2013年08月10日

ちばあきお「キャプテン」「プレイボール」と甲子園

 ちばあきおの野球マンガ「キャプテン」と「プレイボール」を、ひさしぶりに読み直してしまった。何年ぶりだろう! 
「キャプテン」がコミックス全十五巻、『プレイボール」は二十二巻。少年時代と変わらない熱心さで一気に読んだ。連載当時とびとびに「少年ジャンプ」で読んでいて、通して一気読みしたことはなかった気がする。それぞれの舞台となる中学や高校のある東京の下町、荒川区や墨田区あたりの空気感は、そのあたりをフラつくようになった近年に知ったから、再読にはますます身が入った。もちろんマンガが描かれた当時といまでは景色は変わってしまったが、蛇行する川に貼り付いたような街の印象は、いまもかなり残っているような気がする。
 ちばあきおの野球マンガの特徴は、明瞭だ。
 ひとつはスーパーヒーローの不在。
 もうひとつはスーパー指導者の不在。
 そしてスーパーチームの不在。
 つまり、星飛雄馬も星一徹も、読売巨人軍も出て来ない。
「巨人の星」の「週刊少年マガジン」連載終了後に、ちばあきおのマンガはスタートしているから、路線を大きく変えたヒット作がほしい編集の意向で設定が決まった面もあったかもしれない。といっても、たしか同時期にまだ超人的選手を軸にした「侍ジャイアンツ」や「アストロ球団」も「週刊少年ジャンプ」には連載されていたから、「キャプテン」の主人公、谷口タカオや、野球部員たちの身近な存在感はとても新鮮だった記憶がある。

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 谷口タカオは、野球強豪中学から転校してきた二年生。前の学校でも野球部で「ここなら野球が楽しめそう」といいながら転校先の野球部に入る。実は強豪校では二軍の補欠。上手くなかったのだが、すごい選手だと期待されてしまい、引っ込み思案ゆえ本当のこともいえず悩む。しかし「とうちゃん」の協力で放課後に必死の練習を繰り返し、キャプテンとなって力の足りなかった野球部を強力なチームにしていく。
 ちなみに谷口の「とうちゃん」は、飛雄馬の父・一徹とは正反対のキャラクターで、落語に出てくるような気のいいおじさん。大工だから息子のためにトレーニングマシンをトンカン作ってやるが、それを使って練習に励む息子の姿に自分がビビってしまう。そのあたりは戦争の影を背負った「巨人の星」と、オイルショック前の元気な下町が舞台の「キャプテン」の違いでもあるが、見果てぬ夢を子どもに託し、殴ったり食膳をひっくり返したりはせずとも激しく子どもに干渉する親は音楽や芸能の世界では昔話でないから、むしろ星一徹の方に、いまだある種のリアリティがあるのかもしれない。
「キャプテン」でも「プレイボール」でも、谷口の野球部には監督がいない。キャプテン谷口の熱意と努力で部は上達する。もちろん、たいして力のない野球部が急に強くなっては現実味がないから、すさまじい練習が繰り返されるが、谷口は決して部員に恫喝的に練習を強要しない。能力のない(なかった)自分がまず部員より圧倒的に厳しい練習をし、どんな強豪校との試合も絶対に投げないことで、部員たち、それも下級生のみならず先輩たちも自然に巻き込んでいくのだ。部員たちが「やれやれ」と、あるいは「またキャプテンにその気にさせられちゃう」、というユルっぽい流れの中でそれぞれに責任感に燃え始め、努力するところは、いまさらながら気持ちよい。
「キャプテン」では谷口は全編のはじめの方で早々と卒業してしまうので、これと並んで高校生の谷口を描く「プレイボール」がスタートしたのだろう。どちらも面白い。谷口は「キャプテン」で、意地のあまり指を骨折したまま試合を続けた(!)せいで投球が出来なくなっていて、「プレイボール」ではなんとサッカー部に参加するところから話が始まる。やる気のなさそうな高校野球部にどうかかわるのか、目が離せない。
 そんな「キャプテン」と「プレイボール」、少年のわたしにも影響を及ぼした。つまりわたしは、わずかの意地と努力さえ重ねれば、という谷口の思いを信じたようだ。何事も器用には出来なかったし、超人の根性譚についていく気力もなかったので、なおさらだ。
 それがよかったかどうかは、いまではわからない。
「プレイボール」では、試合そのものの描写がかなり多いことと、谷口の「絶対にあきらめない」「ひたすらくらいつく」姿勢とが、微妙に暑苦しく感じもする。勉学も両立と練習時間を削って勉強会を開く「顧問先生」の登場(いい人なのだが)も取ってつけた感があるし、専任監督を擁し控え選手も厚い強豪校を、先発ぎりぎりしか選手のいないチームと谷口の不屈の才知がひっくり返す展開は、あまり毎度では、谷口が敵のあら探しばかりしている、こまっしゃくれた少年にも見えてしまう。
「プレイボール」は、将来の甲子園出場を期待させるところで終わっている。さらに先の谷口の姿を描く予定もあったらしいが、実現していない。
 ちばあきおは「あしたのジョー」のちばてつやの実弟。兄の助手をした後のプロデビューだ。
 さきほど「プレイボール」で試合描写の密度が濃くなっていくのを読みづらいかのように書いたが、誤解のないように強調しておくと、わたしの知る野球マンガでは最高の臨場感だと断言できる。野球マンガといえば一球投げるまで関係者がえんえんと独白を繰り返すような(ひどい場合は球が投げられてから飛んでくる間にも)粘っこいものという思いがあるが、ちばあきおのマンガでは、選手たちの心理表現とリアルな試合運びのテンポがみごとに両立している。俯瞰の視線がきいているのだ。
 複数の回想で読んだことがあるが、ちばあきおの仕事場には自作のゲラか抜き刷り(元原稿でなく印刷にかかった形の控え)が置いてあり、そのほとんどのページに赤鉛筆でチェックが入っていた。表情やボールの位置など細かいことに納得がいかず、コミックスにするとき直したいからという。もともと非常にこだわるタイプで、週刊誌連載を描くのはきつかったのを無理に続けていたようだが、雑誌掲載後もまだこだわっていたわけだ。
 たしか江口寿史の回想だったが、ちば宅で赤字だらけの控え刷りを見て、ひどく驚いたそうだ。自分には自分の不出来に締切後にまで向き合う気力はないと。完璧主義ゆえストーリーものを描かなく(描けなく)なったといわれもした江口を驚かせた、ちばあきおの意地と努力……素人の想像でも長続きするはずがない。心身ともに疲れた末、ちばは、一九八四年に四十一歳で亡くなっている。高速道路を走っているタクシーから飛び降りての自殺だった(下段【追記】を見てください)

