2020年03月02日

竹槍とコロナウイルス、あるいは政治の機能不全

ずっと以前から安倍総理大臣が無能かつ阿呆であることは十分承知していたので(漢字も読めないし、行政府と立法府の違いも知らないし、基本的コミュニケーション能力にも欠ける)、今度のコロナウイルス対策のお粗末さに対しても今さら驚きはしない。が、怖ろしくは感じる。つまり、これが日本の首相で、自分が現在住んでいる処が日本だという事実が怖ろしい。

クルーズ船への対応策がお粗末であったことは、決して「後出しジャンケン」ではなく、最初から素人にでも分かりきったことだった。未知のウイルスによる感染症患者が発生したクルーズ船の乗客をどうするのか? もちろんそのまま上陸させるわけにはいかない。先進国を自称する手前、寄港を断ることもできなかっただろう。しかし、だとしたら、先のブログ記事にも書いたとおり、可能な限り速やかに乗客を確実に除菌された空間に分散しなければならなかったはずだ。クルーズ船がウイルスに汚染されていることはすでに確実な事実だったのだから。また、感染力が相当に強力であることも、中国の状況からわかっていたことなのだから。と同時に、乗客の母国の政府と密な交渉を初期の段階から行うべきだったのに、感染が広がってから関係諸国が自国民の乗客を引き受けたのは、正に時すでに遅しだ。死者も出ているからには、今後は責任の所在を巡って面倒な国際問題にも発展することだろう。加えて、目下この問題が顕在化しつつあるのだが、乗客の下船の不手際たるや、「本当にこれが先進国なのか?」と目を蔽いたくなる惨状だ。全員検診したと言っておきながら、検診をしていなかった人たちがいるというのも酷い話だが、続々と感染が広がっている事実を目の前にしてもなお、「数日前の検診で陰性だったから」といって、各自てんでに帰宅させるという、これではいったい何のためにロシアンルーレット化した豪華海上監獄に何日も監禁してきたのか、意味がわからない。隠れた保菌者がいることは、これまた素人でもすぐに分かることではなかっただろうか?

そして、今回の全国一律の学校封鎖。ほんの数日前(2月25日)の「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」では影も形もなかったのに、そのわずか2日後の2月27日、しかも夜半に「3月2日から全国の小中学校、高校や特別支援学校を臨時休校にする」ことを突然打ち出したわけだ。この拙速を生んだ背景については知る由もないが、今一番呆れていることは、2月29日に行われた記者会見の中身だ。27日の唐突な発表で日本中が混乱していることは百も承知なはずなのに、わざわざ用意した記者会見で国民が知ることができたのは、要するに「感染拡大を防ぐためにできることは何でもやる」という気構えと、「休校措置によって経済的打撃を受けた家庭には財政支援をする」という基本方針だけ。これだけ中身のない記者会見をして、いったい何がしたかったのか、何を望んでいたのか、ある意味、興味津々だ。しかも、愚策のダメ押しのように、実際に休校するかどうかの判断は各地方、各学校に委ねるという。それなら、わざわざ大騒ぎして夜半に速報で伝えるようなことではなかっただろう。全国の知事に通達すれば済んだことだ。その代わりに、たとえ最終的な判断は自治体や学校に委ねるとしても、その判断基準くらいは明確に示すべきだった。

一国の首相、つまり内閣総理大臣の仕事が何か、あの人は全く理解していないということがよーっく理解できたことが、もしかしたら唯一の収穫か。テレビの街頭インタビューなんかを聞いていると、実はかなり多くの人たちも誤解しているように感じられるのだが、政策を実施する権限と責任は、国会ではなく内閣=行政府にある、という基本的なことを、少なくとも当の総理大臣が理解していないように思われてならない。(関連して、「野党は批判ばかりして、だったら対案を出せ」みたいなイチャモンを付ける人が必ずいるが、政策を立案するのも、やはり内閣の仕事だ。野党の仕事ではない。官僚を自由に使えない野党にそんな能力は最初から期待できない。そして、国会は、特に予算案の審議を通して、内閣が提出した行政計画の不備を問い質す場だ。その質疑を通して、より良い予算案、つまり行政計画を作り上げるわけだ。ところが、国会中継を見ていて頭を抱え込むしかないのだが、現在の内閣は常に質問をはぐらかし、まともに質疑に応じようとはしない。原案に不備があっても、そのまま多数決で決定される。今度の国会でも、野党から「対コロナウイルスの予算も計上されていない予算案を通過させることはできない」と、これは誰が聞いてもごく当然の修正動議と思われるのだが、自民党と公明党の内閣はこれを全く無視して、予算案を可決している。つまり、対コロナウイルス政策は何も考えていなかったというわけだ。)

