2013年01月30日

チェット・ベイカー Look For The Silver Lining と「ネガポ辞典」【改】

 二〇一三年一月二十四日の文で、えらそうに絵画の話をしたあげく、否定的側面と肯定的側面は同じことの裏と表にすぎない、なんて平凡なことを、さもむずかしげに書いてしまった。
 そのうえ「まずは肯定の視線を持とう」なんて、お気楽な生きかた指南みたいなことまで書いているが、そんな気持ちになれたことはない。なにごとにも懐疑的で楽観できない。
 そんなふうじゃ人生が楽しくないでしょう、といわれたら、そのとおりというしかない。この世の中は悪いことになると思ってばかりいたら、自分がさきにくたばってしまった。自分自身にいい聞かせたくて書いたわけだ。

 だったら、四の五のいっていないで「ネガポ辞典」を使えばよかったのかもしれない。
 ネガポ辞典とはiPhoneのアプリ。三百ほどのネガティブな言葉が登録されていて、検索ヒットした言葉のポジティブ解釈を表示してくれる辞書アプリ、ということらしい。ネガポとは写真のネガポジ変換のことでしょうね。

 たとえば「愛想が悪い」という項目が、こんなふうに表示される「辞典」だそうだ。

(1)媚を売らない
    プライドがあり自分よりも上の者に媚びへつらうことがない。

(2)他人に流されない
    当初の自分の意志を貫き通すこと。

(3)気疲れすることがない
    無理に笑顔を作らないため、気をつかいすぎて疲れない。

 このアプリを考えたのは、北海道の三人の女子高校生(現在は大学生)だ。
 二〇一〇年の全国高等学校デザイン選手権で──いろいろな分野で高校生向けに行われている「甲子園もの」のひとつで、「明日の社会を見つめ、明日の世界を創造する」をテーマに東北芸術工科大学が主宰──三位になった企画だそうだ。実際にアプリになり、昨秋に単行本も出ているとか。
 発案の動機は、不登校になる子どもたちは自分に自信が持てていないのでは、と考えて、「自分に自信を持ち、毎日を気持ちよく過ごせるようになるため」に、だそうだ。

 すこし複雑な気持ちになった。
 なにしろ悲観論者だから、発案した子たちには許してもらいたいが、面白い案だし評価されてよかったねという素直な賞賛の気持ちと、飛び道具に手を出して調子づき、うっかり堅気を傷つける素人を見て厭わしく感じる気分とが、正直なところ半々だ。

 アプリの「ネガポ辞典」は、ふっと笑って楽になる瞬間芸みたいな存在で罪はないが、仕事の環境で、明らかな破綻を軽いキズ程度にいったり、ぎりぎりまで追い詰められた人の訴えを冗談にまぎらすような「ネガポ」思想、あるいはそういう発言は、心底ひどいと思うし、そういうことをいうやつは、上司だろうと遠慮なく糾弾した。組織での立場は失ったが許せなかったからだ。
 さらに、この社会が、まずい方向へ行くたびに「ネガポ」な政治的発言は、いくたび発されてきたことだろう。昔話ではなく、最近だって──。

 これまで友だちや、同僚、知人を自殺や過労で亡くしている。仕事にかかわる人の場合、さほど親しくなかった人も含まれるが、そういう人たちも含めると意外なほどの数になる。
 自分に直接の責任があった例はないのだが、あらためて考えると、彼らの多くはなにかの形で救難信号を出していたのではと、ずいぶん時がたったいまも思う。
 わたしもまた、それらに気がつかなかったとはいえ、やはり一度ならず「ネガポ」な発言を無神経に放ったのではなかろうか。

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 ジャズ・トランペット奏者のチェット・ベイカーは、歌手としても素晴らしい。
 いちど知ると聴けばすぐわかるが、はじめてだと、年齢性別不詳のけだるい声で、とても奇妙な唄いかたに感じる。高校生時代に初めて聴いたときは、ベイカーはバックバンドのトランペット奏者で、歌っているのはベテランの女性歌手だと思い込んだほどだ。
 しかし、いったんトランペット奏者が歌も唄っていると知ると、ウエストコーストふうというのか、ファンキーでもスモーキーでもない、どこか脱力系っぽいトランペットの吹きかたとあいまって、疲れた夜など聴くと、滲みわたるようなゆるやかさがある。

 かつて、とは二十年以上も前、会社の残業で日付が変わるようなとき、自席でよく聴きながら仕事したのが、カセットテープに録音した『チェット・ベイカー・シングズ』だ。
 全曲で歌っているベイカーが二十四歳のときの録音で、いま聴いてみると、不良少年がはんぶんフテくされて、斜に構えて歌っているようでもあり、すごくいい!
 この盤の曲で、とくに気に入っていた曲は『ルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング(Look For The Silver Lining)』。あきもせず繰り返し聴き、英語のできる先輩社員に確かめてもらいながら歌詞を書き取り──そんなことをしているヒマがあったら早く残業をあげて帰ったほうがよかったのだが──自席の脇の壁に貼っていたものだ。

 Look for the silver lining
 Whenever a cloud appears in the blue
 Remember, somewhere the sun is shining
 And so the right thing to do is make it shine for you

 A heart, full of joy and gladness
 Will always banish sadness and strife
 So always look for the silver lining
 And try to find the sunny side of life


 せっかくの青空を雲がじゃまするようなら、銀の裏地がついていないか、さがしてごらん。明るさと喜びで心がいっぱいなら、悲しみも仲違いも消せる。いつも人生の明るいところをさがそう。

 日本語で書くと、かなりムズがゆい歌詞だけれど、やっぱりいいと思う。
 ベイカーのトランペットソロは、歌にもましていい。曲にぴったりの軽さがある。ラス・フリーマンのピアノソロも、口ずさみたくなるほどいい。しかも、三分かからないコンパクトな演奏だ。
 一九一九年にミュージカル用に作られた曲だが、舞台はヒットせず、翌年すぐ別のミュージカルに転用され、そちらのショーは人気を得た。フランスから来るはずのバレエダンサーが急に来られなくなり、踊りのうまい皿洗いの女の子がダンサーに化けるが……というシンデレラ・コメディだ。『ルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング』は、皿洗いの女の子にひとめぼれした億万長者の息子が、きびしい境遇を嘆く女の子を元気づけようと歌う曲なのだ。

 ミュージカルの劇中歌には、しばしば「ヴァース」がある。本編に入る前にひとわたり前説を歌う部分がヴァースで、ジャズで演奏されるときは省かれることがほとんどだ。
 ベイカーの演奏でも唄われていないこの曲のヴァースは、「ポットやお鍋を磨くときはピカピカになるまでやると、日々が楽になるよ」となっている。なるほど「銀の裏地を探してごらん」はメイド仕事にひっかけてあるのか。なんのことかさっぱりわからなかった部分の意味を、この文を書いていてはじめて知った。

 一九五〇年代に、この曲をとりあげて歌ったチェット・ベイカーは大人気となるが、すぐ麻薬にはまり、それ以後二十年近くを棒にふってしまう。
 七〇年代以降にヨーロッパで復活するのだが、五〇年代のスタイルを繰り返したため、むしろ劣化が目立ってしまったと思う。そのよれた感じが「味」ともいえたが、けっきょく一九八八年、アムステルダムでホテルの窓から転落、五十八歳で亡くなっている。たしか上層階からではなく二階からで、麻薬がらみのトラブルか酩酊状態だったとされてもいる。

 あまり熱心に聴いたことがなかった『〜シングズ』を、深夜の会社でいつも聴くようになったのは、ベイカーが亡くなって数年後だ。
 日本だけのことだったのかもしれないが、正統派ジャズファンはチェット・ベイカーなんざ聴くものではない、という風潮があり──軟弱だというのだろうか──わたしは正統派ジャズファンではなかったのに、なんとなく、あまり聴かないでいた。
「ルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング」……ジャズファンだろうとなんだろうと、いい曲はいい! 
 ながら聴きでした深夜仕事の内容は、すっかり忘れた。しかし、この曲が異様なほど身にしみたことは忘れられない。ベイカーその人の、ずたぼろな死を知っている身としては、徹夜仕事をくり返す自分のことをなんとなく案じながら聴いたからだろうか。このネガポ曲、若さに輝くベイカーが演奏しているにもかかわらず、すでにどこか退廃的な感じがする。いま書きながら聴いていても、はるか昔の、深夜の社内の濁った空気が、周囲に満ちてくるような気もする。

 ベイカーは、一九五〇年代に未練があったのか、いぎたない感じもするものの晩年にこの曲をビッグバンドと録音している。歌はなくトランペットのみで、亡くなる直前のレコーディングだ。
 ビッグバンドのトランペットセクションの、クリーンヒットする音にあきらかに負けている、ファウルフライみたいな節回しが、なぜか耳に残る演奏だ。(ケ)


* 初めて聴いた『チェット・ベイカー・シングズ』は、ジョー・パスのギターが追加録音されたステレオ版のほうでした。一九五六年の発売の数年後に作られたもの。そのダビングを取り除き、オリジナル録音状態に戻した版が、はるか後にアナログLPとして再発され話題になったものです。現在はいずれもCD化されているはずで、どれも持っているはず──なのですが、いくら探しても見つからず、比較して聴くのは、またいつか……。

* 二〇一三年二月十五日、上の二種類とも見つけて聴くことができ、本文に写真を追加しました。モノラルが左(色調の違いなどさまざまなジャケットが存在するようです)。どちらのジャケットもカッコいい! 音の違いはこちらの文に書きました。ステレオ版はジャズファンには評判がよくないそうですが、ジョー・パスの名誉のためにいうと、ハーブ・エリスと共演しているギターアルバム『ジョーズ・ブルース』(一九六八年録音)の『ルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング』では、すばらしくギターが歌っています。管理用


posted by 冬の夢 at 00:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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