2013年04月19日

マーガレット・サッチャーとソフトクリーム [改二]

 マーガレット・サッチャーが亡くなった。
 その死を祝う集会が、ロンドンのトラファルガー広場やブリクストンなどで開かれたそうだ。
 また、映画「オズの魔法使」の挿入歌「Ding-Dong! The Witch Is Dead(魔女は死んだよ)」の購買運動──ネットで百円ほどで買える──が広がり、曲がチャート・インしてしまったため、BBCはベストヒット番組で曲の一部を放送せざるを得なくなった。

 英紙「ザ・ガーディアン」の公式ブログ、アンドリュー・スパロウの政治ページに、映画監督、ケン・ローチのコメントがある。※1

 マーガレット・サッチャーは、現代においてもっとも不和と破壊をもたらした首相だった。
 大規模な失業や工場閉鎖、コミュニティの崩壊……これがサッチャーの遺産だ。彼女はイギリス労働者階級を敵とした闘士だった。腐敗した労働党や労組の指導者たちがその勝利を援護したわけだ。
 以後の首相たちも、サッチャーと同じ道を歩んだ。とくにトニー・ブレアだ。サッチャーが大道芸のオルガン弾きなら、ブレアはお供のサルだった。
 サッチャーが、マンデラをテロリストと呼び、圧政者にして殺人者のピノチェトとティータイムを過ごしたことを忘れてはいけない。
 われわれはどのように彼女を追悼すべきか。葬儀を民営化すればいい。入札にして、いちばんの安値を落札額とすることだ。それこそ、彼女が強く望んだことだから。


 なお、葬儀が国葬級になったことについては、支持者や保守党からも批判する声があった。

       *

 集会が行われた場所のひとつ、ブリクストンはロンドン南部の地域だ。友だちが住んでいたので、行ったことがある。
 カリブ系移民が多い地域だった。いまもそうだろうか。どでかいスピーカーからズンズン低音が響くレコード屋で、レゲエのレコードをわからないなりに見ていると、ドレッドヘアの店員のお兄さんが「よぅ、ぶろ!」──Yo, Bro(ther)!──と寄ってくる。デイヴィッド・ボウイが生まれた街でもあり、ボウイはここの商店街振興券、B£(ザ・ブリクストンポンド)の「お札の顔」になっている※2。
 クールな所だよと、その友だちから聞いていたが、観光客はあまり行かないほうがいいらしかった。
 のちに東京で、ロンドン中心街に住むべつの日本人に仕事で紹介されたとき、挨拶がわりに「ブリクストンに友だちがいる」といったら、相手は、はっきりと恐怖の表情を浮かべた。非白人や低所得者ばかりの危ない所じゃないですかと、もっと汚い表現でいわれ、反論の言葉が見つけられないまま、仕事の縁は続かなかった。
 
       *

 あれから時がたったが、ブリクストンの犯罪発生率を、スコットランド・ヤードの名でも知られるメトロポリタン警察のウエブに設置された、「Crime Mapping」で見てみた。※3
 二〇一三年五月時点で、犯罪発生数は五段階最悪の「High」だ。「Violence against the person」という項目の「Most serious violence」も、最悪である。
 ただし、ロンドンやニューヨークでは、隣合わせた街区の環境が極端に違うことがあり、街区の変化が大きい場合もあって、住んでみないと何ともいえない。訪ねた友だちの家も、落ち着いた宅地にあった。「Crime Mapping」の色分け表示を見ていても、さして広くない地域に、さまざまな環境がモザイク状に入れ子になっている。
 ロンドンにいると、いや、パリやニューヨーク、あるいはシンガポールでもそうだが、人って、なんて「いろいろ」なんだろうと思わない日はない。
 階級や階層、人種や先祖、所得や生活に、望まない上下があるとして、その折り合いをどうつけて、日々が過ぎていっているのかと。 

 一九八〇年代のサッチャー政権時代に、ブリクストンで二度の暴動が起きている。
 ザ・クラッシュの一九七九年の曲、「THE GUNS OF BRIXTON」──ボーカルのジョー・ストラマーでなく、ブリクストン育ちのポール・シムノンが歌っている──に描かれた警察の強権行為が、現実になったかのような事態が起点となった暴動もある。
 当時の、警察の地域浄化作戦の名は「Operation Swamp」。「Swamp」とは「沼」だ。そのようなネーミングにも、サッチャー時代らしさが現れていたことに、いまさら気づかされる。
 人の生命を奪う犯罪などないほうがいいに決まっているが、同じ都市の人の住みかを「沼」とみなす態度で──無難な言葉でいうならいい、ということでもない──遺恨を遺さず、犯罪撲滅や地域のクリーンアップなど、できるはずがない。

       *

 マーガレット・サッチャーは、誰もが努力すれば自立自助でき、その点においてのみ、人は自由かつ対等だと考えた。「人生いろいろ」といったのは小泉純一郎だが、社会観をほぼ同じくする両者にとっての「いろいろ」とは、生産性が低い──と見なされる──層を含んでいない。サッチャーの最大の誤りは、しばしば望まずそういう層に追いやられた人たちの居場所を、掃除しなければならない「沼」だと考えたことだ。

 自由と平等には値段がついていて、一律負担であり、自助努力でそれらを購入できない人は怠惰だという思想は、理系出身で経済も学んだサッチャーにすれば、筋の通った理屈だったのだろう。
 たしかに、不平等と硬直化によって「英国病」の大きな原因のひとつになっていた固定資産税を廃止、一人一人が等しく支払って地方税収を支える人頭税を導入したのは、コミュニティ意識を高める手段だといわれれば、一瞬、正しいような気もする。
 しかし、逆進的な消費税の率が高い社会に──そもそもサッチャー政権初期に、イギリスの消費税率は倍近くに引き上げられている──さらに逆進度が強い人頭税を追加導入したらどうなるか。小作料は平等だと称しておいて「沼よ、きれいになあれ」とでもいえば、小作人たちが魔法にかかったように嬉々として、掃除しだすとでも考えたのだろうか。

 食品雑貨店の娘で、議会の外で売られている商品の値段を諳んじられる庶民性がウリだったのに、あるいは逆にそのせいで、サッチャーには「なまける」と「できない」の違いがわからなかったのだろうか。あるいは商店経営は施しや慈善とは違う、ということが身についていたのか。
 大学で化学を学んだ彼女が最初にした仕事は、食品会社で、アイスクリームに空気を混入し体積を増やす研究だ。ゆえにマーガレット・サッチャーはソフトクリーム発明者のひとり、といわれることがある。※4
 彼女がしたのはソフトクリームそのものの開発ではない。アイスクリームの製造コスト削減のための「かさ増し」だ。食料品屋の娘なのに、空気で膨らませたアイスクリームを考えさせられた、そんなサッチャーが、つぎのように考えたのだとしたら。
 空気でかさ増ししたアイスクリームと同じように、そろばんに置いただけではカネは存在していない。必要なものは形をとって存在していなければならないし、そのぶん、不要なものは消しておかなければならない、と。

 当時のイギリスの、深刻な景気低迷に特効薬が必要だったにしても、サッチャーの政治は、とにかく帳簿にはつねに実利の黒字が並ばなければならないとする政治だったし、愛国心や忠誠心のような心情さえも、目に見える「黒字」の形で、担保し続けようとする政治でもあった。だからサッチャーは、意地でも戦争をして、しかも勝ちで完遂せねばならなかったのだ。
 いろいろと勇ましいことをいっている日本の政治家よりも、はるかに現実的かつ行動的で、結果を出す宰相だったわけなのだが、はたしてそれは本当に正しい政治だったのか。赤字扱いされてしまった人々の怒りは、「沼の掃除」で消してしまうことができたのだろうか。ケン・ローチがいう「不和と破壊」は将来、より悲惨な形で暴発しないだろうか。そしてそれは、よその国のことだとばかりは思えずにいる。

