2018年10月07日

『半分、青い』と『ラ・ラ・ランド』を職業選択の視点から振り返る

NHKで放映されていた『半分、青い』が終わってしまい、毎日ドラマを見続ける楽しみがなくなってしまった。もともと朝ドラを見る習慣はなく、『半分、青い』を見るようになったのは、くらもちふさこのマンガが取り上げられると聞いたからだった。秋風羽織という男性マンガ家に設定は変えられていたけれども、朝ドラなんだからヒロインの鈴愛(スズメ)は、秋風先生に導かれて少女マンガの世界で功成り名遂げるのだと思って見始めた。だってそうでしょ。朝ドラとは女性の一代記であって、貧しさに負けずに夢を叶えるとか、ヘッポコ旦那を支えながら事業を成功させるとか、そういうお話なんでしょ。
ところが、『半分、青い』は違った。朝ドラの王道からは大きく外れていた。いや、そもそも王道などこれっぽっちも意識せずに作られていた。だからこそ毎日見逃すことなく、九月末まで引っ張られることになったのだけれど。
鈴愛はマンガ家を目指して上京し、秋風先生の元に弟子入りした後、マンガ誌にデビューする。成功だ。でも続かない。次第にアイデアに行き詰まり、自分の才能の無さに気づく。そこから踏ん張って、努力の末に再起するわけではない。マンガ家をやめてしまうのだ。このあっさりとした引き際。見極め。
そしてマンガ家の次に鈴愛が選んだ職業は、100円ショップの店員。そこで出会いがあり結婚して出産するのだが、夫に見捨てられて実家に戻る。食堂を営む実家は弟が仕切っていて、鈴愛の居場所はない。そんな中で鈴愛は五平餅カフェを始める。ところがフィギュアスケートに目覚めた娘のために再び上京。カフェ運営の人脈からモノづくりのスタートアップ=ひとりメーカーを目指す。そして、幼馴染の律(リツ)が合流して、二人メーカーになる。鈴愛と律の会社、スパローリズムは「そよ風の扇風機」を開発する。
このように鈴愛は、マンガ家→店員→五平餅→ひとりメーカー→協働事業者と職業を変えていくのだ。軽やかでしなやかなその翻り方が『半分、青い』の魅力であったと思うし、そこに幼馴染の律との関係が絡んで、最後まで視聴者を引き寄せ続けた脚本家北川悦吏子のストーリーテリングには、正直脱帽であった。

これまでの朝ドラのヒロインたちと鈴愛との決定的な違いは何か。それはヒロインの「職業選択」。従来の正統派ドラマにおいては、ヒロインは一心不乱にゴールに向けて突き進む。ゴールとは、生まれもって定められた家業を継ぐことであったり、子どもの頃に抱いた夢を実現するため専門的スキルを身につけたうえでの実業であったりしたはずだ。それとは真逆に鈴愛が目指す道はどこに繋がって行くのか、全く予測不能であった。

「職業選択」とは二十世紀初頭にアメリカで生まれた概念だ。産業革命によってヨーロッパから移民が押し寄せ、労働者たちは様々な職を転々としていた。そもそもそれ以前は、職業とは先祖代々受け継がれるもので、子は父の仕事を手伝ううちに自然とその職の後継者となるより他に選択肢はなかった。そうした定住的な暮らしは産業革命によって一変する。人びとは親元を離れて都市に集まり、そこで日々の食い扶持を稼ぐための職を探す。雇用主に気に入られなければ辞めて別の職を探さなくてはならないし、気に入らないのなら自分から辞めるしかない。そんなだから定職につくことが難しい時代であった。そこにパーソンズという社会改革運動家が現れ、世界初の「職業相談所」を開設する。以来、個人と仕事をいかにマッチングさせるかというのが職業選択の大テーマとなったのだった。

ところが1970年代以降、職業選択に関わる意思決定の考え方は変化する。
カナダ人の心理学者バンデューラは、「モデリング理論」を提唱する。人は他者の行動を観察し模倣することで自らの行動を決めるという理論だ。ここで話は『半分、青い』に戻るのであるが、鈴愛は、秋風羽織というマンガ家に出会って自分もマンガ家になろうと決意する。そして五平餅を作り続ける祖父からレシピを受け継いで、五平餅をカフェ展開しようとする。さらに再上京して訪れたシェアオフィスで好きなものだけを作って販売する女性を知り、自分もひとりでメーカーを立ち上げる。どれも身近なモデルを観察学習したうえでの行動で、鈴愛の職業選択行動はモデリングそのものであると言えよう。

鈴愛の行動パターンを読み取るうえでは、バンデューラの学習理論を発展させたスタンフォード大学の心理学者クランボルツの学説も大いに参考になる。クランボルツは、偶然に起こる予期せぬ出来事により人のキャリアが決まっているのだと説く。その偶発的な出来事が生み出されるように積極的に行動することが自らのキャリアを創造することになるのだと。
鈴愛は思いつきのように五平餅カフェを始めるが、そこを訪れた元広告代理店営業マンとの出会いがひとりメーカー立ち上げの契機となる。娘をスケートの教室に通わせたくて上京したのだったが、幼馴染の律はその娘から集団が横一列になってスケートを滑るのは難しいと語る会話から「そよ風の扇風機」の開発プランを思いつく。こうした偶然の積み重ねのうえに朝ドラのヒロインが職業選択していく様はまさに朝ドラのポストモダンであって、「計画された偶発性」と呼ばれるクランボルツの理論を地で行くようであった。

加えてクランボルツは「計画された偶発性」を自ら引き寄せ、活用するために五つのスキルが必要だと言う。@好奇心 A持続性 B柔軟性 C楽観性 D冒険心。なんと鈴愛の性格設定そのままではないか。何にでも興味を持つ好奇心。律を大切に思い続ける持続性。ダメなら次、とすぐに気持ちを切り替える柔軟性。いつもうまく行くと信じる楽観性。そして常にリスクに挑む冒険心。
平成最後の年の朝ドラが、伝統的な女半生記から、自ら予期せぬ出来事を引っ張り込んで、職業選択に活かしていくバイタリティをもった女性の物語を提示したのは、なにやら時代を象徴しているように思われるのである。

半分青い.jpg

さて、こうして朝ドラをキャリア発達の観点で捉え直してみると、最近見た映画の中にも似たような解釈が出来る作品があることに思い当たった。
デミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』。過去の様々なミュージカル映画へのオマージュが画面に散りばめられていて、楽曲も振り付けもカメラワークもすべてクラシカルで、なかなかの佳作であった。一方で見終わった後の妙な切なさも印象深く、あの切ない感じはどこから来ているのだろうかと、心のどこかに魚の小骨が刺さったような気がしていた。

切なさの正体は「起こらなかったこと」。恋人同士になったセバスチャンとミア。セバスチャンはオーセンティックなジャズクラブを開業するのが夢で、そのために自分のポリシーに反するロック系バンドの仕事に忙殺される。女優を目指すミアはオーディションに落ち続け、再起を期したひとり芝居公演も失敗し、遠く離れた故郷に帰ってしまう。そこへセバスチャンが追いかけてきて、公演の噂を聞いたプロデューサーがミアと会いたいと言っていると伝える。ロサンゼルスに引き返したミアがオーディションを受けると合格、その映画出演を契機にミアはスター女優に登り詰める。
映画のラストは、セバスチャンが経営するジャズクラブに偶然入ったミアが、ピアノを弾くセバスチャンと出会う場面。二人の初対面に遡り、セバスチャンとミアがともに仕事で夢を叶え、結婚して家庭を持つ幻影が流れる。でもそれは単なる幻。ジャズクラブと女優、それぞれの理想を実現した二人は、この先は会うこともなく、別々の人生を生きるのだった。

メリーランド大学のカウンセリング心理学者ナンシー・シュロスバーグは、人生の転機としてのトランジションがあると唱えた。転機には三つのタイプがある。「予測していた転機」「予測していなかった転機」「期待していたものが起こらなかった転機」。セバスチャンとミアにとって「期待していたものが起こらなかった転機」が二人の人生の分岐点となってしまった。二人で共に暮らすこと、すなわち結婚して家庭を持つことが「期待していたもの」。職業上の選択においては、二人とも自分の夢を実現したのにも関わらず、期待した結婚は「起こらなかった」のだ。
セバスチャンもミアも不幸なわけではない。セバスチャンはジャズクラブで気の合うミュージシャンに囲まれ、ミアは女優でありながら良き妻、良き母親でもある。しかし一緒に追いかけた夢のゴールは、全く別の場所にあり、だから二人は一緒にはなれなかった。トランジションの中でも「期待していたものが起こらなかった転機」は切なく哀しい。
そのトーンが『ラ・ラ・ランド』の全体印象を支配していたので、楽しいミュージカルなのだけれど、妙な切なさが残る映画に思えたのだった。

ララランド.jpg

こうして職業選択の観点からドラマや映画を振り返ってみると、キャリア発達の心理学者たちの理論をきちんと踏まえた設定になっていることがわかる。意図したものではないにしても、脚本家はある意味においては心理学者としての側面を持っている人たちなのかもしれない。いや、反対にドラマや映画で描かれる人生は、心理学者の学説などを簡単に飲み込んでしまう幅広さと奥行きを備えているものなのだろうか。
どちらにしても、朝、鈴愛と律に会えないのは寂しい。賛否両論あったようだが、『半分、青い』は観る者を中毒にさせる、十分に魅力のある番組だったと思う。(き)


(※)「新版 キャリアの心理学」(渡辺三枝子編著/ナカニシヤ出版)を参考しました。


posted by 冬の夢 at 01:07 | Comment(0) | 時事 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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