2012年05月18日

憂鬱なる女王 追悼ドナ・サマー、チャック・ブラウン

 5月17日、ドナ・サマーが亡くなった。63歳。
 すぐに追悼コメントを発したオバマ米大統領と、わたしは同年生まれで、彼女のひと回り歳下だ。
 この「ディスコの女王」がもっともエッチに輝いた70年代、ディスコそのもので踊るにはまだ微妙に歳が足らず、そもそもディスコなるものが日本のどこにあるのかもわからなかった地方都市で、FMラジオのわずかな音楽放送と雑誌の写真だけを頼りに彼女の胸の谷間のその奥を想像して熱くなった中学生と、将来のアメリカ大統領の間には間違いなく通じるものがあったはずだ。
 しかし、彼女自身はそのセクシーダイナマイトスタイルにいつも違和感をおぼえていたという。わたしは全然そのようなタイプじゃないのに! と後年のインタビューでも力説していて、「女王」時代つねに感じていたのは「いらだち」だったというから痛ましい。
 大ヒットを支えたのは、シンセサイザーの電子音を駆使し、「ディスコミュージックの父」といわれたジョルジォ・モロダーだが、「踊れる音楽」の常といったら云い過ぎか、すこし時代がたつとたちまち古びて聴こえ、ドナの唄声も、色あせる音を超えて響き渡る凄みがあるか(たとえばアリサ・フランクリンのような)といえば、残念ながらそうでもない。
 当時あれほど、ドナのあの鼻の穴! から吹き出される性の匂いを嗅ぎたいと煩悶さえしていたはずなのに、記憶の美化を許さない残酷なユーチューブの動画を見ていると、どこか滑稽なセクシースタイルに苦笑さえもれる。そもそもブラックミュージックの衣をまとってはいるがヨーロッパからの逆輸入ものであるという違和感。それはきっと、当時の彼女の「いらだち」と、間違いなく通じる気持ちに違いない。
 
 ドナ・サマーが亡くなる一日前の5月16日、チャック・ブラウンが亡くなった。75歳。彼の称号は「ゴッドファーザー・オブ・ゴーゴー」だそうだ。たしかに「ゴーゴー」といえばチャック・ブラウンとソウル・サーチャーズ、昔も今もまずはチャックありき、の音楽だ。
「ゴーゴー」とはなにか。
「ゴーゴー喫茶」の「ゴーゴー」ではないぞ。まあ、踊る音楽という共通項がないわけではないが、彼の演奏で踊ろうと思ったら、そうとう「腰」に「タメ」が入らなきゃ、ダメだと思うな。
 もっとも、難しい理屈を云わなくちゃならない音楽なんかじゃない、ひとことで云えばノンストップソウルアワー、つまり「ソウル・チャンチャカチャン」なのだ。
 どうもミもフタもない解説でいけないけれど、あの人気グループ「ガイ」のテディ・ライリーのアイデアで80年代を吹き抜けた「ニュー・ジャック・スウィング」のリズムにご記憶のあるかたが、チャックを中心に七〇年代後半から始まっていたとされるこの「ゴーゴー」を聴けば、「ああリズムはニュー・ジャック・スウィングじゃん」と云うことは間違いない。
 演奏し出したら止まらない。決して急がず、ゆるやかにゆるやかに、しかし腰にグイグイくる、リズム、リズム、リズム…音楽のジャンルとしては、いっときの話題を別にしてけっして世界を舞台に広がりはしなかったけれど、チャックの死でこの音楽を終わりにしたくはない。亡くなる直前のライブでも昔と変わらなかったチャックのノンストップなアオリに身を任せる、時間の余裕を持ちたいものだ。

 新聞の死亡欄に小さく出ていた「チャック・ブラウン氏」に目を止めていたら、CNNでドナ・サマーの死を報じはじめた、5月17日の朝。(ケ)
posted by 冬の夢 at 22:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 映画音楽・ソウルなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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