2012年05月21日

どうしてカタカナで書くのですか

 どうしてヒロシマとカタカナで書くのですか?
 広島平和記念資料館の子ども向けサイト「キッズ平和ステーション」に、そんな質問がある。

 www.pcf.city.hiroshima.jp/kids/

 資料館の回答は、「使い方がはっきりと決まっているわけではありません」としながら新聞や広島市役所の用例を引き、「普通の地名の広島と区別する意味で使っているそうです」となっている。
 さらに「文学作品では、市役所などでの使い方とはちがった、作者自身の思いのこもった使い方がされていると思います」と補足され、「質問とはすこしはなれますが、今一度、わたしたち一人一人が感覚をとぎすまして『ヒロシマ』という言葉のもつ重みを感じていかなくてはならないのではないでしょうか」と結ばれている。
 ためしに広島市のウェブサイトを調べてみると、「平和記念施設保存・整備方針」の中に、このような注記が見つかる。

 片仮名の「ヒロシマ」は、被爆都市として世界恒久平和の実現を目指す都市であることを示す。

 www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1144650095908/index.html

 カタカナ書きの「ヒロシマ」といえば、わたしは大江健三郎の「ヒロシマ・ノート」よりも、土門拳の写真集「ヒロシマ」を思い出す。大江の第九回原水爆禁止世界大会(社会党・総評と共産党の対立で、ついに原水爆禁止運動が分裂したときだ)取材にさきだつこと六年、原爆投下後十三年目の広島で、「ぼくなどは『ヒロシマ』を忘れていたというより、実ははじめから何も知ってはいなかったのだ」(写真集『ヒロシマ』から)と叫ぶ写真家の、怒りと悲しみに満ちた作品だ。
 同じ土門の言葉の前段にはこうある。
「広島へ行って、驚いた。これはいけない、と狼狽した」(同前)
 つまり土門拳の「ヒロシマ」には当然「普通の地名の広島と区別する意味」があるわけだ。ページをめくるたびに目に突き刺さる、焼けただれた皮膚、ケロイド治療の植皮手術……「ヒロシマ」の痛みは、まだ「かさぶた」にもなっていないんだぞ、という怒りの告発と、「何とかなおしたい、なおして上げなくちゃならぬという直接法」(同前)だという深い同情とともに、この写真集は「ヒロシマ」と名付けられているのだ。

 いっぽう、やはり写真家の石内都が二〇〇八年に刊行した写真集のタイトルは「ひろしま」。タイトルに悩み、さまざまな書き方で地名を並べてみて、これしかない、と選んだ理由は「やさしくて、もうこれだと」。
 土門拳が自省と怒りをこめて叫んだ「ヒロシマ」が<やさしい>ひらがな書きとなった石内の写真集には、さきの広島平和記念資料館に収められた、被爆者たちの遺品である服飾品の数々が撮影され、収められている。背後から照明され軽やかなカラーで撮られた婦人服(いうまでもないがその多くが夏服だ)は、驚くほどモダンで美しく、厳しい時局でもおしゃれに余念のなかった、いきいきとした女性たちの理不尽な不在を、ある意味で土門拳の「直接法」よりも痛ましく突きつける。
 カタカナ書きであること、あるいは、ひらがな書きであること。その「区別」によって、後世のわたしたちの前に確かに、リアルな痛みが立ち上がる。

 では、こう質問してみよう。
 どうしてフクシマとカタカナで書くのですか? (ケ)
posted by 冬の夢 at 22:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 カメラ・写真家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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