2014年10月11日

「エレキの若大将」で輝く加山雄三

 今回見たのが、たぶん三回め。若大将シリーズの最高傑作「エレキの若大将」は、やっぱりいい!
 ストーリーはシリーズ共通の仕立て。つまり、若大将という圧倒的に爽やかな主人公が、当時の若者の憧れの流行やスポーツを自在にこなしながら、ちょっぴりドキドキする問題を解決する。それを加山雄三が等身大すなわち「地」でやる「だけ」。
 ヒロインとの恋はすれ違い続きだけれど、彼女のヤキモチもかならず解決。それがメインのストーリーと交錯して倍楽しめる仕組みになっている。星由里子は、自分と違って思い込み癖が強い「すみちゃん」を演じるのが好きでなかったというが。
 青大将・田中邦衛をはじめとする「悪役」たちとのおなじみのゴタゴタも、そもそも悪役がみな憎めない「ホントはいい奴」ばかりなので、いつも仲直り。そして若大将思いの人たちばかりの家族や若い仲間たち。シリーズすべてを見てはいないが、この設定から大きく離れた「問題作」は、おそらくほとんどないのでは。だから、映画を見るさきからストーリーを忘れるわたしでも、お話はだいたい記憶していた。

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 しかし三〇年ぶりくらいで見ると、すっかり忘れていた場面も多い。
 オープニングからしてド忘れしていた!
 いきなり「テケテケ」が響き渡ったはずの東宝ロゴ画面はドラムのドンドコでした。オープニングはソロでエレキを弾く若大将だったとは。しかもその映像がいきなり特筆もの! 若大将シリーズをたくさん監督している岩内克己はこれが最初の監督作だが、音楽ものと聞いていったん断ったという。なのにエレキのフェティッシュな撮り方が最高! ツマミ類とかパーツ部分とかを「それがあるからエレキはかっこいいのよ!」というアングルでしっかり撮っているし、ギターのヘッド(糸巻き)部分からボディ下部へカメラで狙い、「テケテケ」の運指が観客に向かって駆け下りてくるスリリングな映像もバッチリだ。この構図でエレキギターの超絶テクニックを見せつけられ度肝を抜かれたのって、たしかず〜っと後のヴァン・ヘイレンの映像が初めてだったような気がする。若大将がとっくにやってるやん!
 今回の「お話」はこう。老舗すき焼き店の息子で大学生の若大将は、アメリカンフットボール部の次期キャプテン。青大将が起こした衝突事故の責任をかぶっての賠償金かせぎに、仲間とバンドを組んで「勝ち抜きエレキ合戦」に出るという設定だ。事故の被害者、楽器店員の「澄子」との出会いがある。そう、星由里子だ。
 急造バンドの強力な助っ人は、そば屋の出前持ちタカシこと寺内タケシ、なんだけれど、エレキは初めてというムチャクチャな設定。若大将がエレキをいじっているのを、いつも出前の道々、すき焼き屋の裏塀の上に顔を出しては羨ましがっていたタカシに、弾いてみろよと若大将。
「いいねぇ、エレキってのは」「いちど弾いてみたかったんスけどねぇ」「カンゲキだなぁ〜」と、後々までおなじみの茨城弁まる出しで楽器を手に取るタカシ役の寺内は、五歳からお母さんの三味線に合わせて練習した「エレキの神様」です。いきなりメッチャ上手い。
 若大将とタカシの間にある裏庭の塀は、ぼんぼん育ちの若大将が世間に飛び出すために越えなければならない壁でもある。実際、若大将は家を飛び出すとき、わざわざこの塀を乗り越えて出て行くのだ。エレキ一本かついで出ていくのは、包丁一本サラシに巻いて、と同義で、エレキ一本で傾いた実家を立て直すという仕立てが、きっちり浪花節調でもある。
 家元のお母さんの三味線に負けない音を出そうと自作したのが「電気ギター」だったという寺内の話はあまりに有名だが、この映画でも、アメラグ部員を自宅の店に招いた宴会で、おばあちゃんの飯田蝶子が弾く三味線と、若大将のエレキとで部員たちが豪気節をがなりまくる場面がある。おお、三味線の「ペンペケ」とエレキの「テケテケ」は、深いところでつながっていたんだなとあらためて感心。エレキのテケテケを使う音楽はいまのポップミュージックには見当たらないけれど、この技は日本の伝統芸能として再興継承すべきなんじゃないですかね。本家のベンチャーズがいまだに日本公演をやっているし、アメリカでのブームが終った後は日本向けの企画盤などを作って歌謡曲のエレキ版をレパートリーにしていたくらいだからね。
 そう、そしてその飯田蝶子のおばあちゃんが、いいんです!
 昔気質だけれど意外に新しもの好き、孫にはどこまでも甘いおばあちゃん。かつては、そんなおばあちゃんが茶の間の守り神だった。そう、同居はしていなかったけれど、わたしのバアちゃんも孫に甘く、在所を訪ねたりするとそのことでよく、わたしの母に叱られていた。叱るってウチの母、バアちゃんの末娘のくせに、ったく……。
 さきほども話題にしたが、監督の岩内克己はサスペンスもの製作が希望で、音楽つきの軽演劇みたいな映画はやりたくなかったようだ。しかし書いてきたようにけっこう細かい作り込みをしていて、それが観客にとって手の届くリアリティとなってスクリーンに立ち上がっている。シリーズのコンセプトは、加山雄三というスーパースターの魅力を等身大でファンに届けることだが、設定や背景が未知のものであっても、コンセプトをみごとに実現しひとつのスタイルにはめ込んでシリーズ化できてしまえるところが、映画会社時代の基礎体力の高さなんだとあらためて納得もする。
 なにより上手くできているのは、芝居と音楽の場面の切り返しで、お話の楽しさと演奏のワクワク感が、ストーリー展開への期待感へと巧みに誘導される構成だ。加山主演のミュージカルにしてしまったら、現代の目ではとうてい鑑賞に耐えなかったと思う。
 DVDを見ての感想だから、はずれているかもしれないが、演奏場面の音もこれまたいい!
 音声はモノラルだし、楽器だってアンプだって、現在のハイテクギアと比較したらお話にならないようなスペックだと思うが、バンドサウンドの芯もバランスも抜けがよく素晴らしい。エレキ合戦に優勝した後、ほかの出演バンドとの喧嘩沙汰で停学になってしまった若大将は、タカシといっしょにプロバンドにスカウトされたことで、大学をやめて演奏で稼ぎ、傾いた実家のすき焼き店を立て直そうとするわけだが、そこへ若大将が作曲した「君といつまでも」をレコードにするという話がくる。この場面で寺内タケシがエレキ一本で弾く曲のサワリ部分の音色がすげえ! ハーフクランチっつんスかね。茨城弁でいうと! 東宝の前身はご存じP.C.L.で、戦前にトーキーの録音撮影を先駆的に手がけていた会社だ。この来歴から東宝は日本の映画会社の中では早い時点から音声技術にすぐれていたことで知られてもいた。こうした場面の音声収録や整音は、お手のものだったのではないかと推測もしてみる。余談だが「ふたりを〜ゆうやみがァ〜」は「A→Dbm」だと長年思って来たのだけれど、寺内はここをポジションを上げたDb7で弾いている。この響きがまた、いいんです!
 なんだかエレキの話ばかりしているな。ま、いいか「エレキの」なんだから。
 なぜ加山雄三の話題が出て来ないかというと、わたしは高校生のとき初めてこの映画を見たが、加山が大学生というにはあまりにモッサリしていて、なんか変だなあ、という感じだったのだ。第一次エレキブームというのが映画の背景で、学校で掃除のときホウキをエレキに見立ててテケテケやり先生に叱られたという時代なのだが、このブームは六〇年代半ばのわずか数年間のこと。わたしが映画を見た七〇年代は、エレキギターはとうに高出力アンプで轟音を立てていて、映画に登場する、レスポールもストラトキャスターも置いてないギター屋さんは遺跡のようにも見えた。
 ただし、加山の名誉のためにいえば「エレキの若大将」公開時の彼は二十八歳。この時点でとうに、何歳になっても「若大将」であるという選択肢しかない彼の後半生は、決まってしまっていたともいえる。もちろん気持ちや体力のうえで若さを大切にするのは、素晴らしいことではあるけれど。
 当時の感覚からすれば立派なオッさんを大学生だといってしまうのだから、設定や展開が多少矛盾しようが荒唐無稽だろうが、構やしないわけだが、加山もまた、劇場映画の最後の輝きを守ろうとする映画人の一人であった。それは確かだ。
 いまさらいうのもなんだが俳優としてみるなら「ダイコン」の見本である。いわば「棒」の演技。ファンのかたには、すみませんが、彼の歌いかたにもその「棒」の感じがある。逆にいうと、加山をどう使ったかで映画監督としての芸術的才能が一発でわかってしまう。いわば映画監督におけるセンター入試とか公開模試みたいな男なわけですわ、加山雄三って。
 その加山が「エレキの若大将」の筋のいい加減さ、荒唐無稽さには、口出しをしたという。試合に遅れたからヘリコプターでグラウンドに駆けつける場面や、初めて披露しているという設定のはずの「君といつまでも」をいきなり星とデュエットしてしまう場面とかだ。後者の場合は加山の指摘がいれられなかったことで、不満なまま、あの有名な曲中のセリフを言っているのだそうだ。おかげで最高の場面なのに、ただでさえ演技が固いのにますます、という結果になっている。事情を知ればエラいぞ加山! と叫びたくなる「名場面」だろう。
 かりに歴史ドラマや空想の未来を描く映画だったとしても、観客の日常感覚につながる細部のリアリティをないがしろにしないこと──その構築に無駄と思える予算や手間がかかったとしても──が、映画としてのよさを左右することがしばしばある。「エレキの若大将」の時代の撮影現場の空気には、加山がいつしか身につけることができた「リアリティにこだわる魂」が、まだ残っていたということだろう。
 進学率ということからいえば、少子化を含んで計算しても二人に一人が大学に行っている現在に比べ、映画公開時の大学生は多く見積もっても五人に一人。まして私大のアメラグ部なんて当時の観客からすれば、それだけで夢の世界だ。エレキとアンプなど高嶺の花もいいところだったろう。だから、プロにスカウトされたといっても観光地のどさ回りで笠をかぶって民謡を弾いたりというリアリティでバランスをとっている。楽屋でのバンドマンの寄る辺ない風情の現実味といい、そのあたりのリアルさは寺内タケシのアイデアだったかもしれない。「エレキ合戦」場面のやりとりがこれまたやたらに生っぽいのは、司会者がもろに「素」だからだが、演じているのは内田裕也で、当時は寺内のバンドにいたはずだ。
 その点からつけ加えておくと、観客の「日常実感」にもっとも近かった出演者はおそらく、アメラグ部の一員で学生バンドのベース役だった黒沢年男※だろう。
 いっぽうの加山は塾高から慶応を出て、上原謙の息子だということで映画界入りを望まれていながら商社志望。それはそれで応募すればあっさり一流どころに入社できたはずだが、結局、東宝に入ったのは大好きな船作りの資金が得られそうだからという、絵に描いたような湘南の坊ちゃん育ちだ。
 対して黒沢は横浜伊勢佐木町のワルで、高校の後は訪問販売のセールスマンや陸送の運転手。「エレキの若大将」の前年に東宝ニューフェースに合格したのは、有名になってカネ持ちになりたいと応募、はったりまがいの態度で面接をクリアしたもの。そのハングリーさが目線に出ていたのか、「エレキの若大将」の二年後、岡本喜八監督「日本のいちばん長い日」では、玉音放送を阻止しようとする青年将校という重要な役に起用され、放送員の加山雄三に拳銃を突きつけることになる。この話はまた後日。
 加山雄三に話をもどすと、ただ「若大将」であるだけの人であったなら、わたしもここまで喜んで「エレキの若大将」を見たり、おすすめしたりはしない。加山は俳優としてはさしたる表現力のなかった人だと思うけれど、そのかわりその、いつもまっさらのような画布に豊かな陰翳や着色を施してスクリーンに転写してくれる、名匠たちに恵まれたのだ。そのすばらしい財産の上に花咲いているから「エレキの若大将」は輝くのだと思う。
 たとえば、初主演作で岡本喜八監督の「どぶ鼡作戦」(一九六二年)での、風来坊のようでウラのありそうな、片足が不自由な脱走常習兵。黒澤明「椿三十郎」(一九六二年)の一本気な若侍。どちらも記憶に残る存在感だ。黒澤といえば「赤ひげ」(一九六五年)での、長崎で学び出世の道を約束されたのに小石川養生所で貧者のために働くのを納得できない若い蘭医、保元登の役を忘れてはいけない。この作品が保元を事実上の主人公としていることからも、映画史に残った役柄だ。また、これらとはまったく対照的な映画、成瀬巳喜男の「乱れる」(一九六四年)での、戦争未亡人で戦後も長く嫁ぎ先の酒店で苦労する兄嫁を恋慕し、一線を越えて迫る義理の弟、この役もよかった。兄嫁は高峰秀子で──悲劇的な結末での表現力はすごい──加山ではとうてい勝負にならないのだが、そこがそれ「まっさらの画布」のいいところだろう。
 いま、各作品の公開年を調べながら書いていて驚いたのは、「エレキの若大将」とほぼ同時期の映画ばかりではないか。この、現在では想像することもおぼつかないほど豊穣な映画作りの輝きの中にいたからこそ──といっても、それだけの傑作に出演・主演していながら、俳優として果たしてどれほど成長できたのか、という話にもなってしまうが──、スクリーン上の「若大将」は時代を超えて輝き続けるのだ。ひとときのブームで終わっていまの音楽につながりきらなかった「エレキ」という和製英語がいまだにわたしをしびれさせるのも、この映画あってのことだと確信している。(ケ)

※現在は「年雄」

(c)趣味的偏屈アート雑誌風同人誌 不許複製

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