2013年05月01日

ピサネッロ:『聖ゲオルギウスと王女』−−好きな絵#3(後半)


(あまりに見境なく長くなってしまったので、「好きな絵#3」を前後に分けました。どうぞ、「好きな絵#3(前半)」からお読み下さい)

何の目論見もなく、もっぱら休憩を目的に入ったその建物は、予想通りさして混雑しておらず、いかにも旅行者・観光者然とした人々が静かに歩き回っていた。繰り返すが、記憶の中のそれは決して教会の会堂ではなかったし、従ってキリスト磔刑図も十字架上のイエスも見た覚えがない。それはもっと地味で、そして修復中のように、臨時仮設通路などがあったように記憶する。だから、もしかしたらその空間全体が臨時の空間だったのかもしれないという可能性はあるのだが、臨時仮設空間にピサネッロの問題の絵(フレスコ)があるはずがないので、ぼくがその絵を見たとあくまでも言い張るためには、やはりそこが聖アナスタシア教会でなければならない。そして、いくら調べても、聖アナスタシア教会の修復の事実に行き当たらない。

しかしながら、ピサネッロの『聖ゲオルギウスと王女』というフレスコ画は損傷が激しい(激しかった?)らしく、何らかの手当や修復が必要であったことは事実だろうから、ぼくが訪れたそのときにたまたま大修繕をしていたのかもしれない。そして、ぼくにそう思わせるもう一つの根拠は、実はぼくにはこの絵のごく一部しか見た記憶がないのだ。絵の全貌はなんだかうすらぼやけていて、煎じ詰めて言えば、ぼくが覚えているのはこの王女の美しい横顔だけだ。王女の表情だけは克明に、その衣装の微妙かつ精妙な色彩はかろうじて覚えているのに、他の一切が記憶にない。今あらためて画像で見れば、このような構図で馬の巨大な尻を見せられれば、それが強烈に記憶されてもいいはずだと思うのだが、馬の尻を見たという記憶ももちろんない。修復中のフレスコ画のほんの一部分だけを見たと考えれば辻褄は合いそうだが、この20年くらいの間にこの絵が修復を受けたという事実はないようだ。

関連して、もう一つぼくが自分の記憶をどうしても信頼できないのは、このフレスコ画が描かれている場所の問題があるからだ。この絵は、スパンドレル(spandrel)と呼ばれる、アーチ上部と天井との間に出来る三角形状の空間に描かれている。ということは、この絵を見るとき普通は下から見上げることになるはず。アーチが高ければなおのこと、たとえかなり低いアーチだったとしても、通常の目の高さでこの絵を水平に眺められるとは思えない。しかし、ぼくの記憶では、ぼくはこの王女の横顔をほとんど真横から水平に凝視していた……これはいったいどういうことなのだろう。

もしもそれが夢でなかったとしたら、ぼくの身体が何かの力を借りて王女の横顔と同じ位置にまで高められた、その結果、ぼくは彼女をアイレベルでつくづくと見つめることができた(彼女が横を向いていることをいいことに)、そうとしか考えられない。そして、薄らぼけた記憶の中では、そのフレスコ画からやや離れた位置に階段があり、ぼくはその階段の途中で立ち止まってその絵を見ていたように思う。だが、そのような都合のいい階段がはたして実在するのだろうか……もう一度ヴェローナを訪れる機会があれば確かめられるのだけれど。

ともかく、今覚えている限りのことを書いてみよう。
特に当てもなく中に入ったにしても、そこにルネッサンス前後の、あるいはもっと古いヘレニズムの美術品があることは十分予想していた(それがイタリアの古都というものの特徴だから)。しかし、上述の通り、すでに市中をさんざ歩き回り、加えて西洋美術史の熱心な学徒であることをすでに断念した身としては、もっぱら休息を目的に、身近に並べられていたものを見るともなしに眺めていた。中に、時代的にはすでに中世なのに様式的にはヘレニズムを色濃く残した、マリアなのかギリシア神話の女神なのか、はたまた小アジアの大地母神が洗練されたものなのか、いかにも地中海という「文化のるつぼ」を反映した不思議かつ美しい彫像が立っていて、それだけでもすでに「見るべきものを見た」という気がしていた。

そして、問題の横顔の前を通り過ぎた。
それは最初、「風変わりな美しい横顔」に過ぎなかった。しかし、何かがぼくの気持ちを惹きつけて放そうとしなかった。白い顔が壁から浮き出るように、けれども徹底的な静寂の中にあった。おそらく無意識に「これが『絵画のリアリティ』と世に言われているものなのか!」と感じ入っていたのだと思う。そのときのぼくにはこの不思議な人物しか存在していなかった。今なおその感覚は生々しく残っている。この横顔を見ている限り、世界にはぼくと彼女しか存在していない。いったんその横顔から目を逸らせば、ぼくの周囲にはたちまち普段の日常が戻ってきて、目は建物の壁や柱を認め、耳は他の観光客の足音も自分の足音も聞き分けられる。しかし、再び彼女の横顔を見つめると、周囲から全ての雑音が消え去り、できることはただひたすら放心して見ているだけだった。

ところが、いっそう奇妙なことに(ここにも夢との共通点があるのだが)、そのときぼくはいったい「何を」見ていたのだろう? それはおよそ分析的な視線ではなかった。画面の個々の部分を見ていたわけではなく、ましては絵の中に時代的特徴を見出そうと躍起になっていたのでもなかった。その絵がいつの時代のものなのか、誰が描いたものなのか、そうした「美術史的知識」は文字通りに問題外、完全に意識の域外だった。かといって、「彼女の心を見ていた」と言ってしまっては、これではいかにも安っぽい「ロマンチックな虚偽」ということになるだろう。ぼくはただその絵の美しさに見入っていた。

そこに描かれていたのが美人の横顔だった以上、恋情とは言わないまでも、ユング心理学でいうところのアニマのようなものが強く作用した可能性は自分でも否定できない。例えば、時代も作風も全く違うが、しかし主題と構図にはある程度の共通点があるムンクの『病める子』にも、確かにピサネッロの王女に共通する抗しがたい魅力を感じる。(https://en.wikipedia.org/wiki/The_Sick_Child)彼女たちの寂しげな、あるいは凜とした、つまりは絶対的な孤独感に対して、魂というものが本質的に備えている純粋な孤立性(「人は死ぬときは誰もが独りだ」という言葉に典型的に表されている)を感じ取り、そのような冷たい純粋性に憧れるのかもしれない。しかし、それならば、それは結局は全ての卓越した芸術作品に備わった共通の特質に過ぎないともいえる。優れた芸術が、厳密には決して永遠の存在ではないにしても、永遠というものを垣間見せるのだとすれば、そこに何か近寄りがたい核心が内在しており、それは少なくともぼくには絶対的孤独を思わせる。

話を戻そう。
かなり長い時間その横顔を見つめていた。時刻は午後4時か5時ごろだったろうか。電車の時間も近づいていた。その他の美術品を見ることはすでにとっくに放棄していた。誰が描いた絵なのかわからない以上、また作品名も知らない以上、せめてその絵の印象だけは心に残しておきたいと強く願い、時間の許す限りその絵の前にいた。正確には、いったんはその絵を離れても、しばらくするとやはりその絵の前に舞い戻ってくる。そうやってぼくはヴェローナでの最後の時間を過ごしたわけだ。

残りは後日談に過ぎない。
それから数年経ったあるとき、図書館で何か美術関連の本を見ていたとき(おそらくルネサンスの横顔肖像画について調べていたとき)、全くの偶然にこの絵に「再会」した。そしてそれが極めて有名な絵であることを今更ながらに知り、心中深く恥じ入った。海中1万メートルほどにも! なぜなら、それまでぼくは「誰一人注目していない、しかし比類のないほど素晴らしい絵をヴェローナで見た」と一人ご満悦だったのだから。これではほとんどおバカな笑い話だ。他の誰もが知っている名画を見て、その絵の素晴らしさに感激したのはいいが、実は自分だけがその絵の評判を知らず、一人で勝手に「無名だが凄い絵」と思い込んでいたのだから。偶然隣り合った大女優とお喋りをし、その女優をただの無名の人と一人思い込んで、「凄い美人を見つけた」とはしゃぐおバカさんと同じだ。

