2018年05月05日

『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』 ゴールデンウィークと冷凍怪獣

 買ってもらったプラモデルは、軍艦が「摩耶」、怪獣は「バルゴン」だった。
 いずれも幼稚園か小学校低学年のとき。両者がどれくらい偉いかは、よく知らなかった。
 いま思えば、大和でなくガメラでもない脇役なのだ。一九六〇年代後半の玩具店で、安いほうで妥協するかどうか迷っている若い父の姿を想像すると、介助すべきだろうがすっかり疎遠な昨今、多少は反省すべきかとも思う。

『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』は、一九六六年公開、大映ガメラ映画の二作目だ。
 お土産がガメラでなくバルゴンでもヘソを曲げなかったのは、当時この映画を観ておらず怪獣を知らなかったせいもある。
 子ども心にも自分がイヤになるほど臆病で、怪獣映画は怖がって観ないのだ。同年にテレビ放送の「ウルトラQ」は、番組が始まると家の外に逃げ出していた。やはり同年に東宝の怪獣映画『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』が封切られていて、父に連れられ映画館に行ったが、これまた上映早々に退散。ちなみに「サンダ対ガイラ」は近年、東京・京橋のフィルムセンターで通して観た。リベンジ鑑賞はスクリーンでと決めていたからだが、意外な佳作で驚いた。

「ガメラ対バルゴン」も、公開から五十年以上たった先日、やっと観た。
 かなりいい! 昨年公開の米映画『キングコング:髑髏島の巨神』は、日本のアニメやゲームの要素を存分に採り入れて作ったそうだが、もし撮影中に制作関係者が「ガメラ対バルゴン」を観たら、半世紀前の日本映画を数百倍の予算で低劣に焼き直しているだけと思い知り、撮り続けられなくなったのではと思う。

 ガメラの第一作は観ていないが、「バルゴン」のガメラは、シリーズ共通の子どもに味方する正義派怪獣ではない。
 登場者はみな大人で、お色気場面こそないが大人のラブをほのめかす場面が少しあるし、人間同士の暴力、殺人シーンもある。
 大映のワンマン社長・永田雅一の命令で、「バルゴン」の次作からガメラは、よい子のお友だちということになった。あまり知られていないかもしれないが、永田は教育にも大きな関心があり、学校へ援助などもしていた。そのせいかもしれない。
 シリーズ四作目には、おなじみの主題歌「ガメラ・マーチ」が登場、児童合唱団が「いかすぞガメラ!」と歌う明朗な曲調どおり、ガメラは映画館から逃げ出したくなる恐怖の存在ではなく、映画館に声援に行く対象となった。ちなみに「ガメラ・マーチ」の作詞は、永田の長男で当時は専務の永田秀雄。親族・縁故で社員を固めていた大映らしいが、東宝の「ゴジラ」に遅れること十年、二番煎じのままコケて映画史の笑いダネになりかねなかった「ガメラ」のヒットに、永田雅一がいかに上機嫌だったかがわかる。

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 バルゴンは同時公開の大魔神とともに高山良策の造型。
ウルトラ怪獣の造型担当者としても知られる人だ

 が、ひどい臆病児からすこし成長していたわたしには、子どもの味方をする怪獣という設定は嘘くさくて面白くなく、ガメラ映画は一本もきちんと観た記憶がない。
 臆病で怪獣ものは見られなかったと書いたが、このあたりの数年の経過は大きく、一九七〇年ごろには小学校高学年、怪獣もウルトラも見るようになり、大映の「昭和ガメラ」末期作を何かの形で知ってのことか。少年誌などでかもしれない。大映は倒産直前で、制作事情は悪く、頼みの稼ぎ手ガメラも安普請をしいられていたはず。ハリボテっぽい子ども向け怪獣に熱中し「日、月、火、水、いかすぞガメラ」とはしゃぐ気には、なれなかったのだろう。

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「ガメラ対バルゴン」のストーリーには、複雑なところはない。

 前作で、ロケットに入れられ宇宙に追放されたガメラは、隕石と衝突し地球に舞い戻り、エネルギーを求めて黒部ダムを襲い破壊する。ミニチュア特撮は失敗続きだったそうなのだが、ダムが壊れる高速撮りなど、なかなかの迫力だ。
 主人公の平田圭介は、航空会社でパイロットの資格をとるが、自分の飛行会社を作りたくて退社、兄の計画に乗る。
 圭介の兄は、従軍中ニューギニアで巨大オパールを発見、洞窟に隠して復員していた。戦死者の遺骨収集に偽装して南方へ渡り、回収しようというのが計画だ。自分は足が不自由なので仲間を募り、弟の圭介を加えて派遣、売却金を山分けということにした。

 現地住民が「虹の谷」と恐れる場所に隠匿されたオパールは、実は冷凍液をベロから発射するトカゲ怪獣、バルゴンの卵だ。持ち帰る船内で孵化し神戸に上陸したバルゴンは、ポートタワーを破壊し大阪を氷結させ、虹の破壊光線も放射して攻撃兵器や人々を焼き払う。
 そこへ、バルゴンの虹光線に吸い寄せられたガメラ登場。大阪城下で「大怪獣決闘」の第一ラウンドだ。しかし、ガメラはバルゴンに凍結させられてしまう。
 いっぽうバルゴンの弱点を知る現地民の娘、カレンが圭介と日本に戻り、人類は知恵を集め攻撃作戦を繰り出し、水に弱いというバルゴンをなんとか不活性化はするが、作戦はみな失敗に終わる。

 結局、凍った大阪が融けはじめてガメラが復活。バルゴンが誘導された琵琶湖畔に飛着し、決戦第二ラウンドの火ぶたが切って落とされる。

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 いまの目で観ると、いわゆる「ツッコミどころ満載」の展開で、思わず苦笑する場面もあるが、話がつながっていってしまうところは職人的製作者たちの底力だ。
 もちろん、芝居小屋の空気感を受け継いできた昭和の映画館では、リアリティより荒唐無稽さが好まれただろうし、これでイイのだ、チャンチャン! でよかったのだと思う。
 それも含めて「いまの目で観ると」で流せるとはいえ、戦争体験の記憶がまだ残る時代なのだから、戦争の裏面史という前提で話を始めるなら、そこをていねいに撮らなかったのは惜しい。この映画は子ども向け設定ではないが、そうしたほうが子どものためにもなったのではないか。ニューギニアの部族の祭がスタジオ撮りなのはいいとして、まるで温泉ホテルの南国ショーみたいだったり、部族の娘を江波杏子が演じるのもいいが、いくら日本人医師の助手という役柄でも、まるで日本人だというのは、さすがに「ツッコミ」たくもなる。

 もっとも、観ているうちに、高度成長を達成して浮かれた日本にいつも貼りついてきた、なんとなく後ろ暗い空気感は、べつのところから伝わってもくる。
 計画を首謀した圭介の兄の自宅で、南洋派遣組が段取りを相談するが、なぜか琴の教室でもあるらしく、暗い小部屋で続く密談の間じゅう琴の音が聞こえてくる。そのちぐはぐさが戦後の後ろ暗さを否応なく感じさせる。
 琴の師匠でもあろう兄嫁は若松和子。どうみても奥様ふうでなく玄人あがりの愛人系だ。そういえば仲間の小野寺の愛人が小料理屋の女将かなにかという設定だが、そちらは紺野ユカ。そう、お子様映画に出してはいけない、大映の助演女優たちらしい崩れた年増感が、いじけた戦後感覚をみごとに表現している。この感じは子どもが観てもわかるんじゃないかな……ちなみに見た目はあまり似ていないが、若松と紺野は姉妹です。いかにも大映だ!
 そこに気づくと、バルゴンが壊したり凍らせたりする、ミニチュアの神戸や大阪の夜の市街も、心なしかわびしく、もの寂しい。神戸の港湾まわりなどミニチュア造型を遠目に見る画面に過ぎないのに、いかにも「人さらい」が出そうな感じだ。

 そうしたディテールもさることながら、なにより、オパール──バルゴンの卵だが──回収団の小野寺の、ある意味で怪獣より怖い金銭欲の亡者としての人格が、ツッコミどころなど吹き飛ばしてしまう極太の一貫性を貫いていて、すばらしい。
 演じる藤山浩二が、あ! テレビ時代劇の悪役だ! とすぐ思い出す「コイツはヤバイ!」という風体で、いい!
 藤山がコッテリ演じる小野寺という男の、宝石やカネに対する執着は異常で、オパールを独占しようと、毒サソリに刺された仲間は見殺しにするわ、手榴弾で洞窟を爆破し主人公の圭介も消そうとするわ。その所業を知られたので、バルゴンが迫っているというのに圭介の兄も嫁も殺害してしまう。あげくには、バルゴン退治の武器としてカレンが日本に持ち込んだ巨大なダイヤモンドをバルゴンの卵の代わりに強奪しようと、湖上作戦中にいきなり船で登場する。その瞬間は、いまや怪獣映画には臆病でなくなったわたしも、驚愕の恐怖を味わった。しかも、あげくに奪ったダイヤごとバルゴンに食われてしまう!

 思えばバルゴンの孵化は、その小野寺が、仲間をみな殺しにしてオパールをひとり占めできたと思い込みホクホクの帰途船中、うっかり熱帯水虫の治療に使った赤外線を卵に当ててしまったのが原因だ。
 ガメラは、氷づけだった古代怪獣が原爆積載機の墜落で復活し暴れ出したという設定だし、バルゴンも、現地民は近づかない禁断の地に封じ込められた存在だった。戦争と、その負の遺産をめぐるおぞましい人間の欲望が、怪獣たちの覚醒という形で、人間に制御不能の災厄をもたらすことになったわけだ。生物学的発生でいうなら東宝のゴジラも類似していて、これらの怪獣たちはすべて「人災」なのである。

       ***

 面白いことに、というか、この映画で面白いのは、全編にわたってガメラもバルゴンも人類なんか眼中になく破壊したり決闘したりしている。
 二匹にとって人類などいようがいまいが関係ない。生存本能だけで破壊したり、じゃまなほうを排除しようとしているだけだ。ガメラは熱いのが好きで、バルゴンは冷凍怪獣。決闘の理由はそれだけで、子どもの味方だとか人類の敵だとか、そういうコミュニケーション可能性はゼロだ。もちろんガメラとバルゴンの間にも意思の疎通などない。
 そこが、この映画を面白くしている。人間中心主義、そのくだらなさを、大怪獣の決闘が思い知らせてくれる。
 人間中心主義でいくと、人類はたとえば放射能を、爆弾や原発、事故や廃棄でまき散らしいつかは「人災」で自滅する。自然環境を保護する必要などなく、人類が絶えれば、地球はそれ以外の生物の楽園になる。人類の滅亡後おそらく十年もせずに。

 人類も怪獣を見習って、もっと生存に貪欲になっていい。みすみす滅亡を早めることはない。
 さいわい人間は怪獣とちがい相互コミュニケーションが可能だ。人間どうしで「決闘」して自滅する必要なんか、どこにもないのだ。

 こうした観かたができるのは、『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』が、怪獣のゼロ・コミュニケーションの怖さと、せっかくコミュニケーションできるのに、その可能性をゼロにしがちな人間の欲望の愚かさを輻輳させ、画面からあふれ出させているからだ。
 そういえば二〇一六年の『シン・ゴジラ』も、なかなか面白かったのは、その二点ががっちり柱になっていたからだ。ちょっと「人事」のほうがしつこ過ぎたが。
「ガメラ対バルゴン」で人事を描いたのは、これ以降ガメラを担当し続けた脚本家・高橋二三。宝くじに当たった仲間が夢の家と店を作ろうとするが、一人また一人と欠けていくというジュリアン・デュヴィヴィエの名作『我等の仲間』(一九三七年)が下敷きだという。そういうウェットな設定を、無声映画時代からの古参、田中重二が監督し演出している──とうにトーキーになり同時録音にもなっているのに、本番中に演技指導の声をかけてしまう癖があったそうだ──ので、人のドラマが否応なく重たくなり、効果的だったのだろう。

