2013年02月26日

ワン・ホーン・カルテットって知ってるかい──モダンジャズ、トランペットの魅力

CHET BAKER SINGS』には、一九五六年発売のモノラル盤(写真左)と、その数年後に再生装置のステレオ化時代に対応した加工をして再発された、ステレオ盤(写真右)とがある。
 同時に両方とも聴いたので、違いを書いておこう。

 同じ録音がもととは思えないほど違う!
 昔、初めて聴いたのはステレオ盤のほうだ。
 これは、あとからジョー・パスのギターをかぶせてある。それがせっかくの雰囲気をこわすと、ジャズファンにはあまり評判がよくないことは後で知った。
 たしかに、チャッチャッチャッチャッとコード弾きするギターは、牧伸二の「やんなっちゃった節」を連想させて、どことなくダサい。明るい曲は、ギターのリズムでいっそう盛り上がって、悪くないのだが。
 それよりも、チェット・ベイカーが風呂場でひとつうなります調のエコーが、かなり深くかけられているのが、いまとなっては気色悪い。モノラル盤と曲順が違って、あの「MY FUNNY VALENTINE」が一曲目に来ているので、盤全体がけだるく聴こえすぎる面も、あるような気がする。

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 いっぽうモノラル盤のほうは、ギターも残響もないし、ことに最近の高音質盤で聴いてみると、まるでベイカーが目の前で歌っているようだ。すばらしい。一九五〇年代の家庭でこんな音で聴けたはずがないから、まさにデジタル時代の恩恵だ。
 といっても、これは現代のデジタル機器向けに整えられた音ではあるだろう。昔の電蓄でオリジナル盤を聴いたことはない。それを聴いたら、また違ったよさがあるのかもしれない。そのいっぽうで、ベイカーの歌がかもし出す、エドワード・ホッパーの絵に描かれているような※1都会の夜のもの哀しさに吸い込まれる感覚は、むしろステレオ盤の残響の濃さの中に、あるような気もしなくない。

 ところで『CHET BAKER SINGS』では、管楽器は歌とトランペットのベイカーひとり。あとはピアノ、ベース、ドラムスという編成で、ジャズではこれをワン・ホーン・カルテットという。
 テナー・サックス奏者ひとりを中心にしたワン・ホーン・カルテットの盤には歴史的名盤が多いが、トランペットのワン・ホーン・カルテット盤は、意外に見つけにくい。
 ピアノトリオの伴奏にトランペットひとりだけで、レコード全曲を録音することが多くなかった理由はわからないが、トランペットはサックスとペアを組んで、そこにピアノトリオが加わるクインテットで演奏するのが、ジャズの基本のようだ。アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズが大人気だった影響だろうか。

 モダンジャズの場合、トランペットはサックスに比べて音が明朗快活で、ブルーな感じが出にくいのか。トランペットだけでレコード一枚を通すとオチャラケすぎな感じになるのかもしれない。しかし、サックスよりフレーズが明瞭に耳に届く気がして、トランペットで演奏されたモダンジャズは嫌いでない。
 といっても、やはりどこか内向的な感じもほしい気がして、ディジー・ガレスピーであるとかクリフォード・ブラウンのような、華麗なテクニックの奏者がプウプウ吹きまくる演奏よりも、もう少しパ・リーグ的な──というのは昔のパ・リーグのイメージでのたとえだけれど──トランペットの演奏が好きだ。それも、ひとりがピアノトリオを伴奏に吹くワン・ホーン・カルテットが、いさぎよい感じがしてなおのことに。

 そこで、チェット・ベイカーがいさぎよく──なのかな──歌なしでワン・ホーンでやっている盤を探してみた。
 なあんだ、持っているじゃないか。
『...SINGS』で、とても粋なピアノを弾いている、ラス・フリーマンの盤に、ベイカーのワン・ホーン・カルテットでの録音盤がある。『Quartet : Russ Freeman and Chet Baker』がそれ。
 ただこの盤をあらためて聴いてみると『...SINGS』の雰囲気ではなくて、けっこうワイルドな感じだ。そんなふうに吹くベイカーもいいのだが、いま求めているものではない。

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 より『...SINGS』のイメージに近いものは、と探すと『Chet Baker Quartet plays standards』があった。これはJazz in Paris≠「うタイアップ企画盤シリーズの一枚で、いかにもそれ風なパッケージが、かえってシラケる感じもあるけれど、ベイカーの演奏は、とてもいい!

 この録音がされたパリにベイカーが降り立ったのは、『...SINGS』のための二つの録音セッションの間をぬう形で、一九五五年の九月だ。米国滞在ビザが切れて帰国する、フランス人のガールフレンドを追いかけて、だったそうだからしょっている。もっとも、『...SINGS』の録音前にベイカーがいたバンドのリーダーで、人気バリトンサックス奏者のジェリー・マリガンが、麻薬で逮捕収監された時期と重なってもいて、おそらく自分の身辺もヤバいと気づいたベイカーは、ちと雲隠れのつもりもあって、パリへ行ったのかもしれない。

 大人気のトランぺット奏者がパリ滞在していることを知ったフランスのレコード会社は、さっそく注文を出し、フランス人によるピアノトリオとの録音が準備される。
 ところが録音直前、ピアニストが麻薬のやり過ぎで急死してしまった。いそいで、そのレコード会社と契約したばかりの若いピアニストが呼ばれて、録音が行われたという。
 そういう事情のせいか、ジャズ奏者ならすぐ演奏できるスタンダード曲が選ばれていて、いま聴く身にしてみれば、おなじみの曲でチェット・ベイカーのトランペットがたっぷりと聴ける、うれしい盤になっている。ピアノトリオメンバーのソロは、訥々という感じがあって、管楽器とガップリ四つではないのだが、ベイカーをたてている感じは、好ましい。

 いかん、チェット・ベイカーの話を書きはじめると、きりがない!
 トランペットのワン・ホーン・カルテット盤を探すんだった!
 というわけで、うちから出てきたトランペット奏者の「ワン・ホーン・カルテット」盤、一九五〇年代後半ごろのモダンジャズでは、このあたりだった。

 Miles Davis『The Musings of Miles』1955
 Donald Byrd『BYRD BLOWS ON BEACON HILL』1957
 Lee Morgan『CANDY』1958
 Kenny Dorham『quiet kenny』1959
 Blue Mitchell『BLUE'S MOODS』1960
 
 あら、見つけにくいと書いたけれど、トランペットのワン・ホーン・カルテットって、けっこう名盤あり、ではなかろうか。

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 ドーハムの盤は『静かなるケニー』の邦題で有名だ。といっても、べつに静かな演奏ではないが。めくるめくテクニックが展開するわけではないのだが、ちょっとひっかかるようなフレーズがキュートといいたくなる、好きな吹きかたである。
 ピアノのソロが、やはり出過ぎず地味過ぎず。そこがとてもいい。ソニー・ロリンズであまりに有名な「MACK THE KNIFE」(Moritat)も入っているが、ロリンズの豪放磊落な感じとはぜんぜんちがった、今夜は隅のボックス席でふたりきりでお話ししてもいいかしら的な、こじんまりした憩いが楽しめる。やはり音量をやや低めて、夜の友にしたい盤だ。なおピアノ奏者はトミー・フラナガンで、ちなみにロリンズの盤も、この人がピアノだ。ロリンズの伴奏でも美しく弾いている。

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 ミッチェルのは、飾っておくためにアナログLPも買いたくなるジャケットで決まりだ!
 白いシャツをペロンと出しているのも、それとなくイマふうな感じがしていいのだが、よく見るとタバコの箱と、火のついたタバコを左手に持ったまま吹いている! ムチャクチャいい。エリック・クラプトンが、ストラトキャスターのヘッドに火がついたままのタバコをはさんで弾くのがカッコよく見えて、それをマネしたアマチュアの国産コピーストラトがいったい何本燃えたか知らないが、それと同じです。
 ミッチェルの演奏はというと、いかにもパ・リーグ≠チぽい地味な吹きかただが、ジャケットを見ながら聴くと最高! 
 とにかく一曲目の「I'LL CLOSE MY EYES」が何度回してもあきない心地よさで、これ一曲のために持っておいていいと断言できる。ほかの曲もいいですけどね。
 その「I'LL CLOSE MY EYES」、イントロのピアノのシンプルな美しさがじつにいいのだが、なるほどウィントン・ケリーなのだ。管楽器部隊がバオバオ吹きまくるバンドでなく、トランペットひとりが吹く、軽みのあるカルテットだと、ピアノの小粋さがキモで、ピアニストの腕もまた楽しめるんだということがよくわかる。

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 トランペットという楽器を、モダンジャズでは軽いだとか、お調子者のように書いてしまったが、カワイイ感じ、それはトランペットならではの持ち味でもある。
 そこを楽しむなら、やはり一曲目のためだけに持っていていいのが『CANDY』だといえる。リー・モーガンの演奏は最高だ。
 この曲を演奏するときは、ブラシを使ったドラムが絶対で、ヘタのブラシ、というか、上手くないブラシ演奏は、泡立て器か大根おろしみたいになってしまうのだが、アート・テイラーのブラシは皮離れ≠ェいい! 適度なキレでこの曲のプリティさにぴったりだ。小節のアタマが微妙に分かりにくくなる叩きかたが、この時代の演奏としてはかなりカッコいいが、わたしがこのバンドにはいったら、絶対にコーラスの出だしをまちがう(笑)。
 なおモーガンはこのとき十九歳。パ・リーグ<^イプではない天才型の技達者で、今回の発掘からは漏れるところだが、上手の若吹きが功を奏した形か、端正で快活で、輝くようなフレーズのお手本がずらりと並ぶ。演奏の熟成度が足りないという意見があるかもしれないが、すばらしい盤だと思っている。

 いま聴きながら書いているけれど、いやはや、十九歳にしてパ・リーグ≠フ皆さんはかすんでしまうほど上手い。同じく天才型のクリフォード・ブラウンが、自動車事故で二十五歳で亡くなった年のデビューで、クリフォードの再来、といわれたそうだが、まったくその通りの演奏だ。
 以後の人気も高くて、日本でそば屋の出前持ちが口笛で吹くほどヒットしたという、ジャズ・メッセンジャーズの「MOANIN'」を最初に吹いたのは、この人だ。なお、口笛で吹いたという元・出前持ち関係者に、誰かひとりでいいから会ってみたいと長年思っているが、会ったことはない。
 ついでに、天才型はみな若くして、ということでもないのだけれど、モーガンは三十三歳のとき、演奏中に十三歳上の愛人に撃たれ、亡くなってしまう。
 
 さて、ここまでくると、どうしても気になるのがマイルズ・デイヴィス。なにしろジャズはくわしくない人でも名前は聞いたことがある、というほどの有名人だ。
 活動期間が長くてたくさんレコードを出しているし、「The Man With the Horn」という盤もあるくらい(これはワン・ホーンではない)なので、デイヴィスのワン・ホーン・カルテット盤はどうだろう、と探してみた。

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『The Musings of Miles』……ワン・ホーン・カルテットの盤だとは意識せずに、持っていた。多くの発表作のなかで、ひとりで吹いたのは、おそらくこれ一枚だけなのでは。
 あまり聴かなかった盤だ。代表作にあげられる盤でもないと思う。メンバーにジョン・コルトレーンを得て、現代ジャズの歴史をど真ん中で担っていく直前の盤だけれど、そういう緊張感はあまりない。

 マイルズ・デイヴィスが、自分の技術不足を認識していたことは知られている。華麗な超高音フレーズやピンポイントで正しい音程に当てていく音飛びフレーズでは勝負しない奏法にして、いわば消去法の独自性でいこうと考えたらしい。あまりいわれないことだが、そのように発想をし、演奏をあきらめなかったことそのものがすごいと思う。

 さほど高い音程を使わないことや、ミュートをつけて吹くことは、この盤でもしている。そして、ここまでに登場したパ・リーグ諸氏と比べても、さらにヘタに聴こえる。
 パ・リーグなトランペットの魅力とは、微妙にフレーズがコケたり、音符のちょっと下にぶら下がるような音程、というところにあって、そこがまた、好ましい魅力をかもし出すのだけれど、デイヴィスのトランペットには何か、そういう、もどかしさの魅力のようなところとはまたちがった、変な感じがある。ヘタうま、とも違う何かが……。
 そもそもトランペットという楽器が「すべきこと」とは違うこと、もっと異なる次元のことをやろうとしているかのような、そんな聴こえかたをする。ディジー・ガレスピーやチャーリー・パーカーというすさまじい演奏巧者がいたビッグバンドに初めて入ったとき、彼らの吹いていることがぜんぜんわからなかったというデイヴィスは、ことの始めから、音符の繰り出しに賭ける身体派(選手型)の奏者ではなく、自分の作ったルールに上に音符を置きにいく思考派(監督型)の人だったのかもしれない。 

 かくして、トランペット「だけ」の盤、それもテクニックの面では地味に聴こえる盤を出してきて聴いていき、そこに同時代のマイルズ・デイヴィスのワン・ホーン盤を置いてみると、ここからさき、デイヴィスがジャズの仕組みを何度も揺さぶり、あるいは書き換え、ジャズが伝統芸や座敷芸になることを、ある種の悪意を感じるほど激しく阻止し続けた動きが、なんとなく分かってくる。
 それはそれとして、今回掘り出してきた、ジャズとしては主流の演奏形態ではなさそうで、また至高のテクニックがいっぱいということでもない盤たちだが、のちのフレディ・ハバードやウィントン・マルサリスのような技巧者や、マイルズ・デイヴィスの次元のちがった跳躍の前に、色あせて聴こえてしまうかというと、そんなことはまったくない。(ケ)


※1「ナイトホークス」1942 アート・インスティテュート・オブ・シカゴのサイトにあります。
   www.artic.edu/aic/collections/artwork/111628
※  二〇二一年八月二十三日、手直し(タイトルも)しました。管理用
posted by 冬の夢 at 19:04 | Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そうですね。トランペットのワンホーンはスタジオでは可能ですが、ライブでは不可能と言っていいと思います。吹いている時間と休まなければいけない時間と同じかそれ以上でないと唇が持たないんですね。だからサックスと一緒にクインテットということになるのだと思います。とはいってもレコードは作れるのでそれ用にアレンジしたテイクで作られるんでしょうね。ライブでトランペットのワンホーンがあったら聴いてみたい気もしますが、まあまず無理でしょうね。
Posted by やまはし ワタル at 2013年06月19日 10:48
投稿者削除
Posted by at 2013年06月24日 00:07
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