2012年06月09日

麻雀スクール

「人を求めて今日も打つ」17歳、東京の鈴木優介くんに共感した(朝日新聞/6月9日)。
 記事は、全国紙の一隅でいまどきの子どもたちの姿を追う長期連載。目下のテーマは「麻雀少年」だ。健全な麻雀をうたって営業する<麻雀スクール>に通ってくる、自分の周囲にとけ込めない内気な男の子たち。
 きょう登場の鈴木くんは、高校入学後すぐ学校をやめた。人に話しかけるのがどうしても苦手で、ほとんど自宅で過ごしているが、週に四日この麻雀スクールに通い、最近ではボランティアスタッフとして掃除などもしている。コンビニで買うものの在りかも聞けなかったほど人見知りだったが、話が出来るようになったそうだ。
 ただ、麻雀そのものはとくに会話なしで見知らぬ同士でもできる。健全麻雀教室だから「雀鬼」みたいな怖い客もいないだろう……外の社会と接点を持つのは、まだ簡単ではなさそうだ。

 しかし、記事にある鈴木くんの言葉「俺、もともとは人と話がしたいタイプです」には、はっとさせられた。
 ゲームやアニメが好きで、本当は話したいと。

 若い人たちが空気を読んで黙っている。
 これは確かで、わたしがものを教える手伝いに招かれるようになり、年に何度かあちこちで学生さんたちに会ってきていて確かに感じた。とくにここ六〜七年か。
 おっさん世代にはそれが、覇気がない、とうつる。
 海外留学に飛び出す学生が減ったと国の一大事みたいに文句をたれているのも、間違いなくその世代の評者だろう。 
 しかし問題なのは若い人たちの態度ではない。口をきくのも嫌になるようなこの社会の方なのだ。
 屁理屈の言い合いで罵声をあげているうちに一日が終わってしまっているようなこの世の中の「空気」。その濁り具合に若い人たちの方がよほど敏感だ、ということではないのか。

 鈴木くん、わたしは君の何倍か生きた間に、君なら気が遠くなるような数のさまざまな人たちと話をした。
 そしてここしばらく病気で社会を離れていて(つまり君と同じような生活をしていて)、最近また元の社会に戻ってきたところだ。
 その目で、これまでかかわってきた社会を見渡し直したわたしが、断言してあげる。
 この社会には、心から話が出来る相手など、ほとんどいないといっていい。
 君の気持ちは、決して間違っていないのだ。

 しかし、君は「もともとは人と話がしたいタイプ」だよね。
 わたしもそうなんだ。
 人というものは、本当にひとりきりで誰とも口をきかずには、なかなか生きられるものではない。
 さっき、話が出来る相手は世の中にはいない、といったが、大丈夫だ。一人か二人はいる。それも、かならずいる。そしてこれからの人生で、かならずみつかる。
 もっとも、それで話が終わってしまっては君もつまらなかろう。
 この場をかりてわたしが、東京近辺の「もともとは人と話がしたいタイプ」だけれど、なかなか自分が表現できない、そして自分の苛立ちを他人にぶつけるために罵声をあげるようなことの決してない若者たちに、君のいる店に麻雀をやりに行ってくれるよう、頼んであげる。できれば女のコがいいかな。
 可能性ゼロだと思うかもしれないね。だったら麻雀教室からもう一歩、ほんの一歩でいいから、違う場所も訪ねてみてほしい。いずれにせよ、麻雀教室はやめないで腕を磨いていてくれ。君の手で、今後出会うかもしれない「一人か二人」に話題のきっかけがつかめる程度に。(ケ)

posted by 冬の夢 at 18:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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