2015年01月09日

『ホモホモセブン』〜パロディマンガの先駆者

確か小学校高学年の冬休みだったと思う。長い休みには祖父の家へ数日間泊まりに行く習慣だったものの、祖父に遊んでもらう歳でもなくなり、過ごし方がわからなくなってきていた。地方都市中心部にあった祖父の家は昔からの繁華街にほど近く、手持ち無沙汰になるとひとりで長いアーケードの商店街をぶらついた。とは言ってもレコード店や本屋を覗く程度。アーケード街が地元の観音様に行き着く手前にあるその本屋は、棚が天井に届くほど高く、そこには目移りがするくらい大量のマンガ本が収められていた。
そこで『ホモホモセブン』を見つけたのだ。手に取ってページをめくると間違いなく数年前に「少年マガジン」に連載されたものだった。祖父の家からその本屋まではかなりの距離があったはず。でも、急いで戻って仕事場にいる祖父(鋸の目研ぎ職人をやっていて家で作業していた)に小遣いをせびり、本屋に取って返して上巻を買った。祖父の家であっという間に読んでしまうとどうしても下巻も欲しくなる。幼い頃からそばで仕事する姿を見てきたのでそんなことはしてはいけないと知っていたが、祖父に無断で万力台の横にある箪笥の引き出しを開けて小銭をくすねた。そして小走りに本屋に駆けていき、下巻を買ったのだった。祖父の家と商店街の本屋を三往復して手に入れた『ホモホモセブン』。祖父はとうに亡くなり本屋はたぶん廃業したことだろう。でもこの貴重なコミック本だけは今でも手元に残っている。

『ホモホモセブン』は、昭和四十五年から四十六年にかけて「少年マガジン」で連載されたみなもと太郎のマンガ。当時のマガジンは『巨人の星』と『あしたのジョー』が同時に掲載された黄金期。換言すればスポ根ものの全盛期であって、連載作品は出版元である講談社から「講談社コミックス(KC)」として単行本化されるのが普通だった。ところが『ホモホモセブン』は連載終了後、いつまで経ってもコミックスにならない。そもそも半年程度で連載が終わったので、評価が芳しくなかったのかも知れない。単行本化しても「売れない」と判断されたのだろう。ただし、みなもと太郎自身は、その後、アレクサンドル・デュマ・ペールの小説をもとにした『モンテクリスト伯』をマガジンに発表している。モンテクリスト伯爵の復讐物語の前日譚がメインで、主人公はエドモン・ダンテスの名であった。その連載も再び中途半端な形で終わった頃、本屋の棚に「KC」ではなく「若木書房」という見知らぬ出版社から出された『ホモホモセブン』(※1)を見つけたのだった。
今、読み返してみても斬新に思えるのだから、連載当時はどれだけ新しかったのだろう。その新しさは、振り返ってみれば、マンガ界に初めて「パロディ」の概念を導入したことであった。そのパロディには、みなもと太郎のセンスが隅々まで張り巡らされていて、ひとつのジャンルに収まることがない独特な雰囲気がある。あまり顧みられることのなかった『ホモホモセブン』が、その後のマンガに少なからず影響を与えたことを再確認したい。

パロディとは、「文学などで広く知られている既成の作品を、その特徴を巧みにとらえて滑稽化・風刺化の目的で作り変えたもの」(デジタル大辞林)。その意味で『ホモホモセブン』を見ると、まず主人公ホモホモ7自体が007のパロディなのは言うまでもない。英国諜報部と犯罪組織スペクターの戦いは、ホモホモブロックとレスレスブロックによる男女間パワーゲームに置き換えられ、ホモホモ7はその日本支部のエージェントという設定。覇権争いの舞台設定がさまざまな映画のパロディになっていて、このバリエーションがすごい。
高倉健の世界をパロったヤクザ編、フランス恋愛映画風なパリ編、「フラッシュゴードン」を思わせる宇宙編、ローマ史劇仕立てのホモルタカス編、『アラビアのロレンス』に似た砂漠編、などなど。ヤクザ編の出入りに赴くシーンには演歌調歌詞がかぶるし、ホモルタカスには『ベン・ハー』の戦車競争がそのまま出てきて、現在でもそのパロディが通用してしまうほどハイセンスである。
また、昭和四十五年と言えば大阪万博(※2)が開かれた年で、当時の少年誌にもパビリオン案内がさかんに特集されていたように記憶している。ところが本作に登場するのは、なんと閉幕後の会場取り壊し。ホモホモ7とレスレス7の一騎打ちで太陽の塔などの保存建造物まで壊してしまい、再建費用900億円(安い!)を請求されるオチがついている。
さらにはマンガ業界パロディも満載で、レスレスブロック首領の指令を聞くエージェントが当時のマガジンに掲載されたマンガの女性登場人物であったりするのは当たり前。長官から渡された新聞を見て驚くホモホモ7の顔が「ガーン!」という擬音語とともに星飛雄馬になるのは、マガジンだから出来たというよりみなもと太郎にしか出来なかったと言うべきだろう。
なぜ『ホモホモセブン』がパロディの先駆者たり得たかは、マンガの歴史の浅さゆえのことだった。日本で昔から本歌取りが行われたのも、それ以前にだれもが知り得る優れて有名な歌が山ほどあったからこそである。一方でマンガはと言えば、戦前の紙芝居的表現から始まって、戦後に手塚治虫がコマを自在に操りストーリーマンガを生み出してからまだ二十年余しか経っていない時期。マンガの発展は、やっと「ビッグコミック」創刊を契機に劇画が台頭したり、少女マンガの世界に萩尾望都や竹宮恵子が現れたりという段階に辿り着いたところだった(※3)。
そうしたマンガ黎明期にいち早くパロディに着目した作家のひとりに長谷邦夫がいる。赤塚不二夫の盟友だった長谷は赤塚作品を中心にパロディマンガを展開し、『少年マネジン』(※4)というコミック本をほぼ同時期に刊行した。しかし、それはタイトル通り「マネ」の範疇を出ず、モノマネ集のようなものであった。みなもと太郎のように「滑稽化・風刺化」して作り変えるレベルのセンスは、他の誰もがまだ持ち得なかった時代なのであった。

みなもと太郎のパロディはその画風によって一層ソフィスティケイトされていて、絵そのものが現在の視線に十分耐えられる描画になっている。特にギャグタッチを基本とするマンガ表現に突然劇画調の絵が挿入されるギャップ感は今も新鮮さを失っていない。このタッチの使い分けはその後のギャグマンガで多くの模倣を生み出す元になったと言っていい。
また、少女マンガで腕を磨いた経験を活かした女性の描き方は、当時のマガジンの中でも異彩を放っていた。つまりは、すこぶるかわいい女性がほぼ半裸の状態で描かれたのである。永井豪が「少年ジャンプ」で『ハレンチ学園』(※5)を連載していた時期だが、少年マンガに出てくるレベルの女の子を描いていた永井とは段違いに、みなもと太郎は大人の女性を描くスキルを身につけていたのだ。いきなり途切れるように連載終了となった『ホモホモセブン』の最終回は「復活」というタイトルがつけられている。そこではパリでホモホモ7と知り合ったセブリーヌという女性の、いつも危険にさらされている恋人を待つ辛さが主題となっている。このセブリーヌがマンガというよりは映画のヒロインに見えてくるようなタッチで描かれるのだ。
劇画調とギャグタッチのコントラスト。ズッコケキャラと魅力的な女性の混在。みなもと太郎は、パロディに加えてマンガの可能性をクロスオーバーに広げる作品に仕立てた。
『ホモホモセブン』を知る人は今では少なくなってしまったが、幸いなことに作品は電子書籍で簡単に購入することが出来る。みなもと太郎がそこまで見抜いていたわけではないのだろうけれども、デジタルの時代にも通用する作品を半世紀近く前に世に送り出していたことに感心してしまうのである。(き)