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 年々、暑さがひどくなるといわれる中、この夏も全国高校野球選手権が始まっている。おとなが作り、おとなが演出する舞台で、おとなに選ばれた少年たちが、おとなの求めるドラマを演じていく。今回ですでに九十五回め。
 百回を機に、甲子園は高校生だけの野球大会にしたらどうか。
 おとなの監督も、審判も、スカウトも、運営委員も、おとなの新聞社もテレビ局もいない大会だ。
 いまの高校生は自分たちの高校野球をすべきだし、できるはずだからだ。(ケ)

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【追記】

 ちばあきおの自殺については諸説あることを知り、調べました。
 一九八四年九月十七日付・読売新聞では以下の通りです(*は住所や年齢など適宜略した箇所です)
 アップロード後、この文を多くのかたが訪れてくださっていますが、調べと追記が遅くなりました。すみません。

【十三日午後零時半ごろ、ちばさんの実兄で漫画家のちばてつやさん宅二階の仕事場で、あきおさんが電気コードで首をつって死んでいるのを、母親の静子さんが見つけた。
 あきおさんは、いつもと同じように朝から仕事場にこもっていたが、昼食時になっても降りてこないため、静子さんが部屋に入ったという。机の上には、現在「月刊少年ジャンプ」に連載中のボクシング漫画「チャンプ」の書きかけの原稿が残されていた。
 家族は「まったく心当たりがなく、信じられない」と話している。しかし、親しい漫画家仲間によると、「数年前に、精神状態が不安定で、一時、執筆活動を休んだことがあった」という。】



posted by 冬の夢 at 14:53 | Comment(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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