けれども、実はその図書館の席で、確かに深く恥じ入りつつも、ぼくは奇妙な幸福感にも包まれていた。それまで寂しげに思われてならなかった王女の横顔が、もしかしたらかすかに微笑んでいる、いやそこまでは言わないにしても、この王女は決して不幸ではなかったのだろうと思わせてくれるような、そんな幸福感……いまだに上手く言葉を見つけられないのだが、あえて言うならば、「そうか、このために今まで絵を見続けてきたのかも! だったら素人の美術館巡りも全てが徒労だったというわけではなかった!」という感慨と言えばいいだろうか。

確かに、ピサネッロも知らなかったことは愚かなことだったに違いない。(しかも、多少は西洋美術史を学んだ身としては尚のこと。)けれども、ごく当たり前のことだが、ヴェローナを訪れたときの自分に西洋美術史の素養が何もなかったなら、ぼくはこの王女には「絶対に会えなかった」し、つまりは一生会えなかった。たとえどれほど粗略なものだったにしても、そのわずかな資源があってこそ、たとえ休憩が目的だったとはいえ、その建物の中に足を踏み入れ、そのフレスコ画の前で足を止めることができたのだ。それは偶然だが、しかし必ずしも全てが偶然ばかりではなかった。そう思うと、それは自然と口元が緩むような幸福感をもたらした。
「あなたはどうぞご勝手に自分の好きな絵を見続けていればいいのよ、そしてこれからも好きな絵を探し続ければいいのよ」
西洋の芸術に圧倒されクタクタに疲れ切っていたとき、この端正な横顔の王女がさりげなく慰めてくれたようにも思い、そう思う自分のおめでたさが、やはり可笑しかった。

この可笑しさは、実は今も変わらず続いている。しかし、何といっても、これが全て夢かもしれないというのが、我ながら本当に奇妙だ。 (H.H.)
posted by 冬の夢 at 00:04 | Comment(1) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
【読前注意】せっかくの美しい記憶を毀損しかねないので、本文を書いた当人や本文の余韻にひたった読者のかたは読まない方がいいかも。という情報を提供します。ロベルト・ビガーノというヴェローナ近郊出身のカメラマンが、まさにヴェローナの聖アナスタシア教会で、特製のポッドで約14メートルの高さにハッセルブラッドのデジタルカメラをセット、マンフロット(この世界的撮影用三脚メーカーはイタリアの会社)のラジコン雲台で、絵の細部を撮影したときの詳細をレポートしています。彼のサイトを見ると、問題の「スパンドレル」に描かれた絵にカメラを向け、下でパソコンのモニタを見ながら撮影している様子が解ります。スパンドレルの位置は教会内の祭壇の手前で、意外に自然光がたっぷり入る堂内であること、絵の左側(おそらくドラゴン退治のエピソード)は損傷が激しく、現在、作品として鑑賞されているのは右側だということも一目瞭然。また、高解像度撮影の王女の横顔も同一ページで心ゆくまで見ることができます。驚くべきは絵の位置の高さ。目の高さでの近距離鑑賞は当然ありえず、現場でディテールを視認することもおそらく不可能。けれど「何かの力を借りて」王女のもとへ視線が飛んでいったのであろう。それはイタリアのさまざまな教会で「天」に描かれた絵を見上げれば一度ならず感じることだと、つよく共感できます。
www.bigano.com/index.php/en/high-repro/118-pisanello-san-giorgio-e-la-principessa-come-valorizzare-unopera-darte.html
Posted by (ケ) at 2013年05月04日 19:58
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