2014年08月12日

『ゴジラ』〜戦災から対決へ

昭和二十九年製作の東宝映画『ゴジラ』を見た。デジタルリマスターされた画面は鮮明で、何より音響が聞き取りやすくなった。
古い日本映画を見る際に一番ネックになるのが音の悪さで、いっそのこと海外公開用の英語字幕付きを見たほうがはるかに台詞が理解しやすい。黒澤明の『七人の侍』を初見した1975年あたりのリバイバル上映のときは音響が最悪で、特に三船敏郎が怒鳴るように告白する菊千代の出自が聞き取れないまま見ていた覚えがある。
よく言われている通り『七人の侍』や木下恵介の『二十四の瞳』が公開された昭和二十九年は日本映画の当たり年であった。戦地から復員した映画人が調子を取り戻すと同時に戦後派の若手が実力を発揮し始めるには、十年近い歳月を必要としたのだったろう。
それにしても、十二人の少年少女の成長を描くために全国から顔がそっくりな兄弟姉妹を集めてオーディションを開いた『二十四の瞳』の真摯で奇抜な製作姿勢などは、日本映画復興の頂点を成すものであった。日本におけるテレビ放映開始はこの前の年で、昭和三十年代に入ると映画は新しいメディアの浸透に徐々に侵食されることになるのだから。
日本映画の頂きとなったこれらの作品がいずれも戦争を色濃く反映している中で、唯一戦争を直接的に描いているのは『ゴジラ』のみである。いや、正確には戦争そのものではない。『ゴジラ』が描くのは、抗いようのない暴力的な攻撃にさらされる戦災の悲惨さである。

作品の中で、大戸島に現れたゴジラは、東京を二度襲撃する。いずれも東京湾からの上陸で、日が暮れきった夜である。銀座•有楽町を中心に建物を破壊し、交通網を遮断する。ゴジラの背びれが光を帯び、口から吐かれた噴霧状の息が街を焼き尽くす。逃げ惑い、瓦礫に埋もれ、踏み潰され、炎に巻かれる人びと。これは戦争被災の姿そのものではないか。
ゴジラが去った翌日、露天に横たわる数え切れない負傷者を医師と看護師が手当てする。血まみれの頭に包帯を巻かれる少女には表情もない。戦地をくぐり抜けた本多猪四郎の演出だからこそ、被災者の描き方には冷静なリアルさがある。
子供を抱いた母親が、崩落寸前になったビルの入口にしゃがみ込み「お父様のところに行きましょうね」とつぶやく場面には、戦争未亡人が当たり前であった時代の誰もが感情移入してしまっただろう。
夜。焼ける東京。昭和二十九年の公開時、誰もが戦争を、とりわけ東京大空襲を思い出したのではないか。ゴジラ襲来に「また疎開か」とつぶやく電車の乗客と同じように、観客もため息をつく思いだったろう。そしてそれは、決して空から地図通りの街並を見下ろすのではなく、火の粉の向こうにB29の機影を地べたから見上げる視点に映った東京であったはずだ。
B29には焼夷弾をばら撒く以外に何の意味も見つけられないのと同様に、ゴジラの存在は東京の破壊者そのもので、壊さないでくれと祈るしかない。焼け跡で少女たちがおごそかに合唱する「平和への祈り」。ラジオでその歌声を聞いた平田昭彦演ずる芹沢博士が、究極の生命破壊装置=オキシジェンデストロイヤーの使用を決意するシーンは、『ゴジラ』の中で最も哀れで美しい。
そして二度と再びこの最終兵器が使われることがないよう、芹沢博士はゴジラとともに自らの頭脳を消滅させるため死んでいく。怪獣が登場する「ゲテモノ映画」にはあるまじき崇高な気配で『ゴジラ』は幕を閉じる。

