2020年08月26日

『君の名は』三部作を一気見する

 『君の名は』は、昭和二十八年から二十九年にかけて三部作として公開された松竹映画。元はNHKラジオで放送された連続ドラマで、毎週木曜日の夜八時半になると銭湯の女湯が空になったと言う。映画化されるとその女性客が映画館に殺到し大ヒット。昭和二十八年日本映画配給収入トップが『君の名は』の「第二部」で二位が「第一部」。「第三部」も翌年のトップにランクされ、いずれもぶっちぎり。昭和二十九年は日本映画にとっての特異年で、『七人の侍』『二十四の瞳』『ゴジラ』が次々と公開された傑作揃いの年度だが、『君の名は 第三部』は『ゴジラ』の二倍以上の配給収入を稼いだモンスター級メガヒット作なのだった。
 大ヒットの要因は女性客のハートを掴んだから。当時の松竹映画は京都と大船に撮影所を持っていて、京都では時代劇、大船では現代劇が主に作られていた。「大船調」とも呼ばれる映画のターゲットはもちろん女性。まだTVが普及していない時代にあって、女性たちがメロドラマに接するのはラジオと映画しかなかった。だから『君の名は』は松竹にとってまさにうってつけの素材だったわけで、三部作が稼いだ利益で松竹は本社ビルまで建ててしまった。通して見ると六時間超にもなる本作は、今見るとなんとも通俗的だし、当時の批評家たちの歯牙にもかけられなかったらしい。しかし、映画の興行は「進歩的」な批評家たちではなく一般の観客のためにある。日本中の映画館を満員にして、女性たちを夢中にさせた作品なのだから、そこには何かがあったはず。そう。『君の名は』には、現代にも通用するメロドラマづくりの秘訣が垣間見える。また恋愛をテーマとしているので、当時の価値観や風俗が色濃く反映されてもいる。凡庸でありながら、六時間を一気に見させる『君の名は』。その特徴をまとめてみた。

(a)途轍もなく美男美女の主人公
 ヒロイン真知子は岸惠子、相手役の春樹は佐田啓二が演ずる。岸惠子はその美しさがピークの時期。ストールを「真知子巻き」にすれば誰もが岸惠子になったような気がしたのだろう。対する佐田啓二も日本人にしては顔がバタ臭い。背も高いし女性客を虜にするに十分だ。
 俳優は良いにしても主人公たちのキャラクター設定はいかがなものだろうか。いつもメソメソと泣いてばかりいる真知子。そもそも春樹と約束した「半年後」に数寄屋橋に行かなかったのはアンタでしょとツッコミたくなる。かたや春樹は若い男がいない時代(※1)で、外見が良いものだからどこでもモテモテ。真知子を諦めるために北海道に行ったのなら北原三枝の求愛を受ければ良いはず。頑なに関係を拒んだ結果、ユミとサロムの二人は事故で死んでしまった。その死を真知子も春樹も一度も振り返ろうとしないのだからタチが悪い。
 岸惠子は真知子役をもらったとき自らをミスキャストだと思ったそうだ。最初は津島恵子がやるはずだったのが、『ひめゆりの塔』の出演が決まり、岸惠子に回ってきたのだから尚更だ(※2)。岸惠子本人はかなりさばけた人のようだから、真知子の主体性のなさは演じていてもどかしかっただろう。

(b)充実した脇役陣とサイドストーリー
 真知子と春樹のすれ違いをメインとして、脇役たちが様々なエピソードを形成する。それを芸達者な俳優が演じて飽きさせない。俳優の移籍や引き抜きが頻繁化する前、松竹俳優陣は層が厚かった。陸軍時代の部下を殺しかけてしまう笠智衆。混血の子を産んで育てる小林トシ子。一度は街娼に落ちるも再婚相手を見つける月丘夢路。夫に従属させられながら真知子を叔母の立場から守る望月優子。
 そして、何より誰より魅力的なのが淡島千景。綾というキャラクターが映画に唯一、楽天的で陽気な雰囲気を与えている。綾は真知子と同郷の先輩で、上京して自分の店を構える女将。真知子を通じて知り合った春樹とは、真知子以上に一緒の時間を共有し、直接「好きになっちゃった」と告げる。世話好きで陰に籠らず情に厚い。春樹がなぜ綾を好きにならないのかが不思議なくらいだ。監督の大庭秀雄も綾には思い入れがあったようだ。「第三部」のオーラス、真知子と春樹のいる病室を部屋の外から遠めに撮った後、数寄屋橋に佇む綾をアップで映す。六時間に及んだすれ違いドラマの最終ショットはなんと淡島千景なのだった。

