2020年05月13日

散歩と親子丼と日本料理のつくりかた .

 運動するよう病院でいわれているが、スポーツは苦手。なんとか散歩だけは続けてきた。
 しかし、ひと月以上外出していないし、室内運動もあまりしない(二〇二〇年五月)。幽閉された気分ではなく、ストレスも感じないので、精神面の問題はなさそうだが。
 日数がたち、とうぶん出歩かないから、拡散者になる可能性はほぼないだろう。いちばん大事な点は問題ないと思う。ただ感染回避となると、閉じこもっていても、首都圏でウイルスとの接触を完全に断つのはむずかしい。

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 いくらでも本が読めそうだが、なぜか長時間の読書はできなくなった。
 テレビや新聞はなく、インターネットで真偽不明の情報を拾い読みもしないので、読書三昧でいいのに。

 外出しないままでいると、屋外の音がよく気になり、耳をすませる。
 心なしか鳥のさえずりが都会の宅地にふえ、気が休まることもある。
 なんにせよ、音に気をとられ読書が中断すると、ふたたび本の中へ戻ることは、なかなかできない。
 新しい本は翻訳小説しか読まないので、うちにある昔の本でも読むかと、本を詰めたきりの段ボール箱を調べてみた。すると、ますます読書欲がなくなってしまった。
 蔵書は持ち主の姿を写す鏡なのだ。だから、どの箱にも昔の自分がいた。いま、かつての自分に向かい合う気力はない。

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 なので、こんな本を見ている。
 興味のあるところだけ見られるから気楽だ。

『日本料理・春夏秋冬』。奥付は一九六三年発行、一九七三年までに十八刷をかさねていて、料理の名著といってよさそうだ。
 著者は柳原敏雄(一九一二〜一九九一)。現代にも通じる料理が広まったことで知られる江戸後期、文化文政時代の懐石料理を集成して、その宗家となった人だ。わかりやすく紹介するなら、いま東京・赤坂で日本料理専門の料理教室「柳原料理教室」を主宰し大学で教えてもいる柳原一成の父であり、テレビ出演やさまざまな料理本で「イケメン料理家」として人気という柳原尚之の祖父である。

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『日本料理・春夏秋冬』婦人画報社 1964

 この本のいいところは、写真中心でテキストが短いことだ。まず各食材を簡潔に解説、分量や作りかたは、ごく短い写真説明でたんたんと進む。わかりやすい。
 材料はいつが「旬」で、味のポイントはどこか──歯ごたえか、柔らかさか、などなど──を端的に指摘し、それらをベストに合致させる調理法があっさりと、かつ鋭く書かれている。

 そもそも「日本料理とはなんであるか」は、「まえがき」で簡潔に「総括的にみて」と語りきっている。そこもいい。
 ひとつは「材料そのものが、すでに料理の体をなしているということ」。「旬の材料を追いつ迎えつするところに日本料理の醍醐味がある」。
 つぎに日本の「水の良さ」。「諸外国の料理が油の料理であるとするならば、日本料理は水の料理であるといえる」。
 そして調味料。「日本料理なるものは、この国土に発生したこれらの細菌によって、生命が与えられたといっても過言ではなかろう」。
 結論は「料理を手がけるその人に、日本の風物を愛する感情がすなおにとけ込んでいるということが、一番重要なことであろう」と結ばれている。
 思うに、料理がよけいな情緒の衣裳をまとって修飾語だらけで語られるようになり、それがもてはやされるようになったのは、いつからなのか。とことんバカげている。この本一冊あれば、なにもいらない。

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 とはいえ、六〇年近く前の本だ。
 あえて「いまの目」で見ると、時代を感じる部分もある。
 四季の食材を「追いつ迎えつ」する形で内容は進むが、カラー写真は四季それぞれ見開き1点だけ。印刷解像度が低く、色調もやや時代がかっている。ほかはモノクロ写真で、色味はわからない。
 撮影時の照明の向きはほぼ統一、左手やや奥の上から照らして、手前をレフか補助光で補った感じだ。
 これはべつにトリッキーな技術ではなく、いまの撮影でもほぼ基本だが、「いまの目」に古びて見える大きな理由がある。スマホで撮ったことしかなく照明が分からなくても、誰にでもわかる特徴だ。

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 パンフォーカス。「ベタピン」というやつだ。ゴルフじゃないですよ。
 どういうことかというと、画面全体に焦点がビチビチにきている。
「いまの目」の料理写真とどう違うか。手近のレシピ本でも通販のチラシでもいいので見てください。料理の一部は、はっきり写っているけど、ほかの部分はボヤけているでしょ。きょくたんな場合、エビフリャーの揚げてある所はカリッとしているけど、シッポはボケて写っているとか。器やテーブルクロスは写さず、料理を思いきりアップにしたりしていたりもする。テーブルが写っていても、上に食器の影はない。画面がホンワカしている。
 そういう写真を見ると「雰囲気がよくて美味しそう」と感じますよね?
 対して『日本料理・春夏秋冬』の写真は、「ベタピン」で画面が息苦しく、昔のグラビア印刷の特性で濁ったような重たさもあり、パンフォーカスは照明を強くしないと撮れないから食器などの影が濃い。「いまの目」で見ると「怖い」とさえ思うかもしれない。
 
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『日本料理・春夏秋冬』の撮影者を、奥付や目次で探してみると、なるほど、佐伯義勝(一九二七〜二〇一二)だ。ワン・アンド・オンリーといっていい料理撮影の泰斗である。
 柳原は「あとがき」で佐伯を「君」づけで呼んでいるから、親しかったらしい。実際、熱海にいた柳原のもとへ佐伯が重い機材をいとわず運び込んでは、相談して撮る作業をひたすら続けたそうだ。
 というのも、記録を開始したのはなんと一九五四年、つまり出版まで十年かかっている。当時の版元の幹部が「十年は待ったが、これ以上は待てない」といい、追い込み作業になったようだが、待つのも出版の仕事という時代もあったわけだ。

 おいしい瞬間をカメラに食べさせる!

 というのが、佐伯の名言だそうだが、それにはやや誇張がある。
 お店で客に出すとおりに、できたてホヤホヤを撮れば「美味しそう」に写るとは限らない。多かれ少なかれ「シコミ」をしないと、料理は料理らしく写らないからだ。

 ただ「ベタピン」、すなわち料理全体を、ときには器や食卓も含め細部まで見えるように写すのは、後々まで佐伯のスタイルであり、主義でもあったと思われる。
 すでに亡くなっているが、佐伯スタジオ──膨大な食器やカトラリーの収蔵でも知られた──のHPがあり、すごい光量の照明装置が自慢で「絞りF64などで、全面シャープな写真などは、お任せ下さい。」と力強く書かれているからだ。
 晩年の佐伯が、「全面シャープ」というスペックからすれば「ピンボケ」といっていいような料理写真の昨今の流行を、どう感じていたかは興味深いところでもある。

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 写真の写りぐあいはこれくらいにして、『日本料理・春夏秋冬』の、さらに大きな特徴を見ることにしよう。それは、写真と文の編集方法だ。

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 本文は少なく、写真と短いキャプションのセット、いわゆる「組写真」が、ほぼ均等に並び、読者に調理の手順を追わせるスタイル。組立説明書のような、いまでもある編集ともいえるが、知っている人は見れば気づく。この本と同時代の「岩波写真文庫」直系の誌面づくりだ。
 佐伯義勝は、岩波写真文庫の編集統括的立場にあった名取洋之助が、写真ニュース誌を作っていた会社、サン・ニュースに所属していたことがある。佐伯にとって、名取洋之助的な編集スタイルにそって素材となる写真をカッチリ用意していくことは、よくなじんだ仕事だったのではないか。もちろん版元の編集方針もあるから、本文デザインがどういう判断で決まったか、さだかではないが。
 また佐伯は、岩波写真文庫やサン・ニュースの仕事もしていたスナップ撮影の巨匠、木村伊兵衛についたことがあるそうなので、「おいしい瞬間をカメラに食べさせる」というのはまんざら誇張ではなく、大判カメラでスナップショットのように「捕食」する撮りかたも、心得ていたのかもしれない。
 
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 話がマニアックになってしまった。
『日本料理・春夏秋冬』の本文デザインは、柳原の考えも大きいようだ。
 なぜなら柳原は「はじめて日本料理を手がける人にも、一目で理解できるように、親切なプロセスを作ろう、ということ」から、もともとこの本を「日本料理入門」という題にするつもりだったからだ。そのため「よい本を作ろうという情熱」を共有し続けた料理家と写真家は、一心同体で十年の作業を行った。

 こうなると、この本に載っている料理を一品くらいは作ってみなくちゃいけない。包丁の扱いはもちろん素人だから、この本のとおりにやっても、まともに仕上がるとは思えないが、「はじめて日本料理を手がける」(料理の経験さえ少ない)人にも作れそうな品も、ほかの職人技料理と等価に解説して載せてあるからだ。
 慣れない料理なんてするヒマがあったら、いま営業が厳しい飲食店を支援すればいいじゃないか、ということなのだが、もう何年も前から夜の呑み屋街であちこち暖簾(のれん)をくぐってみることがない。まして外出しないし……親しくつき合ったお店が通販をやり始めたら、買うなどはしているが。

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 この本を手にしたのは、ごく最近だ。
 季節料理の店の、店長さんが送ってくれた。
 東京・築地から銀座へ、そして下町に小体な店を開き、長くつとめた料理人だ。
 事情で店を閉じるにあたり、この本をくれた。その昔、和食の道を志すにあたって買った本だという。本だけでなく、年季のはいった卵焼鍋や、丼もの用の片手鍋、盛箸まで受け取っている。

 夫婦で営業していた店で、板場は店長ひとり。
 あるときなぜか、客のわたしにカウンターの向こうから調理を教えてくれるようになった。わたしが、たまに料理──洋食──を作る、と話したからかもしれない。
 それにしてもこれは……まさか、わたしが弟子? いや冗談で流すのはやめて、とにかく作ろう。

 ということで、まずは送られてきた片手鍋を持ち出し、同封してもらったメモ書きを参考に、親子丼を作ってみた。
 うむ、味は上手く出来た! けれど仕上がりがまだまだ!
 わたしに調理法メモを書いたことで、新しいアイデアがわいたと、同じメモに店長のコメントがあった。よし、わからなかったところを教わって直伝を継承するぞ。いや親子丼じゃなくて、一品なりと日本料理の!(ケ)

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どうもこの写真、文の雰囲気をぶちこわしているような……



■二〇二〇年七月二十二日、文のつながりのみ直しました。

posted by 冬の夢 at 23:00 | Comment(0) | 日記 話題・意見・世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする