2015年02月24日

「アルプスの若大将」 加山雄三、パンナム、苗場

 スクリーンのど真ん中にマッターホルン。カメラはすぐ左へ振られ、雄大な雪の斜面の彼方から赤いスキーウェアの一団が滑降してくる。カメラが右へ追い、絵的には背景のマッターホルンの山頂が切れてしまうが、こんなすごい場所ですごい絵を撮っている喜び最優先、という勢いで場面が変わる。
 青いウェアは若大将、田沼雄一こと加山雄三。国体出場経験もあるスキーの腕前を披露し、ロッジへ向かって滑降──と思う間もなく雪上でいきなりギターを持って歌! 脈絡がない! 真っ赤などでかいタイトルが画面一杯に飛び出すまでに三分以上経過。始まる前から「全部盛り」の「アルプスの若大将」だ(一九六六年公開)。
 大筋はこれまでにもまして、おなじみのもの。といっても年一か年二ペースのシリーズ映画が「おなじみの」設定で撮れてしまうとは、当時の認知度がいかに高かったかだ。

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 京南大学スキー部キャプテンの若大将は、建築学の指導教授の欧州学会出席にお供し、ヨーロッパに来ている。ツェルマットで航空会社勤務の「澄子」と知り合う。
 教授と若大将にムリヤリくっついてきた青大将は、言葉がうまくできないのに外国人の女のコをナンパしているらしく、本気になったフランス人のコが日本まで青大将を訪ねてきてしまう結果に。
 恋の行き違いは、澄子のひとり合点だらけ。青大将は、不良から澄子を救ったりもする役回り、不良には殴られ損、澄子には使われ損と、さんざんだ。
 東京の支店に転勤してきた澄子は、またまたひとり相撲で若大将の想いを誤解し──星由里子が、自分と性格が違いすぎる澄子役があまり好きでなかったという話もよくわかる、突拍子もない思い込みだ──急に欧州支店に去ってしまう。若大将はスキー競技の大学選手権に優勝すれば、欧州派遣選手になれる可能性あり。競技のゆくえは、澄子との再会は……。

 なんて説明しているが、この作品、ここまでに見てきたシリーズ各作とはタッチがかなり違う。伏線とオチ、展開さえも納得する間もなく、ばんばん映画が先へ進む。なぜか。
 カットがえらく短い! 短いカットを積み重ねたスピーディな表現というより、ブツ切れ! つなぎも、かなりちぐはぐな感じだ。だから、当然の結果が起きている。
 芝居がない!
 シリーズ前半の特徴だった演芸ふうの軽妙なやりとりもなく、余韻を感じさせる構図や秒数もない。総じて人の存在感が立ってこない。
 映画の前半はヨーロッパのロケ映像を存分に使い、若大将と澄子が名所を訪ねる設定だが、カットの短いことときたら! 名所をクルマで通り過ぎるだけの絵に、加山に「急いで通り過ぎちゃうのが惜しいなあ」というセリフをいわせたりしている。だったら停まって撮れって! 
 恋の予感があるのを描いておかないと後段につながらないのに、情緒がない。セリフはナレーション的な後かぶせで、星が名所をワンフレーズ説明しては、加山が返すパターン。しかも加山のセリフはこのひとことばかり。
 「そう」
 って、昭和天皇かよ!
 ローマじゃコロッセオに行き、サン・ピエトロに行き、スペイン広場に行き、トレビの泉に行っている。まんま「ローマの休日」が撮れるじゃん、なのだが、どのカットも爆短い! ローマの星由里子、もったいないほど美しいんですよ! 澄子のキャラがニガテのわたしでさえそう思うのに、なぜ芝居をさせん! ローマだけで撮っても傑作になったろうに、加山のスケジュールが押していたのか……。
 女優のよさでいえば、青大将を訪ねて日本に来てしまうフランス娘、といっても、このとき二十七歳のイーデス・ハンソンなのだが、彼女もいい。外国語の発音といいルックスといい、ぜんぜんフランス人っぽくないが、あの関西弁でなく標準語で話せているし、周囲よりアタマひとつでかいのに和装の身ごなしもきれい。のちの才女ぶりを発揮している。入浴シーンという「お宝映像」まであるが、これまた絶望的にカットが短い! う〜ん……。

 本当にカットしまくっているかどうかは、回数や秒数を調べて比較しないと説得力がないが、そのためにもう一度見る気にはなれず、監督の古澤憲吾について、すこし調べてみた。
 なるほど、とんでもなくハイテンションな監督だったのか。怒鳴りまくり動きまくり、カメラ回しまくり、カットしまくりの人だったと。その調子で、なんの脈絡もなく中抜きで撮られる俳優たちは、役作りや芝居どころではなかったらしい。スーツから帽子に靴まで白づくめで現場に立ったという話もあり、それが本当なら才人というより奇人だが、そんな男が大学出の社員監督で、ヒットメーカーでもあったところが、かつての映画会社の懐の広さだろうか。
 となれば、カメラを回すこと、撮ったものを全部見せることが使命だというテンションを、そのまま投げつけてくる映画なんだと、ポジティブに受けとめてみよう。なるほど、すこし納得できそうだ。身内の結婚式や運動会で何にでもカメラを向けた記録を、全部こまぎれにつないで見せられるのに似ているから。
 若大将こと田沼雄一は、加山自身から聞き取りして作った、スーパースターの等身大像という設定。実家のすき焼き屋、田能久の茶の間にいる加山は、確かに観客の身内のような親しさだ。その加山が、変身ヒーローのように外国で雪山で活躍するエンタテインメント。それを撮りこぼさず撮り、捨てるフィルムなしに見せて喜ばせてくれる。ヨソんちの結婚式のビデオなんかいまどき見せられてもウンザリだが、若大将シリーズの時代は、大衆の結婚式もショーになっていく時代。写真カメラや8ミリキャメラを持っていて、撮って見せることの出来るのが甲斐性だったではないか。あの喜びなのだ。
 事実、この「全部盛り」な「アルプスの若大将」こそが、シリーズ最高の観客動員数を叩き出したメガヒット作なのである。

 文藝春秋、二〇一五年二月号に「読者投稿 素晴らしき高度成長時代」という特集があったので、読んでみた。当時、映画館でシリーズを見ていた人たちの気持ちがわかるかもしれないと思ったからだ。
 しかし、意外なほど面白くない。
 投稿者たちの人生がつまらないというのではない。「素晴らしき」にこだわりすぎた編集の都合が選択や手直しに反映して平板になった面があったかもしれない。
 そうだとしても、掲載稿に共通した、奥行きのない即物的な感じは、なんなのだろう。
 それは、こういうことではないか。
 高度成長の「素晴らしさ」つまり、その恩恵は、多くの投書で「三種の神器」に代表される「モノ」が買えた、あるいは売った、売れた、という、喜びに還元されている。「モノとカネ」が幸福のマーカーになっていくさまがうかがえるばかりで、むなしいのだ。

「アルプスの若大将」は、そんな高度成長期の幸福の、「素晴らしきカタログ」なのだ。むなしがっていないで、もっとすなおに楽しめばいい。
 映画の冒頭、オープニングタイトルよりも先に二つの協賛者名が、画面いっぱいにクレジットされる。
 ヨーロッパ撮影はパン・アメリカン航空のタイアップ。澄子の勤務先もここという設定。当時、アメリカのフラッグキャリアだった同社のマーケが、海外旅行自由化二年目の日本をターゲットにしていたからだろう。大相撲千秋楽の「ヒョー、ショー、ジョー」で有名な──もう忘れられたかもしれないが──同社極東PR担当代表、デイヴィッド・ジョーンズも、チョイ役で出ている。
 後半のスキー場面の協賛は、苗場国際スキー場。大学在学中、軽井沢にスケートセンターを開き成功させた堤義明が、一九六一年末にプリンスホテルとセットで開業したウインターリゾートだ。いくら西武鉄道・コクドという王朝継承者とはいえ、大学を出て四、五年の青年が一大リゾートを開発、最新のレジャー産業に育てて映画に協賛している。なんと「素晴らしき」時代だろうか。

 一九九一年、パン・アメリカン航空、倒産。
 奇しくも苗場スキー場もまた、「私をスキーに連れてって」の八〇年代末から九〇年代初めを頂点に、ブームが去る。過去三十数年の利用者数を折れ線グラフにすると、映画冒頭のマッターホルンの稜線と同じ線を描き、右端が地につきそうなあたりで、堤義明が証券取引法違反で逮捕され、有罪となった。
 高度成長期の申し子であるわたしがいま見れば、あの素晴らしい時代を心ゆくまで追体験できるはずの「若大将シリーズ」……のはずだが、つぎにどれを見るか、選ぶのがかなりつらくなってきた。(ケ)

※映画の筋の順序通りに撮影しないやりかた。同じセッティングで撮ることになるカットは、一度セットしたらまとめて撮ってしまえば、芝居の流れは無視することになるが、場面転換のたびセッティングを変えたり戻したりしなくていい。プログラムピクチャーなどでは日程や予算の都合上、よく使われた。

(c)趣味的偏屈アート雑誌風同人誌 不許複製

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posted by 冬の夢 at 22:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 若大将シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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