2019年08月27日

「トロいせき」って、知ってるかい ─ 特別史跡・登呂遺跡(2/2)

 身近に小・中学生がいないので確認していないが、いまの教科書に登呂遺跡は載っていないらしい。
 同じ弥生時代なら吉野ケ里、縄文時代といえば三内丸山、それらが新しい「遺跡チャンピオン」のようだ。
 また吉野ケ里遺跡によって、弥生時代のイメージは牧歌的農耕生活でなく、小国単位での争乱の日々ということになってもいるとか。ご存じの人も多いと思うが、吉野ケ里は規模が大きく、身分差(特権層の存在)があったことがわかり、堅固な防御設備や、激しい戦闘の死者とわかる遺体も見つかっているからだ。

 吉野ケ里は一九八〇年代、三内丸山は一九九〇年代の、発掘大ニュースだったのだが、あの盛り上がりは、いまだに記憶に新しい。
 古代史ブームといったのかどうか、観光開発とセットになり大きくプロモーションされたり、テレビや新聞など専門向けでないマスメディアが、他の地域も含めて、古代史特集や出土品総まとめ、的なことをよくやっていたからだ。

 縄文時代以降の発掘・研究とは同列にできない業界の話かとも思い、ここで持ち出すのは筋違いかもしれないが、そのあいだ間欠噴火のように続いていた原人ブーム、あれも含めて、ひょっとすると「心の支え」という面で、みな同じ期待に向かって訴及力を発揮した、ということなのかもしれない。

 このさいだから旧石器発見についてもうすこし述べると、これもご承知のとおり、日本には、はるか七〇万年前にさかのぼる、独自のすぐれた原人「文化」が存在していたという「事実」は、ほぼすべてが幻と消えた。
 戦後間もない登呂遺跡の発掘時に劇的といえるほど間口が広がり、学際的・科学的に、かつ市民アマチュアもまじえて資料にアプローチする常識を作りあげた古代の研究の中に、なぜ専門家業界の閉鎖性と、それに寄与することで地位を得たにすぎない限られた、いや、ただ一人のアマチュアによって、「絶大な訴及力」を積み上げることを繰り返す図式が育ってしまったのだろう。
 そこには、日本民族には民族の自信がなくちゃいけない、その心の支えとなる、とても古くからの正しい歴史がなくちゃいけない、という、いやな期待感の後押しがなかっただろうか。古代人からして日本はすごく歴史が古いし、原人だって縄文人だって、とくに偉かったんだぞ、どうだ、みたいな……。

 この文を書いたのは、いままで一度も行ったことがなかった登呂遺跡に行ってみたから。
 首都圏から東海地方に行く用が多くなり、静岡駅からバスで十分くらいで行けるというので、寄ってみるか、と。
 見学記でもと思ったら、こんな文になってしまった。
 もっとも、わざわざ見学記など書かずとも、行って見ていだたければわかること。疑問点があれば、隣接の、二〇一〇年秋に改装会館した静岡市立登呂博物館で調べたり聞いたりできる。年間入館者数が往年の観光客数を超えているとは思えないので、ぜひ、訪れてみてほしいと思う。

 子どものころ、古代史の象徴のように思っていた場所に立ってみて感じたこと。
 ここで、古代の暮らしを想像するのは、むずかしい。
 いつごろからそうなったのかは、わからないが、現在の登呂遺跡は住宅街の中にある。すぐ南は東名高速道路。
 昔、見た写真でだったかどうか記憶にないが、ここはもっとずっと開けていて、駿河湾のほうまで田んぼが広がっていたような気がする。現在は、もちろん首都圏のように建て込んではいないけれど、高床式倉庫の道をへだてて向かいが一般の家だったりする。復元された竪穴住居を、それらしく写真に撮りたいと思うと、どうカメラを按配しても、背景に住宅や電柱・電線が写ってしまって苦労する。
 なんとか写して、写り具合を見てみると、どの写真も模型のジオラマのように見えて、どうも変だ。
 住居や倉庫の再現が、あまりに完璧(キレイに作られているという意味)で、暮らしのケハイがうかがいにくいからだろう。
 もちろん学問的には、地面の遺跡の「上に建っていたもの」は、あくまで「こうであるに違いない」で再現するので、絶対にこうだった、というリアリティを持たせると、嘘になりかねない、ということがあると思うし、そこをあまりツッこむと、お前だって弥生時代の暮らしや住居を「想像」したくて来たんじゃね〜か、ということになるので、つらいものがある。

 で、現代の宅地に囲まれた弥生集落で、すぐ思い直した。
 これはこれで、いいんじゃないかと。
 静岡市駿河区登呂。いつしか田んぼが埋まって家が建ち並び、時代が移って代はかわり、どこからかやってきた人たちが住んできた。弥生時代にここにいた人たちだって、そんなようなものだったかもしれない。
 すくなくとも、わたしは、「心の支え」になると称されるような、オリジナルな古代日本人も、「民族の自信」も、いらない。(ケ)


【前篇は→こちら←


『シリーズ「遺跡を学ぶ」099 弥生集落像の原点を見直す・登呂遺跡』(岡村渉/新泉社/2014)
『登呂博物館開館40周年記念展 登呂遺跡はじめて物語』(静岡市立登呂博物館/2012)
 などを参考にしました


Originally Uploaded on Aug. 26, 2019. 22:50:00
posted by 冬の夢 at 00:01 | Comment(0) | 日記 旅・徘徊・発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする