2020年07月25日

小説:二人だけの話 #2

(これは『二人だけの話』#2です。)#1はこちら

 コーヒーとトースト、そして目玉焼きとトマトだけの、とはいえ波瑠が作ってくれた休みの日の遅い朝食を食べながら、しばらく気になっていたことを今日子は尋ねた。大学四年生の憂鬱は今日子自身も二年前に経験したのでよくわかっている。が、悩んだあげくに、就職するのを止め、将来に不安を感じながらも美術の専門学校に通うことにした今日子の目から見ても、波瑠の暢気さは途方もなかった。波瑠には四年生という自覚が皆無のようなのだ。彼女の知る限り、この夏を通して波瑠が就職活動らしきものをしているようには全く思われなかった。
 「就職か、そうだね」と言って、波瑠は今日子の方を向き、しばらく沈黙していた。
 「どうしようか迷っているんだ、本当のところ」
 そういう波瑠の様子はその言葉とは裏腹に少しも迷っているようには思えず、やはり暢気を絵に描いたようだった。外国語で書かれた専門書らしき本を手にしながら、やはり今日子の顔を見つめ、屈託のない声で応じていた。
 「それってどういうこと? 卒業したらどうするつもりなの?」
 「だからさ、それに迷っている、というか、悩んでいるというか……」
 そう言って、それまで開いていた本を閉じると、大きなため息をついて、力なく微笑んだ。
 「もう十月だもんな」
 「まだ何もしてないんでしょ? お母さんだって心配してるんじゃないの?」
 今日子は我ながらなんて嫌みでお節介な言い方なんだろうと気にしつつ、そう尋ねずにはいられなかった。波瑠の田舎が九州で、彼が小さい頃から母子家庭で育ったこと、母親は今も地元のかなり大きな病院で医療事務の仕事を続けていることは以前から聞いていた。一人親の母親としては、東京の大学へ進学した息子の行く末を気にするのは当然だろう。
 半ば一緒に生活していると言っても良いほどにお互いのアパートを行き来するようになってからすでに半年近くが経とうしていた。学校名を耳にすれば誰もが反応するような有名大学に通い、実際に面と向かって話をすれば人当たりも決して悪くなく、英語ばかりかフランス語も読み書きできて、確かに見ようによってはオタクっぽい点があるにしても、全体的には好青年として十分通用するはずだ。それなのに、卒業後の進路のことになると、波瑠は無気力というのとは少し違うが、事実として具体的な活動は何一つしようとはしなかった。少なくとも、誰よりも波瑠の傍にいた今日子の目にはそのように映っていた。
 「もしかしたら、大学院に進学するつもりなの?」
 前々から思っていたことを口にしてみたが、波瑠の返事はやはり暢気な響きのするものだった。
 「そういうわけでもないんだけど」
 「じゃあどうするのよ? もう夏休みも終わっちゃったし、大半の四年生はもうとっくに行き先が決まってるんじゃないの?」
 「今日子さんの頃もそうだった?」
 「ちょっと、その言い方、気になるなあ。まるですごい年を召したお婆ちゃんと話しているみたいじゃないの! たった二年じゃ世の中はそんなに変わりっこないわよ。と言いたいところだけど、でも、ニュースを聞く限りでは、何だかどんどん早くなっているような気はするわね。私の頃は、やっぱりイヤだな、この言い方。二年前はね、十月になっても、十二月になっても、ううん、年が明けても、友だちの中にはまだけっこう就職活動をしていた子もいたような気がする」
 「そうでしょ? そうだよ、本来はそうであるべきなんだよ」と、やけに力を込めて波瑠が反応した。
 「だって、本来はまだ四年生なんだよ、ぼくたちは。それなのに、四年生の授業なんて丸っきりないも同然。それどころか、三年の後期にはもう就活が本格的に始まっている。面白そうな授業に出ても、教室にいるのは三年生と二年生ばかり。たまにいる四年生は、前の年に単位を落として再履修していると思ってまず間違いなし。大学は今では四年制じゃなくて、三年制と言った方が正しいくらい。それで四年間分の授業料をふんだくるんだから、公然と詐欺を働いているようなもんだよ」
 どこまでが真面目で、どこまでがふざけているのか判然としない、いかにも波瑠らしい口調だった。
 「今日子さんは、いつ就職しないって決めたの?」
 「またそうやって話を変えて。私のことはいいから、波瑠は本当にどうするつもりなの? まさか就職しないつもりなの? 卒業はするんだよね?」
 「問題はそれだ」
 相変わらず波瑠はいかにものんびりした調子で続けた。
 「卒業はする。というか、する気になれば絶対にできる。必要な単位はもう全部取ってあるし、卒論ももうほとんど書き終わっている。自慢じゃないけど−−本当に自慢できるようなことじゃなくて−−他の人たちが会社説明会やOBとの面接に忙しくしている間、こちらは本を読んで文章を書くしかすることがなかったんだから、卒論くらい終わっていても全然不思議じゃないよね」
 それでも、話しているうちに少しは言葉に熱というか実感がこもってきたようだ。
 「それに卒論は自分でも楽しめることが多いから。ところが、就活って、ほんの少しだけ、友だちの真似をして説明会に行っただけで、『これは無理かも』って思ったよ。例えばさ、今日子さん、あの真っ黒なリクルートスーツ、あの真っ黒な服の群れ、あれをどう思う? どう思った? ぼくはほとんど生理的な拒絶反応が起きたくらい」
 これを聞いた今日子の脳裏では、おそらく基本的に強い共感があったからだろうが、奇妙な反応が生じていた。
 「ちょっと待って! もしかして波瑠もリクルートスーツなんて持っているの?」
 「いや、持ってない」
 波瑠の返事は即答だった。
 「だよね。やっぱり。でも、だったら友だちの真似をして行った説明会とやらには、どんな格好で行ったのよ?」
 「そりゃ、今日子さんもよくご存知のブレザーですよ。ぴかぴかの一張羅だもの」
 「あの、私もよく知っている、あのキャメルの?」
 「そう。それ以外にはありません」
 「そりゃ豪傑だ。強者だ。勇者まちがいなしだ。きっと会場で一番目立っていたでしょうね」
 その姿を想像しただけで、笑いがこみ上げてきた。
 「正直、さすがに少し場違いかなとは思わざる得なかったよ。本当のことを言って、そのときまでは、リクルートスーツ、リクルートスーツ族を甘く見てたところがあったんだね。あんなに黒一色とは思っていなかった」
 「グレーもいなかったの?」
 「いない! いたとしても、限りなく黒に近いグレー。本人以外は誰もグレーとは思わないような、そんなグレーなら、いたかもね。いや、女の子たちにはいたよ。明るいグレーのスーツの子とか。もうそれだけで、その子が素晴らしい美人に見えたし、きっと性格もいいにちがいないと思ったほど。それに、紺のスーツの子もいたな。だから、男にだって、せめて紺のスーツくらいいても良かったはずなのに、見事に真っ黒だった」
 波瑠の言葉を聴きながら、今日子は頭の中で「波瑠が言うと、真っ黒は真っ暗に聞こえるな」と思っていた。
 「でも、マスコミとかなら、少しは様子が違うんじゃないの? 私のときも、お堅いと言われている業界では『紺でもチャレンジャー』と言われていたけど、もう少し派手な業種へ行くときは、明るめの色の方がいいかもしれないって聞いたわよ。男の人の場合はそうでもないのかな?」
 「派手な業種って、例えばマスコミのこと?」
 「それに広告業界とか」
 「でも、ぼくが行ったのは銀行でもなく、商社でもなく、メーカーでもなく、新聞社と出版社、もろにマスコミだったんだよ。それで真っ黒だったんだから、金融になんて行っていたら、もう顔まで黒いんじゃないのかな。どうせ髪の毛は元々真っ黒だし。こうやってブラック企業が出来上がるんだよ」
 「でも、考えてみれば、それも仕方ないのかも」と、今日子は吹き出しそうになるのをこらえながら、咄嗟に閃いたことを口にした。
 「波瑠の一張羅があのキャメルのブレザーで、どこに行くにも頼りにするのはあの服しかないように、他の人たちにはそのリクルートスーツが一張羅なんじゃないの?」
 「そういうこと? まあ、そういうこともあるかもしれないけど、とにかく、四月から六月の間、今日子さんには言ってなかったかもしれないけど、これでも一応は就職活動らしきものはしてみたのさ。それで分かったのは、どうやら自分がかなり変わり者なのかもしれないってこと」
 「ちょっと待って! それは今さら言うことなの? 君は、私が保証してあげるけど、紛れもなく、世間の中ではかなりの変わり者だと思うよ。断然個性的だと思う。それは断言できる。他の人たちが真っ黒なスーツで身を固めているときに、一人で堂々とキャメルのブレザーでいられるなんて、言っておくけど、波瑠以外にはそう簡単にできないよ」
 「それ、もしかして誉めてくれてる?」
 「ほら、そういうところよ、波瑠が他の人と違っているのは。普通は『それ、もしかして批判している?』って言うところよ、きっと。間違えないでよ、私は少しは、いや大分と誉めたつもりで言ったのよ。そう、誉めたの。波瑠は他の人たちとは少し違っている、いい意味で違っているって。でもね、そう言っている人に面と向かって『誉めてくれたの?』って確かめるのはね……」
 話している今日子の方が赤面した。そこで、彼女は気を取り直すように話題を変えた。
 「それで、みんなが真っ黒なスーツで、自分だけが違っているから、それで就職しないっていうの?」
 「それはちょっと違うような気がするけど、もしかしたらそうなのかな?」
 「そんなこと、私に聞かれてもわからないわよ。聞いているのは私の方なのよ?」
 「でも、『何事も先達はあらま欲しきことなり』って言うじゃない。迷える小羊を助けると思って、今日子さんの考えをちょっと聞かせてもらえないかな?」
 「どうして君が就職に前向きじゃないのか、その理由を私に話せと?」
 「ううん、そうじゃなくて。今日子さんが大学生だったときのこと。だって、今日子さんも今のような生活をするって決めたからには、それなりに考えたり悩んだりしたでしょ? ぼくのことを変わり者って言うけど、今日子さんだって社会的には少数派であることは明らかだし」
 「お生憎様。大学を出て普通に就職しなかったという点では現代社会の中では少数派かもしれないけど、波瑠みたいな変わり者じゃありませんから。それに、マスターの所のバイトがなかったら、派遣会社にでも登録していたはず。働く気がなかったわけじゃないんだからね」
 「それでどうして普通に就職しなかったの?」
 「結局それが聞きたいのね」
 「はじめからずっとそう言ってるじゃない。どうかもったいぶらずに教えて下さい。真面目に参考になるかもしれないから」
 「もったいぶってるなんてこと、あるはずないでしょ!」
 今日子は半ばふざけた口調で、しかし少しは本心から怒って見せた。
 「ただ、少し話しにくいというか、面倒というか、自分でもちゃんと他人に伝わるように話せるのか、自信がないだけよ」
 そう聞いた途端、今度は波瑠が急に真剣な顔つきになった。
 「それはそうだよね。ぼくだって今の自分のことを他の人に上手く伝えられるかどうか。いや、ぼくの場合は、そもそも自分で自分のことがわかっていないのだから、それどころの話ではないか」
 「そんなことを言えば、私だって本当は同じようなものかもしれない。私も自分のことがわかっているのかと言われたら、自信はないな」
 「でも、今日子さんは絵本作家になりたいという夢があるし、その夢を実現させるために毎日頑張っているじゃない。自分のしたいことをまがりなりにもしているわけだから」
 「その点はね。でも、だからといって、つまり、自分の好きな絵本を描きたいからといって、それが理由で就職しなかったのかと聞かれたら、事はそう単純じゃないのよ」
 「どういうこと?」
 「だから、それを話すのが難しいって、それこそ最初からずっとそう言ってるじゃない」と、波瑠の口真似をしてみせた。
 「じゃあ、必ずしも正確でなくてもいいし、後になって『あれは全くそうではなかった』って取り下げてくれてもいいから、今日子さんが就職しなかった理由(わけ)を教えてよ」
 「理由(わけ)ね…理由なんかなかったのかもしれない」
 そう呟くように言って、今日子は波瑠の顔をまじまじと見つめた。そして、「きっと大学の教室でも、興味のある授業ではこんな顔つきで先生の話を聞いているのかな」と、およそ場違いなことが脳裏をよぎった。
 「自分のことをこんな風に話すのはとても恥ずかしいのよ、わかってるかな」と前置きをして、ゆっくりと考えながら、今日子は次のような話をした。


 彼女が絵を描きたいと思ったのは大学に入学するずっと前のことだった。中学生の頃から、いや、それ以前から、特にきれいな色を使った幻想的な絵柄の絵本を見つけると、それが幼児向けのものであっても、一般の成人向けのものであっても、いつも心惹かれる思いがした。しかし、中高生のお小遣いでは気に入った本を全て買うなんてことは無理は話だった。それで、せめて自分の好きな色使いの感じだけでも再現しようと、水彩絵具や色鉛筆を使って、見よう見真似で目の前の机や窓の外の景色を描いてみたのが全ての始まりだ。高校では美術ではなく音楽を取っていたので、絵を描くのがそんなに楽しいと感じる自分が自分でも意外だった。
 けれども、高校生には受験というものが待っている。絵ばかり描いているわけにはいかない。それに、面白いと感じてはいても、所詮は素人の手すさびだから、やがては飽きてしまう。受験シーズンに突入すると同時に絵も描かなくなり、大学生になってもしばらくは絵本のことは忘れていた。が、きっと大学が思っていたよりも退屈だったからなのか、二年生の夏休みの頃に、俄然絵が描きたくなってきた。「人は本当に楽しいと思えることをすべきだ」という思いが、どこかから降って湧いてきたかのように生まれ、彼女の心に棲みついた。「本当にしなければならないこと」なんて言うまでもなく、「本当にしたいこと」さえおそらくわからないだろう。(今日子が「本当に」というところに特別の力点を置いていることは明らかだった。)しかし、「本当に楽しいと思えること」なら、人は相当の確信を持つことができるはずだ。少なくとも彼女は好きな色を使って絵を描いているとき、自分でも予期していなかった美しい色彩の組み合わせが目の前に展開されていくのを、しかもそれを自分自身の手が生み出していくのを経験するとき、他には代えがたい喜びを感じることができた。
 それでも、それは単なる趣味で絵を楽しんでいるだけ、そして自分の好きなタイプの絵は、一枚の油絵やアクリル画などではなく、ちょっとした挿絵のような、つまりは絵本にあるような絵だったので、自分でも一冊か二冊の絵本が作れたらさぞかし楽しいだろうという程度の話だった。そこからいったいいつ、どうやって、絵本作家になりたいという夢が生まれたのか? 実際、今彼女が創っている絵本は、夢がいつ、どうやって育っていくのか、そして日本語でも西洋の言葉でも、どうして眠っているときに見るあの奇妙な幻想と、人生の目標ともなるべきものとが同じ言葉で表現されるのか、そうしたことを題材にしていた。
 ともかく、大学三年生の後期、そろそろ周囲でも就職の話題が出始める頃には、今日子自身も人並みに就職するものと信じていた。そして、特にしたい仕事があったわけではないので、なるべく条件の良い一般事務職なら基本的にはどれでもいいと考えていた。そして、翌年にかけて、会社訪問は言うまでもなく、試験や面接も受けてはみた。
 ところが、そんなことをしているうちに、どうも奇妙な気持ちになってきた。とは言っても、今日子は波瑠とは違って、別にリクルートスーツの群れに対して拒絶反応が起きたわけではない。彼女の気を滅入らせたのは服装なんかではなかった。それは例えば面接のときに尋ねられる質問の中にあった。
 「将来の夢は?」
 こう聞かれると、彼女はいつも一瞬絶句するかのような戸惑いを感じずにはいられなかった。そして、「自分以外の他の人たちは『将来の夢』をちゃんと持っていて、物怖じすることもなく他人に語れるものなのだろうか」と不安にさえ思った。また、「あなたの長所は?」と尋ねられることも苦痛だった。
 こんな質問は全てまともに向き合う必要もなく、単なる通過儀礼と見なせばいい、三分の一くらいの真実と三分の一くらいの嘘、そして残りはどこかで聞き覚えてきたことを付け加えて、その場限りの返答をしておけばいいのだろうと、そのくらいのことは今日子も考えた。そして大体はそのように対処した。
 しかし、そんなことを繰り返しているうちに、心の底にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような、奇妙な空虚感を感じるようになってきた。いつか学校の授業で耳にした「虚ろな人」(hollow man)という恐ろしいフレーズが頭の中で旋回し続け、その渦の中心が無限のブラックホールのように思えてならなかった。「そのうちに私だけじゃなく、みんな、何もかもがこの暗い穴の中に吸い込まれていくにちがいない」とさえ思えてきた。
 初めのうちは自分でも何がそんなに恐ろしいのかよくわからず、就職活動による緊張から神経質になっているだけだろうと考えていた。けれども、そのうち段々と、まるで子どもの頃に遊んだ青写真が幽霊のような頼りない像をゆっくりと立ち上げるように、それらしい理由が浮かび上がってきた。面接で将来計画や自分の長所について話しているとき、あるいは入社希望理由を書類に記入しているようなとき、「今話している人、今考えている人は『私』ではない」という不安な思いが今日子を金縛りのように捉えることがあった。
 そして、この不安感には既視感が伴っていた。それは嫌々ながらの受験勉強に勤しんでいたときと奇妙に似通っていた。内心では心の底から無意味だと思っている歴史の年号の暗記に励む一方、絵具は押し入れの隅に押し込められ、スケッチブックを開くこともない。好きなことを諦めて、好きでもないことに眠る時間を削ってまで打ち込んでいる自分が、哀れというよりも滑稽に思われた。それでも高校生の今日子は受験勉強を止めることはなかった。
 「あのときと同じだ!」
 こう悟った途端、今度はもうそれまでのように就職活動を続けることは無理だった。
 どうしても、何が何でも絵本作家になりたいと強く思ったわけではない。自分に幾分かの才能があると自惚れたわけでもない。が、もしもいま、少しでも自分がしたいと感じていることをせず、周囲の波に漂うようにして就職してしまえば、それこそ取り返しのつかないことになってしまうのではないか。もうこの先自分は自分自身を信用することができなくなってしまうのではないか。
 この不安を直視できた後のことは比較的容易だった。恐る恐る打ち明けた父母は予想外に落ち着いて話を聞いてくれ、さらには現実的なアドバイスまでしてくれた。もしも本気で絵を描きたいなら、専門学校に通うことを考えた方がいいというのも元々は母が言ってくれたことだった。そして、調べてみれば、絵の専門学校の授業料は今日子が心配していたよりもずっと安価だった。たまたま名前を知っている、そして比較的好ましいと思っていた絵本作家が講師をしている学校を見つけ、とりあえずその学校に通うことにした。
 就職しないからには、いや、しないからこそ、できる限りは自立した生活をしなければならないと固く思っていた。父は「どうせ半人前だ」と笑って、大学生のときと同じ額の仕送りを続けてくれると言ってくれたけれども、学校の授業料だけは出してもらうことにして、せめて生活費の方は自分で工面したかった。
 幸いなことに、専門学校には元々住んでいたアパートからでも自転車で通うことができた。家賃は5万円。光熱費その他が2万円。そう考えると、最低でも10万円は必要になる。大学生だったときのバイト代は平均すると6万円くらいだったから、それでは全然足りない。もっと時給の良いバイトを求めれば、夜の勤務にするしかなさそうだが、風俗産業に関わることは論外としても、一人暮らしの身で深夜のバイトをするのはどうしても気が引けた。だからマスターの店のバイトを紹介してくれた友人のサポートは本当にありがたかった。その上、新しい学校で仲良くなった人たち−−専門学校には様々な年齢の、様々な経歴の人たちがいて、その点では大学よりもずっと面白かった−−、その人たちから「もっと家賃の安い物件があるよ」と教えてもらい、今のアパートに移ったこともあり、それで何とか学生生活を続けていける目処がついた。
 けれども、それ以前もそれ以後も、現に自分がしていることに対して自信も確信も持てたことはない。色使いに個性があるとか、構図の取り方が上手だと褒められれば、それなりに嬉しいし、そのときは自信にもなる。月に一度の学内のコンクールで上位に入賞し、周囲から羨ましがられたこともないわけではない。それでも、だからといって、自分が本当にプロの絵本作家になりたいのかと誰かに面と向かって尋ねられたら、おそらく返答に窮してしまうだろう。
 絵は好きだ。絵本も作ってみたい。しかし、その後は? そもそもプロになるってどういうことなのだろうか。いつか自分の絵本が書店に並べられる。きっとそれは喜ばしく、さらには誇らしいようなことであるにちがいない。そしてその本が売れてお金が入ってきたら、もちろん嬉しいだろう。だが、それは絵本を作ることと本来全く無関係だ。お金が入るというなら、例えば宝くじに当たっても同じように、もしかしたらその方がもっと嬉しいのではないだろうか。別に自分の本が売れるか売れないかは、どう考えてみてもそれほど重要なこととは思われなかった。
 だが、ここまで考えてくると、今日子は自分が袋小路に入ってしまったような気がしてくるのだった。「だったら、私はいったい何をしているのだろう?」
(さらに続く)
(H.H.)
posted by 冬の夢 at 22:42 | Comment(0) | 創作(詩・小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年07月24日

小説:二人だけの話 #1

 「この曲、何? なんていうの?」
 今日子はブランケットから顔だけを出して(その下はまだ真っ裸だった)、しかしすでに十分目覚めていることを示すはっきりとした口調で波瑠に尋ねた。尋ねられた方は、とっくの昔に着替えを済ませ、一畳ほどの広さしかない名ばかりの台所でコーヒーを淹れながら
 「モーツァルトのピアノ協奏曲23番、イ長調、ケッフェル488」と、こともなげに即答した。
 (そこまで訊いていないから。やっぱり絶対にオタクだ)と内心で思いながらも、「なんでせっかく一緒に過ごした翌朝に、こんな悲しい音楽をかけるかな?」と、純粋に心の底から不思議に感じていたことを、重ねて尋ねてみた。本当は「なんでせっかくエッチをした翌朝」と言いたかったところだが、それではあまりに露骨すぎると思い、言いよどんでしまったのだ。
 確かに、流れている音楽は波瑠の「イ長調」という朗らかな答とは裏腹に、すでに中間の第二楽章に入っていて、嬰ヘ短調の沈み込むような悲しみ、淋しさに満ち満ちていた。
 「悲しい? そう? 『美しい』音楽だと思っていたんだけど…そうか、ここだけ聴けば確かにそうだね。ひょっとしたら、昨日の無駄に流された三億の精子の別れを悲しんでいるのかも。でも、もう少し待っていて」
 (あー、なんでこんな変人を好きになっちゃったんだろ?)
 この、何を待てと言っているのか判然としない返事をどう扱えばいいのか。今コーヒーを淹れているところだから、その単純だけど面倒な質問の答を少し待てと言っているのだろうか。別にそれくらい待つのはかまわないのだが、突如まったく別の疑問が湧いてきてしまった。
 「どうして『三億』って数字までわかるの? それに、無駄って何よ、無駄って?」
 今日子がそう言い終わるのを待っていたかのように、突然、曲調がすっかり変わった。
 「ねっ、少しも『悲しい』音楽じゃなくて、どちらかというと『ほら、コーヒー、はいったぞ! 起きろ!』って音楽でしょ?」
 こう言いながら、波瑠はさも愉快そうに勢いよくブランケットを剥ぎにかかった。
 すぐさま「バカ! エッチ! ヘンタイ!」と嬌声を上げてベッドから飛び出し、ブランケットを相手から奪い返すと、我知らず風呂上がりのバスタオルのようにして身体に巻き付けた。そうしながらも、もうすでにお互いの恥ずかしい部分を存分に確認し合った間柄なのに、なぜ今さらこんなことがこんなにも恥ずかしいのか、今日子は自分でも不思議に思い、そして事実、自分の顔が熱くなるのを感じていた。
 「そうすると、なんか、映画のヒロインみたいだね。すごくきれいだ」
 (すごくきれい? こういう言葉を平気で面と向かって口にできるところが、波瑠がこれまでに付き合った男たち――といっても、親しく交際した男性なんて他に二人しか知らないのだが――と違うところだ。)
 そう思いながらも、口に出た言葉は「バカ!」の一言だった。そう言ってすぐに後悔したが、波瑠の方は全く気にしていないようで、むしろ嬉しそうに笑っている。だからこそ、思わず口を突いた「バカ」という響きが余計にうとましく感じられてしまった。

