2014年03月28日

大学入学式とキム・ギドク「嘆きのピエタ」

 いま、大学の入学式では、男女とも黒のスーツを着るのが基本だという。
 驚いたが、もう遅い。
 たぶん、ここ十年くらいで確定してしまったようだ。
 大学生の、あるいは大卒まもない子どもがいる知人たちに頼んで聞いてもらったが、子どもたちからは「そうね、みんなスーツだったね」と人ごとのような返事ばかり。疑問の声はない。
 バレンタインデーやホワイトデー、ハロウィンや恵方巻のように、どこかの業界のシカケが当るなりして定着したのなら、いつ、どのようにかが知りたいが、ウェブを調べた程度ではわからない。逆に大学のサイトをあれこれ見ると、入学式にスーツ着用を勧める学校が多いのにも驚いた。親から問い合わせがあるらしい。
 厳粛な式典だから、きちんとした服装で、という考えはわからなくもないが、だとしたら正装でなく制服でもないビジネススーツを、入社式でもないのに全員が着ているのは奇妙だ。ビジネスではあまりしないスタイルではあるが。入学式でしか着ず、三年後には多くの学生がまた新調するとわかっていて、なぜなのだろう。
 驚いてばかりだ。まるで浦島太郎だ。なんだかしみじみ老いを感じる。
 もちろん「手遅れ」のことをとやかくいう気はないし、大学進学予定の子どももいない。大学の入学式に誰もが黒いスーツなんておかしいんじゃないと、うっかり新入学生の子どもにいったとき、キレられたという知人もいた。初日から目立っちゃったら居られない! ということらしい。大学入学式の服装に議論の余地はない。
 それにしても、入学式でわざと奇抜な格好をしたならともかく周囲と違う服でいた程度で、向こう四年間、学校に居づらいほど目立つと思うのだろうか。逆に入学式で周囲と違うナリをしていた子に、何年も学校に居づらくなるような態度をとるのだろうか、まもなく大人になる大学生たちが。まさかと思うが……。
 ふと、気づいた。
 若い人たちがみずからすすんで枠にはまろうとしていると思うから、違和感が大きいのであって、これは親からの「ギフト」のひとつなのだ。
 子ども一人の教育費、外車一台、と聞いたことがある。公立で通したとしても学習塾に行かせたりもするから、ワンボックスカーに家族全員が詰め込まって出かけるような家庭でベンツやフェラーリをよぶんに一台、買っていることになる。大変なことだ。しかし教育費そのものは形では見えないから、おりおりに小モノ、といっても安くはない出費だが、それで「ギフト」を示すわけだ。ほかの子に気後れしないように──その心配がエスカレートし過ぎない落としどころ、つまり親たちの思いの合意点が、入学式の黒スーツなら、反論しようがない。
 いつ、そう思ったか。
 韓国の映画監督、キム・ギドクが、二〇一二年のベネチア映画祭で金獅子賞をとった作品、「嘆きのピエタ」を見ていたときだ。
 暴力金融の取り立て屋で、借金を払えない街工場主たちに工作機械で自傷させ、障害を負わせては事故保険金で穴埋めさせるガンド。寄る辺ない孤児であった彼の前に、ある日とつぜん、自分はあなたを捨てた母親だ、ごめんなさい、許して、と繰り返す中年の女が現れて家に上がり込んでくる。不思議に生活苦に汚れた女でなく、どこか浮世離れした美しい「母」だ。
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 はじめは暴力的に拒絶するガンドだが、いつしか心を開き──母と息子の関係は、おそらく韓国のそれはとくに、近親相姦的だという暗示がある──母親を得たことで残虐な行動も緩みはじめる。が、この「母」は息子から「母を二度奪う」という、きわめて冷酷な方法で、ある目的を遂げようとしているのだった。
 印象的なのは、産んですぐ逃げてしまって三十年、という母子間の欠落を埋めるのが、言葉でなく「ギフト」だということだ。さいしょの兆しは、ガンドがふと街角でブティックに目をとめて買ってきた女ものの服。ガンドのために買ってビニール袋で持って来た生きたウナギ。それをさばいて作る食事。「息子」のために編むセーター……。この映画では、さまざまな登場者が「カネとは何なんだ」という疑問を口にするが、母子が無言で繰り返す「ギフト」が、ありうべき一つの答えなのではと感じるようになる。
 しかし「ギフト」は最後に、カネで買えないもので表現される。真相はあまりにせつない。ただ、暗いテーマの韓国映画によくあるクドい絵でなく、意図的かどうかドライな色調と明度、埃っぽさの中にもシャープな写り、などで描かれていくのがいい。わたしも知っているソウルの冬の乾いた寒さが刺し込んでくる。それだけ、母親を演じるチョ・ミンスの口紅の不自然な赤みがきわだち、「血」から連想される縁や死、それが目に刻み重ねられていく。巧みな表現だ。ラストシーンの「贖い」の美しさは、寓話を映像表現させたらほぼ天才といっていい、この監督ならではの──ちょっとだけひっかかるのは、このラストシーンありきで、はしょるような感じもするが──ものだ。

 Eja, Mater, fons amoris
 me sentire vim doloris
 fac, ut tecum lugeam.

  おお 聖母よ 愛の泉よ
  わたくしに その悲しみの深さをお分かちください
  わたくしにも あなたと悲しませてください

      ──「Stabat Mater(悲しみの聖母)」から※

 わたしの母は、大学の入学式にも卒業式にも来なかった。それが当り前の時代だし、マンモス私大だから学生が全員入れる施設もない。全学と学部で式が何度かあった気もするし、どれかに坐ったのか行かなかったのか、記憶もあやふやだ。ただ、親の姿が増え出す頃で、母が「行く」と言い出さず、ほっとした。
 スーツは就職活動中に自分で買い、入った会社の入社式には着ていった。大学時代の半ばから授業料は自分で払って通った。その程度では親離れとはいえないが、とにかく母や「家」から遠ざかりたくて、そうしたのだろう。
 年月がたって「家」で母の面倒をみる機会があり、食事を作って食べさせたり、ドラッグストアで関連用品を買ったりしていて、つくづく思った。中高年男性でお母さんの介護を自分でしている人のことが想像できない。わたしのしたことなど介護のうちに入らないと思うが、事態が小康状態となり、とりあえず実家を離れているいま、大学に入って家を出た当時と同じ気持ちによくとらわれる。もっと完全に親離れするには、どうしたらいいのだろう、親の死を待つしかないのだろうか、と。(ケ)

※「スターバト・マーテル」は羅英翻訳サイトをへて自分で訳。
posted by 冬の夢 at 00:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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