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『ホモホモセブンシリーズ No.1』若木書房版
下記注(※1)参照



(※1)『ホモホモセブンシリーズ1・2』(若木書房刊)。筆者が持っているのは昭和四十八年八月第3刷。若木書房は昭和五十七年に倒産。よって若木書房版は絶版である。
(※2)日本万国博覧会。通称大阪万博は昭和四十五年三月十四日から同年九月十三日まで183日間開催された。
(※3)「ビッグコミック」は昭和四十三年二月創刊。萩尾望都と竹宮恵子は昭和四十三年から四十四年にかけて少女マンガ誌でデビューした。
(※4)『少年マネジン』は実業之日本社から昭和四十六年に刊行された。もちろん絶版である。
(※5)『ハレンチ学園』は昭和四十三年から四十七年まで「週刊少年ジャンプ」に連載された。


posted by 冬の夢 at 00:33 | Comment(4) | TrackBack(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
009に続いて、何とも懐かしい!!! もっとも、当時は「ちょっとエッチなマンガ」と思って、ドキドキしながら読んでいた記憶(仰せの通り、女の人がキレイだった!)しかない。単行本を持っているとは羨ましい限り。そうですか、電子化されているんですね。電子書籍は嫌いだけど、ここは勇気を出して買ってみますか。
Posted by H.H. at 2015年01月09日 01:02
 いまだに漫画誌を買って読んでいる連載といえば、「コミック乱」(リイド社)の『風雲児たち〜幕末篇〜』! この超巨編歴史大河ギャグ漫画が面白いのは、幕末動乱を過剰に前向きなドラマにする仕立てとは、まるで逆であることです。「ケツに火がついて動転しているくせに保身に走ったりメンツにこだわったりするセコい人々」、つまり現代日本と変わらない「アホ」の姿を、徹底的にギャグ化するのが、みなもと太郎ならではの視点(笑)。いっぽう、混乱の中で筋を通そうとして、敗北したり詰め腹を切らされたりする人びとの孤立感も、きっちり描く筆力がある。つぎつぎと盛り込まれた「小ネタ」は、資料を元にしたクロスファイリングが効いていなければ描けないことだから、あなどれません。幕末の人の動きを、けっして司馬遼太郎的でない感覚で見る描きかたは、うなずいたり苦笑爆笑してしまうことが多く、幕末史にかんしては、知らず知らずこの漫画にけっこう影響されています!
Posted by (ケ) at 2015年01月09日 03:02
 おくればせながら『ホモホモセブン』を読みました(傑作選版で)。
 連載時の記憶はないですが、よくこんな漫画が少年誌に載ったもんだね、と感心しました。むろん描き直し依頼はあったようですが、エロの部分よりむしろパロディの部分のほうが、いまでは発表しにくいんじゃないかと思います。それとも漫画家っていうのはおおむね、自作をネタにされることに寛容なんだろうか、いまの業界は、そうは思えない気がする。
 傑作選版にはインタビューが併載されていて、この漫画に出てくるパロディの多くが、ひとつ前の時代の貸本漫画賛歌であることがわかりました。また、劇画調のセクシー美女と、なぐり描きのようなギャグ調主人公の、とんでもない描画の落差は、美女の描き込みに疲れてしまって、ふと下描きなしのギャグふうキャラを描いたら、その落差が「ヘンテコリンで面白い」ので作品になったということで、その、とんでもないメイキングストーリーも、楽しかったです。
Posted by (ケ) at 2021年03月26日 14:18
 みなもと太郎が、二〇二一年八月七日に亡くなったと、同二〇日に報じられました。『風雲児たち〜幕末篇〜』は未完となりましたが、関ヶ原から始まって連載四十年にわたる偉業と知りました。
Posted by (ケ) at 2021年08月21日 03:46
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