2020年04月25日

パチンコ店騒動:頭の悪い奴は嫌いだ!

 愚生は、愚生のくせに、かなり若い頃から(例に違わず?大学生の頃か)「頭の悪い奴は嫌い」だった。もっとも、ここに記すまでもなく、愚生は受験に失敗したくらいで、結局はいわゆる「滑り止め」の大学に入学したくらいだから、本人も阿呆であることは間違いない。そして、「***は自分のことを***とは言わない」と言い慣わされているように、おそらくはその逆も真なりで、阿呆に限って阿呆が嫌いなのかもしれない。が、ともかく、「頭の悪い奴は嫌い」だ。

 その理由は、そういう阿呆はこちらの話を決して聞かない。聞く耳を持たない。意固地に自分の考えに凝り固まっている。そして、意見が対立したときに、「じゃあ、お互いのいいとこ取りをすればいい」とは決して思わない。こういう輩を愚生は「頭が悪い奴」と見なしている。実際、他人と意見が合うことなんぞ、王様と奴隷の間でかろうじて表面的にあり得るだけで、それ以外のところでは、「十人十色」とか「百人百様」とか So many men, so many minds. などと言われているように、各人の意見は絶対に異なる。異なるのが自然だ。そして、この場合も自然は決して間違うことはなく(我ながらなんて立派なロマン主義者!)、異なった意見の存在が結局はお互いの利益となる。これこそが、ロマン派ご推薦の弁証法的発展というものだ。対立意見との葛藤を経て、より合理的な、より高次な考え方に辿り着く。これが世界の根本的原則だ。だから、そういうスキルを微塵も持たない輩は、つまりは真正のバカということだ。

 この真正のバカのもう一つの特徴は、(というか、同じ特徴の別の顕れ方に過ぎないが、)「何が問題の本質なのか?」と決して問わないことにある。現在自分たちが直面している問題の本質は何なのか、現在追求している真の目的、目標は何なのか、なぜ君とぼくはここで、こんな風に対立しているのか? 彼らバカ者たちは決してそのようなことを問題にしようとは思わない。そのため、対立する人たちと共通の土俵を持つことさえできないのだから、話し合いを通じてお互いの「いいとこ取り」なんてできるはずがない。

 こんなことを書き出したのは、愚生が大嫌いな大阪府知事(世間では「この危機に凄く頑張っている」と高評価らしいが、愚生には所詮は橋下徹と同じ穴の狢、いわゆるネオコン=新保守主義者、しかも個人の自由は抑圧するというのだから、それならつまりはファシストということ、『庶民は権力者のいうことを素直に聞くべし!』と言っているようにしか聞こえない)が、またまた阿呆なことをしでかしているからだ。

 事は緊急事態宣言発令下でのパチンコ店の営業。行政が市民に外出自粛を要請しているのに、一部のパチンコ店は休業要請を無視する形で営業を続けているようで、そうした店舗にパチンコ大好き人間たちが集中しているらしい。それを怪しからんと憤慨した知事殿は、そうした店舗の名前を公表すると息巻き、おそらくすでに公表したようだ。(あまりにバカバカしいので、その後のことは何も確認していません、悪しからず。)

 先ず、何も考えなくても、このやり方はほとんど「いじめっ子の論理」を思い出させる。より大きな力を持っている側が、「こちらの言うことを聞かないなら、もう我慢できん。覚悟しろ」といって、弱い方を切り捨てているだけだ。こんなことをするくらいなら、「『新型インフルエンザ等対策特別措置法』に罰則がないことは致命的欠陥だ」と吠えている間に、大阪府で独自の条例を作れば済むだけだし、その方がずっと理解できる。タバコのポイ捨てだって条例で取り締まれるくらいなのだから、休業要請に従わない場合の罰則規定くらい、地方自治体レベルで制定できそうなものだ。(それとも、これは意外とハードルが高いのだろうか?)

 しかし、次に気分が滅入るのは、「いったいこの人は何がしたいのだろう?」と、あまりに不可解で、それで気分が悪くなってくる。つまり、運悪く「頭の悪い奴」と遭遇してしまったときの気分。

 「オレ様が何がしたいか? それがわからないお前の方がよっぽどのバカだ。新型肺炎の蔓延を食い止めたい、ただそれだけに決まっている」といかにも言われそうだが、事の本質はここだ!

