2020年01月19日

魚介シリーズ記念切手を、さまざまに楽しむ

 去年、実家をたたんだとき、ストックブックを見つけた。
 小学生時代の切手収集帳だ。
 半世紀前、記念切手コレクションが大流行し、わたしも少年収集家になった。二年ほど集めたろうか。
 いま開くと、たいして数はない。小銭で買える切手だけ少しずつ集めたらしい。すぐ飽きたのだろう、シリーズで発行された切手は、どれも揃えきれていない。

 当時、投資的ねらいもあった本格的コレクターにとっては不幸なことに、一九六〇年代以降の日本の未使用切手には、ほとんどプレミアがつかなかった。
 おかげで、昔は専門店やカタログで見るだけだった切手も、さほどでない値段で買える。即売会などに行くようになり、揃えきれなかったシリーズ切手の、欠けを埋めたりしている。

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 こんどは「魚介シリーズ」を集めることにした。
 一九六六年一月から翌年七月まで、十二種類が発行されたもの。発行中に郵便料金改定があり、はじめ十円の額面は十五円になっている。小学生収集家時代のすこし前の発行だから、当時も高値ではなかったはずだが、切手帳にあったのは三、四種類だ。
 いまなら、買いに行く交通費がもったいないような値段ですぐに揃うが、それではつまらないので、すこしずつ集めている。

 動植物などネイチャー系の記念切手は、後の一九八〇年代ごろからさかんに発行され、世紀が変わるとエコロジカルなテーマも加わり、多種発売されている。印刷技術の進歩で、写真原版のリアルなものや、凝ったデザインのものもある。
「魚介シリーズ」は、生態ものというより食材ものというべきか。家庭の食膳や呑み屋でおなじみの魚貝ばかりだ。さして目新しさはない。
 しかし五十五年近く前の、この「魚介シリーズ」こそが、群を抜いて美しい。

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ならべて見ると「うまそう」!
こんなに小さい画面に、日本画材の雰囲気がよく出ていると思う

 技術的限界もあったかと思うが、解像度を追求するより、金、パールなど豪華な特色を使う──三色配合のみならず特別な色インクを刷り重ねる──などで、マチエールを出している。芸術性と工芸美が響き合う。
 そうした制作努力がされたのも当然で、原画は当時の画壇を代表する日本画家たちに依頼した「描き下ろし」なのだ。奥村土牛、上村松篁、杉山寧、前田青邨、山口蓬春……なんという錚々たるラインアップ! 全種類集めると、一流日本画家の描いた魚の名作展が机上にできあがる。

 もっとも、そういう鑑賞をした人が、当時いたのかどうか。
 絵柄の魚の名産地をうたう各地が、特別な発行日消印の認可を得ようと激烈な陳情合戦を起こした──その消印がある切手を求める収集マニアが訪れたり、通販依頼が集中したりするから──とか、科学畑から絵が正確でないという指摘が毎度のように発せられ、騒ぎになったりなど、おなじみの狂想曲が騒々しく奏でられはしたが。
 ちなみに、ウロコの数が違うとか、しましまの有無だとかは、専門家には許せなかったろうが、どの切手の画にも落款がある──ケシ粒のようなハンコの印形がちゃんと刷られているのも楽しい魅力のひとつ──からには、日本画の作品なんであって、そりゃ応挙や玉堂は写生をむねとしたかもしれないが、図鑑の絵じゃないんだからさぁ、とは思う。
 ただ郵政省が「芸術だから多少はいいんだ!」と、かなり居丈高な対応を繰り返したようで、郵政省に腹を立てて魚介切手の間違い探しに意地になった人たちも、いたと思われる。

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「NIPPON」切手第一号、加藤栄三の「いせえび」。一九六六年一月

 ところで「魚介シリーズ」は、切手に刷る国名の発音に初めて「にっぽん」が採用されたものだ。この切手シリーズを起点に、いまも記念切手、通常切手をとわず「日本郵便」とセットで「NIPPON」と、かならず刷られている。見てみてください。

 なにが面白いかというと、知っている人は知っているが、「日本」を「にっぽん」と読むか「にほん」と読むかは、決められていない。なのに切手は「にっぽん」なのである。
 政府の見解は「どっちでもいい」で、閣議決定答弁として出たのは意外に最近で、十年前だ。それも、国会で質問されたから言うとね、くらいのノリだ。

 くわしく調べていないが、状況に変化はないだろう。
 なぜって、法律などで「にっぽん」か「にほん」どちらかに決めてしまったら、ことし創立百年の日本(にほん)大学、あるいはそれより会社設立が古い日本(にっぽん)郵船などは、いまさら名称をどうするんだという話になってしまう。

「NIPPON」と刷ったのは郵政省の判断だが、いろいろ苦労があったようだ.
 ごく簡単に説明すると、一九六四年、日本も参加している万国郵便条約の新規則で国名のローマ字表記が義務づけられたのが起点。ローマ字とは「JAPAN」でなく「日本」を読み下した発音を表記するという意味だったので、困ったことになった。
 相談された文部省国語課は、明確な回答はないとの返事。しかたなく郵政省内で詰め、つぎの理由で「NIPPON」つまり「にっぽん」に決めた。

・「NIHON」だと「におん」と読まれるかも。
・「日本」は古来「にふぉん」に近い読みかたとされるので「にっぽん」のほうがよい。
・「NIPPON」が、前の年(一九六四年)の東京オリンピックで問題なく使われた。

 魚介切手の間違い探しではないが、この決定にも識者らから異議が殺到、「にほん」「にっぽん」論争に火がついてしまう形ともなったようだ。
 切手の「NIPPON」はむろん、当時の閣議了解を経ているが、ときの首相、佐藤栄作が、総理府で正式結論を出してほしいと言ったのも、アオりになったらしい。

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橋本明治の「かつお」 一九六六年五月
魚屋で買った魚を泳いでいるように描いたので、生態と違うところが出てしまったのだろうか

 経緯はともかく、切手の文字が「NIPPON」だからって、それが読みかたの基準でもなんでもなく、べつに「どっちでもいい」というのがいい。
 切手を「NIPPON」と決めるのに、かなり悩まなければいけなかったほど、「NIPPON」にも「NIHON」にも「JAPAN」にも統一できない、あやふやさがある、そこがいいのだ。
 いま、未来の日本のためと称して、いろいろウザったいことをしようとしている者たちがいるが、日本のためというなら、まずは国の根本である国名の正式な読みかたを決めるところからやってちょうだい、といっておこう。決められるはずがないから、よけいなナショナリズムを鼓舞することもできまい。

 十年前に「どちらか一方に統一する必要はないと考えている」という答弁を出したのは、そのとき首相だった麻生太郎。
 この男の、「それがどうした」みたいな態度は大嫌いだ。しかし「にほん」なのか「にっぽん」なのか、という設問にかぎっては、麻生のマネをして口をひん曲げながら、「どっちでもいいじゃねえか、そんなこと」と、いつも答えられるようにしておきたい。(ケ)


【参考】『解説・戦後記念切手〈3〉切手バブルの時代』内藤陽介/二〇〇五年
Originally Uploaded on Jan. 22, 2020
posted by 冬の夢 at 21:05 | Comment(0) | 切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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