2018年08月18日

日本の古代史を「朱」の採掘輸出ビジネスで解釈しなおそうという面白い本が出た

 このブログで著書を紹介してきた蒲池明弘さんが、この夏、文春新書にさらに一冊の新著を加えた。
 題して『邪馬台国は「朱の王国」だった』。
 これまた面白い本なので、手にとってみてください。

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 二〇一八年七月二〇日発行

 邪馬台国は日本のどこにあったのか──これが日本全史最大のナゾのままであることを、知らない人はいまい。
 江戸時代の新井白石や本居宣長あたりから議論が始まっているのに、いまだに所在地論争は続いていて、今年の春にも、近畿の有力候補地から十年ほど前に出土していたモモのタネが、放射性炭素年代測定で邪馬台国時代のものとされて話題になった。たちまち反論も起き、ひと騒動になったばかりらしい。
 蒲池さんはこの本で「私は鉱物や鉱山の専門家でも、邪馬台国の研究者でもないのですが」とあっさり書いているが、自説を批判されると不幸の手紙を送りつけたりするような研究者がゴロゴロいる──いないか、そこまでは──邪馬台国業界にのり込んで大丈夫なのか!

 という心配は、杞憂だった。
 この本は、邪馬台国の所在地を解明する本ではないのだ。
 初版の帯には、どデカく「邪馬台国はどこにあったのか」とあるので、タイトル倒れじゃないかと怒る読者もいるかも知れないが、そこはまあ、出版社の意向でしょう。広く多くの人に売りたい新書ですから。

 ならば、この本で蒲池さんは何を試みようとしていて、それが邪馬台国にどう結びつけられているか。
 できるだけかんたんにいうと、こうだ。

 この本の前に同じ文春新書で出した『火山で読み解く古事記の謎』(二〇一七年)で蒲池さんは、古事記の記述は古代の火山活動のメタファーではないかという説を得て、登場する神々そのものや神々の戦いの様子が、古代の火山活動の記録や噴火災害を鎮める祭祀を示しているようだと、傍証を試みた。
 新刊の『邪馬台国は「朱の王国」だった』では、噴火や地震で日本に災厄をもたらした火山の「恵み」に注目する。それは太古の火山活動による鉱床に生成した「朱」、つまり硫化水銀(辰砂)なのだという。
 朱は、もちろん高貴な彩色材のひとつだ。貴人の墳墓の内室に塗られるなどの用途があったし、現在は色彩が剥落した状態で鑑賞している、いにしえの建造物や像の多くが、もともと真っ赤にハデハデだったらしいことはCGなどによる色調復刻研究でも目にする。
 そして古代中国では、朱とそれを原料に作られる水銀は、道教の神仙思想と結びついた秘薬の原料でもあったそうだ。邪馬台国の重要輸出品目のひとつに朱があったのは、当時の中国では目的に合致する朱が得られにくかったということらしい。
 そこで、古代の朱の鉱床や採掘地と目される場所をさぐり、マッピングすると、大和(近畿南部)、阿波(徳島)、そして九州の西部、南部の四拠点に集中していることを、蒲池さんは指摘する。なんと、これまで提案された邪馬台国のさまざまな候補地と重なっているのだ。

 朱(を原料とする水銀)という鉱物の価値に注目して邪馬台国を追う説は、すでに存在してはいたが、あくまで少数意見で、あまり言及されなかったという。
 もとは大手新聞社の経済部記者だった蒲池さんは、朱を古代日本特有の貴重鉱業産品とみて、邪馬台国を、いわばレアメタル交易で古代国際市場にうって出た「朱の王国」と位置づける。そして邪馬台国を、朱の貿易の拠点、産業都市とみた場合、これまでにあがった「候補地」が、いかなる正当性を持つか、傍証をかさねていく。

 蒲池さんが書く歴史本のアプローチが面白いのは、歴史学、考古学、科学から、伝承にまで目くばりを効かせ、思わずうなずく視点を示しつつ話を進めるところだ。
 この本のアングルもそうだが、専門学説のみならず地域の歴史家らの案にも注目、机上研究だけでなく多くの地域を歩いて探り、現代の眺めに古代の風景をさりげなく浮かばせて、読書の楽しさに実感を加えてくれる。
 また、現地探訪のおりには、有名無名、さまざまな人たちに質問し、地べた感覚の知識を持つ人の声を届けてくれるのも、もと記者らしい情報のつかまえかただ。読売ジャイアンツの坂本勇人は、自分の技量アップのためには、先輩後輩やチームの違いを問わず機会あるごとにどんな選手にも質問するというが、人見知りでなかなかモノを聞けないわたしはうらやましいし、得た情報をすすんで提供してくれる、このような本はありがたい。学術的な価値より、情報の集合体として読みたい本でもある。

 かくして、太古の火山活動とその産物の朱を起点に、ビジネス拠点としての邪馬台国を想像し、記紀伝説を読み解き、古墳時代や伊勢神宮などを解読し直すこの本につきあうと、古代から現代に至るヒトの営みの不変のさまへも想像が及び、感心と不安が同時にかき立てられもする。
 自然災害に苦しめられつつも、ただ転ばず、自然の脅威から敏に利を拾ってたくましく生きるヒトの姿は美しい。
 が、そのたくましさは、巨大な採取機械や探知システムの開発に結実した。自然に災厄をもたらす側となった人類。地球を掘って掘って掘りつくし、破滅的な火山の怒りをかうのではないか。
 この本では、古墳の建造コストを考える過程で、朱の交易の利が現代のオイルマネーのように膨れあがり、当時の日本が周辺国へ軍事援助の形で提供した「傭兵ビジネス」とセットで、日本にバブル巨利をもたらしたのではないかということも、あくまで参考として指摘されているが、ここなどは、はるか昔の話とは思えず、読み直してしまった。
 秘儀を行い人心を脅かして統治した巫女だったという卑弥呼には、朱をその手に経済社会を統治する女性企業家のイメージも加わった。この本が描く、朱のビジネスモデルに従うなら、卑弥呼は女性政治家というより、朱のレアな価値を演出するためのキャラクターかも、という感想も持つ。キャラなら演じればいいから「キャスト」が複数いたかもしれない、などと。

 ところで、この本に、わたしのように邪馬台国も地質・鉱物もまったく素人の読者がスイスイついていくのは、率直なところけっこう難しかった。
 これは、蒲池さんの前著『火山で読み解く古事記の謎』で、読んでいる間じゅうドカンドカンと噴火する火山をイメージできるようには、邪馬台国も、朱(硫化水銀)も知らないという「負い目」のせいでもある。
 逆にいえば、朱がなぜ古代日本最大の鉱産商品たりえたか、で語り起こすか、サブコラムにまとめておいてもらえるとよかった──各章で内容に応じ書かれる形だ──し、邪馬台国の位置論争に一枚かむなら、論争のざっとのアウトラインもやはり、はさみ込みしておいてくれると助かった。さらに、新書の制作事情ではカラー図版掲載は難しいだろうが──巻末に蒲池さん主宰のサイト※への写真掲載案内がある──やはり「朱色のお宝」をガシッと目にしつつ、この本を読んでいきたかった。

 著者の蒲池明弘さんは、じつは大学時代の同級生。卒業後まもなく一度か二度会ったきりで、長らく音信がなかった。近年、ウエブ検索していて偶然、新聞記者をへて歴史本の版元・執筆者として活躍されていることを知り、つかず離れずの交流が再開している。
 大新聞の経済記者出身で出版社代表などというと、持論を吠えまくる怖ろしげなタイプに思えるが、まったく違う。状況証拠の積み重ねであると断りながらも丹念に情報を収集して駆使、歴史のオセロゲームのコマを裏返すように、コマの色が連続して変わる興奮を読者とともに楽しんでくれる、案内役のような人である。

 聞くところでは、このブログで、わたしが蒲池さんの本を紹介した文は、蒲池さん周辺では「ほめすぎ」という意見もあるらしい。この文も、そうかもしれない。
 いいじゃん、と思っている。新聞や週刊誌に載るような書評には、求められるスタイルや約束事らしきものがあるのはわかる。もし、この文がそういう用途だったなら、「ほめ殺し」なのだろう。しかし、この匿名ブログでは、いくらほめたっていいと思っている。そもそも人となりを知っていて、よき知人だと思う人が、本を何冊も出すという偉業を成しとげていることじたいが、うれしいわけだから。

 これまでは蒲池さんに、文献資料が少ない日本の古い歴史を科学の視点で読む歴史家になってほしい、と思っていたが、この本を読み終えてみると、歴史解読のための「証拠」を、本という形式でのみならず、さまざまな形で閲覧可能にする資料館長さんのような存在になってほしいとも、思うようになった。
 新刊書を買って読むことがほとんどなくなった昨今、かつて緊密だった新刊本と自分とのつながりの、最後の細い係留索は、こういう本を書く人が知り合いにいることだ。それしか新刊書との縁はないのだが、それでいい、悪くはない、と思っている。(ケ)

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 著者に見せてもらった朱(硫化水銀・辰砂)の標本



 ※桃山堂株式会社/ウエブサイトは→こちら← 同社代表としての蒲池さんのブログは→こちら←
posted by 冬の夢 at 13:20 | Comment(0) | 文芸・読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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