2014年07月31日

東京・中野の「クラシック」喫茶で思い出すこと

クラシック喫茶」について、べつの筆者が書いている。
 そこに登場する「コーヒーを頼むとマヨネーズの蓋でフレッシュが出てくる」東京・中野の名曲喫茶「C」には、とてもよく行った。一九八〇年代初めごろの話だ。名曲喫茶でよく通ったのは、そこだけだ。
 永井荷風は、陰翳にふちどられた都市の吹きだまりを目の前に立ち上げる筆力が素晴らしく、「墨東綺譚」でも「あめりか物語」でも、すこしも変わらない描写力で、埃くさい街路や建て込みへ読者を誘い込む。喫茶「C」を文章で伝えるにはその力が必要だが、とうていそんなものはないから、いまは消えた店の様子をうまく伝えられないのが悲しい。
 と思ったら、インターネットの長所なのか短所なのか、何ともいえないが、「C」の雰囲気はパソコンで、ひと目で見ることができる。
 というのは「C」は二〇〇五年に閉店、再開発で跡形もないが、この店に勤めていた女性がその調度を保存していて、受け継ぐ形で東京・高円寺に「R」という店を開店しているのだ。高円寺の店は、さまざまなブログで写真つきで書かれていて、店内の見た目は往年の「C」そのものだ。
 高円寺「R」の写真を検索して見てもらえている、というきわめてズルい前提で、いまはなき中野「C」について、少し書いてみよう。
 通った当時、人づてに聞いたところでは「C」の開店は戦前で、以後、大きな改装はほとんどしていないそうだった。ゆえに店の外観はほとんど廃墟同然。最初のうちは店に入るたび本当にビビったものだ。
 ガタつくドアをギイと開けて足を踏み入れると、ホコリともケムリともカビともつかない空気が鼻をつく。すべて木造。木の油っけ、つまりワックスは、すっかり抜けてしまっていて砂かホコリか判別できないものにおおわれた床板のササクレが足に刺さりそう。入口からやや下がったフロアが見渡せ、倒れそうなテーブルに革張りの、といってもこれはさすがにときどきかぶせ直したか、合皮を継ぎ足したような足の短い背の低い椅子。ところどころに小さい蛍光灯が点き、ひどく薄暗い。
 フロアは二十席くらいだろうか。そこから二階へ吹き抜けで、手すりを回した桟敷型の二階席が取り巻く形。これはいわゆる名曲喫茶の類型かもしれない。成瀬巳喜男の映画「妻」(一九五三年)で、子持ちの未亡人、丹阿弥谷津子が、倦怠期の上原謙によろめく待ち合せ場所、あれと同じ感じだ。その喫茶店でかかる曲を丹阿弥が「ラロですわ」とかいうんだが、ラロって誰だろう……。
 で、手すりを回してあるといっても、向かい合わせ一対一の席が一列に並ぶだけでいっぱいで、通り抜けるのも難しい。そもそも店の中全体がどう見ても歪んでいるから、二階にはあまり行かなかったと思う。
 かんじんの音響関係だが、壁にかけられたさまざまな絵や蓄音機、ランプや骨董などが雑然と置かれた中に、フロアの正面いっぱいの巨大な自作のスピーカーがあった、と思う。いや、記憶違いかもしれない。なにせ、どこから音が出ているのかよく解らなかったし、気にしてもいなかった。リクエストは小さい黒板に書く仕組みだったはずだが、いつ録音された誰の演奏か意識して聞いたことは一度もないほど、どの盤も古ぼけてスクラッチや針飛びだらけだったと思う。
 なぜクラシック音楽ファンでもないのに、そんな、お化け屋敷のような店に通ったかだが、飲みものが安く、いくらでも長居でき──食べもの持ち込みが可だったのではなかったか──話していてもいい店だったからだろう。実際、たいてい友だちと行っていた。
 そう、あの店では話していて店の人や他の客に叱られることはなかった。確かにマヨネーズの赤いフタでクリームが出て来たし、「おひや」は恐らくカップ酒の容器だったはずだが、お店の女のコはなぜか、ごくふつうのコたちで、真冬の寒い店内で、たぶん火事を避けるためあまり暖房していなかったのだと思うが、店のコが着ていた清潔なフカフカのセーターの毛足がいまだに記憶にある。店主は壁の不思議な絵を描いた画家だということで、ときどき見かけたが、どんな怪人、名物主人だろうと思いきや、船員帽だったかベレー帽だったかにツィードの上着の、静かな人だった。
 当時は意識しなかったが、時間があまり勢いよく進んでほしくないという思いが、あの古びきった残され島のような店に足を運ばせたのかもしれない。親が生まれたころかそれより昔に出来た店だから、懐かしさのはずがないからだ。
 あのころ自分もそのひとりだった大学生のライフスタイルは、加速度的にスマートで豊かになりつつあった。そう、こんな思い出を書くよりニュートラだとか興隆期にあったブランドのことを書いたほうが、いまに続くレジャーランド大学の初期の気分をよく伝えるだろう。それを楽しめる懐の余裕もなかったけれど、時計の針を速く回して変化を喜ぶ人たちが思わぬ保守志向であることに、気持ちがついていけなかったのかもしれない。
 そう、残され島に行くのは文系男どうしがだらだら話すためだったが、つき合いたいなと思う女のコたちと行ったこともある。本気で好きな場合はとくに。あいてが典型的な女子大生でも。
 埃とともに崩壊しそうな店に連れていったことが原因でふられたことはないけれど、そのうちの誰ひとり消息を知らないし、そもそも誰だったかもわからなくなりつつある。(ケ)

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*高円寺は未訪だが、歪んだ木造まで継承しているはずはない。文中でもそうとはいっていない。念のため。


posted by 冬の夢 at 23:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 オーディオ・楽器 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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