2014年09月23日

ソウルミュージックとカントリーミュージックの共通点 【改】

 首都圏にいた数年前までは、音楽はほとんど「ながら聴き」だった。
 ここしばらく地方都市に住んでいると、ほかに何もせず、ただ音楽を聴いていることがよくある。熱心にではなく、ぼんやりと、ですが。
 流しているのはたいてい、アメリカの音楽だ。昼間に居宅でカントリー、夜に街でソウルミュージック、が多い。どちらも、そのジャンルに凝って聴いた経験はない音楽だ。

 アメリカ人で両方ともよく聴くという一般の音楽ファンはおそらくいない。また、ソウルをよく聴く白人は多いが、カントリーのファンですという黒人はきわめて少ないはず。もっとも、意外に思うかも知れないがカントリーミュージックの演奏者には黒人もアジア人もいる。多くはないが。いっぽうソウルの演奏者それも凄腕に、白人がかなりいるのは説明不要だろう。BOOKER.T & THE MG's とかね。

 それはさておき、日々、聴いていて気づいたのだが、この二つのジャンルは、曲の感じが似ている場合がよくある。リズム、ビートからして、異文化だと思っていたが、おやと思うほど似ていることがある。
 あまりくわしくないが、新しめの曲だとなおのこと思うからには、昨今のアダルト・コンテンポラリーとコンテンポラリー・カントリーというジャンルでは、マーケットが微妙にかぶっていて、それ向けに作りかたが似てくることもあるのかもしれない。

 が、決定的な違いがある。
 うたわれる時制がまったく違う。
 カントリーは「過去」をうたい、ソウルは「未来」をうたう。

 カントリーは、かつての愛情と別離の記憶、それも、紗がかかって美化された記憶への、後悔や自己憐憫が多い。
 ぼくには出来なかった、ダメなやつだったんだ、できることならやり直したい──と許しを請う。泣き節で終わる場合も多いが、明るく終わる場合だけ、紆余曲折をへての「いま」を受け入れるよ、という感じだ。

 ソウルの時制は「未来」。それも将来というより今夜の話だ。「いま」をうたうにしても区切りが短い。いまこの瞬間のこと。
 今夜グルーヴしようよ、今夜どうするの、愛してくれるんだよね! 
 とにかく強引に肯定したおす、くどいほどの念押し感。くそ、俺も、あの時もうひと押しすりゃぁよかった! もう遅いけど。
 あなたが呼んだらどこにでも行ってあげる、どんな高い山でも越えていくわよ! という「Ain't no mountain high enough」※1は、タミー・テレルのキュートな感じと、歌詞でうたう、愛を表現するとても強い意思、そのギャップがいいわけだ!

 もちろんソウルもカントリーも、曲を聴きながら英語歌詞をすべて聞き取ることはできないが、そのかわり、英語がはっきり意味を持って耳に届く箇所でイメージが急に強く広がる。どちらのジャンルを聴いていても、その瞬間が、ひどく身にしみる。

 ふたつの排他的──と思うが──ジャンルが、こんなふうに聴こえるのは自分だけかと思っていたら、オーストラリアの映画『ソウルガールズ』(『Sapphires』二〇一二年)で、ヨレた田舎男が同じことをいっていた。
 男は自称プロデューサー。歌が大好きだが微温的なカントリーミュージックしか知らず、それを歌ってコンテスト入賞をめざしていた先住民姉妹たちを鼓舞し、ソウルミュージックを歌わせる。

Country & western music is about loss.
Soul music is also about loss.
But the difference is in country & western music,
They've lost, they've given up and they're just at home whining about it.
In soul music, they're struggling to get it back and they haven't given up,
So every note that passes through your lips should have the tone of a woman who's grasping and fighting and desperate to retrieve what's been taken from her.

 ちなみにこの、押しかけプロデューサー男は、アイルランド系白人という設定。となると、アラン・パーカーの素晴らしいソウルムービー、『コミットメンツ』(『The Commitments』一九九一年)へ、この映画はつながっているわけだ。

 映画『ソウルガールズ』は実話で、サファイアズはオーストラリアの先住民によるポップグループで初めて成功したケースだという※2
 映画のストーリー通り、ベトナム慰問で大活躍したのだが──反戦の意志が強くベトナムに行かなかったメンバーもいる──プロにはならず、現在、三人のオリジナルメンバーがシドニー近郊の先住民医療センターで仕事をしているそうだ。
 映画に描かれた時代は分離政策がとられていたり──映画の中にもその場面が出てくる──都市部には先住民がほとんどいなかったこともあって、映画が公開されて初めて、彼女らが「サファイアズ」だったと知った先住民の人たちも、多かったという。(ケ)

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 日本版予告編は→こちら←


※1 www.youtube.com/watch?v=Xz-UvQYAmbg
※2 www.australiangeographic.com.au/topics/history-culture/2012/09/the-sapphires-where-are-they-now/
※  9月24日更新。整理の都合上、23日アップにしてあります。
※  2018年10月21日、多少手直ししました。管理用

posted by 冬の夢 at 23:55 | Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 映画音楽・ソウルなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 映画「ザ・コミットメンツ」で、こんなシーンがありました。メンバー達が「第二のU2になる」と宣言するや、マネージャーは「俺たちはソウルをやる」と。「なんでソウルをやらなくちゃならないんだよ」と不満を言う彼らに、「アイルランドはヨーロッパの第三世界だ。俺たちは黒人だ」と応酬する。
 映画を観た時は思わず笑ったこの場面ですが、IT誘致などで一時期上向く前のアイルランドは、しかもカトリック国だし、子だくさんで貧乏。メンバーを募ってバンドを作ろうと思った主人公のマネージャーには、ソウルをやる必然的な動機があったわけですね。なるほど、ソウルが歌うのは「過去」ではなく、近い「未来」だと。オーストラリアの映画、観たくなりました。そして、コミットメンツがU2を目指さなくてよかった。
Posted by ムル at 2014年09月25日 15:47
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