2018年06月04日

切手を買いに ─ 出戻り初心者郵趣事情

 きっかけは、親しい知り合いから菊判ほどのストックブックを一冊、ゆずり受けていたこと。
 しばらく前のことで、机に立てたままになっていた。

 菊判とは書籍のサイズ。A5より少し大きい。ストックブックとは、ページにグラシン紙で棚状のポケットがつけられた、切手保管用アルバムだ。
 いただいたストックブックは、日本の記念切手が三〇点ほど収められているもの。国立公園や国定公園の風景が刷られた一九六〇年代から一九七〇年代の切手だ。


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 その知人から届く郵便にはいつも、貴重なものではと思う記念切手が惜しげもなくあれこれ貼られているので、集めていたのですかと尋ねてみたのだった。
 親御さんの趣味だったそうだ。高齢ということで、整理しはじめていたらしい。

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 切手収集がブームだった一九六〇年代後半から七〇年代初め、小学生だったわたしもストックブックを持ち、わずかだが記念切手を集めていた。
 幻の切手に莫大な額を投入するイメージがあるかもしれないが、当時の小学生にも楽しめた趣味で、集めている子どもはかなりいた。
 いまもはっきり思い出せるのは、いちばん古い品は一九五八年三月発行の「関門トンネル」だったこと。集めた切手は発行順に並べていたので、ストックブックを開くたびに最初に目に入るわけだ。
 そもそも額面が7円とか15円、20円。歴史的切手はともかく近いころ発行されたものなら、額面の数倍くらいで1枚買えたから、わずかな小づかいでも少しずつ集められた。スタンプショップというのだろうか、切手・古銭の販売店が地方にもかなりあり、子どもの姿も多かった記憶がある。メンコやカード集めと同じで、交換したり、ごく安い切手なら、くれたりする奴もいて、集め始めは楽しかった。

 切手は金券だから偽造対策もあったのか、小さい絵柄はどれも精緻で、題材も日本画や伝統美術、端正な動植物など、直球の美しさだった。時事ものの絵柄も、いかにも「図案」っぽくカッコよくて、小さい美術館か博物館を持っている気がして嬉しかったのだろう。
 いまの切手のほうが色鮮やかだし、諧調も解像度も優れているが、比べればグラデーションも粒状性も荒く思う当時の切手のほうが、なぜか小さい画面に視線が吸い込まれる魅力がある。当時のグラビア印刷技術の粋が投入されていたに違いなく、おとなになって、カラーグラビア印刷に仕事で付き合うことになったときは縁を感じた。ちなみに現在の雑誌は大半がオフセット印刷だから、「グラビアアイドル」は死語だというのは、ご存じだろうか。

 しかし、切手収集マイブームは早々に去ってしまった。切手コレクション人気の最中、二、三年ほど続いたかどうか。
 子どもの飽きっぽさということもあるが、息苦しくなったせいだ。
 集めかたや整理に、やや厳格な「作法」があるらしく、逃げ道がない気がした。ブームの渦中ゆえ、正直いえば価値が上がるのを楽しみに集めていたところもあったが、小学生に投機センスがあるわけがなく、自分の手持ちはみな数十円のまま──額面でいえば何倍にもなっているが──だった。いっぽう、とんでもなく高額化していく切手もあり、中心街のスタンプショップで「おとなの世界」を見せつけられるのも、楽しくなかった。
 同じ意味で、ストックブックがある程度埋まると、子ども同士のコレクションの差は投資額、つまり小づかいの差や、近親者におとなのコレクターがいるかどうか──おこぼれがもらえる──に帰してしまう面もあり、階層差を見せつけられるだけになったのも、投げ出した原因だったようだ。もちろん、切手集めなど出来っこない家庭環境の子どもも周囲にいたはずで、自分だけ卑屈になっているのだから欺瞞もいいところだが。
 持っていた切手を売り払いはしなかったが、「あのストックブック、どこへ行ってしまったんでしょうね」だ。以後何十年も、手にとった記憶がない。

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 なぜ、また昔の記念切手を買おうと思ったか。
 いただいたストックブックに入っていた切手は、国立公園シリーズ──正確には戦後発行の『第二次』──と、国定公園シリーズの一部で、発行分の三分の一くらいの点数だ。子どものころ持っていなかったものがほとんどなので、シリーズを完成させたくなった。
 
 切手収集趣味の現状が後押しもした。
 会社員時代のような「おとなの小づかい」はない。一枚数百円から数千円もする切手を、何十枚も買うことはできない。
 じっさい、国立公園シリーズ切手で戦前発行のもの──『第一次』と称する──は、それくらいの売価。迷う余地もない。
 しかし、ストックブックとともに受け取った一九六〇年代以降のものに限れば、5円から20円という額面からすれば値上りしているが、ほぼ百円以下。安ければ五十円くらいで買える。おお、何とか集まるかも。
 それにしても売価水準が、わたしがちびちび買っていた半世紀前とほとんど変わらないのは奇妙だ。ある時点で暴落したのかもしれない。いずれにせよ戦後記念切手の未使用品を集めることに投資性は、ほとんどなかったことになる。

 専門家に取材したり、専門誌を調べたわけではないので確実ではないが、切手集め趣味は、ブームだった半世紀前からすると完全に鎮火したらしい。
 日本郵便切手商協同組合の年刊『日本切手カタログ』を見ると、一九九〇年ごろから記念切手の発行回数が急激に増え、二〇〇〇年ごろからはシート形式──一枚の用紙に複数の記念切手が刷られている──の記念セットものが異様なほど増えている。題材もアニメキャラやディズニーなどが目立つ。
 あと出しジャンケンをするつもりはないが、これほど発行されてしまうと時系列で集めるのは大変だし、テーマで集めるにしても、気力がそがれそうだ。また、そもそも数が多くては価値が上がる期待感も減る。
 もちろん郵便事業としては投機感を煽って切手を売るわけにはいかないから、限定商品は出せなかったろうし、それより電子メールに圧されて弱っていく手紙やはがきを、すこしでも盛り上げようという要請のほうが重大で、そのために、さまざまな記念切手を連発したのだろう。切手発行事情は、背景からして大きく変化していたに違いない。

 切手・印紙買取業者の情報を調べると、やはり記念切手収集には時を経ての余禄はほとんどないようだ。
 新品の記念切手は、額面通りの買い取り値になる場合も多々らしい。趣味人の数が減り高齢化のみが進んだことで、買い手がいないのに処分品が一気に放出されるケースも増え、よけいに価値が上がらなくなったようだ。売却するより貼って使ったほうが意義があることになり、知人からの郵便に親御さんが集めた記念切手がたくさん貼られていたのも、この事情からか。
 ならばとオークションのパンフレットを入手してみると、コレクターは、使用済み切手や印刷ミスのあるもの、切手が貼られ消印が押された昔の郵便そのものなどを追っていることもわかった。

 というわけで、一九六〇年代の未使用記念切手はネット通販で手軽に買えるし、ひとつひとつ探さず、ダブりを気にせずシリーズ全点の同梱セットを入手したほうが安上がりかもしれない。
 しかし、それではつまらない。いまの切手趣味の様子も、ちょっと怖いがのぞいてみたい気がする。
 切手・古銭の店へ行けばよさそうだが、客の姿がなく敷居が高そうな店が多い。そこで、遠巻きに眺められる機会がないかと、即売会やフェアを探すことに。
 さいわい、思ったより各所で開かれている。中でも行きたいと思ったのは、フリーマーケット式の販売会。専門店でない個人参加もあるから、マニアックすぎる気もするが、気楽な雰囲気ではないかと思って。毎月一回こつこつ開催を続けているそうなので、さっそく訪れた。

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 週末の静まり返ったオフィス街、貸し室ビルのワンフロア。百坪くらいの空間は、長机を三つか四つずつ並べた「出店」でいっぱいだ。無料で出入り自由。午後に行ったが、そこそこお客さんがいる。「フリマ」なので開場直後はハードハンターたちで混むらしい。
 やはり中高年、それも高齢ぎみの人がほとんどで、子どもの姿はない。学生や若者も見かけないが、そのかわり女性がけっこういた。
 フリマ系ということで、顔なじみ、常連さんが多いのか、予想よりはるかに明朗な感じがする。わたしのような出戻り初心者でも、たぶん子どもでも、まずは見学のつもりで静かに入れば、ハードルはぜんぜん高くない。

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 商品は、国内外をとわず個人的収集品を軸にしているようだ。稀覯品ももちんあるだろう。しかし、とても安いものや、ごそっと詰められた袋売りもある。郵便から切り取ったままの使用済み切手が山と積まれた机もあった。
 金鉱さがしみたいに、小皿を置いて山から一枚一枚、拾い出しているお客さんたち。ある女性は、あきらかに市場価値より、集めたい絵柄優先で拾っていたと思う。
 出品者提供のオークションもあり、百円から数百円で、中古のコレクション用品などが売られて微笑ましい。この文を書くため見ている『日本切手カタログ』は、そこで「落札」した数年前のもの。五〇円だった。

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 なにより印象的だったのは、価値が高い「エンタイア」といわれるブツ。
 entire ということだろうか。さきほども書いた、切手が貼られ消印が押された昔の封書、はがき「そのもの」だ。
 主会場わきの別室に、専門出品者のものらしいブツが積み上がっており、何人かのお客さんが物色中だった。
 みなさん中高年男性。一様にカブト虫というかコガネ虫ふうというのか、背中を丸めて前足、じゃなかった、両手で、素早く郵便物を繰っている。静かな室内に「さこさこさこさこ」という音が漂う。
 
 昔の手紙や封書の、どこにどういう価値があるのか、見当もつかないまま、よけいな傷をつけないようそっと手にとってみる。戦前から、新しくとも戦後早々くらいまでのものだろうか。消印を見るが、よくわからない。それにしても昔の人は、なにかというと手紙やはがきを出したんだなと感心し、いくら昔のものとはいえ、公式な祝い状や礼状だけでなく私信だらけであることにも複雑な思いが走る。
 あとからオークションのカタログを見てみると、戦時中の日本の植民地を、日本の切手を貼られて行き来した郵便、しかも特別な日付の消印があったりするとかなりの値がつくようだ。それはそうだろうな、と思いながらも、しみじみとしてしまう。
 そういえば、子ども収集家だったころ、琉球切手というのも少し集めていた。絵柄がエキゾチックで美しく、同時代のものなので売価が安かったからだが、すべて額面が「¢」だった。

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 初回は見学ということにして、切手は買わずに帰ってきた。
 つぎの機会にはぜひ「欠番補填」をしていこう。

 ブームが去って、取り残された高齢者オタクしかおらず、資産価値もないものをあてどなく持っているとか、マニアックすぎる世界になってしまっているような伝わりかたになったかもしれないが、そんなつもりでは書いていない。
 このマーケットひとつ見ても、いまなら自分の好きな集めかたで、気張らなければさして投資もいらずに収集が始められそうだ。手軽な教養的趣味に「成熟」した、とはいえないだろうか。もちろん底なし沼へも踏み込めるわけだけれど。

 身代を傾けるほどの本格コレクターをめざさないなら、場所をとらないのは何よりいい。美しいもの、記憶にとどめたいものを小さく額装しインテリアにしても、よさそうだ。
 国立・国定公園の切手なら集めてみようかという気になったのは、子どものころは、テレビや印刷のリアル画像の精細度がいまよりずっと低いので、切手や図鑑の、美しく深みのある画像を見てホンモノを想像した感覚が懐かしいのだとも思う。
 より多くの人たち、とりわけ若い人や子どもが切手を楽しむ、だけでなく、わざわざ切手を貼った郵便をポストへ入れてみたりするのもいい。ただ、切手収集趣味が過剰に再ブームになって、いま手軽に買えている昔の記念切手が急騰してしまうのも困る。さて、どうすればいいのだろう。(ケ)
 
 

posted by 冬の夢 at 00:20 | Comment(1) | 日記 旅・徘徊・発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 半年あまり、このブログを読むことなく過ごしていましたが、昨晩、6ヶ月分の確認すると、さすがに大変な量ですね。今朝改めてブログに入れば、当然のことながら最新記事から列挙されるので、ギター、ついで切手蒐集の話と読み進めました。冒頭のエピソードは、私の話?
 私の父は買ってきたシートを、自分用・姉用・私用のストックブックに整理し(母のはない。でも、彼女から苦情は出なかった、多分)、残りを郵便用に分けていました。それはいつでも使ってよいことになっていたから、記念切手を手紙に貼ることに抵抗は全然なかった。
 高齢の父から、実家に置いてあった自分の分のストックブックをもらった時、市場価値もそうないだろうと思ったので使うことにしたけれど、父が同じ種類を必ず2枚づつストックブックに入れる習慣だったので、すべての種類で1枚は手元に残しました。だから、差し上げた切手は、3枚以上あったものということになります。あるいは額面が小さいので、使えなかったのかも。
 上記の父の習慣ですが、コレクターなら同じような、あるいは自分なりの方法で整理していたのでしょうね。コレクションは古今を問わず、男の子の趣味と思えますし、女の私にはそういう趣味はないけれど、自分の幼い頃の思い出(父の切手を整理していた姿)が重なり、捨てがたいなにかがあります。残った切手は、多分死ぬまで持っているのだろうな。
Posted by ムル at 2018年06月14日 11:19
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