2019年08月21日

記念切手「伝統芸能シリーズ」─歌舞伎の切手を「切手市場」で買った(1/3)

 歌舞伎や文楽の記念切手を、このブログに観劇評を書いている伝統芸能ファンの別の筆者に進呈したら、喜ばれた。
 昨年、国立・国定公園の記念切手をふと集めたついでに、なんとなく買っていたもの。あげた後でまた欲しくなり、もう一度、揃えることに。しばらく行っていない「切手市場」で探そう。

「切手市場」とは、毎月東京で開かれているフリーマーケット式の記念切手市。専門店から個人コレクターまで、さまざまな売り手が、ビルの貸しフロアのテーブルに自慢の品を並べる。
 と説明すると、いかにもマニアックで素人は門前払いをくいそうだが、たしかにハードルは低くはない。初めて訪れたときは、テーブルに並んだものの価値どころか、なんの意味がある収集対象なのかさえ、わからなかったほどだ。
 が、出店者は毎度の顔ぶれが多いらしく、雰囲気はけっこう明るい。高額稀少品しかないなんてこともなく、様子を見てテーブルを選べば、花の絵柄でとか、なるべく安くて色がキレイなの、というような素人買いもできるし、実際にそういう買いかたの人も見かける。

 今回は、月例とは別に、浅草・台東区区民会館で開かれた「切手市場感謝祭・夏」という催しを訪れた。といっても会場の様子は月例とあまり変わらず、静かな中にも親しみやすさがあった。
 とはいえ、出店者と来場者もかなりの率で顔見知りらしく、聞こえてくる隠語というかコレクター的やりとりは、まったく理解できない。また、目当ての切手は、ここではあまり出品されない領域で、見つけにくい。
 とにかく、なるべくケハイを消し、各テーブルをやや遠目にスキャンしつつコソコソ歩き回る。いや、素直に聞けばいいんですけどね。ウチはないけど隣の人は出してるよ、などと教えてくれると思う。


 伝統芸能切手が「切手市場」にはあまり出品されないというのは、稀覯品だからではない。その逆である。
 このブログでも何度か書いたが、一九六〇年代以降の日本の記念切手で未使用品は、経年価値がほとんどないのだ。発売枚数が多かったのと、かつての収集ブームの渦中にいた収集家の高齢化で収集品が整理されるようになり、在庫過剰だからだ。
 なので「額面」と記されたブックやケースを見つけ、そこから見つけると、かなり昔のものでも、各切手の表記額つまり発売時に郵便局で買うのと同じ値段で買えてしまう。ということは額面(郵便料金)が低額の、昔の切手ほど気軽に買えるわけで、嬉しいような寂しいような感じだが、古書市場にも似たようなことが起きつつあるという。

 というわけで、ある出品者さんのテーブルに「額面」と書かれたアルバムを発見、すぐに探しものすべてを入手できた。伝統芸能切手はシリーズ2つあり、後者は一九九〇年代の発売で百円切手がけっこう含まれるため、爆安とまではいかないにしても、計算ヘチュセヨしてみると、十五点以上で千円程度だ。

 それにしても、日本の記念切手がぎっしり「在庫」されたアルバムをめくっていると、時を忘れる。まさに小さな歴史博物館だ。
 文字通り「切手大」の小さな紙っきれに、絵柄をこんなにも細密に刷るために、どれほどの印刷技術が開発投入されたのか。目あての切手を探すのが目的で、流し見なのだが、感心しきりである。
 不思議なのは、古いほうのシリーズ、つまり一九七〇、七二年発売の歌舞伎や文楽の切手のほうが、明らかに美しく見える。印刷技術、いまでいう「解像度」などは、どうしたって九〇年代のシリーズのほうがいいに決まっているのに、舞台にぐっと目を凝らすときの感じは、古い切手のほうにある。絵柄に選ばれている演者のせい──昔の俳優や遣い手の方が所作がよい──だと単純に思ったが、そうでもない。すこし調べたが、理由はよくわからない。

 というような、重箱ツツキな疑問は忘れ、観たことがない有名演目がまだたくさんあると思ったり、観たことがある演目が切手になっているのを懐かしく「鑑賞」したりした。
 歌舞伎でも文楽でも演じられる演目が切手になっていて、実際に歌舞伎でも文楽でも観劇したことがあるのは、熊谷陣屋の直実。歌舞伎の直実は八代目・芝翫(橋之助)の襲名公演を、文楽の直実は吉田玉男の襲名披露公演、その後に桐竹勘十郎で観た。

 切手になった文楽の直実は、桐竹亀松。勘十郎は二十二歳のとき阿古屋の足を初めて遣ったが。その阿古屋の主遣いが亀松だったそうだ。
 そして切手の歌舞伎の直実は、初代・中村吉右衛門。
 この人は、いまの吉右衛門の実の祖父で養父だという。なんじゃそりゃ、というのは、男の子がなかった初代・吉右衛門は一人娘に養子をと、嫁に行かせなかったが、その娘は初代の白鴎と結婚するにあたり、男の子を二人は産み一人に吉右衛門を継がせるから、と父の吉右衛門にいったのだそうだ。すごい話だが、ほんとうに男の子が二人でき、長男がいまの白鴎、次男が約束通り祖父の養子になり、現・吉右衛門なのだ。
 そして、いまの吉右衛門の四女が、いまの菊五郎の息子(菊之助)へ嫁にいった。これは、直系継承は厳しいとみられた吉右衛門と菊五郎の次代を同時に生成せしめようとする起死回生のプロジェクトである──という見立ては、今回、伝統芸能切手を進呈した、べつの筆者が書いているとおり。
 こんな話をしていると、こと「継承」となると、驚くようなことを本気でやる梨園のすごさを思い知る。伝統の価値と正統性は、そこまでやってこそ、ということなのだろう。ならば皇室は……いや、この話を皇室にあてはめたりしたら、怒られますが。

 すっかり切手の話を離れてしまった。
 次回は日本の伝統芸能切手の絵柄について、すこしお話しできたら、と思っている。(ケ)

【続編は→こちら←

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Originally Uploaded on Aug. 24, 2019. 00:15:00
posted by 冬の夢 at 00:01 | Comment(0) | 切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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