話を戻すと、内閣の仕事は行政。つまり、実社会の運営を国レベルで計画し、実施することだ。総理大臣というのは、そのトップだ。全国一律休校措置を計画し実施する責任者だ。となれば、今度の記者会見でも、少なくとも、
1)現状、新型肺炎のリスクをどの程度に評価しているのか? 最悪のシナリオではどの程度の拡がりを心配し、最善の落としどころとしてはどの辺りを考えているのか? つまり、政府としての現状の見通しを語る必要があった。
2)全国一律休校措置の根拠とそれによって期待できる効果。
3)全国一律休校措置が全国的に実施された場合の、予想される社会的・経済的混乱と、それに対する措置。そして財源の規模。

以上の3点は必須なはず。が、実際にはどれ一つも触れられていない。彼が話したことは全て、文字通りに一つ残らず、新聞やTVの報道ですでに周知のことばかりだった。

安倍は自分で何を言っているかも実は理解できていなかったように感じられる。例えば、今でも巷では「学校を休校にして、満員電車を放置している意味がわからない」とか、「子どもは感染しにくいというデータがあるのに、小学校を休校にする意味がわからない」とか、「学校は閉鎖して、学童は拡大、って意味不明」とか、そういう批判があるようだ。しかし、もしも安倍が今回の「愚策」を、自分でよくよく悩み抜いて、それでもなお最良の策だと思っていたのなら、「もしもある子どもの親が保菌者になったとすると、当然その子どもも、たとえ発症はしなくても、保菌者になる確率が極めて高い。そして、その子どもが登校すれば、そのクラス、さらにはその学校の子どもたちが全員保菌者になる可能性が十分考えられる。そして、その子どもたちが各家庭にコロナウイルスを持ち帰ることになる。つまり、学校は感染症に対して最悪のハブの役割を果たすことになる。だから、2週間、場合によってはもっと長期間、学校を封鎖したい」とでも言えたはずだ。そして、これならば相当に説得力があったのではないか。(少なくとも、ぼくにはこの危険性は決して過小評価すべきことではないと思われる。とはいえ、それでもなお学童保育のあり方には疑問符が20個くらい付いてしまうのだが。)

一方、政府からの情報を掻き集めても全然理解できないことは、いったい何を根拠にして安倍が「この1〜2週間が山場だ」と考えているのか、ということだ。もしも明確な根拠があるのなら、それをはっきりと示すだけで、世の中はずっと落ち着くのに。「もう後2週間の辛抱だ、我慢してくれ」と言えば、誰でもまともな人間なら我慢できる。人々がマスクどころかトイレットペーパーまで買い占めに走るのは、いつまで辛抱すればいいのか、いつまで我慢すればいいのか、誰も言ってくれないからだ。そして、おそらく現状では、それこそが誰も言うことのできないことなのだろう。だとしたら、安倍はいったい何を根拠に「この1〜2週間」と言っているのやら? 再び疑問符だらけだ。言い訳ばっかりの彼にとても似つかわしいことは確かだけれど。

安倍の記者会見で太平洋戦争中の「竹槍」を思い出した。B29爆撃機やグラマン戦闘機に対して竹槍で立ち向かえという、例のアホらしい「政策」。当時の為政者たちはどの程度「竹槍」に信を置いていたのだろうか? 頭から国民を馬鹿にして愚弄していただけなのか? それとも、全国民が一致団結して竹槍で武装したならば、鬼畜米英に立ち向かうことができ、神国ニッポンを守ることが可能だと、ほんのチラリとでも本気で考えていたのだろうか? きっと、今の安倍内閣と同じで、実は何も具体的なことは考えていなかったに違いない。

何の明確な計画もなく進められていく政治。これって、汚染されたクルーズ船と奇妙に似ている。寄港できる港もなく、将来の見通しもなく、幽霊船のように漂流するしかない船の姿と、まともなリーダーは不在で、まともなリーダー候補も現れず、そもそも何がまともなのかもわからないまま、漂いつづける「美しい国」。それがいつまで浮いていられるのか、心配でならない。(H.H.)
posted by 冬の夢 at 14:14 | Comment(0) | 時事 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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