2020年06月18日

Bruce Cockburn − Lovers In A Dangerous Time 元気が出る曲のことを書こう[49]

 無力感。
 歳をとれば、すこしは減るかと思ったら、さにあらず。
 克服できるどころか、歳をくうほど強くなる。
 有力者、というのがあるけれど、同世代で社長や市長や組長をやっている人は、「有力感」を感じるのだろうか。そんなことを、たまに思う。

       

 二〇一五年十一月、パリ10区と11区、そして近郊で同時テロが起き、多数の命が奪われ、さらに多くの人が負傷した。
 ひとりでパリに行ったとき、よく往き来した10区と11区、その隣の20区。昔は友だちの家もあった地域。二〇一五年には、知人は誰も住んでいなかったけれど、日本で事件を知ったとき、隣町で起きたことのように感じた。居心地がよい場所のように思っていたのだった。

 パリ各区は、ルーブル美術館がある1区を中心に右回転の渦巻き順に並んでいる。よく聞く説明だ。
 10区と11区は二周めの始まりで1区の北東。二周し巡ってきた18区をはさんでペリフェリークという市域端の環状道路を越えた北側は、実行犯たちの拠点があったサン=ドニだ。そこのサッカー場などでも、爆弾テロが発生している。
 10区や11区は移民が比較的多く、パリの中心部や西南側のスノッブさはない。ひとりで歩いているとよくベトナム系住人に間違えられた自分に合っていると感じた。
 が、それは短期滞在者の浅はかさ。中国系が多い20区のベルヴィルは11区の東に隣接するが、11区、10区などでは、アジア系は微妙なポジションに立たされる場合もあることを知らず、そういう視線を浴びもした。街区がさまざまな居住者の属性で、ジグソーパズルのように塗り分けられていることを、よく知らなかったからだ。

 ひょっとするとテロ事件の実行犯たちも、そうした実感があまりないまま襲撃地を決めたのではないかと感じながら、日本の居室でパリを思い出しつつ、ただ無力感にとらわれていた。

       

 なにか発言や行動をしたいが無力な自分にいらだった、というわけではなかった。
 広くアピールしたかったのではない。
 ただ、無言の共感を誰かに、何かに、寄せたいと思う、追い立てられるような気持ちがあった。あったけれど、その対象がどうしても見い出せなかった。
 フランスはあのとき戦争をしていたんだ。事件が起きた Boulevard Voltaire(ヴォルテールといえば、自由、理性、啓蒙……)の周辺地域には、いろんな人がいた。おれに向いていると思ったけど、微妙に居場所がない街区でもあった──そんな整理のつかない思いが心の中をめぐった。

 自分の facebook にすぐフランス国旗の三色を貼ってアピールするのは、いかがなものか、というのが、そのときの日本人にとっての「正解」だったらしく、メディアやウエブで公表され、それが「正しい」ことになっていった。
 反論はなかったし、三色塗りに便乗する気も最初からなかった。だいいち、当時もいまも facebook はしていない。
 が、その正解には、なぜか無力感を感じさせられた。
 そういう正解をとうとうと語ってみせた教養のある人たちは、あれで納得していたのだろうか。ものの道理が分かっているという、自己満足にすぎなかったんじゃないかという気が、いまだにする。

       

 あれから五年にしかならないのに、パリではさらにさまざまな問題が起き、いくつかの街区は荒れた。
 あげくに新型コロナウイルス。パリはさらに厳しい事態になった。
 けれども、もはや共感を寄せるどころか、わが身大事さに汲々としている。
 ことに最近は、ウイルスと感染症に関する「正解」が、五年前と同じように、聞けば聞くほど虚脱に近い無力感をもたらす。

 正解を語る「教養のある人たち」の顔ぶれは変わった。新聞やテレビで発言を何もかも追っているわけではないが、中心はもちろん理系の人たち──文系も平気でメディアに「正解」を語っているらしいが──だからだ。
 その理系たちのかなり多くが、科学(医学)のモノサシではまだ明瞭でない、つまり「わからない」ことを前提に「正解」を語っている。おかげさまで、科学的認識と妄言を見分けるのは、わたしのような理系音痴にもまったく容易になってはいるが、やはりあの無力感が、足の裏から背筋を這いのぼってくる。

       

 歌に逃避するつもりではないけれど。
 ブルース・コーバーンが、何か歌っていなかったかなと思いつき、探してみた。

 ブルース・コーバーンは、カナダのシンガーソングライター。一九六〇年代末の活動開始から十年ほどは、心情表現のような音楽をやっていたが、八〇年代から社会派的な立場を明確にし、実際に紛争地を訪れるなど、状況にかかわりながら音楽を作ってきた。いまも現役だ。

 もともとフォークソング、なかでもプロテストソングは、あまり好きではない。
 かつて、日本のフォークシンガーたちの演奏は、自分のティーンエイジに重ねるようによく聴いたが、すっかり遠ざかってしまった。そして、彼らがほとんど例外なく何らかの影響を受けたであろうボブ・ディランは、熱心には聴いていなかった。ディランの盤を買い集め、ライブに行くようになったのは、自分がかなり歳をとってからだ。

 なぜかこの人の盤は、かなり昔からときどき買っていて、いくつか持っている。
 理由は自分でもよくわからない。
 アコースティックギターの名手だと思うが、アメリカのバークリー音楽院でジャズを学んでいて、ジャカジャカとギターを鳴らして戦争がどうのこうのと叫ぶのではない、不思議な音の空間づくりをする人だ。
 はっとする歌詞と、弾く楽器の音の、美しいアンバランス。歌詞カードを見ずに演奏と同時に意味がわかる英語力は足りないから、曲を後々で反芻するうちに、ギター奏者が社会的な意味を持つ音楽を表現するやりかたとして、いいなと思ったのかもしれない。

       

 Lovers In A Dangerous Time を思い出した。
 一九八四年発表のヒット曲で、そのころコーバーンがコミットしていたグアテマラ難民の問題か、当時の同性愛者たちのことを歌った曲では、といわれている。
 コーバーン自身は、冷戦時代の陰鬱な空気感を、あるティーンエイジャーのカップルを見た印象との対比で曲にしてみたそうだが、解釈が広がったほうが嬉しい、ともいっている。
 曲がヒットしたときのプロモーションビデオを見ると(本文下の注※1に動画へのリンクがあります。以下の文中印も同様です)、八〇年代って日本も世界も、なんておかしな時代だったんだろうと、すこし悲しくなるが、さいわい本人も本来こう弾くつもりだったんでは、という近年の演奏も見られる※2、そちらのほうがずっといい。

 二〇一五年の秋に繰り返し聴いたこの曲を、二〇二〇年の梅雨どきに、また聴くようになった。
 知らなかったが、去年アメリカのギター雑誌の動画チャンネルで、コーバーン本人がアコースティック・ギターの弾きかたを紹介していて、その動画の最後で、この曲を歌いながら教えてくれている※3。地元カナダのメーカーの、新しいギターの音が最高にいい。
 それも合わせて動画を探していたら、新型コロナウイルスが跋扈する世界のあちこちに、最近この曲を歌ってアップロードしている人が、ちらほらいることがわかった。
 たいていは、おじさん! 大切そうなギターを持ってジミにやっている※4。若い人もいる※5が、それもまたジミ。それがなぜか、「コラボしましょう」「元気を出しましょう」と声高にやっている音楽よりはるかに、ずっとはるかに深く、胸にしみる。

      

 歌詞を訳すのはむずかしい。
 本人も望んでいるように、さまざまに解釈できるから、日本語に置き換えにくい。
 かえって、ブルース・コーバーンの音楽がますます好きになった。

 それはいいとして、たとえば「grace」にあてる日本語の重みの度合いで、歌そのものに影響が及んでしまう。
 また、聴く側への命令形か、歌い手の気持ちの叙述か、日本語だとどちらかに限定しないと安定感が出ないが、そのことで歌の感じが、かなり変わる。
 このブログの別の筆者に、あらかじめ添削してもらい、大誤訳だけはないようにしたつもりだけれど、まだすこし心もとない。

Lovers In A Dangerous Time

Don't the hours grow shorter as the days go by
You never get to stop and open your eyes
One day you're waiting for the sky to fall
The next you're dazzled by the beauty of it all
When you're lovers in a dangerous time
Lovers in a dangerous time


 一日また一日と日が過ぎても 時は短くはならない
 立ちどまることも 目を開けることもできない
 ある日 空が落ちてくるのを待つことになる
 つぎの日には そのあまりの美しさに目がくらむ
 きみたちは危機のときの恋人たちだから
 危機のときの恋人たちだから


These fragile bodies of touch and taste
This vibrant skin this hair like lace
Spirits open to the thrust of grace
Never a breath you can afford to waste
When you're lovers in a dangerous time
Lovers in a dangerous time


 もろい体 ふれること 感じること
 震える肌 細く透ける髪
 神の恵みを受け入れるしかない魂
 一度とてむだにできない呼吸
 危機のときの恋人たちであるからには
 危機のときの恋人たちであるからには


When you're lovers in a dangerous time
Sometimes you're made to feel as if your love's a crime
But nothing worth having comes without some kind of fight
Got to kick at the darkness 'til it bleeds daylight
When you're lovers in a dangerous time
Lovers in a dangerous time
And we're lovers in a dangerous time
Lovers in a dangerous time


 危機のときに恋人どうしでいると
 愛し合うことが罪であるかのように 感じさせられることもある
 けれど すこしでも戦わないと 価値あることを 手にはできない
 闇をけとばせ 陽の光がこぼれてくるまで
 危機のとき恋人どうしでいるのだから
 危機のときの恋人たちだから
 ぼくらは 危機のときの恋人たち
 危機のときの恋人たち

200618bC.JPG 
Slice O Life - Live Solo 2009
2008年、北米・カナダでのライブ
Lovers In A Dangerous Timeの
アコースティックギター版が収録されています

(ケ)


【注】本文の動画はこちら
→※1  →※2  →※3  →※4  →※5  →※5

■誤訳がありえますので、訳詞の複写使用はご遠慮ください。
■二〇一五年十一月二十二日にアップロードした文を二〇二〇年六月に書き直し、再アップしました。管理用

Originally Uploaded on Nov. 22, 2015.



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posted by 冬の夢 at 21:35 | Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする