2012年05月20日

ヘッドフォンと爺の耳:Grado SR325is

音楽を趣味とする以上、オーディオにも多少の関心はある。いまどき真空管のアンプなどを使っているのだから、世間の「常識」から判断するなら、かなりのめり込んでいると言われても仕方がないかもしれない。しかし、オーディオの世界は底無しの魔界なので、真空管アンプなどでは決して大きな顔はできない。もちろん、大きな顔がしたいわけでは決してない。要するに、好きな音楽を楽しく聴くためなら、自分の懐具合と相談して、何かと工夫を凝らすことにいささかの痛痒も感じないということだろうか。

それにしても、リスニングルームなるものを持っている人が羨ましい。耳をつんざくような大音量で聴きたいわけではないが、聞こえないピアニッシモに耳をそばだて、フォルティッシモではボリュームを絞るようなことをしていると、「これで音楽を聴いているといえるのか?」と自嘲気味にもなる。が、集合住宅に起居する庶民としては、現在のブックシェルフ型のスピーカをフロアー型のスピーカに替えることさえ、生涯叶わぬ夢だろう。

そこで、庶民の味方に登場を願う次第。実際にヘッドフォン(イヤフォンではなく)にどの程度の需要があるのか不明だが、私個人は昔からヘッドフォンを愛好してきた。その結果、現在手元には音楽的に良好と評判の高いメーカーの作る中堅どころ(それがフラッグシップ機でないところに、我ながらまたもや庶民の悲哀を感じるのだが)がそろっている。ゼンハイザーのHD424、AKGのK-501、STAXのSR303、等々。全て今では製造中止の、歴史的製品だが、音質的には十分満足している。にもかかわらず、この春先、「Gradoのヘッドフォンがいいらしい」と耳にして、「Gradoの音は生々しい」とか「Gradoの音は他では得がたい」とか、その他のいかにも魅力的な文句に抗しがたく、気がつくと手元に新しいヘッドフォンが届いていた。

SR325is.jpg

Gradoは別名を「変態紳士」とも言うらしい。その由来がよくわからないのだが、「裸でネクタイ」という雰囲気が漂っているようだ。裸、というのは、要するに「非常に生々しい音」と関係しているのだろうか。ネクタイ、というのは、「ハイクラス=Hifi」ということだろうか。やはりわからない。

購入を決める前にネット上で色々と情報を集めたのだが、そもそも使っている人が比較的限定されていることもあり、結局はそれぞれの一回限りの主観的感想を述べているだけのようで、その種のコメントをいくら読んでも隔靴掻痒、最後は自らの物欲を信じるしかなかった。これまでの経験から、この種の機械の性能は基本的に値段に相応する。入門機よりは中級機、中級機よりは高級機の方が優れていることは、考えなくても当然だろう。しかし、いわゆるコスト・パフォーマンスを考慮するとなると、事態は俄然複雑になり(大げさ!)、それに伴って煩悩も深まっていく。

Gradoのラインアップは最近大幅に刷新されたようだが、SRシリーズについていえば、下位種から60、80、125、225、325というナンバリングになっていて、その上にRS、GS、PSなどが並んでいる。RS2iでも諭吉先生が5枚は飛んでいくから、SRシリーズで我慢するのが庶民の家庭内平和のためには不可避だ。60と80は「入門機」の位置づけだろうから、今回は度外視。残る125、225、325の間にはそれぞれ一葉女史1枚程度の格差がある。 ちなみに325is(いつの間にか付け足されたisの意味はimproved and specialらしいが、定かではない)の価格は諭吉が3枚くらい。その下の225との顕著な違いは、325のハウジングがメタルであるのに対し、225はプラスティック。その違いが重さと音色の違いに現れることは、試聴するまでもない。(上級機のハウジングは木になるらしく、それはそれでとても気になる。)頭に装着するヘッドフォンが軽いに越したことはないので、その点では225に心が傾く。「プラスティックで安っぽい」という批評もあるが、我家のヘッドフォンはすべからくプラスティック。「安っぽさ」は全く気にならない。家で見栄を張っても全く意味がないし。それに、やはり安いに越したことはない。しかし、決定的だったのは「325が一番Gradoらしい音がする」というコメント。さらに、「メタルのせいか、音が刺さる。高音のヌケは半端ねえ」というコメント。「ゼンハイザーよりもAKGよりもヌケのいい音って、それはいったい何よ?」という押さえがたい好奇心が生じる。それに、主にクラシック音楽を聴く立場としては、「ロックに最適」「クラシックは無理っぽい」という評価も大いに気になってきた。生来の天邪鬼はこんなときに損をする。ピアノの高音やバイオリンの音が耳に刺さるのだろうか? しかし、そんなヘッドフォンが高い評価を獲得できるとは信じられない。それに海外のサイトではジャンルを問わず評価が高い。おー、じれったい。こうなっては、もはや自分の耳で確かめるしかない。

実際に購入した感想としては、これはいいヘッドフォンだし、良い買い物だった。ただし、あくまでも値段相応で、要するに「堅実な中級機」だ。奇跡のような効果はない。もちろん、噂に違わず、ロックを聴くと非常にいい。だが、クラシックがダメと言うことは全くない。バッハもモーツァルトも、声楽も弦楽もちゃんと鳴らしている。しかし、肝心の?「耳に刺さる高音」に関しては、AKGの透明感ある高音域と比べてもっと圧力のある力強さが感じられるにしても、耳障りということは全くなく、この点ではいささか拍子抜けするほどだった。「ネットのコメントは、やっぱり当てにならない。信じられるのは自分の耳だけか」と強く感じた一件だ。

しかし、ここでふとある思いが頭をよぎった。最近都内の公園では、深夜にたむろする若者たちを「撃退する」ために、不快な高周波音を流しているらしい。いわく、高周波音は敏感な若者の耳には聞こえるが、衰えた高齢者の耳には聞こえないとのことで、深夜に騒ぐ若者たちを追っ払うのには高周波音を垂れ流しておくに限るという。色々な意味で何とも恐ろしい話だが、ここで注目したいことは、要するに、年を取ると高音域に対して鈍感になるという点だ。つまり、もっと若い頃に325isを聴いていたら、私でも「高音がキンキンする」という感想を持った可能性が極めて高いのではないか。ネットでのコメントの多くも、おそらくその書き手には10代、20代の若者たちが多かったのではなかろうか。

つまり、こちらの耳が年とともに耄碌したおかげで、もしかしたら本当はキンキンと響くヘッドフォンが快適に聞こえるだけなのでは? だとしたら、とんだ怪我の功名というわけだ。年を取って数少ない良いことと言えるのかもしれない。

が、ともかく、これまで持っていたヘッドフォンのうち、専用のアンプが必要なSTAXは言うまでもなく、HD424もK-501もケーブルが長すぎて、その点でパソコンで音楽を聴くときにやや疎ましいところがあったのだが、325isのケーブルは1.5m程度で、また能率もそこそこに高く、パソコンに直付けでもしっかりと鳴っている。というわけで、今ではパソコンで音楽を聴くときは325isの独壇場になっている。ただし、このヘッドフォン、今どき珍しく標準プラグ仕様なので、写真のようなアダプターが必要になる。これはゼンハイザーのものを流用しているが、もちろん何の問題もない。最後にこれまた評判の悪い装着感について、眼鏡をつけて使っているが、1時間ほど聴いていると少し耳が痛くなるけれど、そこで少し装着位置をずらせば、また1時間は大丈夫。実質的に問題になることはない。ただ、ロックを聴きながらノリノリになって頭を激しく振ることは厳禁。そんなことをしたらヘッドフォンがぶっ飛んでしまうこと、確実である。ノリノリ禁止。案外、この辺に「変態紳士」と呼ばれる理由があるのだろうか。(H.H)

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posted by 冬の夢 at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 オーディオ・楽器 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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