       *

 近年、やはり勇ましいことをいう自民党女性議員たちが目立ってきた気がする。閣僚にも選ばれている。経歴を調べてみると、なるほど、理想の政治家はマーガレット・サッチャーだといっていたり、サッチャーに学んだと公言しているやつが、しばしばいる。

 こういう女たちを閣僚にピックアップする政権が、今度どのような動きをするのか、まだわからない。また、彼女たちの中に女性宰相の座をねらっているやつが、どれほどいるのか、その野望が実現するのかどうかも不明だ。
 ただ、政治には「そろばんに置くだけにして、やめておいたほうがいい」こともある。首相・保守党党首を辞任後、二十年以上のちまでもイギリス国民の記憶に残り、その死を祝賀された、マーガレット・サッチャーの政治は、そう教えてくれている。(ケ)

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※1 www.guardian.co.uk/politics/blog/2013/apr/08/miliband-clegg-local-elections-cameron-madrid
※2 brixtonpound.org/merchandise
※3 maps.met.police.uk
※4 www.washingtonpost.com/blogs/worldviews/files/2013/04/thatcher-chemist.jpg



※二〇一九年五月十二日、再々度、書き直しました。主旨は変わらず、コメントがついた文脈も同じです。管理用

posted by 冬の夢 at 08:44 | Comment(2) | TrackBack(0) | 時事 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
サッチャーといえば、ぼくには個人的な因縁がある。(もちろん、直接面会したわけではないけれど。)彼女が「華々しく」登場し、マスコミに持ち上げられていた頃、極貧大学生だったぼく(諸般の事情から成人前にすでに「完全自立」を果たしていた)は身分不相応にも英国留学を計画していた。日々の生活費にも事欠く人間が留学しようとすれば、第一に考えることは奨学金取得しかない。そして、サッチャーは外国人への奨学金予算を大幅に削減し、そればかりか、ヨーロッパ外からの留学生には正規の授業料に比して3倍の授業料を課すという「暴挙」に出た。つまり、サッチャーのおかげで、公費によっても私費によっても、英国への留学の扉は非常に狭く、小さくなってしまったということ。政治とは結局「誰の立場で、誰の利益を守るのか」ということに尽きるのではないか。ケン・ローチの言を待つまでもなく、サッチャーが守ろうとしたのは富裕層の利益であり、その目的は資本主義におけるエリート層の保護であって、自国に金を落とさない貧乏外国人などは門前で追い払うに越したことはなかったのだろう。で、その貧乏学生を拾い上げてくれたのは、当時いっそう貧乏であったはずの、サッチャーが愛する大英帝国に散々に痛めつけられ、踏みにじられてきた隣国のアイルランド共和国だった。そのおかげで、政治だけではなく歴史もまた、誰の立場から見るかによって全く違った物語になることを学べたわけだから、結果 all right だったとも言えるけれど。
Posted by H.H. at 2013年04月20日 16:18
"Pennies do not come from heaven. They have to be earned here on earth."

 ――お金は天国から降ってはきません。この地上でかせがなければならないのです。

 これはサッチャー語録の中でも有名なものらしい。英語のニュアンスでいうと、大きな額の「pounds」ではなく、こつこつ日銭を稼ぐことから始めなさいというところがサッチャーらしいのでしょうか。英文はきょう付、四月二十日の京都新聞のコラムで知りました。
 いまわたしがいる京都では、ここでは初めてという国際写真フェスティバル「京都グラフィー」が五月六日まで開催中です(www.kyotographie.jp/)。「…graphie」という表記からするとフランスを軸としているようですが、さて内容の充実度はどうか。興味のある人は訪れてみてはどうでしょうか。
Posted by (ケ) at 2013年04月20日 21:05
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