2018年11月17日

第二次国立公園シリーズ切手の魅力(4/8)─ 出戻り初心者郵趣事情

 たまたま手に入った何枚かの国立公園切手が、とても美しく見えた。
 集めてみたくなった。記念切手を買うのは半世紀ぶりのことだ。

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 親しい人がくれた小さなストックブック──切手コレクション用の保存ファイル──に、日本の記念切手がいくつか入っていた。一九六〇年代から一九七〇年代にかけて発行された「第二次」国立公園シリーズ、そして、ほぼ同じ時期に発行された国定公園シリーズの一部だ。
 それらの発行当時、切手収集は一大ブームで、小学校低学年のわたしも集めていた。長続きせずにやめてしまい、国立、国定公園切手は興味もなくほとんど手にしたことがなかったので、この機会に両シリーズの収集を完成させたくなった。

 ふたつのシリーズで計百枚ほどのうち、ストックブックにあったのは三分の一に欠けるほど。しかし、残りを集める費用の心配はないと知った。それも、集める気になった理由だ。
 というのも日本の未使用記念切手、それも一九六〇年代以降のものには、骨董的価値がない。そのころの記念切手が出てきて、お宝と思い込みチケットショップなどに持ち込むと「使っちゃってください」といわれる。専門店でも額面プラスアルファの値段で買い集めることができる。
 六〇年代以降の記念切手は発行点数も枚数も多く、はなから在庫が多い。収集ブームが去ってファンが減り高齢化も進んで、処分されるコレクションがさらに流入、稀少価値がつかないのだ。

 切手趣味の現状はその程度しかわからないが、出戻り初心者としては、状況はどうあれ通販でなく歩いて探すのが筋と考えた。
 このブログでも書いたように、即売会や専門店へ行ってみた結果、欠番はかなり埋まり、あと十数枚ほどで揃う。シリーズの全点セット品が特価販売されているほど市中在庫があるので、コンプリートは間違いない。

 国立、国定の両方とも集めているが、どういうわけか、華やかな国定公園シリーズでなくジミな国立公園シリーズのほうが、ずっと気に入っている。
 国定公園切手は絵が版下で、その絵柄に変化をつける工夫も面白いし、カラー印刷が美しい。国立公園切手は戦前の「第一次」シリーズを地道に継承した一色刷で、絵柄も遠景ばかり。変化にとぼしい感じもするのだが……。
 
 その一色刷、つまりモノクロ写真が赤系、青系、緑や紫など単色印刷になっているところに、いまさらのように目をうばわれた。
 そこは、小学生収集家時代のわたしには、ぜんぜんアピールしなかった点。せっかくの黒白諧調が損われるし、色がなんとなくエグい。赤なら赤の色調が統一されておらず切手によって変わるのも落ちつきがない。一枚か二枚しか持っていなかったはずだ。
 ところが、いまはこのデザイン、すごくカッコよく感じる。ジャズのブルーノート盤のレコードジャケットみたいに見えるからかもしれない。オトナの雰囲気があるのだ。
 見ていると音が聞こえてきそうなブルーノートのレコードジャケットのように、画像に訴求力が感じられるからだろうか。

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 初めて実物をルーペでよく見てみる。
 絵柄の繊細な仕上げに感心させられた。
 全体に構図は「おとなしめ」で、素人目を驚かすところもない。しかし山肌の凹凸の力強さや、突き上げるような木々の梢が、きっちり見える。ゆるやかな稜線や水際の曲線もいい。波立ちや、霧のような波濤、雲のたなびきなど、背景の動感もみごとだ。
 切手の小さな画面に収まったときどう見えるかだから、印刷原稿にする写真プリントの制作、修正加筆、さらに製版や校正の指示加減にまで、相当な苦心があったはずだ。が、ボツになったテイクもけっこう多いようで、作り込みすぎはきらい、切手としてダメならあっさりボツにする気風があったなら、潔くていい。
 想像ばかりで話を「作り込みすぎ」ていては世話がないが、大蔵省印刷局が一九六九年に出している『郵便切手製造の話』などを読むと、実際の作業例も追える。個々人の技能もすごいが、無名の職人集団に徹して「切手製造」に邁進するところにむしろ緊張感があり、ルーペ鑑賞にも身が入る。かなり大胆な原版の改変もしたようだし、いかにも官僚的で非能率な手続きもあったと思うが、とにかく芸術家ぶった表現談義は、ついぞ出てこない。そこが爽快だ。

 ブルーノート盤のジャケットを思せわるクールな単色刷の色使いは、戦前に始まった前のシリーズ(第一次)のデザインを継承しているわけだが、第一次シリーズの発行開始時、切手の刷色はつぎのように内定していた。
 すなわち、海外の切手を集めて研究し、当時の万国郵便連合が定めたガイドラインに、おおむね沿うことにしたのだ。国際郵便にも使われる切手の色は、使用目的や額面別に、緑、赤、青とし、区別しやすくしようというものである。
 集めだした戦後の「第二次」シリーズには、その決まりは採用されていないはずだが、色使いのカッコよさが、アート志向での選択というより、郵便の約束ごとが起源の機能美だとしたら、それもまた、とても魅力的だ。

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 きな臭い事変を起こして国際社会の懸念をかっている最中に、外国人観光客が国立公園の記念切手を見て──どのくらいの数が来ていると勘定したのか?──日本が海外に広く深く理解されるなどという期待は、よく練られた国策宣伝だったとしても、空回りに終わったことは間違いない。
 なのに戦後も、そのシリーズを類似デザインで続け、その後、またしてもイメージを継承して「第二次」シリーズを開始したのは、どのような理由からだったのだろう。
 第二次シリーズの初回にあたる「富士箱根伊豆」切手が発行されたのは一九六二年一月。東京オリンピックが間近だったので、やはり対外宣伝は大きな目的だったことはわかる。それにしても……。
 戦前に始めた前シリーズの、思想的に平和で純粋な部分と、徹底した技術追求精神は、正しく受け継ぐべき、という判断だったのだろうか。(ケ)──この項つづく

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Originally Uploaded on Nov. 21, 2018. 19:00:00
*写真の解像度は低くしてあります


◆記念切手についての記事は→こちら←
posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | 日記 旅・徘徊・発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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