2018年06月27日

Bach−Italian Concerto, BWV 971 'GLENN GOULD ON THE RECORD' 元気が出る曲のことを書こう[41]

 グレン・グールドとの出会いは、有名な「ゴールドベルク変奏曲」ではなかった。
 バッハだけれど「イタリア協奏曲」だ。

       ♪

 クラシック音楽は、ほとんど聴いたことがないまま、グールドの演奏を知ったのは四十年近く前のこと。教えてくれたのは同級生で、レコードをカセットテープに録音して聴かせてくれた。
 ほかに教わったピアノ奏者は、フランソワ、ベネデッティ・ミケランジェリ、ポリーニ、コチシュといった人たち。同級生の消息はわからないが、初心者にこうした演奏家を紹介してくれたことには、感謝するしかない。

 もちろん「ゴールドベルク変奏曲」も聴かせてもらった。
 しかし、革命的だったといわれるデビュー盤のインパクトを聴きとることはできなかった。

 いっぽう「イタリア協奏曲」は、初心者でも聴きやすい曲なのか、明快、明朗に感じて、魅力的だった。
 がつんと始まる第一楽章、軽快さが最高な第三楽章、晴れ晴れするようなビート感だ! いま聴いても感じるが、四分の二拍子、二分の二拍子に「イチ、ニ、イチ、ニ」とついていくとき、「ニ」が強いバックビートで拍がとれてしまう。第二楽章の、瞑想的な美しさとのコントラストもいい。
 じつは「ゴールドベルク変奏曲」にも似た感じはあるのだが、第一変奏がとりわけ静かであることと、四分の三拍子が多い。クラシック初心者にはついていくのがむずかしくて「出会えなかった」だけかもしれない。

 グールドが弾く「イタリア協奏曲」が、ますます好きになったのは、その何年か後に知ったドキュメンタリー映像のおかげだ。一九五九年制作のカナダのテレビ番組で、デビュー四年目、二十七歳のグールドが出演している。もとのタイトルが『GLENN GOULD OFF THE RECORD / ON THE RECORD』という二本の番組のカップリングで、二〇〇一年に日本版DVDが出たが、一九八〇年代初めにレーザーディスクで発売されていたものだ。
 公演活動を退いた後のグールドは、セルフパロディもしくは多重人格的なトリックスターとなって自作自演メディアに登場するのは得意だったが、取材は大嫌いだったらしいから、若々しいグールドが気どらず快活に演奏について語っているこの映像は、何度見ても楽しい。

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 BEETHOVEN: PIANO SONATAS NOS. 30-32 1956
このジャケット写真のグールドが『ON THE RECORD』出演時のイメージに近いです

 グールドのイメージは九割がたこの映像に影響されていて、どの盤も、この映像を思い浮かべて聴いていたほどだ。晩年の演奏を聴くには、それでは正しくない場合もあるが。
「信徒」とまではいかずとも、グールドしかありえん! となり、せっかくさまざまなピアニストの演奏公演に行くようになったのに、終演後いそいで帰り、グールドが同じ曲を弾いたCDを聴いてみたりしていた。なんのつもりだったのか。
 さいわい(?)、よく知られているようにグールドは選曲の好悪が徹底していて、ピアノ奏者ならコンサートやレコードでかならず弾くような有名曲を、バカにして弾いたと公言したり、まったく録音していなかったりするから、なにもかもということには、ならずにすんだが。

       ♪♪

『GLENN GOULD ON THE RECORD』は、ニューヨークのコロンビア・レコードのスタジオで、「イタリア協奏曲」を録音する様子だ。
 さほど長くない映像だが、後々までグールドの奇癖に数えられ、レコード会社がことさら誇張して宣伝に使いもした行動の、ほとんどすべてが写っている。
 たとえば──。

 非常識な曲解釈:速弾きやダウンテンポが異端だと批判されたが、たしかに第三楽章を爆速でマシンガンのように弾いている。逆に第二楽章は、それじゃ歩けん──譜の指定はアンダンテ──というくらい遅い。

 ライブ嫌い、録音編集に執着:第二楽章を一発録りでなく編集したがって、プロデューサーにゴネる場面や、グールドが編集に執拗にこだわるのを、調整室で冗談話にしている場面がある。

 おかしな演奏姿勢:あの坐りかたでこう弾くのかという動きが堪能(?)できる。坐面がひどく低く、まるで呪術師だ。自然に落とさずバネ仕掛けのように鍵盤をヒラヒラ「はじく」指の動きは、ゲーマーのキーボードさばきに似ている。ペダルに至っては、使わないどころか、足を組んで弾いている!

 へんな椅子:たしかグールドのお父さん手作りの、有名な椅子。それでなければ演奏しないというやつが、もちろん置かれている。スタインウェイでピアノを選ぶときも自分でぶら下げて行っている。テープ補修だらけで、グールドが動くとキイキイと音が出てしまう。おなじみのミネラルウォーターも大瓶で用意されている。

 演奏中のハミング、空いた手で指揮:堪能できます(笑)。この映像の演奏がレコードになったかどうかはわからないが、特別な配置には見えないマイクで録音したのに、レコードではグールドの呪文のようなうなり声が抑え目であることに、感心してしまうほどだ。

 異常な寒がり:六月だが、冬のコートにマフラー、ハンチングに手袋で、スタジオに現れる。
 
 天才イコール奇人という表象さがしを、いかにも嬉しがってやったように見えるかもしれないが、初めて見たときは、こんなことはほとんど気にもとめなかった。
 とてもシャイで、しかし、とても強い芯を持った、魅力的で共感できる青年が、グレン・グールドだった。その彼がピアノを弾くと、信じられないほどすごいことになるのだ!
 
 もの言いが、わがままだったり、突拍子もないと感じることはある。本人も承知らしく、誰にともなく言ってみたり、まあそれでいいやと流したり。
 ただ、グールドの「NO」は、その場は譲っても「絶対のNO」なのだ。
「NO」をいうグールドは、変ないいかただが「カワイイ」(笑)ので誤解しやすいが、「むずかり」とはまったく次元が違う「絶対のOK」のための「絶対のNO」。その透徹ぶりに、心をうたれる。映像のグールドと同じくらいの年齢で初めて見たから、なおさらだった。けっして譲るべきでない「NO」を通すことが、なまじ世故にたけて、できなくなっていたからだ。

 そして「絶対のOK」。
 録音の進行とともに、つぎつぎに目の当たりにさせられる。
 たとえば、調整室でプレイバックを聞く場面。
 弾いたばかりの自分の演奏を、よそで資料でも調べているかのように、とことん突き放した態度で細部を聴き分けて「OK」を出す。
 くらべものにならないレベルだが、自分が書いた文章に、そんなふうに向き合うことなどまったくできない。
 それから、第二楽章。
 鍵盤に触れる指が最初の複音をそっと鳴らした、瞬間、自分でいらだたしげに Cut it ! とボツ。鍵盤たったひと押し、どこがいけなかったのかまったくわからない。「OK」のハードルの高さ、そのための「NO」の厳しさに、震撼とする。
 ひとたび弾き出すと、それまで冗談を言い合ったスタッフもスタジオの空気感もかき消えたかのように、ひとりきりになって、ピアノへそして曲へと没入していく。目まいがしそうだ。
 緩徐楽章だからビート感はないんだな、と見ていると、グールドの上半身が、あたかも「ビート」を感じているかのように、ゆるやかに右旋回を始める。その孤独な回転の、確信に満ちた美しさ! 録音中に調整室で雑談したりお茶を飲んだりするスタッフが映るのが、効果的だ。
 見るからにベテランのプロデューサーや音響スタッフは、グールドをいかにもアンファン・テリブルふうに揶揄まじりに扱う──けっして嫌らしくはなく──が、このレコーディングを仕切っているのは、グールドなのだ。

       ♪♪♪

 グレン・グールドに関する専門的な音楽論や演奏論は山ほど書かれているし、グールドが弾いた「イタリア協奏曲」についても、読んだことはないが盤の解説カードに書かれているだろうから、ここではふれない。すぐ書ける知識もないし、調べて書いたら屋上屋になるだけだ。
 とにかく「イタリア協奏曲」を弾くグレン・グールドの姿に出会ったことが、音と映像で記憶に焼きついている。以降、実演や映像に接したいかなるピアノ奏者にも見い出せなかったものを、なによりさきに体験してしまったのだ。

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 グレン・グールド ピアノ演奏の秘密 1984 LD
内容は『GLENN GOULD ON THE RECORD / OFF THE RECORD』
2001年『グレン・グールド 27歳の記憶』としてDVD化されています

 というわけで、長年の間に何度も見た『GLENN GOULD ON THE RECORD』で、気づいていることや、気になり続けていることだけ、さきほどの箇条書き、つまり「奇癖」との関連を軸に書きとめるだけにしておく。すでに非常識な長文だが……。
 この映像と対の『OFF THE RECORD』も、とても面白いけれど、またいつか。

       ♪♪♪♪

 グールドとの出会いを決定づけたのは、『ON THE RECORD』の最後に弾く第三楽章のOKテイクの場面だ。魅了された。

 いや、ほんとうに魅力的だったのは、ある種の「そっけなさ」だったと、いっておかなければいけない。
 奇妙なことにそれは、激しい速度やバックビートのような明朗なリズム、一心に弾く姿にさえ、感じられた。
 その中心に、とことん乾いてメリハリの強い、一個一個の音があるせいではないだろうか。
 そういう音たちが、みごとなほど「そっけなく」ホリゾンタルに並んだ音符の列。和音の伴奏で盛り上げた主旋律、という聴きなれた〈音楽〉が、聴こえてこない。
 そのかわりに、情緒をたれ流しにして暑っ苦しくしなだれかかってくる感じや、どうだすごいだろうと押しつけがましい小うるささも、まったくない。
 クラシック音楽は大仰でベタベタしたものだとひとり決めして、聴かず嫌いしていたところへ、こんな演奏があるなんて! ということだったに違いない。

 それまでクラシック音楽に対して持っていたイメージは、最初のシーンでグールドをコロンビアの録音スタジオまで乗せてきたタクシー運転手のおじさんと、なにも変わらなかった。

 運:それで、コロンビアレコードで何をするんだい。
 G:ピアニストなんです。
 運:何だって。
 G:ピアニスト。音楽家なんですよ。
 運:おお、そうかい。何を弾くんだね。長髪(long hair)のあれかい、それともジャズ、ビ・バップとか、でなきゃ何だろう。
 G:ああ、ぼくはその長髪の一派ですね。
 運:ほう、長髪のクラシック族てわけか。
 G:そう。
 運:ってことは、きれいな聴衆がいるってことだな。で、あんたの前でみんな寝ちゃうんだろ。
※1

 録音スタジオには、調整室のスタッフ以外、聴衆はだれもいない。
 そのスタッフも、録音中に雑談したりしている。
 スタジオはきわめて殺風景で、録音のさなかに(?)営繕係が脚立で、天井の電球を換えたりしている。
 その、まさに「かたすみ」で弾いているグールドの姿!
 えらそうに音のことを書いてはみたが、やっぱり、映像の影響力に雰囲気負けした「出会い」だったのかもしれないな……。 

       ♪♪♪♪♪

 速すぎる、あるいは、遅すぎる、という非難は、やや後に知ったが、不思議に思ったものだ。
 第三楽章のプレイバックをグールドとプロデューサーで聴く場面で、プロデューサーがさきに「いいテンポだね」というからだ。
「イタリア協奏曲」のメイキングムービーとして『ON THE RECORD』を見れば、面白おかしいピアノ芸のレコードを録音しているのでないことは、わざわざいうのもバカらしいが一目瞭然だ。速さにも遅さにも意味があることが見てとれる。
 こちらの素養は確かにひどく足りなかったけれど、非常識な速度だとけなされても、という気がした。権威的で雑駁な批判だとも思った。とうにグールドの味方になってしまっていた(笑)せいもあるが。

 ちなみにこの場面でグールドは、プロデューサーの言を受けて「速すぎない」と返している。
 too fast でなく push といっていて、これは「走ってないよね」ということだと思ってきた。間違っているかもしれないが。
 早いか遅いかではなく、インテンポであるかどうかだ。
 別の場面で、テンポが揺れないことの重視が録り直しが増える理由のひとつだと、わかるやりとりもある。

 走ったりモタったりという、ミスによるインテンポの崩れは論外だが、思わせぶりに「タメ」るとか、過剰な音量変化や残響も「なし」なのだ。弦楽器や歌でいうと、ビブラートで音符に表情をつけるのもダメ、ということになろうか。
 グールドの弾きかたやOKテイクの選びかたから、そこにひどくこだわりつつ、耀きのあるメリハリの強い演奏が録れることを得ようとしているのがわかる。
 矛盾することをめざしているようだが、わずかでも楽器を弾いてみたことがあると、意図がわかる。
 楽器を演奏するなら、いかに楽器に「歌わせられる」かが上達目標だ。一流奏者になると、その優劣が評価を左右するほどの、重要な技術だ。
 そう弾けるのに、そうしない。つまり「そっけない」弾きかたに徹する。
 演奏者が曲に情緒を付加しないということだ。

 だったら、同じ品質の演奏を機械的に繰り返す自動演奏装置でいいということか。
 実際グールドの演奏を「機械」だと非難する声も多かった。
 結論からいえば、もちろん違う。

『ON THE RECORD』では、録音開始時にアナウンスされるテイクの数にも、けっこう驚かされる。どうしてそんなに何度も弾きなおすのかと、あきれるほどだ。
 しかし、グールドは確信していたに違いない。
 あれほどステージ演奏を嫌ったにもかかわらず、音楽には奇蹟の一回性というべきものがある──弾かなければ、そもそも始まらない──こと、しかし、「絶対のOK」は一度きりの演奏の中のごく限られた瞬間に、天からの滴(しずく)のようにしか現れないことを。
 そして、演奏公演ではとうぜん一度しか弾けないが、スタジオでは「一度」を「何度でも」弾ける。しかも、録音スタジオでしかできない編集技術を使えば、多数の「一度きり」から「滴」を集め、幻の一回性を構築可能なはずだ、ということも。

       ♪♪♪♪♪♪
 
 余談だが、第一楽章のプレイバックを聴く場面もある。
 調整室で聴いているグールドは、靴をぬいで靴下の両足を行儀悪く卓に上げているが、その足が「オンビート」で拍をとっている(笑)のが、見てとれる。
 ここでそう書いたつもりはないが、グールドをジャズ的だと評する説もあるらしい。「ビート」という用語は使ったが、ジャズやR&Bとは共通点がないこと、エレクトロ系のシーケンシャルな「ビート」とも類縁のない演奏であることは、念のため。

       ♪♪♪♪♪♪♪

 三十年前に初めて『ON THE RECORD』を見たときは、第一、第三楽章で「出会った」わけだが、齢をとるにつれ、第二楽章の場面も面白く見るようになった。
 この楽章をグールドは完璧に弾ききったように見えるが、調整室に入ってくると、前日に良かったテイクと部分的にテープ編集で連結できないかと、けっこうしつこく言い続ける。ほかに、部分的に弾いただけのテイクもあるらしい。録音前のトークバックで、それがわかる。
 とうとうディレクターから、音ひとつくらいなら直せるが、テンポの違うテイクはつなげない、何でもかんでもは無理だ、と言い渡される。
 やや不満げな顔で、そんならその話は後回しで最終楽章弾くから! という感じで、プイと弾きに行くのだが、やはり「カワイイ」(笑)。
 が、そこで弾くのが圧倒的な第三楽章。まったく、降参だ。

 話をもどすと、クラシック音楽の演奏家が、ミスや難所をカバーするためにテープの切り貼りをするのは邪道らしかった。しかし、べつにそんなのポップ音楽ならいくらでもやっているではないかという気持ちで、『ON THE RECORD』を見ていた。クラシックの「作法」は、まったく知らなかったからだ。デジタル収録、コンピューター編集が基本の現在は、クラシックでもパンチインは常識とも聞く。
 それはそれとして、『ON THE RECORD』が撮影された一九五〇年代末、デビューからさして年月もたっていないのに、ミス修正とはまったく次元が違う目的で──部分的に連結したいテイクのどちらも、個々の音は完璧だと言いきっている──スタジオ技術の可能性を考えていたのだとしたら、とても興味深い。
 どうやら、好ましく感じた「そっけなさ」は、そのあたりにも関係があるようだ。

「そっけない弾きかた」は一般に、ピアノの「グールド奏法」のようなものとして理解されているのではないか。佐々木小次郎といえばツバメ返し、のように。
 その弾きかたをすると「グールドのまね」にしか聴こえないうえ、正しくない弾きかただから、やってはいけません、と。
 もちろん、グールド自身が身につけ、批判もされたが大ヒットもしたから自家薬篭中のものとなった「奏法」であることは、一面、確かだろう。
 しかし、それだけではなくて、といってもピアノは弾けないので長年『ON THE RECORD』を見ていて想像したことにすぎないが、この弾きかたは、編集で演奏を作り上げることを最終目的として、音素材を用意するための意味もあったのではないか。
 もし録音テープの編集がもっと思い通りになるのであれば、グールドはなんとしてでも幻の一回を、ホンモノの一度の通し演奏として完成させようとするはずだからだ。
 当時のアナログ録音テープで、別々のテイクを切り貼りするような大幅な編集をする気なら、テイク相互でテンポの違いや残響などの差があると難しい。しかしもちろん、そこばかりに気をはらって編集スペック優先で演奏したら、いくらテイクを重ねても、そもそも無味乾燥なものになってしまう。
 とはいえ、演奏活動を退いて後のグールドが、専属のエンジニアをおいて、ほとんどコンマ秒単位にこだわってテープの切り貼り編集を繰り返し命じている別の動画を見ると──やはりバッハの曲で──若いうちからどこかに、録音技術で「完璧な演奏」を組み立てられるなら、その技術に合わせた弾きかたも、また必要だ、という意識はあったのではないかと、深読みしてしまう。

 ライブステージで演奏しなくなったグールドが熱心に行った表現活動のひとつに、ラジオやテレビの音声・映像番組制作がある。『ON THE RECORD』では、あきらめるよう説得されていた技術的操作を、プロデューサーの立場となって駆使し、実験的なメディア作品を作った。
 残念なことに、それらはいま、数々のピアノ演奏ほどには回顧されないようだ。
 アナログでは困難な編集操作がほぼ自在なデジタル機器──ピアノに向かいながら自分で、また自室でさえ、作業できる──に恵まれていたらという推説は、ときどき目にする。
 しかし、デジタル機器の存在だけで、より遡及力のあるメディア作品や、はるかにすばらしい演奏作品を構築できたかというと、疑わしく思う。
「ゴールドベルク変奏曲」も「イタリア協奏曲」も、グールドは亡くなる前の年に再録音し発売している。かなりの編集操作の成果でもあるだろうが、グールドの演奏観を集大成する「パルス」にのっとった、初回録音よりはるかにすぐれたバージョンだともいわれる。

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 BACH: ITALIAN CONCERTO IN F MAJOR & PARTITA NOS. 1 & 2 1960

 それでも、わたし自身は初回演奏が圧倒的に好き派、だ。
 音楽にかぎらず演劇でも舞踊でも、同じ演目でたて続けに回数を繰り返したり、リハーサルし過ぎると、ふつう出来は悪くなる。事後の手直しを存分にして発売されたライブ・アルバムより、制作者のチェックもなく音質も悪い粗悪な海賊版のほうがエキサイティングだったり、二度と聴き返すことはできなくとも、そのライブに行っていたことのほうが、はるかに貴重だというところを、信じるからだ。
「イタリア協奏曲」の初回録音も、そのとき可能だった編集操作がかなり加わっていたとしても、また、かりにグールド自身に未熟な演奏だといわれても、『ON THE RECORD』のグールドが弾いた音だからこそ、いつまでもこの「一度」が、わたしにとって「絶対」なのだと思っている。

 そうはいっても、演奏であれなんであれ自身の身体運動で表現の奇蹟、すなわち「絶対のOK」を得たいと願う人たちは、誰もが知っている。
 たとえ、演目全体の出来は満足がいかないものでも、どの一回にも、奇蹟とよぶべき一瞬が舞い降りていることに。
 そしてその誰もが求めてもいるはずだ。
 なんとかそれらのわずかな奇蹟の瞬間すべてを、一度の全体の中に、つぎつぎと花咲かせる手だてはないものかと。

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 夏場でも冬コートの完全防寒スタイルを欠かさない、もうれつな寒がりだったというエピソードについて。

「イタリア協奏曲」の録音は六月。初夏を強調するためか、衣替えの預けものかクリーニングに出す(?)らしい、ファーコートを運ぶカットが挿入されている。とはいえ──しつこくグールドの肩を持つつもりはないが──通行人には上着を着ている人やコートの女性も目立っている。

 スタジオはグールドの求めで暖められていたようで、スタッフはみな半袖シャツ。タイを緩めたり汗を浮かべたりしている。といってもグールドも、コートも上着も脱いで弾いている。説明しなくても映像を見ればわかりますけど。

 ひどい猫背でというべきか、異様に低い坐り位置から鍵盤にぶら下がるような弾きかたをしているのは、子どものころから体の痛みを抱えていたこと──最初にプロデューサーが、体調はいいか、痛くないか尋ねている──に起因する面もあるようだ。
 その痛みも含めて心身の不調を抑えるため、グールドは若いうちから多種類の薬を服用していたらしい。晩年、周囲を怯えさせるほど心の不調がひどくなったり、さほど高齢でないのに脳梗塞で死に至った原因は、過剰な服薬の累積ではともいわれたものだ。
 そういえばグールドは、マイケル・ジャクソンと同じ五〇歳で亡くなっているのだが、マイケルは、不安・不眠の対処に常用していた危険な麻酔鎮静剤の誤投与で急性中毒死している。マイケルと同年生まれのプリンスも、五〇歳代後半で亡くなってしまったが、やはり強い鎮痛麻酔剤の過剰摂取が死因とされた。華麗なショーとはうらはらな「宅録派」でもあったプリンスもまた、つねに「痛み」を抱えていたのだった。

       ♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 初夏のニューヨークで、真冬スタイルに着ぶくれしたグールド。
 一説には、寒がりよりも極度の潔癖症──母親のしつけのためらしい──による感染恐怖のせいともいわれるらしいが、そんなことより『ON THE RECORD』では本人が、お茶休憩中のカフェで、「冬」について、とても印象的なことを言っている。

 グールドにとって音楽は、カナダ北部の、白とグレーに包まれた雪景色の大地── great vast fields of snow white and grey ──の記憶と、切っても切れないものなのだそうだ。

 というのも、子どものころはずっと「北」で育ったからね。週末は北の田舎のほうで過ごしていたんだ。
 いつも週末の午後四時に、ニューヨーク・フィルの演奏が放送されてね。それをトロントに帰る車の中で聴くんだよ。
 すべてがグレーになった、果てしなく続く雪の平原や、凍りついた湖水を眺めながら聞いたものさ。ベートーヴェンが、あれほどすばらしく聴こえたことはなかったな。オリジナルのワイドスクリーン映画のようだった。


 これは、せっかく彗星のようにクラシック音楽界のスターになったのに、なぜニューヨークに住まないのか、と尋ねたプロデューサーへの返事だ。
 芸術家なら、ニューヨークに住むことにこそ最大の価値がある。君のような(筆者注:若いのにカナダの田舎暮らしに固執するような)アーティストは珍しいよ、というプロデューサーに、グールドは答える。

 田舎に住んでいると、音楽との関係が違うんだ。僕の場合だけどね。

 そしてさきほどの子ども時代の話をした後で、こう続ける。

 ことに音楽家にとって、この都市がむずかしいのは、ここは新人デビューの街でしょ。とても危険な場所だ。みんながキャリアを競って戦ったり陥れたりばかりしているじゃない。

 僕にしてみれば間違いなく地元で演奏するほうが厳しい。トロントのほうがきついね。ニューヨークで弾くほうが楽だよ。


 プロデューサーと、宣伝写真を撮ったカメラマンとともにカフェのテーブルにつき、笑いながら楽しそうに話すグールド。奇行だらけの偏屈な天才の姿は見あたらず、田舎育ちで飾りっけのない朗らかな青年が、そこにいる。
 この新作レコーディングが終われば、つぎに演奏公演か何かの日程が訪れるまでカナダに戻り、これまで通り孤独を愛しながら白銀の景色を待つのだろう。グールドはいつも「冬の人」なのだ。

 グールドが弾こうとしていた音楽は、モノクロームの大平原や凍った湖がパノラマの視界に映し出され、ときおりわずかに揺れ動くだけの、冬の風景映画のサウンドトラックなのかもしれない。 
 録音スタジオで「イタリア協奏曲」を弾く姿を、いつも思い浮かべながら、レコードやCDを聴いてきた。だから、特異なピアノへのアプローチを、曲を解体し再構成していく音楽的・技術的要請にのっとった、怜悧でロジカルな、スタジオ・テクニックのひとつだと考えてもきた。
 もちろん、そういう面があることは間違いない。しかしそのいっぽうで、音楽がもっとも美しく響き渡っていったという記憶の「冬景色」に向かって、演奏を続けていたのかもしれないという想像も、許されるだろう。それはとりもなおさず、この「そっけない」弾きかたのなかに、きわめて叙情的な何かがある、という聴きかた「も」すべきだ、ということでもある。

       ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 グレン・グールドのピアノ演奏と初めて出会った「イタリア協奏曲」。この演奏の深みから彼方へ向かおうとするイメージの旅は、いつのまにか大陸の北、雪景色への旅となった。

 いまから思えば、初めてこの曲を聴いたころは、この演奏を都市の音楽のつもりで聴いていた。とくに第三楽章など音の列が、あっちから山手線、こっちへ中央線と総武線、うわぁ地下鉄丸の内線が地上へ出てきた、という感じで。やれやれ、いくら当時から流れていたからって、カメラ安売店のコマーシャルだよ、それじゃ。

 いや、それというのも、『ON THE RECORD』には、グレン・グールドの演奏を、どこか冗談まじりに気軽に聴いてしまいたくもなるようなモノが映っている。
 見るたびに、そうそう! これこれ! と目がいく。
 動画におけるプンクトゥム punctum とでもいうことだろうか。映像全体から見ればほんの小さな、「点」のようなものにすぎないが。

 寒がりにつながる話か、演奏前にとても長時間、手をお湯につけて温める習慣があったことは知られている。手のコンディションに、とてつもなく神経質だったのだろう。
 ところが、この録音のときグールドは、指に絆創膏をしたまま弾いている。それも左手の人差し指の先。おい、そんなとこケガして、絆創膏で弾けるんか、お前! って感じだ。
 演奏しながら同時にワウワウ歌う、そのメロディが、どの声部か聴き取る──グールドはしばしば、主旋律と思われる部分を歌わない──のは興味深いのだが、グールドが歌う中低音部のメロディ※2と、絆創膏の指先が弾いた鍵盤が目まぐるしく交錯するとき、なぜか自分が、このスタジオにいて、グールドが弾くのをすぐ近くで見つめているような、緊張とリラックスがいっしょくたになったような、ふしぎな心地よさにとらわれる。(ケ)


※1 以下、青字はDVDの日本語字幕を参考に、自分で訳しました。
※2 グールドは左利きだそうだ。

【参考】『グレン・グールド論』宮澤淳一/春秋社/二〇〇四年 

 

 
posted by 冬の夢 at 00:10 | Comment(0) | 音楽 クラシック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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