(c)敵役に徹する非情の夫&姑タッグ
 真知子が春樹とすれ違う根本原因は、濱口家に嫁いでしまったこと。夫・川喜田雄二は嫉妬の虜囚となり真知子を責め、姑・市川春代は一人息子を独占したくて真知子を苛める。当時の女性にとって結婚とは、見合いで決められた夫の家に入ることでもあった。映画館に詰めかけた女性客は、濱口家の二人を仇のように憎んだはずだ。
 仇だからなのか、特に夫の変態性が際立っている。春樹のことを真知子と一緒に探し歩くまでは良いが、結婚後も事あるごとに「春樹のことが忘れられないのか」と真知子をイジる。寝取られ願望とも言える被虐志向は確実に変態性の表れ。子宝に恵まれなかった二人なのに春樹が現れて間もなく、真知子が妊娠する(※3)。下衆の勘繰りだが、春樹への嫉妬心で夫のコーフン度が増した結果かも。
 かたや姑の人格は異常そのもの。真知子を雲仙まで訪ねて行き「あなたに詫びたいの」と頭を下げる。これで騙されてはいけない。真知子の後釜に据えようとした次官の娘から「お義母様には別居していただきます」と明言されたので、真知子に戻ってきてまた同居して欲しいと言うのだ。ここまで自己チューで、全く浄化されない人物が出てくると頭が痛くなってくる。なので真知子の義理の叔母・望月優子がこの姑を問い詰める場面は心底スカッとして痛快だった。

(d)ラジオドラマ人気を受け継ぐ主題歌
 『君の名は』には主題歌がある。原作者である菊田一夫が書いた歌詞に曲をつけたのは古関裕而。今年上半期のNHK朝ドラのモデルになった作曲家だ。ラジオドラマでお馴染みの主題歌は映画でもそのまま使われている。今では当たり前となったドラマと主題歌のコラボレーションは『君の名は』から始まった。
 その主題歌よりもはるかに存在感を示すのがハモンドオルガンのBGM。聴いているとテルミンとしか思えないほど電子的で無機質で不安げな音。映画に憂鬱さを加え幽愁暗恨そのものだ。作曲家の古関裕而自らラジオドラマの放送時にオルガンで伴奏したと言うから、『君の名は』には欠かせない楽器だったのだろうが、その高音は黒板に爪を立てるようにしか聞こえない。

(e)ロケ地との観光タイアップ
 真知子の故郷は佐渡。映画は新潟から佐渡への連絡船で始まる。その後、真知子は春樹を追って三重県鳥羽・北海道美幌へ、濱口家から逃れて長崎県雲仙・熊本県阿蘇へと、日本全国あちらこちらを遊覧、いや彷徨する。映画化にあたって松竹は「撮影ロケ地」の人気投票を行った(※4)。都市部だけでなく地方の女性客動員のためのティーザー企画まで打ち込んでいたとは恐れ入る。
 しかし北から南へと移動する場面設定はどれもこじつけ感が強い。美幌では春樹は牧場の仕事を熱心にしているようには見えないし、真知子がわざわざ阿蘇に保養に行くのも雲仙で十分なのだからかなり強引だ。タイトルロールには毎回各地の観光協会がクレジットされている。先にロケ地を決めてしまって、がんじがらめになったのか。

 主演俳優、脇役、敵役、音楽、ロケ地。どれもドラマをヒットさせるための必要十分条件。大庭秀雄の演出もクローズアップの短いショットを積み重ねて、後のTVドラマの原型とも言える。『君の名は』はヒット作のプロトタイプでもあり、その点では日本の映画史においてもう少し評価されても良いはず。けれど、そうなっていないのはやはり本作がその時代の落し子であって、一時的な流行のひとつに過ぎなかったからだろう。
 時代性を象徴しているのが、親世代の旧弊な価値観だ。そもそも真知子と春樹のすれ違いは、佐渡の叔父が真知子の嫁ぎ先を決めてしまったことに発している。その叔父は、真知子が伏せってしまうと「女なんか一発二発殴って言うことを聞かせるもんだ」と超絶な暴言を吐く。濱口家の姑は、嫁を家政婦扱いし、息子のことを自分の所有物だと思っている。時勢におもねることは単発のブームづくりに繋がるにしても、作品の普遍的な価値になり得ない。公開時の爆発的ヒットと裏腹に、映画史的にはほぼその存在が無視されていたのは、価値観自体が時代遅れになったと言う事情もあったのだろう。

 『君の名は』では三部作を通じて「幸せ」と「不幸せ」という言葉が頻出する。「私、幸せなのかしら」とか「なんでこんなに不幸せなんだろう」とか。真知子は濱口家に嫁いだことを不幸せだと捉えているし、春樹と結ばれれば幸せになれると信じている。だが、果たしてそうだろうか。
 真知子と春樹は空襲の夜、たまたま一緒に防空壕に逃げただけの間柄。翌朝数寄屋橋で半年後の再会を約束するのは惹かれるものがあったからだが、それは多分それぞれが美男美女だったから。まともな会話すら交わしていない二人が内面を理解し合う時間などなかった。それなのにすれ違う真知子と春樹が互いを求め合うのはなぜか。理由はただひとつ、なかなか会えないから。もし約束通りに数寄屋橋で会えていて、カフェでゆっくりと会話していたなら。
真知子(ちょっとハンサムだからって誰にでも優しくしてるんじゃないの)
春樹(まともに人の顔を見ないで俯いてばかりいて暗い女だなあ)
などと思ったのではなかろうか。
 会えないと、人はその人に会いたくなる。会えないとき、人はその人のことを夢見心地で想像する。会えないから、人はその人を実像とは違う理想で塗り固める。そして会えたとき。自分の中に出来上がってしまった理想が、現実のその人とは全くかけ離れたものであったことに気づく。会いたい。会えば幸せになれる。会った。会ったからそれが虚構だと知る。自分が間違っていたことを知れば、幸せな自分はいなかったことになる。『君の名は』における幸せとは、幸せを夢見ることでしかなかったのだった。

 『君の名は』のすれ違いに多くの女性客は気を揉み固唾を飲んで見守ったことだろう。そして三部作の最後にやっとのことで出会った真知子と春樹の姿に安堵したはず。映画が終わり、場内が明るくなる。観客はもう真知子と春樹のすれ違いを見られないことに気づく。映画館の外に出る。ああ、すれ違いドラマを見続けることはなんて幸せなことだったろうか。あの期待と不安に満ちた物語に身を任せることが出来て、私は幸せだった…。結局のところ、幸せとは現実には存在しないものなのかも知れない。(き)

君の名は.jpg


(※1)徴兵が猶予されていた学生の学徒出陣は昭和十八年十月。昭和二十年五月の空襲時に春樹のような若い男性が東京に存在し得たのだろうか。

(※2)BS朝日「ザ・インタビュー」2019年5月11日放送回より。

(※3)歌舞伎座の観劇中、客席に春樹がいるのを見つけた夫が真知子と春樹を引き合わせる。空襲で焼けた歌舞伎座が再建されたのは昭和二十五年十二月。真知子の結婚は昭和二十年十一月のことだから、真知子と夫には丸五年間子どもが出来なかった計算になる。
ついでに言えば歌舞伎座のシーンにインサートされる舞台は「春興鏡獅子」(1936年に小津安二郎が撮った六代目菊五郎の記録映画の使い回し)ではないだろうか。

(※4)「松竹映画の100年」NFAJニューズレター第9号の記事より。松竹は撮影場所に合わせて真知子・春樹役の配役人気投票も実施したと言う。

posted by 冬の夢 at 12:35 | Comment(1) | 映画 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 邦画シリーズ作の連続鑑賞モードに入っている感じですね。
 なぜか、なんとなく苦行僧っぽい雰囲気が漂ってくるのが、怖いですね。
 わたしは、このシリーズを一度も観たことがありません。
 観ると佐田啓二のイメージが変わるような気がします。ずいぶんいろいろな役をやるのを観てきて、思わずコケた(いい意味で)場合も多々ありますが。
 もっとも同時代のファンには、この役こそが佐田啓二、だったのでしょう。
 この時代の松竹ベタメロ映画シリーズで、わたしが通して観たのは「この世の花」全十部(笑)です。「君の名は」全三部の公開、そしておそらく総集編の上映も終了した、一九五四年の春にスタートし、こちらも大人気だったようです。
『週刊明星』の大ヒット連載小説(北條誠、といっても、いま読まれる作家ではないと思うが)をベースに、淡路恵子の出世作となったシリーズですが、島倉千代子が、この映画の同名主題歌でデビューしていて、シングル盤を二百万枚売ったという、ドでかすぎるオマケがついています(たしかどれかの編に出演もしていた)。「君の名は」ほどの配収はあげていませんが、基本、二本セット上映のシスター映画だったとはいえ、十作も作られたからには相当な人気作だったのでしょう。
 で、観たんならこのブログに書けよ、って感じですが、観るさきから前の話を忘れちゃう。あと、あまりにも展開が強引で、しまいには「すれ違い」まで強引になってしまって、ついていけん! 最後の「續この世の花完結篇・第十部『熱砂の抱擁』」だけ、おっ、これってちょっとアントニオーニな感じじゃん(爆)って記憶しかないシリーズでございました。
 辛苦をなめて再起するたびに運命に翻弄される女、そして、殴りたくなるほどご都合主義的に優柔不断な男、設定は多少変わるにせよ、テレビの「赤い」シリーズや、逆輸入的に大ヒットした韓流(ちゃんと見たことはない)まで、「女湯もの」と名づけたい、脈々たる流れではないでしょうか。
「君の名は」も「この世の花」も、企画段階から間違いなく「女湯むけ」に制作された映画だと思うのですが、あってないような、しかもこれほど抑圧的なストーリーが当時の女ごころをつかむなんて、誰が知っていたんでしょう。制作関係者の中に、どれくらい女性がいたのだろう、いたとして彼女たちの意見が反映されていたのだろうか。忘れられていくスーパーヒット作の背後に、まだまだ知らない事情がいろいろとあって興味を感じます。
Posted by (ケ) at 2020年08月29日 10:46
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