2018年05月02日

さようならギブソン レス・ポールはもっていないけれど…

 創業百十六年のギブソンが経営破綻したニュース(五月一日)にショックを受けたギターファンは、じつは、そう多くなかったはずだ。
 学校の部活でバンドをやっている世代に、ギブソンというブランドは遠すぎる。そして、ギターが好きで、ここ二十年から三十年はマニアックに製品を追いかけていた人たちは、ギブソンには悪いが、当然と受け止めたのではないか。

 ワシントン・ポスト紙は、昨年すでに「Why my guitar gently weeps The slow, secret death of the six-string electric」──ご存じでしょうが、曲名にかけた記事タイトルですね──というレポートを掲載し、アメリカのトップギターメーカー各社が販売減に苦しむ現状を報じている。※
 有名なギター販売店や、実際に弾いてきたロックスターたちへの取材をつうじて報告された「ギターが売れなくなった理由」は、業界には素人のわたしたち音楽ファンも体感的に察知していたもので、意外度は低い。同紙の記事から拾うと、若いギター・ヒーローの不在、演奏・鑑賞の両面でのスタイルの変化ということになろうか。

 楽器やスポーツ用品を売るには、憧れのスターと同じ製品を、ジュニアモデルでもいいから使いたいという消費者心理の鼓舞も大切だ。
 たとえばギブソンの楽器を使って「マネしたい!」と思わせるスターは、同社のレス・ポールを最高にカッコよく弾いたジミー・ペイジや、その下の世代ではスラッシュ──彼はたしかギブソンのアンバサダーではなかったか──ということになるが、正直いって若くない。知名度も存在感も抜群とはいえ、これから楽器を買おうという若い人たちが追いかけるスターではない。若者世代が熱狂するようなギブソン弾きがいないから、同社のギターへの憧れは必然的に薄くなったわけだ。

 また、ギターが演奏の中心にあるロックやフォークの地位が、そもそも低くなっている。といっても今回のニュースで見かけるように「ロックは終わる」とは思っていないが、ヒップホップの登場以降、楽器が出来なくても音楽で人気者になれるようになったので、ギターは、自己流でも始められる音楽の必需品ではなくなってしまった。

 そして、ワシントン・ポストの記事で印象的なのは、リヴィング・カラーのヴァーノン・リードのコメントだ。音楽を聴くスタイルの変化が、ギターの販売数減にもたらした影響についてなのだが、リードがサンタナのギター演奏を初めてラジオで聴いた当時、リードはわたしと同世代だからおそらく一九七〇年代、音楽はもちろんギターを弾くことは文化の中心にあったという。こんなレコードが発売になったという話を聞きつけると、そこから「旅」をしたものだと。つまり音楽を聴いたり弾いたりするには時間とカネを使った。いまは、そういう音楽との付き合いかたをしなくなった、ということでもあろうか。
 リヴィング・カラーのライブに行ったことがあり、いまでいうミクスチャー音楽のはしりのような新世代のバンドだったけれど、そのバンドのギタリストもいまやそう思っているわけだ。

 ギブソンは、ギターの不振をコンシュマー向け音響機器でカバーしようと、二〇一四年にオーディオメーカーの該当機器部門を買収し──日本のティアックも傘下に加えている──社名も二〇一三年に「ギブソン・ギター」から「ギブソン・ブランズ」とした。また発明されて以来、基本構造に変化のないエレキギターに技術革新をもたらすべく、いろいろな自動化ギターを開発し投入もした。
 現時点では、新ギターが裏目に出たことは明白だが、誤った経営判断だったとは、いいきれない気がする。
 マニアックに書くつもりはなく、そういう知識もないが、六〇年以上前にレス・ポールを市場投入して以後、それをブランドイコンとして経営するうえで、考えつく限りの商品展開をギブソンはしてきたと思うからだ。
 
 ギブソンを苦しめたのは、思わぬ伏兵だったのではないか。
 ギブソンの最大の敵は、レス・ポールそのものだったのだ。
 というのは、レス・ポールの新製品を売り出すとしたら、最大のライバルは、作りがよい時代製で状態もいい中古のレス・ポールのはずだから。

 楽器の品質が低下したという不評を払底するため、ギブソンは高級ラインの特別品や、過去の名ギターの復刻版などを登場させた。あるいはヴァーノン・リードのいう、エレキを弾くことが文化だった時代の人気ギタリストの所持品のレプリカシリーズとか。
 これらはもちろん人気を集め一定の成功はしたが、誰もが知ってしまったのだ。すばらしいエレキギターをいま作るには、とんでもない予算がかかり、おいそれとは買えないギターになることを。それは同時に、なんとか買える値段の新品のレス・ポールは、あまりたいした楽器ではないのでは──森林資源への配慮でギター好きがこだわる材を使うことも難しくなっている──という印象も、広めてしまわなかっただろうか。
 もしそうなら、ギブソンでなくともレス・ポールでなくとも、よくなってしまう。悪循環でしかない。

 ワシントン・ポストのレポートでは、ギブソンの最大のライバルメーカー、フェンダーが、やはり好況ではないのに比較的楽観的なコメントをしているのが目立つ。フェンダーは、レス・ポールと同格の歴史的看板商品、ストラトキャスターを、信仰の対象に祀りあげるより、他社も含めたストラトキャスター「型」のエレキに普及してもらい、自社のストラトキャスター「も、またほしくなる」方向をねらっているようだ。日本やメキシコでの製造も行い、高級機も入門機も見た目はほとんど区別がつかないストラトキャスターとして発売しているのは、その戦略の一環かとも想像する。

 昔、自分が作った製品の中古が商売敵であるという、しんどい状況を、なんとかひっくり返せる発想はないものだろうか。
 おそらくカメラのトップブランド、ライカやハッセルブラッドも同じ問題を抱えたに違いないが、デジタルのおかげで、新しいラインアップで製品の開発や販売ができるようになった。ただし、それらもカメラファンが気軽に買って使える製品ではまったくなくなっているし、プラットフォームが自社オリジナルでない製品もあるようだ。よくいわれる「ブランドロゴにいくら払う」というやつ。
 ギブソンは拡張した音響機器路線などを整理、楽器製造は継続するというが、デジタルギターというわけにもいかないだろうし、より若い世代に売りたいなら「ギブソンのロゴ代」なんてものは、そう長くは受け入れられない。

 じつはわたしは、ギブソンのレス・ポールは持っていない。
 そう長くない残りの人生で、ロックバンドをやる可能性はまずないから、必要もないが、やっぱり中学・高校時代、楽器店のショーケースに鎮座しているのを「お参り」だけしていた身としては、自分で持ってみたいなぁと思うこともある。
 できたら合成材でなく、かつてのレス・ポール・カスタムのエボニー指板を使ったスタンダードタイプ。フレットやインレイはスタンダードのままで、かつて「クラシック」シリーズで採用されていたスリムネックがいいですね。でも音が軽くなく粘りっけがいいやつ! なんとか十五万円くらいで……ムリだな、その値段で発売するのは。
 むろんギターだけでは意味がない。できればどこかのアンプメーカーとコラボしていただき、やっぱり昔の、トレブルブースターとハーフクランチの組み合せ音色が出る専用小型アンプも、お安く……。
 あ! すいません! けっして楽器マニアでもオタクでもないんですが、つい……。(ケ)

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※Why my guitar gently weeps The slow, secret death of the six-string electric. And why you should care.
 Washington Post June 22, 2017



 持っていないのでパブリック・ドメイン画像を探したら、この写真があった。
 一九五七年モデルのレス・ポール・カスタム。
 現行通常品で三〇〜五〇万円くらい、高級ラインの再生産モデルで百万円近辺だろうか。
 オリジナルの一九五七年製だと三百万円くらいするのでは。
 死ぬまで絶対に手にする機会はないので気軽に値段を書いたが、同じモデルに、あまりに複雑な内容・価格バリエーションがあるのも、
 知識はあまりないがギブソンを弾きたい、という購入希望者に不親切な結果となったかもしれない。



▼このブログの記事「さようなら Fender Japan」はこちら
posted by 冬の夢 at 23:04 | Comment(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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