2013年10月13日

ひとり遊びとしての野球

高田土井王長嶋柴田末次森堀内黒江。
川上哲治率いる巨人軍が九連覇を遂げた時代を知る男子のほとんどがソラで言える先発オーダーである。ソラでという感覚は惑星の並びを水金地火木土天海冥と暗記しているのに近い。もっともこちらは後になって海王星よりも冥王星が太陽に近い位置で周回する時期があると判明し、今はドテンカイメイではなくドテンメイカイだと訂正が入ったことがある。今更言われてもドテンカイメイは変えられず、それで言えば巨人軍のほうは柴田が一番に繰り上がったり王と長嶋が入れ替わったりしてもさして気にはならなかった。惑星の並びと巨人の打順を比較してどうするということだが。
それほどまでにかつてはすべての男子が野球に夢中になっていた。先日TVのBS放送に松本幸四郎が出演していて子供の頃の思い出を語っていた。学校が終わるとすぐに舞台稽古に行かなければならず友達がひとりもいなかった。それで野球をするのも公園でひとりで架空実況中継をしながらボールを壁に投げていたんですよ。
それを見て、巨人軍の活躍に夢中だった子供時代が急に思い出されてきた。何ひとつ稽古事はしていなかったが、野球のひとり遊びは毎日やっていた。自宅の二階の畳に寝っ転がり天井に向けてボール(もちろん軟球でマルエスのC号、初めて使うとき箱から出すのが惜しかった)を投げる。落ちてきた球を受け止めるときグローブが顔の正面ならストライク、はずれたらボール、正面過ぎて鼻の頭に来たらヒットという決まり。寝たままでひたすら続けるとランナーがたまって押し出しとか、子供だからカウントも正確に数えながらアナウンサーにもなって実況中継していた。たまにビーンボールが来て両軍ベンチが飛び出しての乱闘騒ぎもあり。架空というより妄想に近く、野球好きの子供には妄想はいくらでも広げることが可能だったのだろう。
幸四郎と違うのは普通に友達はいて、学校がない日は集まって野球をした。グラウンドなどないので行動範囲内の何カ所かの中から誰もいない空き地を見つけ土に棒で線を引いてホームベースとバッターボックスにした。ユニホームはなかった。帽子もバラバラ。バットは一本だけで、みんなで使った。チームは、そしてチームは…。
考えてみるとチームはなかった。友達の数はとても対戦する2チーム分もいないし、その日に集まる人数も変わる。なんとなく攻守が分かれた。当然外野手は不在。投手と内野と打者で手一杯で走者が足りず、「透明ランナーね〜」と言って走者がいるものとした。要するに皆がバッターになりたくて集まっていたので交代で打撃が出来ればそれで満足だった。その結果、いつもゲームは9回まではとても続かずに日が暮れれば終了、解散で、勝敗など誰ひとり気にする者はいなかった。
つまるところ、あの子供時代の野球は集団でする妄想ごっこだったのだと思う。畳の部屋から外に飛び出し、土の上で跳ねたり転んだりしながら、子供たちはひとり一人が王や長嶋や高田になったつもりでバットを振り回していたのだ。もちろんサインや連携プレーなどない。ホームランあるのみで無手勝流にバッターボックスに立った。そしてホームランとはスタンドに入る大飛球ではなく、数人しかいない野手の間を抜けたゴロが草むらに紛れるうちにダイヤモンドを一周することだった。親に怒られるからとポツリポツリと友達が帰って行き、でも今日箱から出したばかりのボールを失くすわけにいかず、ひとり空き地の隅で雑草をかき分けベソをかいていた。でも夕闇が迫るとかえって軟球の白さが浮き立ってきて、草の生え際に見つけたボールを取り上げるとバットとグローブを抱えて一目散に家路を走り帰るのだった。
リトルリーグもお揃いのユニホームもない時代だった。指導してくれる大人も応援に駆けつける人もいなかった。マウンドというのは見たことがなく、ピッチャープレートを踏んだこともなかった。ナイトゲームの照明やベンチに置かれたクーラーボックス、アンパイアのおじさんや試合前の挨拶。野球に必要なものは何ひとつなかったのになぜあんなに楽しかったのだろう。なぜあんなに夢中になったのだろう。
ひとり遊びの野球は、思い出すたびに自分のいるべき場所を指し示してくれるような気がする。(き)


畳.JPG


posted by 冬の夢 at 22:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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