2014年04月17日

オールド・モンクとセロニアス・モンク──映画「Straight, No Chaser」

 ガンと来た。
 久しぶりにガツンと来たインドのラム、「オールド・モンク」!
 長年、性懲りもなく酔っ払ってきたけれど、足は動かず視界も危ない。なんとか帰ってぶっ倒れたが、目が開くとやおらスッキリ。もいちど出かけるかぐらいの爽快な昂揚感。急性中毒症状が持続してただけでしょうけど。
 もともと呑めない体質。いまも少ししか呑めない。会社員時代、お客さんとの席がつらかった。会合の最中、店のトイレで昏倒しかけたことが何度もあり、帰宅後の七転八倒もしばしば。おかげで呑めないくせに酒がすっかり好きにならせていただいたが、社用のストレスを私用のラスト一杯で晴らす繰り返し。摂取量は多くないが休肝なしの深夜飲酒で健康を害してしまうのだから、世話がない。
 この日は、ヴァン・マッコイの「ハッスル」とカール・ダグラスの「カンフー・アクション」を何十年ぶりかで聴け※1、呑む前にラジオ体操! ひどく酔う準備は出来ていた。
「オールド・モンク」は、ラム呑みには周知のブランドのようだが聞いたことがない。ラムで連想するのはヘミングウェイでなくジョン・シルバーで──スティーブンソンの「宝島」ですね──つまり海賊の酒、カリブの酒。自分には合わないイメージと思い込み、めったに呑まないから余計に知らなかった。
「オールド・モンク」は、同じインドの「マクダウェル・ナンバーワン」に売れ行きで近年大きく水を開けられているが、それでも世界中でことに売れているダーク・ラムのひとつ。えっインドでラムなんて呑んでいいの、輸出専用なんですか、となる。確かにヒンドゥー教は飲酒を禁じてはいないがタブー視しているし、イスラム教では禁止、仏教もダメ──「五戒」のひとつですぜ──だから、インドは酒類ご法度の国……ではないのだ。ダメといわれるほど呑みたくなるのは全世界共通現象。所得格差が大きいから粗悪な密造酒での飲酒事故も跡を絶たない。「オールド・モンク」からしてインド軍に納品されるほどで、そちらは市販品より度数が高いという説もある。表向き非飲酒社会ゆえ、大きな広告宣伝なしの口コミだけで半世紀にわたり売れ続けてきたというからすごい。製造会社のルーツは、十九世紀半ばの植民地時代に英国人が作ったアジア最初のビール醸造所。当初は駐留英軍向けにビールを作っていた。ちなみにマクダウェルの方も製造元のルーツは同じ時代の英国人貿易商にたどりつく。在印英人向けに輸入した嗜好品を、マハラジャたちにもたらして重宝がられていたらしい。いいんだか悪いんだか、わからないな。
 で、ここまでのウンチクだが、信憑性がいまひとつない。
 メーカーのサイト※2や──いくら広告しないとはいえ、ひどくそっけない──インド人が書いているニュースやポータルサイトを調べ※3たのだが、確実なことがわからない。すみません。なにせ、さきほどの売れ行きの件で取材しようとしたインドの経済紙記者の問い合わせ電話やメールは完全に無視されたという※4。だ、大丈夫なのかな、呑んでて……。
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 というわけで、セロニアス・モンクである。
 ことにわからないジャズ演奏家のひとり。だからってジョン・コルトレーンがお前にわかるのか、といわれたらわかりはしないが、とにかくカッコいいでしょうジョンは。「至上の愛」だってなんだって。モンクはどうもカッコよくない。奇妙な音の並び方のメロディだって、鍵盤を押し間違えたようなコードやコケたみたいな符割りだって、とにかく変だ。カッコ悪く聴こえる。誰が言い出したのか日本ではたぶんその名から「ジャズの高僧」だなんて、どこかに書いてあって、びびってますます聴けなくなった。盤を持ってはいるが聴くのはまさに苦行僧の気分。
 また、ジャズファンはとうに気づいているかもしれないが、アルバムジャケットごとに本人の姿かたちがえらく違うのについていけない! どれが本当の本人なのかわからない。サングラスをかけたってモヒカン刈りにしたって、ソニー・ロリンズはやっぱりロリンズなのに。
 そう、実はこの「とらえどころのなさ」こそを予備知識ぬきに楽しめば、演奏家にして作曲家でこれほど面白い人はいない。ライブをいきなりみてから盤を買うのでなく、ジャズ喫茶でレコードの解説やジャズ雑誌を読みながら聴き、まれな日本公演を「確認」に行くような百科全書時代にジャズを聴きはじめた自分には、それが出来なかったのだ。
 そこに気づいたのは、ずいぶん前、ドキュメンタリー映画「セロニアス・モンク ストレイト・ノー・チェイサー」を見たとき。偶然に外国で見て、字幕がなく英語がよく聞き取れないままだった。十年ほど前に邦盤DVDが出ているとは知らず、この機会に再見することに。泥酔がつないだモンクの縁だ。
 映画は、一九八〇年代に見つかった六〇年代のツアーのフィルムなどを中心に、関係者のインタビューなどをまじえたアーカイバル・ドキュメンタリー。八八年の作品。監督はストーンズの「ギミー・シェルター」を共同監督しているシャーロッテ・ズウェリン。クリント・イーストウッド制作。
 最初の場面は、ライブの曲中、サックスのソロでピアノを離れて踊り歩くモンク。踊るというより、くるくる旋回。上手へ行ってしまったりする。どのショットでもそこそこよさげなスーツを着ているのに靴がペラッとした汚れ靴で、ピアノを弾くときはそれで床に穴でも掘るように執拗にドカドカとキックしリズムをとる。ますますヘンだ。
 くるりくるりと旋回の反復、カクカクした足もと。モンクを象徴する記号としてそれが目にとまる。それから奇妙な帽子と、おかしな眼鏡──スタジオでテオ・マセロにからかわれる場面がある──ファッションを極端に変える癖ではなく、そもそも人格とはとらえどころのない多様なものだということを姿に表わしていたのではないか。もしくは、自分を明瞭に表わしたくなかったのか。
 モンクはかなり早く、すなわち六〇年代後半あるいは五〇年代ごろから、心の病に苦しめられ出したという説がある。ステージでピアノを離れて、くるくる回り、自分のソロの番で楽器に駈け戻るのはほかでもやったらしく、観客はユーモアだと喜んだようだが、 旋回は街中や空港などでも起き、始まるとツアーマネジャーや家族はひどく心配した。一人では出かけられず、いつも奥さんが同伴していたことも映画であらためて知った。息子のT.S.モンク──R&Bやジャズのドラム奏者──のインタビューは悲しい。明らかにおかしくなっていき、躁鬱状態を繰り返して子どものことがよくわからないらしい父親を目の当たりにしていたというのだ。
 天才と狂気は紙一重という話をしているのではない。
 わたしもいる世界で、わたしとまったく違うものが見えている、そういう人が、見えているものを音楽にしているということだ。
 よく芸術が鑑賞者を異次元へいざなうなどというが、異次元は、異なる世界ではなく同じ世界の別の面で、より完全な調和にあり、だからこそわたしたちにはことさら割れた鏡のように感じられるものとして、存在しているということだ。
 セロニアス・モンクの演奏、とくにバンド形式での演奏で不思議に思っていたことは、映画でもつぎつぎに現れる。
 ツアーバンドにフィル・ウッズやジョニー・グリフィンがいる。典型的なビバップスタイルを得意とするサックス奏者だ。モンクの出す音はテーマもソロも「ヘン」なのに、他のメンバーは「ふつう」なのが、いびつだ。モンクのピアノも、語法は「ヘン」なのに奏法じたいは「ブンチャ、ブンチャ」のストライドスタイルを彷彿とさせる「ふつう」さに満ちているのと同様に。
 それが映画でよくわかる場面は、トミー・フラナガンとバリー・ハリス、二人のピアノ奏者がモンクの曲を二台のピアノで弾いてみせるところ。ビバッブスタイルのメロディー巧者ふたりが弾くと、モンクの作ったテーマ部分以外は、当たり前に上手なだけの演奏になってしまうのだ。
 バンドリハーサルの場面も印象的だ。アンサンブルに不満なモンクがモノにあたり散らすシーンがあるから、リハーサルでどうなるのかとみていると、和音や進行を確認するサックス奏者の念押しに、あんた自分の曲なのに大丈夫なのというほど自信なさげに、適当でいい、みたいなことをいうのだ。はたしてモンクは「テーマはモンク、ソロはバップ」という演奏をどう思ってライブや録音にのぞんでいたのだろう。それが、旋回するモンクの姿にうかがえる多面体としてのジャズ、ということなのだろうか。それともその「面」に亀裂が生じていること、あるいはいくら折り直しても多面体が合わないつらさに、苦しみ続けていたのだろうか。

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 自分は病気なんだ、と五〇歳代早々で事実上引退、モダンジャズの後援者としてよく知られるパノニカ・ド・カニグスウォーター──ロスチャイルド一族だ──の「ねこ屋敷」に隠棲し、ピアノを弾くことなく亡くなったモンク。ふと、「典型的なビバップスタイル」でカッコいい、と思ってきた曲が、しばしばモンクの作じゃないかと気づく。映画のタイトルでもある「ストレイト・ノー・チェイサー」もだが「リズマニング」に「ベムシャ・スゥイング」、「フォー・イン・ワン」もそうだ。いま書いてみると題名もカッコいい。
 そういえばかつて、スキゾフレニアックな思考行動様式というものがもてはやされた時代があったけれど、それよりずっと前から、アイデンティティと多面性の舵をとりながら自己の存在を確信して生きていくことの難しさが、セロニアス・モンクの音楽には鳴り響いていたのだ。(ケ)


※1 www.youtube.com/watch?v=wj23_nDFSfE
   www.youtube.com/watch?v=9TgoF-ccdGM
※2 www.mohanmeakin.com
※3 www.dnaindia.com/lifestyle/report-the-legend-of-old-monk-sales-of-indian-rum-brand-drop-but-fans-swear-by-it-1857955
※4 www.livemint.com/Industry/nqa77UEsic43YfKmJlUCBI/Old-Monk-loses-ground-to-McDowells-No1.html
posted by 冬の夢 at 13:31 | Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まったくそのとおり!文句なし!
Posted by スカンク at 2014年04月17日 22:11
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