 二人が出会ってから一年と三ヶ月以上の時間が、同じベッドに眠るようになってからは三ヶ月近くが経とうとしていた。波瑠には申し訳ないと思ってはいるが、今日子にはどうしても最初の出会いの第一印象が思い出せない。つまり、第一印象はなかった、ということになる。
 ただし、初めて波瑠がお店に来たときのことはよく覚えている。常連ではないが顔だけは見覚えのあるお客と一緒だった。後で聞いたところでは、大学のゼミの先輩で、教授に紹介してもらい、就職のことで相談にのってもらった帰りに、お酒付きの夕食をご馳走になり、そのまま今日子の働いているお店にまでたどり着いたらしい。世間の常識ではそれは「相談」ではなく「面接の始まり」だったはずだし、そうであるなら、ゼミの教授としては波瑠のことをそれなりに高く評価して、目にもかけていたのだろうけれど、波瑠にはそうした常識は全く通用しない。常識がない点においては人後に落ちないつもりだった今日子から見ても、波瑠の浮世離れには度外れたところがあり、親しくなって以来もう何度となく驚かされている。おかげで、今日子は自分が意外にも常識人なのではないかと考え込んでしまうほどだ。
 なぜ第一印象がないのだろうかと考えてみると、思い当たるのは、その先輩という人がやたらに声が大きく、そのうち周りのお客が腹を立てるのではないかと、今日子が内心ずっと気に病んでいたためかもしれない。ともかく、そのやたらと目立った先輩のおかげで、その晩の波瑠の印象は何も残っていない。だから、その次に波瑠が一人でお店に来たときも、声のやたらと大きかったあの迷惑な客の連れだと最初は気づかなかった。
 一人で再訪したその夜の波瑠は、お店の自慢にもなっている地ビールで作った自家製のシャンディガフを、「これは何か?」と今日子に訊いてから注文した。それでも今日子にはまだ何もわからなかった。波瑠の方はといえば、もちろん地ビールもシャンディガフもどうでもよく、最初にこの店を訪れたときに、ゼミの先輩のありがたい助言や忠告を上の空で聞き流しながら、さりげなく目で追いかけた女性のことしか頭になかった。お店を再訪したところで、そんなことで知り合いになれる、まして親しくなれるなどと虫のいいことを夢見ていたわけでは決してなかったが、せめて口をきいてみたいと強く願っていた。だから、たとえバーの店員と客の間で交わされた、全く平凡な業務用の会話であったにしても、今日子からの返答は、それがどんなに紋切り型の言葉の羅列であったにしても、波瑠には途方もなく貴重なものと感じられたにちがいない。
 ところが、波瑠の弱気な予想を裏切って、今日子の説明は紋切り型からはほど遠い、非常にパーソナルな、話している本人の実感が反映された、つまり、恋愛の初期症状を呈していた波瑠の耳には十分に親密に響く、そのような返答だった。今日子にしてみれば、この店で働き始めた当初はカクテルの名前も知らず戸惑っていたのが、いつの間にかお酒の甘い辛いくらいの知識が身についたことに多少の喜びを感じていたため、地ビールとジンジャーエールに関する自分のささやかな蘊蓄を披露してみたい欲求に従っただけだったともいえる。が、事実として、シャンディガフについて彼女はかなり詳しい説明をした。その間、波瑠は「優しくてはっきりした声だな」と夢心地を感じている一方、「一杯900円もするのか。結構高いな」とも考えていた。
 実際のところ、学費を大学の奨学金で、日々の生活費を主にアルバイトでやりくりしていた波瑠にとって、夜のバーに出向くことは法外な出費を意味した。少なくともまともな理性ならそう思うのが当然だった。シャンディガフを二杯も飲めば、それだけで優に三日分の、倹約すれば四日分の夕食代になるのだから。ところが、そのときの波瑠の「計算」では、三日分の夕食代を削り、ビールを一杯だけ飲むことにすれば、月に二回は今日子の勤めるバーに通えるということになった。そして、事実、一週間分も夕食を食べずにいったいどうしていたのかは不明だが、それ以後は少なくとも二週間に一度の頻度で今日子の働く店に顔を出すようになった。
 後になって二人ともがそれぞれに気づくのだが、その間には小さな幸運とも呼ぶべきことがいくつも重なり合っていた。例えば、今日子の働いていた店が銀座にあるような高級なお店だったら、もうそれだけでさすがの波瑠もお手上げで、お店に通い詰めることは断念しなければならなかっただろう。あるいは、今日子の勤務時間が平日の、月曜日から金曜日の八時から十二時までと定まっていなかったら、せっかく生活費を切り詰めてまでした波瑠の努力も空振りに終わることが幾度となくあったはずだ。ところが、波瑠は何の根拠もないままに、土曜の夜はお店が混むだろうから、もしも万一にも今日子に向かって話しかけられるような機会があるとしたら平日の夜だけだろうと単純に思い込み、今日子の勤務日も、さらにはお店の定休日も確かめずに行動を起こしていたのだった。
 さらには、もしかしたら、波瑠が貧乏学生だったことさえも幸運の一つだったかもしれない。というのは、最初に波瑠の意図を、つまり、波瑠が今日子を目当てにして通ってきていることを今日子に教えてくれたのはマスターだった。どうやらそれなりに苦労人らしいマスターは、いかにも学生風の身なりをした波瑠がいつもシャンディガフを一杯しか頼まず、しかもそれがきっと室温になってしまうほどゆっくりと飲んでいることに、とうの昔から気がついていて、しかもそのことを半ば直感的に好ましいことだとも感じていた。もちろん飲み屋の店主にしてみれば、それはかなり奇妙なことでもあった。というのは、言うまでもないが、バーとしてはたった一杯のビールで一時間どころか二時間近くもねばる客よりも、半時間で何倍もの酒を注文する客の方が好ましいに決まっているのだから。しかし、波瑠の、ある意味で非常に律儀な飲み方――曜日こそ決まってはいなかったが、おおよそ九時半に来て、日付の変わる前に静かに店を出て行く――は、たとえ店の収益には貢献しなくても、マスターには決して不快なものではなかったのだ。ひとことで言うと、どういうわけか、波瑠の姿はなぜかその店に不思議によく馴染んでおり、マスターにはそれがことのほか好ましく感じられのかもしれない。
 そして、そのマスターがある夜、客が一人もいなくて所在ないときに、おそらく本人には何の他意もなく、ぽつりと波瑠のことを口にした。
 「あの子、今夜は来ないのかな?」
 「あの子って、誰ですか?」と、すでに十二分に磨き込まれているカウンターを磨きながら、今日子も何気なく聞き返した。その時点では見当もつかなかった。