中国戦線から戻った本多猪四郎と戦記映画で特撮の腕を磨き続けた円谷英二のコンビは、ほとんど一体となって緊張感のある画面を作り上げている。大戸島の山陰から頭を出して咆哮するゴジラ初登場のショットは、映画史に残るショックな出来栄えだと思う。これも演出と特撮の合体化の成果だろう。
唯一惜しまれるのは最終兵器使用のクライマックスが報道アナウンサーの解説仕立てで進むこと。状況説明しなくても観客は十分受け止められるところをスポーツ中継もどきにしてしまったのは本多演出の失敗であった。

『ゴジラ』の興行的大成功に気を良くした東宝は、『ラドン』『モスラ』と怪獣映画を繰り出していく。その系列に連なる作品の中には『妖星ゴラス』の終末観や『マタンゴ』の和製恐怖映画の完成などの副産物があり、特撮技術を活かした日本映画ならではのブログラムピクチャーとなった。
そして、その流れに沿って生まれた東宝のアイディアが「怪獣同士の対決」だった。創立三十周年を記念して製作された『キングコング対ゴジラ』が社史に残る大ヒットを飛ばすと、その後も立て続けに『モスラ対ゴジラ』『三大怪獣地球最大の決戦』などの対決ものが作られていく。
日本映画の頂きは、なだらかな下り坂にさしかかっていたとは言え、これらの対決ものは東宝娯楽路線のひとつの結晶である。『モスラ対ゴジラ』の宝田明と星由里子のコンビには、ケーリー•グラントとオードリー•ヘプバーンに匹敵するエレガントさがあるし、『地球最大の決戦』でデビューしたキングギドラは、そのデザインにおいて世界中の映画で最高傑作のキャラクターと言っていい。
もちろんあまりにマンガチック化が進み過ぎて、この歳になるともう見てはいられない部分もある。中村眞一郎と堀田善衛と福永武彦の原案による「発光妖精」、すなわちザ•ピーナッツ演じる小美人は、いつの間にかテレビ出演を厭わぬタレントになり、怪獣語の翻訳までやってみせる。ゴジラとラドンがモスラの説得に応じるという設定自体が、既に子供向けであるのだけれども…。
とは言っても円谷英二の特撮は相変わらず精巧であり、怪獣が破壊する建物はリアルな壊れ方をする。ゴジラの尻尾にひと振りされた東京タワーがゆっくりと折れて倒れる絵は、素晴らしい完成度だ。

しかし、それらはすべて全体を捉えやすいように常に俯瞰で切り取られている。一方的に破壊者の視点から描かれるのみだ。『ゴジラ』で語られた被災者の目線はどこにもない。まして戦争を想起させる要素はすべて消え失せ、怪獣同士の対決はプロレスを見るのと同じ描写だ。
子供の頃、ゴジラに親しんだのは、対決ものを再編集して上映した東宝チャンピオンまつりであった。丸顔でキビキビ動く姿を見慣れていたため、初めて第一作の『ゴジラ』を見たときは、モノクロの画面も緩慢な動作も爬虫類のような無表情も違和感のみが残った。
久しぶりに再見した『ゴジラ』は、紛う方なき戦災映画であった。昭和二十九年に『ゴジラ』を見た一千万人近い日本人は戦争の恐怖を同じように思い返したはずだ。
デジタルリマスターで鮮明に蘇った本作を見て、再び多くの人びとが、今の時代にも戦争の恐怖が十分な危険性とともに存在することを思い起こせるだろうか。その思いを鮮明に記憶し続けることをただ期待するのみである。(き)


ゴジラ.JPG



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『GODZILLA ゴジラ』〜「対決もの」に潜む鈍感さ(ワーナー・2014)
「世田谷美術館『東宝スタジオ展 映画=創造の現場』とオキシジェンデストロイヤー」(2015)
『シン・ゴジラ』〜 東京のど真ん中に現れた罪業(東宝・2016)


posted by 冬の夢 at 22:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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