2018年04月16日

印象派とゼロ戦 ─ 至上の印象派展 ビュールレ・コレクション

 展示期間は来月連休明けまでと、会期がかなり進んでいるので、この話はすでに出ているだろう。
 と思ったが、正面から扱った記事などは見つけていない。
 わたしは、有名なこの美術収集家を知らなかった。これほどの作品を集めるカネがどこにあったのかと調べてはじめて、どういう人物か知った。

 スイスで財団管理されている、印象派および後期印象派の絵画を軸とする世界的な美術コレクションに名を遺すエミール・ゲオルク・ビュールレは、一八九〇年ドイツ生まれ。
 フライブルクの大学を出ているが美術研究者ではなく、資産家の出でもない。マグデブルクの工作機械会社に勤務し、オーナーである銀行家の娘と結婚したことで、その会社が買収したスイスの工作機械会社再建を命じられスイスへ移住。のちスイス国籍を取得した。
 指揮をとってたて直し、オーナー社長となって躍進させたスイスの会社とは「エリコン・ビュールレ」。その筋の人はすぐ反応する、世界的に知られた武器製造企業だ。第二次大戦前から機関砲で有名で、対空、対戦車ミサイル、防空システムほか現代の武器も開発している。一九九九年に兵器部門は分割売却され、現在のエリコン社は武器は製造販売していない。

 一九五六年に亡くなったビュールレが遺した美術コレクションは二百点にのぼり、それこそ図鑑に載るような名作も含まれている。
 収集を始めたのは一九三七年ごろ。会社の経営が軌道にのり、チューリヒの邸宅を飾ろうということだった。
 とくに熱心に収集し数も集まったのは一九四〇年代前半と五〇年代前半の二度である。いうまでもなく会社が絶好調だったに違いない、ふたつの大きな世界戦争の時代のことだ。

 一九五〇年代に、アメリカの写真ニュース誌『LIFE』がビュールレを撮影した二枚の写真があるが、いくら見ていても見飽きない。彼の遺した収集品を今回の展覧会で見るより興味深いほどだ。
 一枚はカラーで、チューリヒの邸宅に所せましと架けられた、今回、展示されてもいるゴッホの『花咲くマロニエの枝』、セザンヌの『赤いチョッキの少年』、ドガの『ピアノの前のカミュ夫人』などに囲まれたショット。見るからに高級なダブルのスーツで、足を組んで坐り、リラックスしているが自然に背筋が伸びたポーズだ。そっか、カネ持ちってこう坐るんですね。
 もう一枚はモノクロ。自社製品つまり対空ミサイルと、機関砲を搭載したいまでいうハンヴィーのような軍用車両の前で立ちポーズをしている。やはりダブルのスーツにチーフをのぞかせ、後ろ手に胸を張っている。

 その二枚には、人間の善と悪や、美と醜の、二面性、その対比などは、かけらも写っていない。死を売る商売の償いに美術に埋没したとか、強制収容所で暴虐を尽くした将校が家庭では音楽愛好家で妻と合奏したりする「文人」だったように、とかいうようなストーリーも読み取れない。どちらの写真にも、ビジネスにも文化にも世界のトップレベルの知識や教養を持ち、自信ゆえの余裕からか鷹揚にも見える「社長さん」が写っている。
 そんなビュールレの姿を見比べながら、その二枚の写真の背景に目を移すと、いやおうなく気づくことがある。
 ビュールレにとっては、印象派の画家たちが伝統を乗り越えて創造しようとした絵画の美も、伝統的な世界の枠組みを破壊し新秩序をもたらす兵器の機能美も、まったく等価で、絵画も兵器も「美しい」ご自慢の品々だったのではないかと。

 ビュールレが集めた高額な美術品は、限られた数の信頼できる画商を通じてのもので、ブラックマーケットに手を出したことはないようだが──それでもレンブラントやゴッホの贋作をつかまされたことがある──第二次大戦後スイスの連邦裁判所から、所有作のうち十数点を、略奪品ゆえ返還するよう命じられた。ビュールレは返した作品の多くを所有者から買い直しているが。
 第二次大戦中、スイスは中立という立場から、あるいはそれを利用して、連合国の強い圧力を受けながらもドイツ、イタリアにも武器を売っていた。現在の日本円で六〇億円ほどかと思われるが、取引の詳細や、エリコン・ビュールレもその一翼にあったことを示す資料は、すでに見つかっている。ただし、たとえば戦前からライセンス生産の形で、日米ともエリコン・ビュールレの機関砲をそれぞれ改良し配備していたから、武器商人は悪魔の使者だと感情的にあげつらっても、あまり意味はない。ちなみに旧日本軍は同社のライセンスで国内製造した機銃をゼロ戦などに搭載、米軍も同社の同じ口径の機関砲を、日本の特攻機への対空兵器として海軍艦船に大増設していたのだ。
 とはいえ、もともとドイツ人のビュールレが、ナチス・ドイツのすくなくとも兵器局、あるいはもっと中枢の、幹部の誰とも面識なく商売していたとは考えにくい。お目当てだったフランス絵画を、大戦中はことに有利に、また営業的な意味からも、購入していたのではないかという推測は、大間違いではなさそうだ。冷戦期も、政治体制こそ代われ、武器供給を通じた各国政府との関係を通じて美術品を集めることが出来はしなかったか。
 日本で展示された絵画の名品を「汚れた絵」だと「感情的にあげつらう」気持ちはないが、絵一枚あたり何人が亡くなったかと、つい考える。また、これは筋違いだろうが、描いた人たち、ことに生前に評価される機会が得られなかった画家には、これらの作品の収集や、この展示をめぐって動いたカネの1フランたりとも届かないのだ、という思いもつきまとう。

 このコレクションは二〇二〇年をめどに、チューリヒ美術館──Kunsthaus Zürich;市および会員賛助運営──に移管されて常設展示予定だが、とりあえず市民投票でその方向は是とされたものの、議論は続いているようだ。コレクションそのものの価値も、さらなる観光客誘致に寄与する力にしても、チューリヒにとって「宝」であることは間違いないが……。
 ビュールレの遺族が設立したコレクション財団はもちろん、すべての美術品がクリーンだと主張しているが。チューリヒ美術館の元副館長がその著作で、すべての絵の入手経路が公開され、観覧者の情報アクセスが容易でなければならないと述べていて、そのための資料室を増設すべきだと主張しているそうだ。
 現在、財団の展示館は閉じられ、チューリヒ美術館での常設まで期間があるが、その間にこのコレクションを借り出せば、すばらしい美術展が開ける。にもかかわらずスイス国内1か所と、現在開催中の日本でしかコレクション展はない。ビュールレ・コレクションと銘うって展示すると、議論が起きたり、場合によっては抗議がありうるからではないのか。

 ちなみに、なぜ財団から美術館に移すことになったかというと、財団が旧宅別棟を展示館として公開していたコレクションの一部が、いとも簡単に盗まれてしまったからだ。
 盗難は二〇〇八年に起き、容疑者逮捕と盗品回収は二〇一二年だったから、盗まれた四枚の作者の知名度──ドガ 『リュドヴィック・ルピック伯爵と娘たち』/モネ 『ヴェトゥイユ近郊のひなげし畑』/ゴッホ 『花咲くマロニエの枝』/セザンヌ 『赤いチョッキの少年』/すべて今回の展示で見ることができる──といい時価総額の一七五億円といい、美術好きでなくとも事件は記憶に新しいのではないか。
 盗まれた絵が戻ったことはよかったが、最高度の防犯設備の導入や、これ以上に徹底した作品管理と公開の両立は、一財団には難しいという判断だったようだ。

 こうしたことは何も知らないまま、日本で二番目くらいに嫌いな美術館、国立新美術館に行ったわけだが、そもそもなぜ行ったのか。
 ひとつには、チケットをくれた友だちがいたから。かつては仕事の関係もあって日ごとにどこかの美術館や画廊に行っていたが、いまの身には美術館特別展はチケット代が高く、興味も減って、年に二、三回しか行かない。
 もうひとつには、このさい「なぜ日本人は印象派が好きなのか」をあらためて実感してみたいと思ったから。ほんとうはそれが、書くべき本題だったのだが。

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 『睡蓮』のこのヴァージョンがスイス国外へ出るのは初とのこと

 日本人の印象派好きについては、はっきりと解ったことは何もない。ただ、会場に殺到している年輩の人たちの半数、いやひょっとすると三分の二くらいは「月の石」を実際に見た人たちではないかと、ふと思った。「月の石」を見たいということと、印象派絵画を見たいということは、たぶん同じだ。だからこそ『睡蓮』は、見るより撮るほうが、はるかに大切なのだろう、あの人たちにとって。

 昨今の日本の政治状況を「底が抜けている」と評するそうだが、底がそもそも存在しないのが、この日本なのだ。底がはじめから抜けているから、つぎからつぎへと何かを投げ込み続けていなければならない。逆に投入され続けていれば安心、口を開けて待っている。
 月の石、印象派、もう一度オリンピック、もう一度万博……待てよ、モネの絵を見るのではなく写真に撮ることが至上命題だということは、やはり「インスタ映え」が大事ということか。
 ということは、肉バル、コッペパン、チーズタッカルビ、レインボーケーキ……印象派じゃなくて、食べたこともない「食いもの」だらけになっちゃいました。(ケ)

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ルノアールの『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』は
「絵画史上、最強の美少女(を「センター」と読ませる)」だそうだ。
「底が抜けている」ではなくて「底なし沼」だな、もはや。




 興味がある場合はそれぞれ以下に。
   u0u1.net/JDOX
   redac.cuk.ch/archives_v3/4659/BuhrleArmes2.jpg

【参考】The New York Times 二〇一六年三月三日、一九九七年五月二十九日
    兵器関連の記述はWikipediaを見ました。間違いがあるかもしれません。

Originally Uploaded on Apr. 20, 2018. 01:50:00
至上の印象派展 ビュールレ・コレクション
国立新美術館:五月七日まで 九州国立博物館:五月十九日〜七月十六日 名古屋市美術館:七月二十八日〜九月二十四日



posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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