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 一作目の監督でもあり、大映ガメラといえば監督は湯浅憲明だが、この作だけ特撮監督の立場である。一作目が予想外のヒットになったので、その公開半年後に大幅に予算強化、カラー撮影で「バルゴン」を制作することになったので、劇場映画三本目の湯浅でなく、ベテランを監督につけたのだった。
 デビュー作の歌謡ものがコケ、テレビの仕事に回されていたとき、誰も引き受け手がなかった怪獣映画が回ってきたのが湯浅の「ガメラ」との縁だ。
 また、この後のガメラシリーズでも主演が続く主人公役の本郷功次郎は、こんな映画に出るのは絶対にイヤで仮病を使って隠れたりしたという。
 それらの不承不承めいた出合いが、結果として、どうせならゴジラとは違う怪獣映画として、ゴジラに負けない存在に育てたいというエネルギーにもなっていったのだと思う。

 カリスマ社長の永田雅一が、大人向けの作りはやめ──「ガメラ対バルゴン」の制作中にもそのように指示した──ガメラを子どもの友だち怪獣にしたということなのだが、むしろ湯浅のほうが、その路線に積極的だった。
 湯浅は「とにかく、映画はヒットしなくちゃだめです」「映画館で観る映画なら、観客に心地よい酔わせ方をして映画館を送り出す、その気持ちで作ることが大事なんじゃないかな」といいきり、芸術映画賞の候補に並ぶような映画を「ノレン街」と称し、そこに「連なるなんてチャンチャラおかしい」という。「あくまで映画は大衆のもの」で「芸術性と大衆性の間でウロキョロするやつら、これが一番タチが悪い」ときた。

 鑑賞する側のわたしは、最近とくにその「間」を感じる映画を観たいので、「ウロキョロ」派ということになり、ムカッとくる(笑)が、契約監督となってまでガメラシリーズに最後までつき合い──最後の新作ガメラ公開年に大映は倒産した──子ども向けガメラ映画のみならず、渥美マリのお色気路線、高橋(関根)恵子の青春映画、テレビに移ってからは『おくさまは18歳』(一九七〇〜七一年)というラブコメの金字塔までも演出した「大衆のもの」の圧倒的な作り手にいわれると、思わず、すいません「ウロキョロ」で、と謝ってしまう。
 だいたい『おくさまは18歳』はけっこう好きなドラマで、当時かなりの本数を見た。それをガメラの監督が演出していたなんて、ごく最近まで知らなかった。ことのついでにいえば、湯浅はなんと「ウルトラマン80」(一九八〇〜八一年)の演出──その時点で円谷プロはまだ東宝傘下だ──もしているし、クラリオンソフトのカラオケBGVの仕事までしていた。

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 父が買ってきたプラモデルの「バルゴン」を、記憶と時代をすり合せてできるだけ調べたところ、定価が何度か改定されているが、買ってもらったときは、いまの千円から千五百円くらいのものと思われた。
 となるとガメラは、いまの二千円以上だったか。やっぱしガメラはあきらめてバルゴンだったんだろうな──。
 と思ったら、買ってもらったバルゴンはガメラと同じシリーズで、同じ値段なのだ。

 一九六六年、大映はゴールデンウィーク特別興行として、東京制作の『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』と、京都撮影所制作の時代劇版特撮『大魔神』の、豪華二本立てを公開した。新聞各紙に全面広告をうったというから、父は臆病なわたし抜きで二本立て全編を観て、バルゴンに、なにか特別な思い入れがあったのかもしれない。この文を書くために確かめることはできなかったけれど。
 なお、いまやすっかり定着している「ゴールデンウィーク」という呼び名は、正月や夏休みに続く興収アップ期間として、大映が作った宣伝キャッチである。(ケ)


【参考】『ガメラを創った男 評伝 映画監督・湯浅憲明』(編著・唐澤俊一/アスペクト/一九九五年)

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posted by 冬の夢 at 04:17 | Comment(1) | 映画 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
バルゴンのプラモデル!私も持ってました。四足歩行だけど、尻尾を使って立ち上がらせることも出来たはず。祖父の仕事場で遊んでいて、その姿勢のまま放置しておいたら、バルゴンの鋭い角が祖父の脛にグッサリと…。子ども心にとてもいけないことをしてしまったという思いが刺さり、今でもバルゴンには苦い記憶が付き纏っています。
Posted by (き) at 2018年05月05日 12:52
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