2020年04月03日

Candi Staton − Young Hearts Run Free 元気が出る曲のことを書こう[48]

 いつも心のなかで、なんの曲か思い出せないメロディやリズムの切れはしが鳴っている。
 気持ちがふさぐとき、そのうちのひとつが、ボリュームアップする。
 どこで聴いた曲だろうと思いながら、心の耳を傾ける。

       ♪

 この曲かと偶然わかったものが、またひとつ。
 いまはあまり聴かないジャンルだ。初めて題名や歌手を知り、歌詞を見ながら聴いている。
 明朗なディスコヒットソングなのに、こんな状況(二〇二〇年四月初旬)のせいばかりでもないが、しみじみ聴いている。

What's the sense in sharing this one and only life
Ending up just another lost and lonely wife
You count up the years
And they will be filled with tears

 どういうつもりなの あなたの分の一度きりの人生を
 負け組のさびしい主婦の仲間入りで終わっちゃうなんて
 あなたは年月を数えるだけになり
 その年月は涙で満ちてしまうのよ

Love only breaks up to start over again
You'll get the babies
But you won't have your man
While he is busy loving every woman that he can, uh-huh
 
 愛なんて壊れては始まりの繰り返しよ
 赤ちゃんはあなたのものかもしれない
 でも男をつなぎとめることはムリね
 そいつは手当たりしだい女に手を出すのに忙しいんだもの
 
Say I'm gonna leave
A hundred times a day
It's easier said than done
When you just can't break away
(Just can't break away)

 出て行くわよっていいましょう
 日に百回でもよ
 できなくても、いうことはできる
 できないわと思うたびに いいましょう

Oh, young hearts run free
They'll never be hung up
Hung up like my man and me
My man and me

 オ〜若い心たちは自由に走るの
 絶対にあきらめないのよ
 私と彼氏の場合のようにあきらめないの
 私と彼氏のときのようには
 
Ooh, young hearts
To yourself be true
Don't be no fool when love really don't love you
Don't love you

 ウ〜若い心たち
 自分にウソをつかないで
 バカのままでいないで
 愛がほんものじゃなかったときには
 愛されてないときには

(以下略)

200403c1.JPG 
Young Hearts Run Free 1976

 キャンディ・ステイトンは、一九四〇年、アメリカのアラバマ州生まれ。テネシー州ナッシュヴィルで姉と学校に行ったとき、教会で歌った声がすばらしかったので、姉も加わったゴスペル・トリオを結成、一九五〇年代から各地で歌った。
 ライブツアーなどというしゃれた状況ではなかった。人種隔離の時代だ。演奏できる地域も場所も限られ──「チットリン・サーキット Chitlin' Circuit (『豚腸』にちなむ)」といわれた所を巡演する──ひどい扱いも受けたそうだ。
 もちろん、そうとうなタフネスも身につけたに違いない。たとえば、ステイトンは透明系の声だったのに悪い環境で喉がつぶれ、ざらっとした声になったそうだ。が、おかげで自分のサウンドが持てたのと、むしろ喜んだのだった。

 一九六〇年代末にはソロでレコード契約をとり、ソウル歌手となってヒット曲を出す。一九七〇年代半ばには、ワーナー・ブラザーズと契約するが、おりからのディスコ・ブームでワーナーはディスコミュージック専門部門を開設、そこからもヒットを出し、ディスコの女王とよばれた。
 ちなみにディスコの女王とは、二〇一二年に亡くなったドナ・サマーのことをいうのかもしれないが、ステイトンはサマーのひと世代うえで、アリサ・フランクリンと同世代。どちらも歌のルーツにゴスペルがある。
 なにがいいたいかというと、貫禄があるといいたいのだが、この曲を歌ったころのステイトンは、キュートでカワイイ! 女王様ではなく、通りの向かいのバス停から合図している高校生のような笑顔がいい。
 で、いまは、そりゃまあ、おバアちゃんになっているわけだが、キュートで磊落な感じはまったくそのままだ。しかも確認できる限り、数年前にもライブをやっている。この曲を、客をノセまくって歌った。

       ♪

 一九七六年に発売されると、ビルボードのソウルシングルチャートで一位、トップ100でも二〇位と、この曲でステイトンは全米全英級の知名度を得たが、ディスコソングとして作られたとは知らなかったそうだ。

 そしてこの曲は、彼女に二つの大きな転換点を、もたらした。
 ひとつはもちろん、ディスコの人気歌手になり、チットリン・サーキットではなく、彼女のいう「ビューティフルな」世界に行けたこと。
 それから、それまで歌わされていたメソメソした哀願調の曲──当時、女性歌手が歌うのは、そのての曲と相場が決まっていた──でなく、同じ女性にむけて強いメッセージを発する曲で有名になれたことだ。
 
 ディスコはね、ただ音楽だけ、ただダンスだけ、ではないのよ。
 すばらしい音楽とダンスに包まれた、メッセージなの。
 歌詞のすべてが、本のように、ストーリーを伝えているの。


 この曲は実話で、当時の彼女のことだ。
 かつては黒人女性歌手によくあったことだといっているが、詐欺師のヒモと結婚していて、麻薬づけにされていた。子どもがあったので逃げられなかったという。
 作曲・制作のディヴィッド・クロフォードが、彼女の近況を曲にしようと提案したとき、ステイトンは悲惨な状況と、それを断ち切りたいと思っていることを伝えた。
 
 意識して作曲されたかどうかは不明だが、この曲のいいところは、極端な音のジャンプや、激しすぎるリズムの爆発音がなく、同じ動きのメロディが音程を変えて繰り返されることだ。歌詞がじゅんじゅんと届くのがいい。
 コーラスの「Oh, young hearts run free」も絶叫調まで音程を上げず、しっかり歌い込まれるので、かえって盛り上がる。
 昔のディスコの曲ってこんな感じでしょ、といわれたら、反論はないですが。

       ♪

「ビューティフルな」世界は、ステイトンに、さらなるターニングポイントをもたらした。
 麻薬から抜けられず、飲酒の問題もかかえたステイトンは──。
 
 自分がどこから来たのか、考え直したわ。
 そして、教会に戻った。
 聖書を読んで、人生を正すことにしたの。
 もう「サーキット」はなしよ、って。
 だから、ゴスペルを歌い、ゴスペルの曲を作ることにしたのよ。


 かくして、ステイトンはふたたびゴスペルを歌い、曲も作り、メッセージの伝道者として、以後の活動を続けた。

      ♪

 ということで、この文は終わりにしてもいいけれど、さっき、近年もライブをやって、この曲を歌ったと書いたばかりだ。教会が本業で、ディスコは余技ということだろうか。

 この点は、英紙「ザ・ガーディアン」の取材で、ふたつのジャンルがぶつかり合ったりしないですか、と聞かれていて、ステイトンの答えがとてもわかりやすいので、長文になりすぎるけれど、紹介しておこう。

 ゴスペルは垂直に歌うもの。
 ディスコは水平に歌うもの。


 なのだそうだ。
 似ているけれど違うものよ、といっている。

 ディスコソング、たとえばこの「Young Hearts Run Free」なら、歌詞の一句ごとに映像を思い浮かべて歌うそうだ。この曲だと、家庭内暴力を受けたりしている自分の姿を思い描いて。
 出来事の映像が浮かぶように歌うことで聴く側に感情が届く。また聴衆の反応が映像を引き出してくれるので、同じ曲を何度歌っても違うフィーリングで歌えるという。
 だからディスコの曲は聴衆の目を見て、つまり「水平に」歌うのだそうだ。
 
 いっぽうゴスペルは、セールスも、自分がスターかどうかも、まして人がどう思うかなんて関係ないわね、と説明する。
 自分の内面からわきおこる賛美を、ただ上に向かって、つまり垂直に歌う。それがゴスペルなのだと。

 そして、ふたつの音楽の関係については、こんなふうに話していた。
 人には、スピリチュアルな面と、エンタテインメントの面があるのよ、と。
 神さまの部屋から、ディスコに行く、それって楽しいでしょ! とも。
 人生の部分では、もちろん傷つくこともあるが、つらいことが何もない、神さまとストレートに結びつける面もあるわけだから、と。
 そして、mind, soul, spirit は、ひとつのものなのよ、とステイトンはいう。
 その三つに、いい日本語訳をあてはめて説明できたら、と思うが、それはわたしにはとてもむずかしい。

       ♪

 わたしはキリスト教を受けいれていない。
 そのほかの、垂直に上に向かって歌う対象も、まったく持っていない。

 記憶の断片が「Young Hearts Run Free」という曲だとわかり、人を元気づける──つらい女性たちだけでなく──曲だと知って、うれしかったという話だけにして、曲が判明したいきさつを書けばよかったけれど、このような文になった。
 書きはじめたときは、外出はやめるので運動不足になるから、この曲をBGMに体操でもするか、と思っていた。
 ここまで書いたら、最後の最後に、こう思った。
 もし感染し、死んでしまうかもしれないとなったら、なにかに祈ったりするのだろうかと。(ケ)

200403c2.JPG 
UNSTOPPABLE 2018

■【参考】
「ザ・ガーディアン」二〇一五年六月三〇日、二〇一八年一月一日
「ザ・ガーディアン」によるインタビュー動画
「ローリング・ストーン」二〇一九年七月九日

■キャンディ・ステイトンは二〇一八年秋、がん告知を受けたことを公表。昨年七月、放射線治療と化学療法で克服したことを発表している。



●「元気が出る曲のことを書こう」の記事一覧は→こちら←


posted by 冬の夢 at 23:52 | Comment(0) | 音楽 映画音楽・ソウルなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする