2020年03月01日

散歩と人権とスピリトゥス .

 運動するよう、かかりつけ医にいわれているが、運動は苦手だ。
 散歩するようになって六年か七年。首都圏や京阪神をさんざん歩いた。

 銀座や心斎橋のような繁華街へは、あまり行かないでいるうちに、行くべきでない場所になってしまった。ならば郊外に行くかというと電車やバスに乗るのもままならない。近所をうろつくしかなくなっている。
 そのかわり、同じところばかり歩き、同じ店で買いものしたり、チェーンカフェで休憩したりするうちに、身のまわりの日常とはこういう感じかと、はじめて実感するようになった。
 いままで何を見聞していたんだ、ということだが、東京も大阪も生まれ育った場所ではないので、懐かしさはなく、観光や調査を目的にしたわけでもなくて、ほとんど「運動」のために歩いていた。だから日々のようすに興味がなかったのだ。

       ♪

 最近、近くの茶見世で休んでいると、よく聞こえてくることばがある。それは「人権」だ。

「こういうときにね! 人権なんて関係ないんだよ!」

 団塊世代前後らしき、たぶん仲間どうし、あるいは夫婦づれから、大きな声で聞こえてくる。ひと月ほどの間に何度か聞いた。
 わたしは高度成長世代だから、若い人たちより、そちらの世代に近い年齢だが、「人権なんて」を初めて聞いたときは、コーヒーカップごと椅子からころげ落ちそうになった。

 団塊世代すべてが、政治的正義や自由や民主主義の問題に正面から向かい合い、行動した若者だったとは、もちろん思っていない。行動した若者はむしろ少数派だったし、斜に構えずに考えた若者だって、かならずしも多くはなかったはずだ。
 けれど、たとえ閉塞的に先鋭化し思考停止してしまった結果だったとしても、「まじめさ」のあまり、死んでしまったり将来を棒にふったりした同世代の若者がいたことは、実感として知っている人たちのはずだ。
 そう思うと、「人権は、なくならないものです。いかなる場合にも、奪ってはいけないものなんです」と話しかける気力は、どこからもわいてこなかった。

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 近所を散歩すると、奇妙なものがまとめ買いされている場面によく出くわす。
 あげているときりがないが、きのう一時間ほど郵便を受け出しに行った道々でも見た。

「全部もらう!」
 は、駅前のチェーンカフェでのこと。
 持ち帰り商品のコーヒーパック、一杯ずつカップにのせてお湯を注ぐやつですね、それの店頭在庫をすべて買っている中年男性がいた。
 大箱入りは売り切れで──それは別の人が全部買った──小分けの箱詰めしかない。「かさばりますが、お持ちになれますか」との店員の訊ねに「いい! 全部もらう!」。

「ちょうだい!」
 は、安売り酒店で。高齢の女性が水を買っていた。
 2リットルのペットボトル6本、店員さんが、カートに無理に詰めてあげながら、引っぱって帰れるかどうか心配しているが、レジ脇にある「おつまみ」やお菓子、それらもすべて「ちょうだい!」。

 水を爆買いしているところは、これ以外にもよく見かける。また、目撃してはいないが、なぜか地方の特定の地域でトイレットペーパーが払底したとか、ふだん誰も呑むはずがない、スピリタスウォッカ(スピリトゥス)の輸入在庫が消えそうだとかいう話題もある。

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 どうしてトイレットペーパーで、なぜポーランドの蒸留酒なんですか、なのだが、まるで漫画のようだと笑う気持ちにはなれない。
 それは、たまたまそうでないだけで、歯ブラシだったりケチャップだったりもするのだと思う。
 昂じる不安を、買うという行動でまぎらわす。
 買いまくられているものは、それが何であれ、不安の指標なのだ。
 まとめ買いや買い占めを、無意味だとか、他者への配慮がないと非難する声があるが、それはあたっていない。モノそのものが欲しいのではなくて、不安という心の空隙を、買って得るという行動で埋めたいのだ。
 問題や課題の正体に立ち向かい、そのためにことの正体を探るという習慣も意欲も勇気もない社会。その住人たちは問題や課題にとり囲まれた不安という空隙を、モノで埋めようとする。
 政府がどのように懐柔しようが、専門職や研究者が、どれほど科学的に説明しようが、ことの中心に主体的に向かい合おうとはせず、不正確で情緒的な情報にたちまち飛びついて支配される、この社会の大多数の人たち。それは本当は、政治にとってはありがたい「愚民」の姿なのだけれど、この人たちの不安をぬぐうことは、けっしてできない。

 わたしは劣化論者ではないつもりだし、自由については徹底した原理主義者だし、空想的平和論者だと思っている。
 なので、かつて、わたしのまわりにいて、わたしといっしょに成長してきた、人類の進歩を信じた中学生、束縛も留保もない自由を望んだ高校生、そして、戦争と軍隊のない未来を想像した大学生のほとんどが、現実論者になって、わたしから去っていったことを、悲しく思いもする。
 そういっている、わたし自身も、現実に向き合ってもいないのに現実を直視せよといいだし、わたしの「まわり」から人の姿がなくなってしまう、そういう日が来てしまうのかもしれない。
 なぜなら、トイレットペーパーもスピリタスウォッカも、あわてて買おうとは思わないが、いま抱いている不安は、モノを買いに走り、モノに埋もれている人びとよりも、はるかに大きい気がしているからだ。(ケ)


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 蒸留70回以上、アルコール96パーセントという「スピリトゥス」。ウチにもあります。写真ではそう見えないかもしれませんが無色透明。果実酒「リモンチェッロ」を作るために使ってます。くそ、酒を呑まず運動しろといわれているのに酒棚を見ちまった……。
 まさか、この文を読んで買う人はいないだろうけど、なんと消毒用アルコール(エタノール)より高度数。適度に希釈しないと消毒効果は期待できず、とうぜん、きわめて引火しやすく、キッチンなど火の気の近くで、扱うと危ないです。消毒用にはお勧めできません。



■二〇二〇年七月二十一日、表現のみすこし直しました。
posted by 冬の夢 at 16:05 | Comment(1) | 日記 話題・意見・世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする