えた。この企画が好評だったのだろう、三月からは有料放送のWOW WOWでも全作放映が始まるらしい。もちろん『大学の若大将』を皮切りにして製作年度順に予定が組まれている。しかし、もしこれから「若大将シリーズ」を見ようとする方がいたら忠告したい。「若大将」は製作年度順に見てはいけない。
と言うと、なんだか売れない新書のタイトルのようで信用が置けないかもしれない。「買ってはいけない」だの「歯を抜いてはいけない」だの「朝は水を飲みなさい」だの最近命令形を使った本のタイトルが多いのはどうしたわけだろう。キャッチーなタイトルだけで売れてしまう新書が多いのだろうか。美しい命令形もあれば、下卑た命令形もある。新書タイトルはすべからく卑しさに満ちている。
はたしてそんな物言いに乗っかって「見てはいけない」というのは、本当に見ちゃダメだからである。製作年度順に見ることは、すなわち若大将と日本映画の衰退史を早送りで再確認させられてしまう拷問なのだ。こんなに素晴らしい映画シリーズを幻滅を抱えながら記憶するのは全くもってもったいない。だからこそ「若大将」は年代順を無視して見るべき作品群なのである。

田波靖男が書いた『映画が夢を語れたとき』(*1)という本がある。サブタイトルに『みんな「若大将」だった。「クレージー」だった。』とあるように田波靖男は東宝の脚本家で「若大将シリーズ」と「クレージーキャッツシリーズ」の生みの親のひとり。本著は第一章「若大将の誕生」から始まる。

六十一年の一月末、私が文芸部のデスクにいると、出社して来た製作担当重役の藤本真澄が役員室に向かう通りがかりに、「ちょっと来い」と声をかけた。(中略)「今度、加山で若旦那ものをやろうと思うんだ」

田波靖男は昭和三十二年に助監督試験に合格して東宝に入社した。当然撮影所に配属されると思っていたところ、その前年に入社したばかりの新入社員が辞めてしまい(*2)デスクに空きが生じた文芸部に回される。同期が撮影所で黒澤明や成瀬巳喜男の助手としてカチンコを叩く一方で、田波は文芸部の雑用を仰せつかるのみ。不満だらけの毎日を送っていたところに藤本から声がかかったのである。
藤本真澄(「ますみ」ではなく「さねずみ」)は東宝黄金期を代表する名プロデューサー。東宝は責任ある立場の重役たちに製作現場を任せ、互いに競い合わせて自社製作作品の凌ぎを削る営業方針を取っていた。黒澤明作品は本木荘二郎、『ゴジラ』に始まる怪獣シリーズは田中友幸と、東宝のプロデューサーシステムは当時の映画会社において先端的であり洗練されていた。ほとんどすべての映画のクレジットが「製作・永田雅一」「製作・大川博」とオーナー名義になっていた大映や東映に比べれば、東宝が至極真っ当な映画製作をする会社であったことは明らかだ。その中心人物だった藤本は文芸部の田波を自分の片腕として「若大将シリーズ」の製作に乗り出す。

「若旦那じゃなくて、若大将というのはどうだ」(中略)「さっそうとしていて、いかにも名門の出らしくていいだろう。加山はまだ学校を出たばかりだから、『大学の若大将』ってのがいいと思うんだ」
「加山の魅力を充分売り出せるような映画にしたいんだ。それには昔からある若旦那ものをモダンにして、大学とスポーツをからめてみたらと思うんだ。その方が彼もやり易いだろうし。スポーツは夏の封切りを考えて、水泳にしたらどうだろう」「若旦那ものというと、家業は何にします」笠原がさぐりを入れると、藤本は即答した。「若い者相手の映画だから、すきやき屋でどうだろう」

この時点ですでに「若大将シリーズ」の基本コンセプトがほぼ完璧に構築されている。たぶん藤本真澄は天才的なプロデューサーであったのだろう。加山雄三を売り出すための必要十分条件を直感的に的確に抉り出したのだった。そして、その骨格に具体的な肉付けをしたのが田波靖男だった。田波は売れっ子脚本家の笠原良三と組んで、『大学の若大将』のストーリーを組み立てていく。そして、その後いくたびも繰り返される若大将ワールドが生まれたのである。

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『映画が夢を語れたとき』には、田波が笠原とともに次々と若大将でヒットを飛ばしていくプロセスが紹介されている。田波は同時並行的にクレージーキャッツの売り出しにも関わり、腹案の「無責任社員」のプロットを提案する。そしてここでも東宝のプロデューサーシステムが機能するのだが、製作担当の安達英三郎はいかにもスケールが小さいと『ニッポン無責任時代』とタイトルを変更させた。名プロデューサーに支えられながら田波靖男は一流の脚本家に昇り詰めていくのである。

それからは田波の著作の通り「映画が夢を」語り出すような快調な時代が続く。三部作として始まった「若大将シリーズ」はA級の娯楽作品化を目指して『ハワイの若大将』で海外ロケに打って出る。興行的に大成功を収めたことと本作のあと黒澤明監督の『赤ひげ』に加山雄三が主演するためシリーズの中断が決まっていた中締めの意味も含めて、東宝は全スタッフとキャストを集めて赤坂プリンスホテルで盛大なパーティを開いた。その席上、田波のところに澄子役の星由里子がシャンパン片手にやってくる。

「あの、ひとつお願いがあるんですけど」
「なんですか」
「わたし、一度でいいから、青大将のお嫁さんになりたいの」
「え?」
「だって、あんなにつくしてくれる人、めったにいないんだもの。あのままじゃかわいそうじゃない。たまにはそういう話もあっていいんじゃない」

これを聞いたら青大将こと石山新二郎は飛び上がって喜ぶだろう。性格の悪い澄子がきらいだったという星由里子本人は青大将を高く評価していたのだ。この青大将に当時端役しかもらえなかった田中邦衛を抜擢したのも藤本真澄。恐ろしいくらいにすべてが的中していたのであった。

加山が『赤ひげ』を終えて戻って来ると、脚本は田波ひとりに任されるようになる。再開作となった『海の若大将』は海外ロケもなく関西の宝塚映画で短期間で作られたのだが、二年間のブランクが観客の飢餓感を誘い大ヒットを記録した。時は昭和四十年夏。田波靖男は藤本真澄から独立を勧められ、脚本家として専属契約を結ぶ。ここから三年間、「若大将」は東宝のドル箱シリーズとして長く続く山嶺を突っ走るように製作されていく。『エレキの若大将』以降の六作品は、『レッツゴー!若大将』を例外として、加山雄三の歌の大ヒットにも支えられながら、田波がその才能を爆発させた傑作揃いとなった。それは黒澤に鍛えられた加山雄三と撮るごとに美しさを増していく星由里子の二人にとってもキャリアのピークであったに違いない。昭和四十三年七月公開の『リオの若大将』までが「若大将」が夢を語れた至福の時代だった。

しかし、昭和四十四年一月封切の『フレッシュマン若大将』から躓きが始まる。藤本が最初に提示した基本コンセプトである「大学/スポーツ/すきやき屋」のうち「大学」と「スポーツ」が消えたのだ。奇しくもこの年、日本国内の年間映画館入場者数が統計開始以来初めて三億人を割る。すなわち平均的日本人は一年で映画館に三回は行かなくなってしまった。TVの登場と抬頭に反比例するようにして、映画は徐々に没落の道を転がり始めたのであった。
大学生からサラリーマンへ。スポーツからビジネスへ。星由里子から酒井和歌子へ。「若大将」の方向転換は何ひとつうまく行かなかった。『ニュージーランドの若大将』は佐野周二演ずる海外担当重役のみが見もので、『ブラボー!若大将』は大企業を辞職した若大将が中小企業の立場から反撃する痛快さがあっただけ。『俺の空だぜ!若大将』と『若大将対青大将』に至っては見るのが苦痛に思えるほど見苦しい映画になり下がってしまう。日本映画は急激にダッチロールしながら降下の一途。昭和四十五年には加山が取締役を務めるリゾートホテルが倒産。昭和四十六年に黒澤明が自殺未遂事件を起こし、その翌年、日本映画の興行収入が史上最低を記録する。「若大将」の終わりは、日本映画が底なしの底辺に向かう契機でもあった。
残念なことにBSジャパンの全作放映があったからなんとかシリーズ最終作の『若大将対青大将』まで見終えたが、正直なところサラリーマン編の四作品は二度と見たくない。そこには暗く澱んだ迷いしかない。「若大将」らしいスッキリさがなく、田能久の人たちもバラバラで暖かさも感じられない。飯田蝶子のおばあちゃんの出番が目に見えて減ってしまうのは、あまりに残酷で哀しい。

このようにして「若大将シリーズ」は悲惨な終焉を迎えた。しかし、誰がそんな結末を見たがるだろうか。あの光り輝くような明るい大学と運動部の「若大将」、星由里子がいる「若大将」、おばあちゃんが元気な「若大将」でなければ「若大将シリーズ」は見る意味がない。ワンパターンだろうがマンネリだろうが関係ない。田能久はいつまで経ってもあの昔ながらのすきやき屋であってほしいのだ。
こんな幻滅、映画を見ながら感じたくない。だからこそ忠告するのだ。「若大将」は製作年度順に見てはいけない。好きなように、機会のあるごとに見ればいい。これからWOW WOWを見る方々には録画をおすすめする。そして『フレッシュマン〜』以降は見なくても構わない。もし、見たとしても「若大将」全作鑑賞の締めは『ゴー!ゴー!若大将』あたりで勘弁してほしい。
それが「若大将」ファンからの唯一のお願いなのである。(き)

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(*1)『映画が夢を語れたとき』1997年広美出版事業部刊。絶版ではないが極めて入手しにくい。
(*2)辞めたのは石原慎太郎。芥川賞を受賞し東宝を辞めた。


(c)趣味的偏屈アート雑誌風同人誌 不許複製

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posted by 冬の夢 at 00:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 若大将シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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