 パチンコ店に限らず、休業を強いられている飲食店も同様だが、なぜ「いいとこ取り」を本気で追求しないのだろうか? 不思議でならない。しかも、コロナウイルスの問題が深刻化してからもう1ヶ月も経っていて、つまりは、考える時間は1ヶ月もあったのに。そして、もしも今現在(4月25日)の時点で飲食店やパチンコ店、本屋などが休業しなければならないのなら、それこそ期待の神頼みの神風でも吹いてくれない限り、5月も6月も休業要請を撤回する根拠は「これでは経済が止まってしまう」しかないわけで、それなら、今現在「これでは経済が止まってしまう」と主張する人たちを説得できるはずがない。であるなら、どんな阿呆が考えても、「どうしたら、コロナウイルスへの対策と、お店の営業を両立できるのか?」を追求するしか手はない。「いいとこ取り」をするしかないではないか!

 そんな妙案があるのか。これも不思議だが、少しでも頭があれば、いくらでもアイデアはある。(先のクルーズ船のときも、素人が考えても、もっとマシな対応ができたと思われるが、あのときの『失敗』と現在進行中の愚策は、見事に重なる。)

 例えば、飲食店に対しては、「休業しない場合、テーブル、椅子を通常の半分以下にする」「来店者に対しては、感染経路の明確化のために、氏名と住所を記録する旨を伝え、それに応じた客だけを受け入れる」「テーブルでの会話はできるだけ小声で行うように強く要請する。応じない客には退席を求める」「調理師を含め、勤務者には検査を実施する」、等々の策を講じた上で、営業を認めるしかないではないか。さもないと、日本中の外食産業が衰亡する。ところが、今のままでは、どうやら連休明けには「全ての飲食店が元通りに営業再開する」ような勢いではないか。そんなことをすれば、あっという間に患者数が激増するような気がするのは、はたして愚生だけだろうか。

 問題のパチンコ店にしても、「休業しない場合は、遊戯台の台数を通常の3分の1以下にする。換気は最大にして、ドアや窓は開放する。それに伴い、店内の音声は止める。喫煙も厳密に分煙化する(禁煙が望ましい)、等々」の細かい条件を提示して、その上で認めるしかないではないか。

 そもそも、これは地方のレベルでは不可能なことだが、なぜ日本政府は緊急にモラトリアムを発令しないのだろう? モラトリアムといっても、心理学分野の話ではなく、元々の経済学領域の話で、おそらく今必要なのは、原則あらゆる支払いを停止することではないだろうか? 賃料や家賃、そして従業員の給料でさえも、1ヶ月の支払い猶予・停止を行うことと、休業要請はセットでなければ正しく機能しないだろう。だからこそ、実質的にベーシック・インカムの導入が必要になるだろうし、だからこそ、野党からの批判を無視して決定した先の予算案があらためて後悔される。あのときに、「確かに、この先コロナウイルスでどれだけのお金が必要になるかわからないから、対策費を確保しておこう」と、少しでも冷静に考えることができていれば、もっと有効な手立ても考えられただろうに。

 それにしても、いかにもバカバカしいのは、この期に及んでまだパチンコ通いが止められないのは、そういう御仁にはお気の毒だが、明らかにパチンコ中毒者であると思われる。ところが、維新の会という政党はカジノを誘致して、ギャンブル依存症の患者を増大させることに邁進している張本人だという事実がある。こうした本質的な自己矛盾には頬被りして、「どうしたら積極的な妥協案が見出せるか」とも考えずに、自分の権力を誇示するかのように反対者を叩き続ける。そして、それに対して一部の庶民が喝采を送る。何度も言うが、「理性の眠りは怪物を生む」。今、日本のあちこちで多くの怪物が生まれているような気がしてならない。そして、その怪物はコロナウイルス以上に厄介で怖ろしい。(H.H.)

posted by 冬の夢 at 21:19 | Comment(0) | 時事 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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