 「ほら、いつもシャンディガフを一杯だけ飲んで帰る、たぶん学生の子」
 「ああ、あの人ですか。この半年くらいですかね、よく来てくれますよね、確かに一杯しか注文してくれませんけどね」
 「へえ、それじゃあ今日子ちゃんも気がついていたんだ」と、今度は少し意味ありげな口調でマスターが続けた。
 「わたしだって常連さんの存在くらい、ちゃんと意識してますよ」
 「あっ、そういうことじゃなくて……じゃあ、やっぱり気がついてないね」と、いかにも楽しげな、軽い調子でマスターが続けた。
 「あのシャンディガフの子、どうしていつも一人で来て、シャンディガフを一杯だけ飲んで、それだけで帰るのか? どう思う?」
 「どう思うって、マスターのシャンディが美味しくて、他所では飲めないからじゃないですか?」
 「今日子ちゃんのそういうところ、本当にいいよね」と、心からの本音のつもりでマスターは言ったのだが、今日子の方は、
 「もうわたしのことはからかわなくていいですから。どうしてマスターのシャンディのファンでもないのに、ほとんど毎週やってきて、いつもシャンディばかり飲んで帰るのか、謎々の答を教えて下さい」
 「そりゃ、今日子ちゃんのファンだからだよ。かわいそうに、シャンディはおまけ。このオレ様の大事な店こそいい面の皮ってことさ」
 この返事に今日子は思わず吹き出しそうになった。マスターの口調も愉快ではあったが、それ以上に、マスターの口にした中身が彼女には全くの予想外のことだったから。
 「やっぱり。全然気がついていないと思っていたんだ」と、今度はいかにも満足のいった様子でマスターは説明を加えた。
 「だって、あの子は今日子ちゃんを前にするとガチンガチンに緊張しているのに、今日子ちゃんの方は全くのマイペースだもの」
 「だって、それはまだこういう場所にあの人が不慣れだからだけじゃないですか?」と、本心から反論を試みた今日子の言葉をマスターは、いかにももっともな理由で言下に否定した。
 「それはないよ。いくらお酒を出すといっても、この店は喫茶店に毛の生えたような、いたって健全、安全な店だもの。学生だからといって、注文するくらいで誰も緊張なんてしないよ」
 その客がいつもどことなく緊張していることは、実は今日子も気がついていた。しかし、それは一人でお酒を飲むことに慣れていないのか、あるいはお店の雰囲気に馴染めていないからだと考えていた。たとえマスターが「健全、安全なお店」とユーモアを込めて称したとしても、分厚い一枚板のカウンターと、その背後に麗々しく並ぶ洋酒の瓶の群れ、そして何よりも、決して気取ってはいないくせに、いかにも「バーのマスターです」といった空気を作り出している当のご本人の存在感は、少なくとも今日子の目にはかなり重厚な、重厚が言い過ぎなら、大人の世界とも言うべき雰囲気を作り出していた。
 「わたしのファン? それはないですよ」
 「どうして?」
 どうして、と問われても返す言葉はなかった。
 「今夜くらい、来そうな気がする」
 マスターはなぜか嬉しそうに笑っていた。
 返事に困った今日子は黙ってカウンターを磨き続けた。
 はたしてその晩、マスターの予想通り、波瑠がやってきた。先に気がついたのはマスターの方だった。そうでなかったら、波瑠の姿を見たときに、今日子は小さく驚きの声を上げなければならなかったかもしれない。彼女はいつになく、というか、端的に言えば波瑠を前にして初めて緊張を感じつつ、いつもの「シャンディガフ」と小さな声のオーダーを待っていた。ところが、その日に限ってその客は予想外の言葉を口にした。
 「あの、他に何かお薦めの飲み物はありますか?」
 おそらく波瑠はそんなことは予想も期待もしていなかっただろうけれど、「他に」という何気ない言葉は今日子には、後になって思い出せば思い出すほど不思議な、魔法のような作用を及ぼした。
 (この人は前にわたしがシャンディガフを薦めたことを覚えているんだ)
 そう思った途端、今日子は自分の顔が我知らず上気するのを感じた。店内が適度に暗いおかげで自分の顔色までは相手に見えないはずだと瞬時に思わなかったら、両頬はおそらくいっそう赤く染まっていたことだろう。内心の動揺を気づかれないようにと気をつけながら、なるべく平静を装って答えた。
 「もしもビールがお好きなら、ベルギーの地ビールがあります」
 そう言われた方はただ単に「ベルギーの地ビール?」と繰り返した。それはまるで興味関心が少しもないか、あるいは全く予期していなかった言葉を耳にしたときの反射のように聞こえたので、今日子は何かまちがったことを言ってしまったかのような気さえした。
 「すみません、ビールが好きとばかり思っていたものですから」
 ようやく我に返った波瑠は、しかしほとんど反射的に「じゃあ、それを下さい」と応え、それから慌てて「シャンディガフ、美味しかったです」と言いたした。
 やがて秋が過ぎ、冬が去って、春が訪れ、学年が変わる頃になると、いつの間にか波瑠の指定席はテーブル席からカウンター席に移っていた。五月には今日子は波瑠が大学四年生になったばかりで、フランス文学を専攻していることを知っていたし、波瑠は今日子がすでに大学を卒業して、今は昼間は絵の専門学校に通っていることを知っていた。
 フランス文学を専攻していると聞いたからなのか、波瑠の容貌はよく見れば日本人にしては彫りの深い、二枚目俳優じみた、つまりは、ハンサムといってもあながち間違いではないものだった。そんなことに気づくのになぜ半年もの時間が必要だったのかといえば、一つにはそもそも今日子がやや近視であることに加え、働いている最中にお客の容姿を観察するような興味や関心がきわめて薄かったことにあった。それを言うなら、彼女にとっては人の容貌よりも姿勢の方がずっと面白く感じられた。そして、ついでながら、波瑠の姿勢は猫背なんて生やさしいものではなく、ほとんど背骨の存在を感じさせないような、猫というよりもむしろクラゲ、いつ見てもまるで泥酔しているのではないかと案じられるほどに不健全な姿勢だった。波瑠が意外にもハンサムであることに今日子が気づかなかったもう一つの理由は、その無様な姿勢に加え、波瑠がまるで冴えない眼鏡をかけていて、主にその眼鏡のおかげで、全体の印象が典型的なオタクを強く思い起こさせたからだ。ひとことで言うなら、波瑠が今日子に与えた印象は、長らくの間、「おとなしくて礼儀正しいオタク」という類型に属するものだった。 

 「それで、波瑠は就職はどうするの?」
 夏はとうの昔に終わり、すでに秋の長雨の時季になったのか、朝から雨が断続的に降り続いていた。(続く)

(H.H.)
posted by 冬の夢 at 22:40 | Comment(0) | 創作(詩・小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年07月22日

『安城家の舞踏會』 〜 映画の古典にノックアウトされた話

 映画評論家の双葉十三郎は、外国映画が専門だと思っていた。ところが日本映画も大量に見ていて、その博識ぶりは『日本映画 ぼくの300本』(文春新書)を読むと一目瞭然だ。その巻末に十三郎先生の「ゴヒイキの映画」が掲げられていて、作品ベスト10として下記の十本がセレクトされている。

『忠次旅日記』(1927年 伊藤大輔)
『抱寝の長脇差』(1932年 山中貞雄)
『浪華悲歌』(1936年 溝口健二)
『安城家の舞踏會』(1947年 吉村公三郎)
『麦秋』(1951年 小津安二郎)
『七人の侍』(1954年 黒澤明)
『二十四の瞳』(1954年 木下恵介)
『浮雲』(1955年 成瀬巳喜男)
『飢餓海峡』(1965年 内田吐夢)
『幸福の黄色いハンカチ』(1977年 山田洋次)

 現代では映画評論家と言えば得意分野を絞り込むことによって自分の商品価値を高めようとする人たちが多い。その分確実に映画の見方が偏狭に陥るのだが、双葉十三郎氏のゆったりとした幅広な構えはいかにも大御所の雰囲気を湛えている。しかしながら映画鑑賞歴がサイレント時代から昭和期にかけての長きに及ぶので、十三郎氏の見識について行くのは難儀なこと。私は上から四本を見たことがないし、『抱寝の長脇差』に至っては本書を読んで初めてその存在を知った次第である。

 そんな折、業界別ガイドラインに沿って映画上映を再開した国立映画アーカイブで「松竹映画の100年」なる企画が始まった。松竹は、白井松次郎と大谷竹次郎が京都で始めた興行主稼業を起源とする。歌舞伎役者中村鴈治郎と組んで関西を制覇し、東京に乗り込んで木挽町の歌舞伎座を手に入れた(※1)。その松竹が映画製作を開始したのが1920年。今年はその百周年に当たるのだった。
 これ幸いとばかりにそこでかかっていた『安城家の舞踏會』を見に行ったわけだが、なにしろ戦後間もない昭和二十二年の作品だし、モノクロは当然だとして画質も音響も悪いんだろうなと思いつつ、十三郎先生ベスト10作品の鑑賞歴を増やす義務感で出かけた。ところがなんと。この『安城家の舞踏會』、紛うことなき大傑作。非の打ちどころのない作品であった。

 その完璧さをひとことで言うならば「教科書とすべき映画の古典」。映画たるものこうあるべき。そんな要素がぎっしり詰め込まれた作品なのだ。
 まず脚本。序破急のセオリー通りの三幕構成。そこで安城家とその周辺の登場人物たちが描かれる。映画は主人公敦子が舞踏会に反対するところから始まる。安城家は栄華を極めた名家だが、華族制度の廃止によって今は没落寸前。家柄を目当てにつきまとっていた新川という男に抵当権を握られ、屋敷は間もなく手放さなければならない。そんな折、姉の昭子は舞踏会を開こうとする。兄の正彦は流れに身を任すだけで女中の菊との密事に耽るばかり。仲介役となっていた叔父が新川との交渉が不調に終わったことを告げに来ると、当主である父の忠彦はその報告を信じない。敦子は運送業でひとヤマ当てた元運転手の遠山にこの屋敷を買ってもらおうと舞踏会の開催を決意する。
 この導入部で安城家の人びと、その事情、そしてこれから登場するだろう人物を手際良く紹介してしまう。まさに脚本のお手本。教科書に出てきそうな真っ当さで、このまま戯曲として本にしてしまえそうだ。没落貴族、舞踏会といった設定などチェーホフの「桜の園」を参考にしたらしいが、登場人物ひとりひとりの捌き方が上出来で、よほど「桜の園」よりわかりやすい。脚本を書いたのは新藤兼人。私たちの世代にとって新藤兼人と言えばATG(アート・シアター・ギルド)による低予算映画の貧乏監督のイメージしかないので、脚本家としての巧さには心底驚かされてしまう。

 いよいよ開かれる安城家の最後の舞踏会。ここからが第二幕。屋敷の大広間に洋装・和装で着飾った大勢の上流階級が犇くように集まる。当主の忠彦、長男正彦、長女昭子、次女敦子が迎える中、新川が娘の曜子を連れて姿を現す。父親は借金を帳消しにしてもらおうと新川を自室に呼ぶ。一方で鞄一杯に現金を詰め込んで来た遠山は、運転手時代から思いを寄せていた長女昭子に自分の気持ちを打ち明ける。長男正彦は婚約者曜子に酒を飲ませて庭の温室に連れ込むが、肝心のところで菊に邪魔をされる。屋敷では女性がひとりで玄関に現れる。父親が妾にしていた芸者千代を敦子が招待していたのだ。そして舞踏会は佳境を迎える。
 ここで脚本に続く要素、俳優について触れておこう。主要な登場人物は、安城家四人に伯母と叔父、新川親子、遠山、安城家の女中菊と執事吉田で合わせて十一人。俳優たちが各キャラクターになり切って演じるので、見ていて混乱するところが何ひとつない。同時に誰もが一面的なステレオタイプとしてではなく、微妙なニュアンスを含みながら理性と感情の狭間で揺れ動く人物に見える。これは俳優の演技力によるもので、巧拙はあるものの十一人のアンサンブルが脚本上の人物設定を個々のキャラクターとして具現化している。主人公敦子と父忠彦を演じるのは、原節子と滝沢修。原節子はその美貌やスタイルは別物としても、家族思いで芯のある女性を表現してなんの屈託も感じさせない。普通ならばあまりに良い子過ぎて嫌味が出る役どころだが、原節子の醸し出す品格が敦子を新しい時代の象徴として映し出す。かたや滝沢修。敦子が「お父様」と呼ぶのに対して常に「ん?」と反応する。何の構えもない泰然とした鷹揚さ。それが「ん?」に出ている。執事の吉田に「お殿様」と呼ばれながら育った人物なのだ。だから「ん?」の次は「ああ」と来て、自らは多く語ることがない。そこに当主としての誇り高さが見え隠れする。このふたりに代表されるように、俳優たちは映画に相応しい演技をあえてしている。原節子は映画でデビューした女優だが、滝沢修は舞台出身。舞台であればもっと抑揚をつけた演技をするのだろう。映画だからこそのほんのちょっとしたしぐさや細かな言い回しがリアリティに繋がることを知悉している。長男役の森雅之が見せる厭世的な態度や新川役の清水将夫の酷薄さも同様で、台本を俳優が生身で味付けしていく料理の基本がきちんと出来ている。だから映画として旨いのだ。
 くどくなるのを承知でつけ加えると、千代を演る村田知英子。戦前から日活で活躍した女優とのことだが、着物の後ろ姿だけで玄人っぽさを出している。もちろん黒を基調にした着物の柄や結えた髪型も効果を上げているのだろう。そのうえでこの女優は台詞ひとつ言わず、観客に「お、妾が来たな」と思わせるのだ。たぶん脚本にはト書きで「入口から着物を来た女が入ってくる。忠彦の妾の千代である」などと書かれてあるはず。それを映像化する際には、こういう女優がいなければ成り立たない。

 そして映画は第三幕へ。舞踏会は終わり、すなわち華族としての安城家も終わる。父親は、気遣う敦子を残して「少し疲れた」と言って自室に戻る。そこには舞踏会の最中、誇りを傷つけられて新川に向けたピストルがあった。自殺を図ろうとする父親。それを止める敦子。がらんとした大広間で、父と娘はダンスを踊る。華族としての最後のダンスを…。
 監督は吉村公三郎。代表作となった『安城家の舞踏會』にその渾身の演出術が凝縮されている。バストショットを基本にして俳優の演技をしっかりと画面に収める一方で、物語が急転する場面では斜めの構図を多用してサスペンスを盛り上げる。例えばピストルが大広間の床を滑るショット。ズザァーっという効果音とともに画面の対角線上を斜めにピストルが横切る、その構図。これこそ映像表現の極みで、映画の教科書に載せたくなる。また、長女昭子が遠山を追って砂浜を駆け出す場面。勢い余って砂に足を取られ、ハイヒールが脱げネックレスが飛び散る。それでも裸足で立ち上がる昭子。残されたハイヒールと白い真珠のネックレス。そこから砂浜の足跡が続く。華族としての装いを脱ぎ捨てて、平民の遠山を追いかける昭子の決意が、シンプルに表現されている。そのわかりやすさは、映画を見ながら思わず笑えてしまうほど。しかしその簡単明瞭さが吉村公三郎の狙いでもある。父と娘のダンスで幕を閉じるなんてのもクサイと思えばクサイのだろうが、あまりに素直な演出なのでほんの少しも臭わないのだ。まさに純粋。混じりけのない真っ当さだからこそ粋に見える。これが戦後すぐに作られた映画の強みなのだろう。

 考えてみれば昭和二十二年は日本映画が製作されるようになってからわずか五十年しか経たない時期。すなわち教科書になるような映画技法がまだ多くは確立されていない頃のことだ。吉村公三郎の演出には、戦後一気に輸入され始めた外国映画の影響もあったことだろう。それでもあらゆる芸術が模倣から始まることを思えば、この『安城家の舞踏會』は日本映画の古典として燦然たる功績を遺している。古典とは「古い時代に属する」という意味のほかに「歴史的価値を持つとともに後世の人に資すると考えられるもの」と定義されている(小学館デジタル大辞典)。この『安城家の舞踏會』を見て研究すれば、誰もが映画づくりの基本を学ぶことが出来る。だからこそのわかりやすさであり、純粋に端正な映画なのである。
 また、同時に『安城家の舞踏會』には観客を信頼する姿勢がある。普通に見ていれば、原節子の視線が何を訴えているか、舞踏会の客人たちが何を思っているか、映像だけですぐに理解出来る。あるいは台詞ですべて説明されなくても、新川が以前とどう変わったのか、執事吉田の忠誠心がいかほどなのかなどへ思いが及ぶ。映画とは観客の想像力を発火させるきっかけなのだ。スクリーンに映された映像から観客は何倍ものイメージを想起する。その映画と観客の関係性を信じていたのが、映画が古典だった時代なのだ。今では映画は溢れ過ぎた情報を観客へ一方的に吐き出すだけだ。詰め込むだけ詰め込んで、観客を上から見下ろす映画が跋扈している。双葉十三郎先生の星取りで☆☆☆☆を獲得した『安城家の舞踏會』は「後世に資する」古典ではある一方で、確実に「古い時代」の映画にもなってしまった。

安城家.jpg

 ところで、華族とは何だったのか。本作を見て、あらためて華族についてほとんど無知であることに気づいた。そこで少し調べてみると、なるほど『安城家の舞踏會』は公開当時においては非常に時事的なトピックを扱った映画なのだった。
 本作の公開は昭和二十二年九月(なにしろ映画のタイトルロールに公開年月が明記されている)。日本国憲法の施行と同時に華族制度が廃止されたのが同年五月のことだから安城家の没落物語は、観客にとってまさにホットな話題だった。憲法の草案段階では「当代に限って存続させる」予定だった華族制度は「法の下の平等」の原則に則り廃止され、日本国憲法第十四条において「華族その他の貴族の制度は、これを認めない」とされた。憲法施行前年の十一月、財産税法が成立。財産の世襲が認められず、所有財産によって最大九割の税率がかけられることになっていた。土地や建物などの不動産、家財道具や美術工芸品などを多く所有していた華族ほど、多額の税金を納めなければならない。華族たちは泣く泣く資産を手放すことになった。安城家の屋敷もそんな背景があって新川に抵当権を握られていたのだろう。さらに爵位自体が消滅することが決まり、最後の舞踏会は、昭和二十二年の早春あたりに開かれたことになる。

 そもそも華族なるものが出来たのは明治二年。明治政府が版籍奉還とともに公卿・諸侯の身分と所有権を保証するために定められた。将来的な議会の設置にあたり二院制をとるならば「貴族院」が必要となる。そのためにも特権階級を残しておく意図があったらしい。明治十七年に華族令が制定され、華族として正式に認定されたのは、公家・武家に加えて明治維新に貢献した「勲功」の者たち。「公・候・伯・子・男」の五段階の爵位が設けられ、五百余の家の当主に叙爵された。最上位の公爵には、五摂家と徳川宗家。次の侯爵は清華家と徳川御三家に加え、十五万石以上の大名に与えられた。男爵は最も下位の位置付けだが、華族という上流階級に入るか入らないかが重要で、士族をあてがわれたくない武家の多くがなんとか男爵の地位を得ようと必死に請願運動をしたそうだ。
 『安城家の舞踏會』の主人公安城忠彦は「お殿様」と呼ばれ、台詞には四十二万石という禄高も出てくる。映画の中では爵位が示されることはないが、いわゆる大名華族で、たぶん侯爵の地位にあったのだろう。だから舞踏会の玄関には大名の出自を誇るかのように鎧兜が飾られている。前室で当主の姉が栄華を極めたかつての舞踏会の様子を「あの伊藤博文さんもいらっしゃって、それはもう盛況でございました」と酔ったようにひとり語りする場面がある。初代内閣総理大臣のことを「ハクブンさん」と読み、政治家さえもやって来たのだと自慢しているのだと思ったが、伊藤博文は貧農の出ながら「勲功」によって伯爵となり、最終的には公爵に上り詰めている。侯爵家から他の華族の家に嫁いだ安城家の姉は、「伊藤公爵さえ招待出来たのだ」と自賛していたのだった。
 ちなみに安城家の屋敷は海岸のすぐ側にある設定だから、場所的には鎌倉あたりを想定しているようだ。由比ヶ浜に近い長谷には前田侯爵が建てた洋館がある。三島由紀夫の『春の雪』で松枝清顕と綾倉聡子の密会場所として描かれた屋敷が、もしかしたら本作の舞台なのかも知れない(※2)。

 このような華族制度が日本国憲法によって廃止されてすぐに製作されたそのタイミングを思うと、観客たちは華族と平民という階級差により敏感に反応していたのではなかったろうか。そして感度のアンテナは、華族たちの没落に溜飲を下げる方向ではなく、誰もが平等になったという喜びへと向けられたはずだ。酔っ払った遠山は玄関の鎧兜をなぎ倒してしまうが、それは遠山と昭子を隔てていた家柄が意味をなさなくなる象徴であった。新川が父忠彦に尊大な態度を取るのも華族の価値がなくなったからだし、その忠彦が芸者千代との婚約を発表するのも婚姻相手の制約が解かれたためである。『安城家の舞踏會』が凋落する華族を題材にしながらも皮肉っぽさがなく、前向きな明るささえ感じさせるのは、誰もが平等でありたいと願う希望が叶えられたからだろう。古典には明朗さが必須でもある。だからノックアウトされて嬉しい気分になるのだった。(き)



(※1)松竹の興行史は「松竹と東宝 興行をビジネスにした男たち」(中村右介著・光文社新書)に詳述されている。

(※2)もとは前田家の鎌倉別邸として建てられたもので、現在は鎌倉文学館として利用されている。本邸は、東京都目黒区の駒場公園内に残っている。

(※)華族制度については「華族」(小田部雄次著・中公新書)、「華族誕生」(浅見雅男著・講談社学術文庫)を参考にした。




posted by 冬の夢 at 12:32 | Comment(1) | 映画 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする