2018年09月09日

ふしぎなファッション ワークマン

 この四年ほど、関西圏と首都圏、三対二くらいの割合で暮らした。
 東京に縁がなかったわけではないが、あらためて東京で生活を続けると、よくわからない現象に出くわすことが多い。 
 
 最近、不思議なことは「ワークマン」だ。
 ワークマンとは群馬県伊勢崎市が本社の、作業服や安全靴、工具などの専門小売店。関東基盤に全国FC展開している、その分野の小売業ナンバーワンだそうだ。
 要するに現場作業者向けの専門店チェーンで、そのためか幹線道路沿いの店が多いから、なんの店か知らなくても見かけた人は多いだろう。

 このワークマンが、いま「きている」らしい。
 ツルハシやモッコなんて見たこともない──いまの工事現場じゃ使わないか──ド素人がウェアを買いまくり、同社は空前の好況だという。
 注目されているのは、ユニクロや無印良品のようなコスパ系ウェア(女性向けを含む)ショップとして、ショッピングセンターへの本格展開をめざす新業態、「ワークマンプラス」。今月上旬、東京・立川のららぽーとに一号店を開店、従来店の開店業績をはるかに超える、好調なすべり出しだ。

 わからない。
「ワークマンプラス」には行っていないが、行ったらよけいわからなくなるだろう。

 わたしはかなり前から、ワークマン愛用者(ド素人)なのだが、どことなく気がひける感じで着ていた。
 見るからに現場っぽい人びとにまじり、素人ですがと低姿勢で買っていたのだ。プロ向けの店だと思ったから。
 なのに、「ワークマンいいよ!」と知人たちに説明すると、固まられてしまうことがときどきあった。それも、気がひけながら着ていた理由だ。
 話す相手を間違えたとも思うが、「大丈夫なの」という心配そうな反応なのだ。なにか困っているのでは、という感じ。ヒートテック(ユニクロ)を買えばいいじゃない、というような。差別になるから使っちゃいけない言葉とは知ってるけど、なにもわざわざ「ドカタ」の服なんて、と。

 初めて買ったワークマンは、裏ボアのハイネック。いかにも工事現場ふうの、胸ポッケがついたりする黒とか紺とかのだ。下をニッカでキメれば、おなじみのスタイル。
 兵庫県三木市の店だった。当時の居宅は神戸の六甲ケーブル下に近く、冬は歯が鳴るほど寒い。三木は北六甲で、なお寒く──さびしい街でした──出かけついでに見つけたワークマンの店で、思わず買った。
 暖かくて、値札を疑うほど安い! オール化繊で、感電しそうなほど静電気が起きるが、まことに分相応と納得。ドレスダウンだとかチープなんとか、ではない。以後、ワークマンをよく買っている。

 おおっぴらに着れない気がしていたくせに、女性も殺到するコスパブランドになったらなったで、取り残された気がしているだけだろ?
 まあ、そういう気分も、ないではない。
 ただ、コスパとファッションが同時に必要なら、それこそユニクロやGAPなどでなぜいけないのかと、逆に聞いてみたくなる。
 といっても聞ける人もいないので、なぜわざわざ「ワークマン」か、かってに想像してみた。

(1)来歴を知らず、新しいコスパ系ブランドのひとつと思った。
(2)来歴を知っていて、既存のコスパ系ブランドより丈夫だろうと思った。
(3)来歴を知っていて、プロ仕様を重視。アウトドアブランドより安いから。

 スマホをチラ見すれば「来歴」はすぐ分かるから、最低でも(3)レベル以上の理由だろうが、だとしたら「わけがわからない」というより、不気味な気がする。

 なぜ、危険な工事現場の作業員に必要な機能の服を「わざわざ」着たいのか。
 地震被害や気象災害が異常に多いと感じられる昨今ゆえ、ある種の不安心理が背景にあるのだろうか。
 一般向け災害対応服といえば、緊急時の政治家の服装、あの、身ごろが浮き上がったような作業服くらいしかイメージできなかったから、もし「おしゃれにアレンジされたプロ仕様の服」があれば、安心と流行が同時に得られるということだろうか。

 ここまで考えたが、結局わからない。
 ワークマンを着たからといって、災害を回避できるわけがなく、安全でも安心でもない。ワークマン(のウェアや道具)は、現場のプロ、それこそ「ワークマン」たちが身に着けてはじめて、ワークマンとして機能する。いくら「おしゃれにアレンジ」されたワークマンを着たって、災害で非常呼集された政治家たちが、不恰好な作業服を、なにかのイイワケのように着ているのと本質的には何も変わらないはずだが。
 なんてことを、いまワークマンが新しい、と思っている人たちにうっかり言ったりすると、固まられるどころかボロカスにやられるに違いないから、このくらいにしておこう。

 いまは、プラスチックのストローを環境保護の面から廃止しようという動きに、切実な期待がある。
 いや、環境運動家には申しわけないが、ストローがなくなれば、歩き飲み、自転車飲みや、混んだ電車内の立ち飲みが減るのではないかと。それに引っぱられて歩き食べ、街頭食べも減ればいいのに、と思っているだけ。
 首都圏を留守にして戻ってくるたび、そういう現象が増えていくのを感じてきたが、ふつうにOKなマナーとなり、「よくわからない現象」に取り巻かれているような感じになってしまった。
 ことの良し悪しを議論する気はないし、どこが悪いのかとキレるヤツを諭す気もない。ただ、外出している間じゅう、よくわからないことに出くわすのがつらい。だから減ってほしいと思うだけである。(ケ)

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posted by 冬の夢 at 11:10 | Comment(0) | 時事 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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