2020年09月12日

真空管アンプの電圧増幅管(プリ管)交換による音質変化

 前回の「真空管アンプ」レポートは、出力管(電力増幅管)交換に関するものだった。そのときのとりあえずの結論は、「同じ種類の出力管(EL34)をあれこれと取り替えてみても、思っていたほどの差はない」というものだ。が、実はそのときからずっと「次は電圧増幅管(プリ管とも呼ばれる)の『実験』をしなければ」と思っていた。はたして、電圧増幅管を交換すると、真空管アンプの音質に変化が生じるのだろうか?
 
 しかし、先ずは真空管アンプのごく簡単な説明をしておこう。一部の好事家、一部のマニア限定商品にしては、真空管アンプは市場に数多く存在している。すっかり時代遅れのデバイスであるはずの真空管がオーディオ(と一部のロックファン?)の世界では今なお現役で活躍中というのは、老年期を間近に控えた身としては心強い限りで、慶賀すべき現象なのかもしれない。

 多種多様な真空管アンプ(以下、オーディオ用アンプに限定)の中で一番シンプルなものは、通常4本か5本の真空管が使われている。(これはステレオ=両チャンネルの場合で、現在では珍しいけれども、モノラルなら2本か3本の真空管が最小モデルとなる。)ときおり、ステレオアンプなのに2本か3本の真空管しか使われていないものが見受けられるが、その場合はダイオードやトランジスタが併用されており、いわゆるハイブリッドになっていると考えて間違いない。

 このハイブリッド版はさておくとして、「シングルアンプ」と呼ばれる一番シンプルな回路を持つアンプに、真空管5本版と4本版の違いがあるのは、整流管と呼ばれる真空管が使われているのか、あるいはその代わりに整流ダイオードが使われているのか、この違いである。どちらが好ましいかは「蓼喰う虫」の話になる。「単純な」性能と耐久性、そしてコストの面ではダイオードの方が有利であることに疑問の余地はない。が、整流管を使うと、音質が良くなるという「精神的効用」に加え、アンプの立ち上がりが「優しくなる」点が個人的には長所だと思っている。どういうことかと言えば、真空管は白熱灯みたいなもので、フィラメントに相当する部分が相当に熱くならないと電流を通さない。したがって、真空管アンプ(ラジオの場合も同じ)を使うと、電源を入れてから10秒〜15秒くらいは何の音も出てこない。それからゆっくりと、まるで写真を現像しているときのように(今ではフィルムも真空管と同様に博物館行きか?)、はるか遠くからいかにも頼りない幽かな音が現れて、そのボリュームが次第に盛り上がり、数秒後にようやくしっかりとした明確な音として安定する。このように「おっとり」とした動作をするアンプなので、整流(電気を交流から直流に変換する過程で必要)だけをダイオードに任せてしまうと、それだけが別次元で素早い仕事をしてしまうので、他の真空管に負担がかかり、最悪な場合は何らかの故障に発展しかねない。(人間関係にも似たようなことがときどきありますね……ひとりだけがやたらと張り切って、ダントツに速い仕事をして、そのせいで周りが疲れてしまう……)ダイオードではなく整流管を使えば、この整流管が仕事を始められるほどに暖まった頃には他の真空管もすでに準備完了となっているので、その点では安心となる。

 さて、我家のアンプの構成は以下のとおり。
   出力管:EL34(別名6CA7)× 2
   電圧増幅管(プリ管):5755 × 2
   整流管:5AR4 × 1

この5755という真空管、これだけでわかる人はかなりの好き者であろう。しかし、ここでメーカーの名前を出せば、「おっ!」と思う人が意外なところにいるかもしれない。というのは、この真空管の作り手はRaytheonという企業で、主にミサイルや飛行機などの軍需製品を作っていた。現在もその「末裔」がロケット産業で一定の地位を保っているようだ。というわけで、このRaytheonという名前は一部のオーディオマニアよりも、もしかしたら軍事オタクの面々にいっそう馴染みの名前なのかもしれない。事実、5755という真空管は、不思議なことに、ソ連空軍のエース機でもあったミグ戦闘機やミサイルに使われていたという。「不思議なことに」と言ったのは、あの冷戦時代に、仮想敵国だったソ連の戦闘機にアメリカ製の部品が使われていたなんて、ある意味、大らかというか、金になるなら何でもする「血の商人」恐るべし、というか……
 さて、21世紀の今では、まさか戦闘機やロケットに真空管が使われることはないであろう。そこで、元々は軍用だった真空管が巷に大量に流通している。我家のアンプを製作してくれた人の判断でも、「5755は安価に入手できる」とのことで(EL34を選んだのも同じ理由だ)、電圧増幅管として有名な12AX7や12AU7を押しのけて、見事栄光(?)の座を占めることになった。

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(Rayteon 5755)

 しかし、購入当初より「軍事用真空管」というのがどうにも心に重く引っかかっていた。一部マニアの間では「軍用管は信頼性が高い、性能がいい」と囁かれてもいるようだが、考えてもみよう。たとえそれが万に一つもない可能性だとしても、例えば秋葉原かどこかの電気屋さん、貴重品からガラクタまで何でも置いてある某ラジオショップの片隅に格安のRaytheon 5755があるとする。通電はするけれど、新品か中古かは誰にもわからない。旧ソ連のミグ戦闘機にも使われていたというのだから、ミグの定期整備ではその度に大量の5755が交換されたはずである。もちろん、そのほとんどが十分実用には耐える状態だったはずだ。そんな真空管の山が旧ソ連のあちこちに、それこそ野積み、山積み状態で転がっていたことだろう。そのうちの一山が長年月を経て極東の島国に辿り着いたということもあり得ない話ではない。

 そして、ここまでならまだいい。ほんの序の口だ。問題なのは、その5755を装備されていたミグ戦闘機が、アフガニスタンやイラク(アメリカがいわゆる湾岸戦争を起こす前、オサマ・ビン・ラディンがテロリストになるずっと前、ソ連はアフガンやイラクに侵攻を繰り返していた)に爆弾を落とした戦闘機ではなかったという保障がどこにもない、ということだ。戦争を体験した真空管……無辜の市民の血に染まった真空管……それが自分のアンプに使われているかもしれない……
 そうなると、せっかく「どうだ! オーダーメードの真空管アンプでござい!」と一人悦に入って、「これで聴くモーツァルトの弦楽四重奏の美しさ!」とうっとりしていたとしても、ふと「でも、この真空管を載せていた飛行機は……」などという想いが脳裏をよぎることになり、そうなれば、何もかもが台無しとまでは言わないにしても、それでもやはりせっかくの愉しみに大いに水がさされてしまう。

 そこで、Raytheonではない別の真空管を使いたいと考えるようになった。というか、話の(いや、真空管の歴史の、と言うべきか)順序で言えば、本来はWE420Aという電圧増幅管が5755よりも先に存在していて、5755はWE420Aのコピー版と言われている。それならば、いっそのこと元祖を使ってみたいというのが、マニアにとってはむしろ自然の欲求だ。しかし、真空管黄金時代が遠い昔になってしまった現在、このWE420Aも当然ながら公式には製造されていない。(こうした過去の聖遺物となってしまった真空管は「古典的真空管」と、どこか由々しい肩書きで呼ばれる。)わざわざ「公式には製造されていない」と言ったのは、「古典的真空管」と言われるものは、今では目が飛び出るほどの高値で売買されることが多く、この地上の片隅では今もせっせといかがわしいコピーが作られ、「まがいもの」が本物の顔をしてネットオークションなどに並べられることも少なくない。だから、もしかしたらこのWE420Aもどこかで「密造」されている可能性もゼロとは言えない。しかし同じWestern Electric社(この名前が付いているだけで中古価格が跳ね上がる、マニア垂涎のブランド)の真空管でも、300Bなどの超有名管とは違って、今どきWE420Aを欲しがる人はさほど多くはない。ということは、わざわざこのWE420Aの偽物を作ろうという人は、それはそれでよほどの変わり者かもしれず、そんな変わり者が作る「まがい物」であるなら、かえって購入欲が刺激されるというものだ。

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(WE420A: ただし、本物かどうか真偽不明)

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(ついでに、電圧増幅管のサイズがわかるように、単三乾電池と並んでもらった)

 すっかり横道にそれてしまった話を元に戻すと、5755につきまとう「軍用管」という肩書きがどうにも気になっていたことに加え、「いつかは本家のWE420Aを試してみたい」という欲望がとうとう抑え切れなくなった頃、運良く(運悪く?)その探し物が4本セットで売り出されているのを見つけてしまった。一応「新品」とは謳われているが、その真偽を確かめる知識も技能もこちらにはない。加えて、そもそもそれが本物のWE420Aなのかどうかを確かめることさえできない。が、それでもとりあえず「軍隊」とは関係のない真空管であるなら、血塗られた真空管でさえないのであれば、そして、ともかく通電するのであれば、買ってみる価値はありそうだ。こう考えて、恐る恐るその4本のWE420Aを購入した。購入価格は極めてリーズナブル、つまり、安価な5755よりは高いが、新品の12AX7や12AU7と比べれば、必ずしも高くはない、そんな価格だった。もしも本物のWE420Aであったなら、格安といってもいいだろう。

 以上が今回の長い序論で、いよいよ本題なのだが(こちらは短い)、電圧増幅管を交換して、はたして何が起きたのか?

 驚いたことに、音が明らかに変わった! 昔レコードを聴いていた頃、カートリッジ(針)を換えると明らかに音質が変化したのだが、それと同じように、5755を420Aに取り替えると、かなり劇的な音質の変化が認められた。以前に出力管(EL34)を交換したときとは全くちがう。出力管による変化は極めて微細なものだったけれど、電圧増幅管の場合は、素人の耳にも明らかにわかる変化だ、ヘッドホンを交換した場合ほどには顕著ではないにしても。

 それでは、いよいよ肝心の音質に関するレポートだが、好みで言えば、420Aの方が断然好ましい。透明度がちがうというか、音の抜けが良くなったというか、サスティーンが伸びたというか、ともかく心地よさが向上した。一方、5755の方は、これがダメなのかというとそうではなく、音の力強さでは5755の方に軍配を上げたくなる。ただ、両者を比較すると、5755では音がややハスキーになる。誤解を恐れずに言えば、音が少々濁るとも言えようか。それでもハスキーヴォイスが好きな人がいるように、5755の音の方が好きな人がいても少しも驚かない。バイオリンの弦の音なども、420Aで聴くとひたすら滑らかであるが、5755で聴くと、いかにも弓で擦っているように聞こえるから面白い。

 というわけで、我家のアンプによるささやかな実験からは、出力管の変更よりも電圧増幅管の変更の方が音質面においての変化がいっそう顕著に認められた。そして、電圧増幅管は5755にはいったん退いてもらい、WE420Aが連日連投している。これをひとまずの結論としたい。 (H.H.)

(附記:ところが、その後、またまた新たな「発見」があり、結果的に我家のEL34は雨後のタケノコのように増殖中。つまり、前回とは別の出力管を使ったところ、相当程度の音質変化が認められたので、そのレポートもなるべく早く行いたい。さらには、「それならば、『音質にはあまり影響はない』と言われている整流管を換えたらどうなるのか?」という問題も残されている……)

 
posted by 冬の夢 at 00:30 | Comment(0) | 音楽 オーディオ・楽器 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年09月10日

水曜日と,木曜日のつぎの金曜日─Wednesday, and Friday after Thursday ─ ;小説を書きました


「お兄ちゃん!」
 黒のアンサンブルに白いマスク姿の敦子は、大声を出した。
「いくらなんでも、私に連絡しないなんて、不人情すぎる、ひどい」
 良一は、自分のマスクの上に指を当てて「静かに」とささやいた。
「お前、どうやって知ったんだい」
「なによ、人ごとみたいに、施設から連絡があったわよ、お父さんが入居するとき、連絡先が複数必要だから、わたしの連絡先を教えろっていったの、お兄ちゃんじゃない」

■ブログに掲載するには長いので、万が一「読みたい」というコメントが殺到(笑)したら、
 違う形で読んでいただける方法があるかどうか考えます。


posted by 冬の夢 at 13:18 | Comment(0) | 創作(詩・小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年09月09日

国民の危機にとどく総裁候補のことば─石破茂,菅義偉,岸田文雄【追記あり】

 二〇二〇年九月八日に、十四日に予定の自民党総裁選挙、つまりつぎの総理大臣が決まる党内選に、下馬評どおりの三人が立候補したことは、お知らせするまでもないだろう。
 三人は立候補を届け出た党本部で、同日午後、所見発表演説会に出席、それぞれ二〇分ずつ意気込みを語っている。

 このブログで最近「危機に届くことば」を、いくつか紹介してきたが、自分の感想をつけくわえて紹介したくなったら全文紹介が原則だと痛感するようになった。感想をいいたいときは全文を読み、聞く方法があれば聞いておくことが必要だ、ということでもある。
 ただし、計一時間以上に及ぶ三人の演説の「全文」を書き起こすのはさすがにつらい。だから今回はなし! 
 そこはそれ、自民党の話だからインターネットで全文記事はすぐ見つかるし、動画も楽勝で見られる。自民党の公式ウエブサイトに至っては、がっくりくるほど素晴らしい発信力かつ見やすいデザイン。調べたいことがあったら迷わずアクセスしていい。このブログなんて蟷螂の斧どころか、そのカマキリにはさまれたらこっちが「痛てっ」ってなっちゃう程度の、波及力しかないのに。

 さて、三人の演説をすべて見たり読み直したりしているうちに、自分の感想が、ただひとつに集約されたことに気づいた。
 三者の誰もが、安倍晋三よりは、ましだ!
 もちろん突っ込みどころはいくらでもあるし、この男がなっても仕方ないが長くやらせるのは危ない──そもそも前任者の最大の問題は「いたずらに長くやりすぎた」ということだった──という発言も拾える。
 しかし、どう聞いても読んでも、安倍晋三がこれまでに発した、それも、ゆるがせにできない場面なのに嘘さえ平然とまじえて語られた、軽薄な「ことば」たちの数々とは違う気がした。
 どこが違うのだろう。使われた単語やフレーズ、言い回しなどは、さして違わないように思えるが。

 安倍晋三が辞意を表明した八月二十八日、テレビ局の街頭インタビューを動画ニュースで見た。※1
 めずらしく印象的なことをいっている市民がいて、それがキーワードではないかと、いまのところ思っている。
 テレビの街頭インタビューには仕込みがあるんじゃないかという、いつまでたっても解決されない問題は、ここではおいて、阪神地域のドラッグストアの前でマイクを向けられたおじさんが、訥々と、こんなことをいっていた。
 
 不誠実な感じがするんですよ、だから、もうちょっとあの、誠実に政治に向き合うような人が、あの、総理大臣になったらええと思います。

 おっ、大阪にもアホでない有権者がおるやん、と思いながら見たが、神戸の三宮センター街でした、すいません! あと、わたしも「おじさん」です。歳が近い人かもしれん、失礼!
 それはいいとして、不誠実、まさにそこだ。
 発することばが軽ければ軽いほど、すなわち不誠実なら不誠実なほど、聞く者たちは昂揚感に酔った。このブログでも別の筆者がおもに指摘してきたが、それが安倍晋三の治世における「鼓腹撃壌」の正体だったことは間違いない。
 この総理大臣にとって幸運だったのは、一部の官僚がでっちあげるイベント的な政策を、それを飾り立てるキャッチコピーとともに、彼らがいうがままに美味しいことばで「いたずらに長く」述べていればよかったことだ。この政権がときどき「強さ」を誇示しようとして訴えかけた「国難」も、同じ政権の末期にわたしたち国民をほんとうに襲っている、日々の生活はもちろん生命にもかかわる危機とは、違っていたのだ。
 
 このブログではいまから七年ほど前、今回の長期政権の初期に、こんな指摘もしている。
 それは、広告代理店的な発想や、ものづくり、あるいは世の中の見かたから、わたしたちは、もはや逃れることが出来ないのだろうか、ということだった。元・広告代理店社員の対談本から、広告代理店という組織では自覚なく「思考停止」を重ねる行為が日常化していることを知り、それが広告とメディアの共同作業によって、社会に浸透し尽くしている状況を不安視した。誠実でない「ことば」が、かくもまかり通るようになったのは、わたしたちもまた、思考停止に慣れてしまった結果なのだ。
 一国の指導者でありながら、ほとんどあらゆる発言の機会において不誠実なことばをもてあそんだうえ、それらを自分自身のことばとして述べることすらなかった男は、キャッチフレーズを唱えたくらいではとうていunder control≠ノならない国難に直面したとき、ほとんど自動的に玉座からすべり落ちることになった。
 ということは、この時点で後継者になろうとする者は、よほどのバカか、よほどの策士──そもそもいま、なんのために策を弄する必要があるか──でもない限り、不誠実な軽いことばを発することは、とうていできない。そこが、立候補した三人のことばを「安倍よりは、まし」と感じる理由なのだろう。

 知られているとおり、昨年末で一〇八万六千人いる自民党員の意見は今回の総裁選には反映されず、結果は派閥力学で見えているようなところもあるから、所見表明とは、三者の主張発表というより、政権維持のための「おためごかし」だったといったほうが正しいかもしれない。
 ただ、これだけは、わたしもあらためて心にとめようと思う。
 石破茂、菅義偉、岸田文雄、三人とも「安倍よりは、まし」なのだとしたら、安倍でなくても、三人もいたではないか。「ほかに誰がいるの」「安倍さん以外にやれる人がいない」──そういう「思考停止」だけは、今後しないようにしたい。
 
 と、書いていたら、メディア各社が調査している安倍内閣の支持率※2が、この八月末から急上昇していることを知った。各社の結果がほぼ近いので、調査方法の違いは誤差の範囲だろう。
 とりわけ驚くのは、朝日新聞が九月二日と三日に行った調査のなかの「安倍首相が辞任を表明しました。あなたは、安倍首相の7年8カ月の実績をどの程度評価しますか」という問いに、「大いに評価する」17%、「ある程度評価する」54%と、回答者の七割が評価判断をしていることだ。
 このブログは本格的には二〇一三年に始まっており、まさに安倍長期政権下で書かれてきたブログだ。といっても書いている三人の筆者には政治に対する気持ちの温度差があるだろうし、政治の渦中にいた筆者はいないとも思うが、それにしても、こういう数字を目の当たりにすると、じぶんがすごしたこの期間は、どれほど大きな空白だったのだろうと、怖ろしい気持ちにさえなる。(ケ)

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自民党公式ウエブサイトのトップページより



※1「Nスタ」(TBS)8月28日放送分(動画配信)
  www.youtube.com/watch?v=JPGsd8h3MYQ
  YouTube の公式アカウント動画のコメントを見ると、いまさらながら、日本はすごい国だと感じる。

※読売新聞社(2020年9月4〜6日)内閣支持率 52%
 JNN定期調査(9月5日、6日)内閣支持率 62.4%
 共同通信(8月29日、30日)内閣支持率 56.9%

【参考】日本経済新聞/産経新聞/東京新聞/自由民主党公式サイト www.jimin.jp


【追記・二〇二〇年九月十二日】

 この三者が、二〇二〇年九月十二日に東京・千代田区の日本記者クラブで行った公開討論会と質疑応答(同クラブ主催)の全編を見た。
 二時間強の全編紹介は、これまたお許しください。仕事で頼まれない限りできない。
 結論は、本文と同じ。
 三者とも、すくなくとも安倍よりは、ましだ。
 なぜ、そういうかというと、それぞれに、いかなる援護者なり助言チームなりを抱えているかは不明だが、発言や質問への応答に、その人なりの筋がある。政見への賛否は別にして、まともな思考力で「ことば」を発している、ということ。
 そんなことは基本じゃないか、といわれたら、もちろんそうなのだが、あらためて思うに、あの上すべりで、お砂糖がたっぷりまぶしてあって、場合によっては、話しはじめるやいなや、どうせウソだろ、と思わざるを得なかった安倍晋三の「ことば」とは、いったい何だったのだろう。よくわからない。
 この点では、ほかの二者とやや異なり、アベノミクスや安倍外交を絶賛し、その継承を朗らかに主張する菅義偉は、同じ席で、それと同じくらい陰鬱に、安倍政権の失点を隠蔽するごまかし発言もせざるを得ないわけで、技術論・構造論を別にすれば原則的に政治運営の方向に大きな差異がない三者──誰がやっても同じ、なり手がいない、というつもりではない──のうち、明らかにもっとも「不利」を感じさせる内容だったのだが、結果は初めからわかっているので、指摘してもむだだろう。
 なお菅は、質疑応答の最後に、噂されている、橋下徹・元大阪府知事、元大阪市長の入閣は本当かと聞かれて「知らない」「首相になったら考えること」と、苦笑しながら答えてしまった。よく知らなかったのだが、安倍、菅、橋下、そして松井一郎・大阪市長で、何度かメシを食っているそうだ。
 よく、選挙はふたを開けてみるまで云々(でんでん)とよくいわれるが、選挙したわけでもないままに開けてびっくりの──多くがたぶん手を打って喜ぶ──組閣人事、そしてこの自民党支持率下での総「選挙」結果と、感染問題の行方はまったくわからないのに、政治については、さきのさきまで筋書きが見えてしまう。二時間以上も公開討論会なんかにつき合うんじゃなかった。録画をスピード再生したので、その三分の二くらいの時間ですが。(ケ)

posted by 冬の夢 at 16:37 | Comment(1) | 時事 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする